ホーム > ユニーク土佐人ブログ > 夫婦でバイク世界旅
2007年12月アーカイブ
税関でオートバイとともに日本から送ったテントや寝袋、ヘルメットなどたくさんの荷物を木箱から出して、何とか走れるようにオートバイに積み込み、よたよたとホテルまで帰ってきましたが、これをホテルの部屋に広げるとため息がでるほどいっぱいになりました。
何しろ最後の目的地はあまり便利なものは期待できないインドで、その2、3年間の旅行の生活用品をわずかバッグ3個に詰め込んで日々なんとか暮らせるだけのものを準備していたので当然といえば当然です。
実際これだけで2年以上二人が生活できたので、家も家具も荷物も生きてゆくにはそんなにたくさんのものは必要ないと旅が終わって日本に帰ってきてよく考えましたし、今でもそう思っています。
ただし、帰国後住むところを構えるとたちまちさまざまな荷物が増え、俗人たる二人はそろって、ため息の毎日ですが。
日本から送るとき極力荷物は小さくし、軽量化を考えましたが、それでもまだ多くて重いので、不用なものを処分したりして、徹底的に手をいれ、必要な工具のステンレスのハンドルを半分に切ることまでしました。
ホテルの部屋の床にあぐらをかき、ひとつひとつ見直し、捨てて一層の軽量化。40本位持っていた新品のフィルムは全部包装の紙箱から出し、プラスチックケースも捨て中身だけにしました。
さまざまな薬も錠剤のまわりをはさみで切り取ったりして軽量化。たくさん持ってきていた地図や案内書も表紙や不要な記事の部分は切り取って捨てました。
【写真】ハーレーに乗って
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
ようやくオートバイの組み立てが完了し、広い保税倉庫の中を走り回って外へ。税関中の人たちに見送られて出発してとりあえず、税関近くのガソリンスタンドに行き、当時はまだ日本になかったセルフサービスのスタンドでガソリンを満タンにしました。
そしてとうとう映画の中のシーンのような片側6車線、右側通行のフリイーウェーに合流し、長いトレーラーや大きな「外車」が洪水のように流れている中を走りました。
以前ドイツの速度無制限の道路、アウトバーンを走ったときの印象とはかなり違い、感動する余裕など一切ありませんでした。来る時タクシーの中で見たビルやテレビ塔などの目印を思い出しながら、とにかく泊まっているホテルに無事帰れるように、大きな車にはさまれて必死で高速道路を走りました。
やっとサンセット通りのホテルにたどり着くと、何度も税関との電話連絡を手伝ってくれた、フロントのマネージャーが飛び出してきて、「大きな夢を託した小さなオートバイ」の到着を心から喜んでくれました。
【写真】バイクに大きな夢を託しいざ、出発
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
料金の領収書をもらって、これで手続きは全部終了。さっそく最初の係官のいる窓口に行くと、手続きを待っていたトラックの運転手さんたちより先に、すぐに連絡してくれ、フォークリフトに乗った、私たちのオートバイが保税倉庫から運ばれてきました。
下ろしてもらった箱を妻の裕美と一緒に開封。一応一緒に送った荷物の検査があり、それからはふたりで前後のタイヤやハンドルの取り付け、荷物の点検等をしました。
その間にも周りのトラックの運ちゃんや税関の係官などたくさんの人たちが興味深そうに私たちを取り囲み、「どんな国を旅行するのか、どれくらいの期間旅するのか」などとつぎつぎと質問してきました。
そして、「2年間世界一周の旅だ。」と答えると「こんな小さなオートバイで?」と本当に驚いていました。アメリカ人でも、大陸を車で横断するのはそれなりの冒険で、そんな旅をするのはそんなに多くはないのです。
ましてハーレーダビッドソンなど、1200ccの大型オートバイが普通の国でこんな小さな250ccのオートバイに二人乗りし、ここからまず東海岸のニューヨークまで行き、そこからヨーロッパ、中近東、インド、オーストラリアまで走ると聞いただけでたいへん驚いていました。
そして「自分もオートバイをもっているがいつかそんな旅をしてみたい夢を持っている」と話す人や、「組み立ての工具はあるか、ガソリンは持ってきているのか」と親切に言ってくれる人もいて、自分たちの仕事はそっちのけでした。
いろいろ言われていても、アメリカ人は常に明るい未来を夢見ていて、仕事だけでなく自分の夢や理想の実現に努力している人を尊敬し、そんな人がいたら自分のことのように感動する。そして、その人の背中を前にそっと押してくれるような余裕や優しさがあるようで、今でもありがたかったその時の印象は変わりません。
【写真】開封され出てきたバイク
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
通関手数料金を払い込みに他の窓口に行くと、なんとそこの係員はこちらに20年ほど住んでいる中年の日本人の女性でした。オートバイを受け取ることと、これからの旅行の話しを少すると「本当にうらやましい。この国でも仕事はけっこう厳しくて、休みもなかなかとれず、夏休みは一週間位」と言います。
「日本からみれば、毎日きっちり仕事をし、あとは好きなことばかりしているのがアメリカ人の生活と思っていましたよ」と言うと、「なかなかそんなふうには行きません。お二人のそんなすばらしい旅行がうらやましい限りです」との感想でした。
彼女から「長い旅行です、病気やけがに注意して無理せず行って下さいね。」と温かい言葉を贈られました。
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
一週間後、船会社に連絡すると、ようやくコンテナ船が入港したとの返事があり、タクシーでロサンゼルス南部のサンペドロ港まで行きました。
日本にいても港湾事務所や税関に縁はまずないのに、ましてや外国の知らないところであちこち探し回るのは大変です。許可証がないと入場できない保税区域などもありましたが、尋ねるとだれもが親切に教えてくれるのでありがたかったです。
ようやく税関にたどり着き、書類を渡すと、理由はわかりませんが、アメリカ合衆国は国際自動車連盟に加盟してなくて、日本で苦労して作ってきた「カルネ」(オートバイの通関書類)が通用しません。
税関の係官は「そうか、これがカルネというものか」と、はじめて見て感心していたくらいでした。しかし、そこは合理的な国なのでしょう。「少し待ってくれ、ニューヨークの本局にファックスで問い合わせ、必要書類をすぐ送ってもらうから。」と言ってくれました。
30分ほどすると、返信が届き、「ニューヨークまで走り、ここからヨーロッパに必ず持ち出すことを誓います」との誓約書を必要書類に添えてサインするとこれでOKでした。
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
アメリカの雰囲気は一言ではいえませんが、乾いた(ドライな)感じです。さまざまな人たちが出迎えのカードを手に持ち迎えに来ていました。
私たちのツアー(一応)は他に新婚さん一組と、こちらには何度も来ている神奈川の美容師さん夫婦の三組が無事集合してワゴン車でさっそく市内観光に。町の印象は、やたら広々していて、道行く人も車も、でっかいなと思いました。
午後は市内観光の後、サンセット通りのホテルへ。コンテナ船で送ったオートバイを受け取るため、しばらくここに泊まることにしました。翌日はツアーの代理店に電話し日本でも行ったことのない本場のディズニーランド観光へ。場内はたまたまかも知れませんが、平和で健康そうな白人家族、夫婦がほとんどでした。
市内のレストランで食事をした時、外に出ると芝生の歩道の上に大柄の黒人男性が座っていて、「私はホームレスではない。ジョブ・レスだ、仕事がないだけだ。その私のために手助けをしてほしい」との看板を脇に置いていました。
1ドル札を彼の前にある空き缶にいれると胸を張って「ゴッド・ブレス・ユー(神の御加護を)」と言ってくれたのが印象に残りました。
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
オートバイは送り出したし、航空券は買った。もう出発するだけです。旅の計画を練る時、二人して本気で話し合いをしました。
「旅は楽しいだろう。けれど、旅に出れば家はない、仕事もない。また、数年後に帰国して中年夫婦に仕事はあるだろうか。二人して貯めた少しの旅費は、使いようによってはささやかなマイホーム購入の頭金くらいにはなる。旅に出たらそのすべてを使い果たしてしまうだろう。それでも旅にでるかい?」と。
そして、二人の結論は、「やっぱり行こうよ。人生は一回きりだし、今この時間は二度と帰ってこない。若い(?)時に旅しなければ年をとって思い出がない、と昔の人も言っている。」と、こんな話しをしたりして、とうとう旅立ちました。夫44歳、妻36歳の中年夫婦の長い旅の始まりです。
高知から、フェリーで大阪へ。大阪、浜松、東京と各地の知り合いや家族に会った後、成田空港からハワイ経由でロサンゼルスまで。初めてのアメリカです。アジアともヨーロッパとも違う独特の雰囲気がありました。
よろしければ押してくださいね。→人気ブログランキングへ
たいへんお世話になった石油会社の上司に退職願を提出。前回の旅でも退職し て1年ぶりに帰国した時、また元の職場に快く受け入れしてくれたありが たい会社でした。
目をかけてくれた常務は「和田さんは結婚もしたし、もう旅はやめたかと思っ ていた。よく働いてくれていて退職するは残念だが、一度しかない人生、好きなことをしたらいいよ。それにしても誰にでもできることではない、うらやましい 人生だね。」と温かく送り出してくれました。いまでも本当に感謝しています。
借家を引き払い家財道具一切を実家に預け、これで本当の「ホームレス」に。 オートバイは改造後実家の庭先でハンドルやタイヤをはずしてある程度分解し、 小さくして箱詰めしました、キャンプ用品や部品を箱のすき間に忘れないように ぎっしりと詰め込んで日本通運の高知支店に搬入。バイクはここから神戸に送 り、アメリカ・ロサンゼルスまでコンテナ船で約1ヶ月(海上は2週間)の船旅 になります。
同時に私たちは航空券の手配をしました。ちょうどこのころ、人種問題でロサ ンゼルス暴動があったばかり。航空券はロサンゼルス観光とホテル3泊つきで往 復5万円余と格安でした。
よろしければ「ぽちっ」と押してくださいね。→人気ブログランキングへ


最近のコメント
「ノルウェー国境へ」ORIさん
「とうとう到着したフィンランドの国境」keikoさん
「出会いと語らい」keikoさん
「友人はほんとにいい」keikoさん
「友人はほんとにいい」keikoさん
「ハムレットの舞台」keikoさん
「陽気で楽しいカップル」keikoさん
「オランダとお別れ」keikoさん
「ミズーリ川」keikoさん