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2008年1月アーカイブ
ラスベガスを後に、また東への旅。次はコロラド川にかかるフーバーダムへ。1929年のアメリカ大恐慌の失業対策事業としても実施され1931年から5年の歳月をかけた大工事で完成した高さ221mの巨大ダムで、アメリカ最大の人造湖ミード湖を形成しています。
こんなところに外国の観光客はほとんど来ず、それらしいのは私たち二人だけでした。ダムの横に記念館があり、当時の難工事の様子をしのばせる写真が多数展示してありました。おもしろいのはここで現場のパトロールに使っていたのが日本のダイハツの軽四輪車で、大きなアメ車ばかり見ている私たちにはかわいくて懐かしい思いでした。
ダムの上の道路を東に抜け、また砂漠の中の道を東へ。山すそを抜けてゆく道が続き、大平原で私たちの小さなバイクを追い越して行った大型トレーラーが坂道にかかって重い積荷のために速度が落ちて、そこにこちらがゆっくりと追いつき、追い越してゆくとそれぞれのトラックの運ちゃんがにっこりしながら挨拶のクラクションを鳴らしてくれたり、手をあげてくれたりします。
お互い殺風景な砂漠の中の道を行っていることがわかっているので、長い退屈な大陸横断の道中、なんとなく道連れのような意識をもってしまうのでしょう。
こうして私たちの旅は、つぎはグランドキャニオンに向かいます。
【写真】フーバーダムの周辺
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ひたすら15号線を東へ。何にもない砂漠の町に突然大きなビルディング群が見えてきます。
ギャンブルの町、ラスベガスです。日本では宝くじも買ったことのない2人でギャンブルに興味は全くないので、特にここに来る予定はなかったのですがこれもひとつのアメリカ、行ってみようと思い来たのです。
モーテルはプールがついてクィーンサイズの広い部屋が2人で15ドルとやたら安い。フロントにはカジノのパンフレットがたくさん置いてあり、安く泊めて儲けはカジノで、でしょうか。
華やかな街、多くの人々でどこも大賑わいです。長く大きいリムジン車が走り回り、離婚・結婚が簡単なこの州の法律を目当てに、他の州から来るカップルのための小さくシンプルな教会が各所に見られます。
そして、さまざまなアトラクションが無料でみられる巨大なホテル、もちろん数えきれないくらいのカジノがあり、そのカジノの一つに入るだけ入ってみましたが、ここも私たちにはまるで映画のように思える別の世界でカードやルーレットのゲーム台の間を無料のお酒をもった美人のバニーガールが笑顔を振りまきながら歩いて行きます。
私たちも物は試しと、スロットマシーンで50セントの台を選び5ドル分を挑戦してみましたが、あっというまになくなり、私たちの最初で最後のギャンブル体験は終わりました。
スロットマシーンのコーナーにはたくさんの白人の男女の老人がいてそれぞれがひたすらコインを入れてはレバーを押している光景が見られ
ました。
もちろん本人は十分楽しんでいると思いますが、白髪のおばあさんがたった一人でスロットマシーンに向かっているのはどことなく寂しい印象で、「寂しいアメリカ人」と言う言葉がありますが、なぜかそれを思い起こしました。
【写真】お城のようなホテル(上)、チャペル(中)、モーテルの内部(下)
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日本で抱いていたイメージとは違い、ロサンゼルスを含め、アメリカ西海岸、西部各州はほとんどが日本人にしたら砂漠の風景でした。
東に走り始め、最初の都市はバーストウ。当時西海岸では最大級のショッピングセンターがあり、食料品を買うためにバイクを止めて中に入ると、はるか彼方まで広がる店内、倉庫のような高い天井、その天井にも届きそうな陳列棚に驚き、品物もバケツのような大きな容器に入ったアイスクリーム、日本の米袋くらいの大きなポテトチップスの袋、そしてミネラルウォーターは20リットル入りで持つのがやっとの一抱えもある巨大なもので、ただびっくり。
サンドイッチは「サブマリン(潜水艦)」のブランド名でその通り長さ30センチ以上あってしかも2ドル足らず。非常に安いのにまたまた驚きました。アメリカは食料品関係を始め、物価はおおよそ日本の半分以下で安い感じでした。
しかし、警備員はちゃんと腰にピストルを下げていて、銃社会アメリカを感じました。
買い物を終え、道路の両側に赤い夾竹桃の花が咲き乱れていたバーストウの町を出るとひたすら東へ。
自動車専用道路でもちろん信号のない荒野の道を巨大なトラックや、ピックアップ車と前後しながら黙々と走ります。
途中道路わきに故障した黒い乗用車リンカーンがボンネットから白い蒸気を吹き上げて止まっていて、若い女性が車のそばで手を上げ、私たちの前を走っていた車がすぐ止まって、乗せてあげる光景を見ました。
アメリカ大陸横断中何度かこんな光景を見ましたが、最近日本ではお互い助け合うことがあまりなくなったので、なんだか新鮮な感じでした。
対向車線を走っている大型バイクはハーレーダビッドソン。Tシャツを着た若いカップルがヘルメットもかぶらず金髪をなびかせ、こちらが手を挙げると、にっこり笑って親指を立て、ガッツポーズで挨拶して去って行きます。トレーラートラックの運転手も横に並ぶと、大きく手を振って追い越してゆき、乗用車の後部座席に座った可愛い子供がいつまでもガラス越しにこちらに笑顔を見せ、可愛い手を振ってくれます。
アメリカ人はオートバイが大好きなのかな、と思ったりします。
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【写真】砂漠の風景の西部各州
荷物はまだ多くかさばります。とりあえず季節は夏なので、すぐに使わないものをドイツの知人宅に送ろうとダンボール詰めしてロサンゼルス市内の中心部にある日系のデパート近くまで行きました。
ここの周辺の日本人向けの土産物店で「荷物発送します。」との看板を先日来た時に見ていたのですが、荷物を抱えて行き、頼んでみると、「発送は日本向けだけです」とのこと。残念。
ついでに郵便局に行きましたが、時間と確実性が少し不安だったので、仕方なしに、全部の荷物をなんとか積み込んで出発することとしました。
ここの郵便局でも、外に出ると、若い白人の青年が寄ってきて1ドルでいいからくれないか、と言いました。わずかなお金なのであげましたが、豊かな国アメリカの富める人と、そうでない人の格差をまざまざと知らされ、考えさせられました。
こんなことはヨーロッパでは一度もなかったし、アジアの貧しい国でも物ごいするのはごく一部の国の都会の人たちだけでした。
東に向かうのに、私たちは何の計画も立てていませんでしたが、唯一ローカル(田舎)の道を走ろうと思っていました。インターステートハイウェー(州間高速道路)はたいへん速くて便利ですが、旅の移動の楽しみはそれだけではありません。
旅はやはり、ゆっくり途中を楽しみながらの無駄な時間が大切です。
幹線道路の発達で1985年にはなくなっていましたが、東部イリノイ州シカゴから西海岸のカリフォルニアを目指した数多くの人々が利用した往年の有名な「ルート66」に沿って、これを西から逆に東にたどって行こうと考えました。
ホテルの地下駐車場でたくさんの荷物をオートバイに何とか載せていよいよホテルのマネージャーたちに見送られて出発。
大都市ロサンゼルスの繁華街サンセット通りを出て、道路地図を見ながら、とりあえず隣のアリゾナ州に向かう片側6車線の広い道路に乗って東にとうとう走り始めました。
【写真】旅はゆっくり行こう
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