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バイクで世界一周した和田守正、裕美夫妻(南国市)が、その軌跡を振り返ります。出会い、別れ、世界の実情を写真とともに紹介。

 

母: 2008年5月アーカイブ

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私事ですが、3月に母が亡くなりました。心臓麻痺です。

1月1日元旦が誕生日でしたので、ちょうど満85歳でした。糖尿病を患っていましたが、おおかた元気でしたので、もう少し先まで生きてくれると思っていました。

いろいろとしんどいことがあったようですが、本人は我慢をしていたみたいです。
 
だれもいつか命は尽きますが、それまでは、何かを頼りに精一杯生きることはみな同じです。

ずっと自宅で洋裁をして家計を助けてきた仕事ばかりの人生でしたが、70才前後から歩き遍路を始め、そんなことをしたことがなかったので、これが大きな楽しみでした。

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77歳の時、妻とと3人で富士山に登りました。

ツアーでしたが、父ともいい年になっても外国に何度か旅行し、最近の若い人たちよりずっとたくさん旅していたと思います。

数年前、庭先で転倒し、腰の骨を折って、急に足が弱り、杖を手にするようになってからも、楽しかった

そのころの思い出を嬉しそうに話していました。亡くなった、ちょうどその日の午後、兄が久しぶりで高知にいる母の妹の家に連れて行き、しばらく懐かしく話し込んでうれしそうだったし、帰り道は近くの春野運動公園の満開の桜の花を楽しんだそうです。

自宅に帰ると少し疲れていたけれど、これも久しぶりで近所のおばさんが訪ねて来てくれて話をした、楽しい最後の一日でした。

旅に生きている小生を訪ねて来た、たくさんの日本や外国の旅人を実家でよく世話をしてくれ、友人に知らせると、「おふくろさんには、お母さんには、本当に世話になった、なにかこころにのこる人だった」と口々に言ってくれ、日本に2度呼んだことのある、ドイツのエリカさん(この女性ももう84歳です)も電話で知らせると、びっくりし、涙を流してくれました。

台湾に出張中の友人は40年前に世話になったことをいまでも覚えているとメールをくれました。

ただの田舎のおばあさんだけれど、たくさんの若い人にも好かれ、好きなことをして、いい人生だったと思います。

まさしく桜の季節にふさわしい西行さんの歌のように逝きました。

「願はくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ」が頭に浮かんできて、母の思いもその通りでしょう。

考える暇がないくらい、あっさり逝ってしまいましたが、いつも小走りで「へんしも、へんしも」といつも急いでいましたので、母らしいと思います。

いまごろは、にっこり笑顔で文字通り、お大師さんと同行二人、のんびりと次の人生を歩んでいると思います。

【写真】世界旅から帰ってきて母と(上)、遍路している最中の母(下)

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