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ブラジル在住のカメラマン、楮佐古晶章さん(高知市出身)が、ブラジルの毎日を活写。

 

セントロを歩く

sentoro.jpg土曜日で一般の通行人が少ないせいだろうか、プラサ・ダ゙・セの雰囲気が非常に荒れていた。

 

教会の入り口の階段にはぼろ布をまとった人々が、ハゲワシのように、空ろな目をして座っている。広場には死んだように眠る人々が倒れている。その姿はまさに死体である。そのすぐ横では、布教家が神の教えをわめき散らしている。まったく不思議な光景である。

 

カメラを持った指がうずくが、今日の僕にはなかなか撮る勇気が起こらない。もし警官に見つかると尋問を受けることが確実だし、それらの目を潜り抜けて写真を撮るパワーが今日の僕にはなかった。そんな自分が、また嫌になる。感覚のまま写真を撮れる人間だったらどんなに楽かと思う。

 

僕の頭には、「写真は暴力である」とあるカメラマンの言葉が常にある。それは僕にとって人の写真を撮るにあたっての戒めであり、時には写真を撮れないことの言い訳でもある。人並み以上に小心者の僕は、見ず知らずの人の写真を撮るのは怖いし、文句を言われたり、怒られたりして傷つきたくない。

 

さらに僕自身写真を撮られるの嫌いである。だからできるだけ、人が嫌がらない写真、喜んでもらえる写真を撮ることを心がけている。でも、えてして僕がひかれるシャッターチャンスはその逆のことの方が多い。そんなシーンに出くわすと、撮りたいとの欲求と、撮らないほうがいい、というせめぎ合いである。

 

そんなわけでセントロを歩くと、精神的に結構疲れてしまう。

 

【写真説明】天使の姿をした大道芸人。最近この手が増えた。サンパウロはどんどん住みづらいところになっている。天使にお布施を渡したくなる気分になるのも分かる 

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