
2010年1月アーカイブ
龍馬伝「第5話」。とうとう黒船がやってきました。
「太平の眠りをさます上喜撰(じょうきせん)、たった四杯で夜も眠れず」
黒船がやってきた当時の有名な狂歌。
上喜撰は上等なお茶のこと。上等だから、成分が濃縮されていて、わずか4杯分に飲んだだけでも夜眠れなくなってしまった。
もちろんこれは、黒船来航にかけているわけで、上喜撰は蒸気船。四杯は4隻で、蒸気船が4隻来ただけで、上を下への大騒ぎ。夜も眠られなくなってしまった当時の江戸市民の気持ちを代弁しています。
福山雅治さん演じる坂本龍馬も、黒船を真近に見て、大衝撃を受けます。
日本中に激震が走ったでしょうね。蒸気で動く船なんて当時の日本人は見たこともなかっただろうし。
今ならさしずめ、巨大な異星人の宇宙船が突然、空から舞い降りてきた時のようなショックでしょう。
この衝撃が太平の世の「眠れる志士」たちを覚せいさせ、尊王攘夷の嵐が吹きすさび、維新への道が開かれることになります。
剣の道を究めようとしていた龍馬が、黒船を見て、剣は異国との争いに無力ではないかと思い悩む場面は、リアリティがありました。
番組の最後に紹介されていたように、土佐藩の品川下屋敷(現品川中学校)や鮫洲抱屋敷に、藩士は集合し、浜川砲台の警備にあたりました。
自分が立っていたいる地面をくつがえされたような衝撃を受けて、龍馬がどう成長していくか。
いよいよクライマックスへの序章が始まりました。
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きょうの日曜市は雨が降り、肌寒い一日。
気温が低いせいで、最近では珍しく人影もまばら。
元気な店主さんたちは、「たまには、すいちょって、えいわえ」と笑顔。
この笑顔で、あったまりました。
この寒い中、グリーンロード前では、高知短期大学で夜学ぶ学生さんたちが店を出していました。
「高知学」という授業の一環ということで、販売を経験し、市(いち)の雰囲気を知り、五感で学ぶとか。
併せてお店を調査するフィールド学習もしたそうです。
店の目玉は安芸市の入河内ダイコン。なんでも、高知短大のOBが、入河内でダイコン作りに精を出しているそうで、そのPRです。
現役の学生さんたちも農作業に協力しているそうで、試食のダイコンは、甘みがあって、おいしかったです。
学生さんたちが費用も持ち寄りで負担。利益が出れば市の産品を買って帰ろうということでした。
さすがに、学生さんの半分が仕事を持っているだけあって、実学的ですね。
身銭を切ってまでこういう授業を受ける姿勢に共感します。
みなさん生き生きと、ダイコンやしし汁を販売していました。
この出店報告が2月7日午後6時から、高知短期大学で行われます。
日曜市に関心のある方はぜひ、おいでてください。
お問い合わせは同大学学生課(0888732159)まで。
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以前、紹介した龍馬語録の中にあったのが
「事は十中八九まで自らこれを行い、残り一、二を他に譲りて、功をなさむべし」
成功したら自分の力。失敗したら他人のせい。
こういう人が多いのが世の中ですが、大局的な立場に立って、ものごとを進めていくには、龍馬のような考え方をするべきなんでしょうね。
成功したら、他の人に功を譲る。
龍馬は老子の影響を強く受けているんではないかと、前に述べましたが、加島祥三さんの老子の自由訳「タオ 老子」(ちくま文庫)を読んでいて、同じようなことを言っている個所に出会いました。
「このタオの本当のリアリティを受け入れる時、人は何かを造りあげても威張らない。
成功しても自分のものにしない。
自分のものだと主張しないからかえって人から忘れられない。
そして誰もその人の成果を奪い取ろうとしないんだ」
龍馬が無欲だったことは、維新政府の高官になれるべきところを、まったくその意志がなかったことあたりからもうかがいしれます。
欲があまりなかったら、一介の浪人である彼の言葉に、みんな耳を傾けたんでしょうね。
この無欲さというのは、どこから来たんだろうと、ずっと考えていました。
一つは、彼のバックボーンになっている老子の考え方。
もう一つは、家が裕福であったことも原因なのではないでしょうか。
一般的に裕福な家に育った人は、がつがつしていない。
「はい上がりたい」の岩崎弥太郎とは好対照です。
ハングリー精神は、時には成功のエネルギーとなりますが、あまりに上昇志向、金満志向が過ぎると、逆に破たんしてしまうこともよりある。
龍馬の場合、すくすくと素直に成長した育ちの良さが、性格形成に好影響を与えたと思われます。
もちろん剣道修行や維新の動乱、風雲にもまれて、線が太く、肝がすわっていくのでしょうけど。
さて「龍馬伝」。きょうはペリー来る。黒船来航だ。
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仙台の友人より「笹かまぼこ」が届きました。
これがまたおいしいんだあ。 (なぜか青森弁)
高知のかまぼこもうまくて、よく県外に出掛ける時に、おみやげとして持って行きますが、「笹かまぼこ」 はまた違ったおいしさ。
高知のかまぼこは、素材の良さを生かした、魚のすり身そのものを味わうのに対し、「笹かまぼこ」はふわっとした風味で、たおやかな、上品なうまみが口の中に広がります。
ありがとうございます。
この友人との出会いは、先週。たまたまツイッターをのぞいていたら(昨日紹介した#ryomadenのハッシュタグを活用)、龍馬ファンの仙台の青年が「高知へ4泊5日の旅。これから旅の途中に各所から情報発信します」とのつぶやき。
「美しすぎる桂浜。こんなにキレイな場所だとは思わなかった。空、浜、水、全てがきれい」の言葉にうれしくなって、歓迎のメッセージを送りました。
もちろん面識はなかったのですが、たまたま高知城にいらっしゃっていたときに、こちらも休日で近くにいたので合流しました。
龍馬の生誕地を一緒にめぐり、近藤長次郎の邸宅跡や龍馬の生まれたまち記念館などを散策。
龍馬好き、歴史好きの二人の歓談は尽きることがありませんでした。
また火曜市では、二人でイモモチをほおばりながら、ご案内。
たまたま、店のおばちゃんが水路(火曜市は水路の上に立っています)にものを落としていたので、青年が親切に手を貸してあげました。
そのまま歩いていると、おばちゃんが、追いかけてきて「これお礼やき、もっていき」と新鮮なウルメを差し出しました。
心あたたまるひととき。
もう少し一緒にお話したかったのですけど、翌日から東京出張。残念でした。
ただ、高知のツイッター仲間が、この青年をネット上で、ガイドし、ナビし、お世話しているのをみていて、うれしかった。
青年がネットで呼び掛けると、ひろめ市場には、10人以上が集まって「おきゃく」をしたそうです。
土佐人は「おもてなしの心がない」とよく、言われますが、これを見てると、そうでもないんじゃないか。
特に土佐を愛してくれるお客さんと分かれば、みんなできるだけの「お接待」をすると思いますよ。周囲をみても。
青年は、みんなの対応をとても喜んでくれて、「また来たい。今度は家族を連れて」と、おっしゃってくださいました。
好青年。好奇心おう盛で、吸収力があり、バランス感覚を持った姿に、龍馬を感じたことでした。
「仙台の龍馬さん」の健康と、幸多き人生を祈ります。また会いましょう!
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最近やっとツイッターに慣れてきて、その面白さがだんだん分かってきました。
友人、知人のつぶやきあったり、励ましあったり、貴重な情報交換の場になっています。
また著名人のつぶやきも、どんどん入ってくるので、楽しい。
特にソフトバンクの孫正義さんは、「龍馬伝」の大ファンらしく、「4回も泣いてしまった第2話」とか、「あと8時間だ」「今から素振りします」「うぉー」とか、放映前、放映中に感じたメッセージが次々と流れてきます。
ソフトバンク携帯CMの高知編もそんな孫さんの気持ちが反映しているものと推測しています。
あのCMで特に好きなのは、桂浜に行った犬のお父さんが息子に
「携帯はどこがいいでしょう?」と聞かれて
「小さい、小さい。心は太平洋ぜよ」と答えるシーン。
またいい声なんだ、これが。
40年前の大河ドラマ「竜馬がゆく」で竜馬を演じた犬のお父さん、北大路欣也さんがいうせりふだから、思わずにっこりしてしまいます。
ツイッターにはハッシュタグという機能があって、ryomadenで検索すると、文中に「#ryomaden」の文字を入れている人のつぶやきが、新しいもの順に表示されてきます。
「龍馬伝」についてリアルタイムで語る広場が、仮想空間上にこつ然と立ち現れるんですよね。
それを見ていると、ドラマの感想や、龍馬の名言、龍馬にまつわる「つぶやき」がどんどん発進されていて、すその広がっているのが実感できます。
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先日、高知ローカルで「発進!龍馬伝」という番組をやってました。
会場は高知市春野。
龍馬博を訪れた岩崎弥太郎役の香川照之さんと平井加尾役の広末涼子さんが出演してのトークショーでした。
もの見高いので、会場におりました。
まずは「龍馬伝」の裏側リポートでした。既報もされているんですが、とにかく撮り方が斬新らしく、ほとんどリハーサルがないらしい。
そして長回し。
カメラを何台も動かし、とにかくまとめて撮影する。
ドラマを見た方は、分かると思いますが、非常に動的、動きのある画面になっています。
それに土佐の乾燥したほこりっぽい雰囲気を出すため、コーンを細かく砕いたほこりを役者さんの全身に浴びさせる。
このためのどをやられるらしい。
香川さんは「『初恋』が福山雅治さんのラストシングルになるんではないか、と心配している」とジョークを飛ばしていました。
福山さんは、龍馬役をやるプレッシャーからか、「早く暗殺されたい」と初めは言っていたそうです。
ところが、撮影するうちに、「生きたい、生きたい。死にたくない」と、変わってきた。
役に没入するうちに龍馬になりきってしまったとのこと。
香川さんによると、「福山さんは高知でロケしてから、何かが変わった」といいます。
実在の人物が、存在した空気、雰囲気の中で芝居をすることで、注入されたものがある、と。
ご本人も、高知の空気を浴びて、弥太郎に、「もう一度、弥太郎の人生を一緒に生きたい。弥太郎とともに生きたい」と強烈に思ったそうです。
これからの意気込みについて香川さんは
「役者である自分は、言ってみれば一番先端部分の自動車のタイヤである。一生懸命走るだけ。一年間福山・龍馬を支えて全力で疾走したい」と話していました。
高知出身の広末さんは
「地元の高知で愛されるヒーローに関係する役なので、すごいプレッシャーがあるが、ドラマに関わる幸せを感じている」と語っていました。
キャスト、スタッフのドラマにかける気持ちが十分に伝わってくる90分。
ヒットすることをこちらも祈りたい気持ちになりました。
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「龍馬伝」第4回で、江戸に出てきた福山雅治さん演じる龍馬が、よなきソバを食べているシーンがありました。
龍馬もよく食べていたんでしょうね。江戸といえばソバですから。
初めて上京したとき、東京のかけソバと、うどんのつゆのどす黒さ、濃さに、びっくりし(関西はふつう、カツオだしの黄金色)、「こんなもの食えるか!」と思いました。
ところが、慣れというのは恐ろしいもので、住んでいるうちに、この濃いソバがやみつきに。よく駅の立ち食いそばを食べてました。若い時はとにかく、お腹がすく。
神田お玉が池の千葉道場跡をあとにして歩いていると、その名を知られた「やぶそば」の看板が目についたので、入ってみました。
中はなかなかの混雑ぶり。
「せいろ」を注文し、待つことしばし。薄いグリーンの光沢のあるソバが来ました。
そばつゆに、つけて、ズズーといくと、ほのかな甘みが口の中に広がる。うーん。美味で、上品。
ちなみに東京の知人に聞いた話ですが、ソバの名の通った店にいくと、音を立てずに食べる(吸い上げる)、上品な人もいるとか。
「そんなものは江戸っ子じゃねえ。ソバはこうやって、ズズーと食べるもんだ」ということでした。
まあ西洋風のエチケットでは、ものを食べるとき、音を出すのは厳禁ですから、高級そうなところでは、音を出さないようにしようというのも、分かる気がするけど。
ただ、ソバをすする音も、味覚、触覚、味覚とならんで食欲をそそるものではあります。
実はこの「やぶそば」。西原理恵子さんが「恨ミシュラン」で「けちょん、けちょん」に描いていたので、どうかなあと思っていましたが、従業員の接客態度は丁寧で、ソバもとてもおいしいかったです。
こんど行くときは2枚食べよっと。
この「やぶそば」。幕末からあるらしく、ひょっとしたら、「千葉道場本店」に出向く際に、食べたかもと考えました。
でも、在所は当時は団子坂(文京区千駄木)にあったらしく、神田に移ったのは明治から。
ということで、龍馬との接点はなかったのでした。
上品なせいろより、龍馬には、よなきソバがよく似合う。
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「龍馬伝」をゆく(10) お玉が池の千葉道場
昨日の「龍馬伝」のラストに、神田お玉が池の千葉道場跡地の碑が出てきたので、びっくり。
数日前に行ってきたばかりだったんですよね。
ここは千葉周作の玄武館(千葉道場)があったところで、旧千桜小学校の構内にあります。
周作は龍馬の師匠である千葉貞吉の兄で、北辰一刀流の開祖です。
北辰とは、北極星のこと。北にあってほとんど位置を変えず、輝いていることから、航海の時の目印とされていたようです。
「不動の位置に立ちたい。不動心を保ち、光り輝く存在でありたい」とのことからの命名でしょうか。
司馬遼太郎さんの小説「北斗の人」は周作が主人公。
江戸時代までの剣道の流派というのは、「秘伝」とか、「奥義」とかいって、なかなかその深奥のところを明かさなかった。
神秘性を持たすためでしょうね。精神性も重視した。
周作は合理主義の人だったらしく、技術を分かりやすく門弟たちに指導したから、人が集まったのでしょう。
「龍馬伝」の中でも、福山雅治さん演じる龍馬が、太鼓のリズムに合わせて、女性や子供たちの門弟に、竹刀を振らせるシーンがありましたが、千葉一門の「分かりやすく教える」ことを重視した姿勢がよく伝わってきます。
「難しいことを分かりやすく、分かりやすいことを面白く」ですね。
桶町千葉の塾頭になる龍馬のことですから、本家である玄武館との交流もあったと思われます。
碑には、北辰一刀流の門弟の勤王家として、龍馬のほかに清河八郎の名前も。
清河は、新撰組の誕生に一役買っていて、これから「龍馬伝」の中で出てくるかも知れません。
碑のあるところが分かりにくかったので、地図を見てうろうろしていると、さっと近所のおじさんが寄ってきて、相談に乗ってくれました。
「このごろ、訪ねてくる人が多くてねえ」とのこと。
「龍馬伝」や歴史ブームのためでしょうか。
それにしても、おじさんはとても人あたりが柔らかくて、親切。
江戸時代から変わらぬ下町の人情を感じました。
きっと龍馬もこういった江戸下町の人情に触れたことでしょう。
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「龍馬伝」もいよいよ江戸編。千葉道場編ですね。
龍馬が通ったのは北辰一刀流の開祖千葉周作の弟、千葉貞吉(里見浩太朗さん)の桶町千葉道場です。
で、今回の東京出張の際、あったであろうという場所に行ってみました。
諸説あるのですが、ふだんよく行っている八重洲ブックセンターの南。
鍛冶橋通りをはさんで、八重洲三井ビルのあたりです。
いやあ、気が付かなかった。
すぐ西の山手線の内側にある東京国際フォーラムの建っている場所が、江戸の土佐藩の上屋敷があったところ。
ここから寝泊まりし、通ったとすると、すごく近い。
しかし、龍馬は下士なので、上屋敷に寄宿するというのは、無理かもしれない。
ドラマでも、築地の土佐藩中屋敷に滞在する設定でした。
龍馬の福山雅治さんと同宿する溝淵広之丞役のピエール瀧さんも、いい味出している。
彼の「わしは行くぞね」、語尾の「ぞね」がなかなかチャーミングでした。
福山さんの龍馬も、世間知らずで、うぶなところがよく表れていて、改めて好感を持ちました。
何より明るいのがいい。
鬼小町、千葉さな子役の貫地谷しほりさんもきりっとしていてぴったり。
もともと、演技ができるからなあ。「ちりとてちん」以来、注目しています。
さて、来週はいよいよ山内容堂と吉田東洋が登場。楽しみが増します。
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きょうの日曜市は日本晴れ、高知晴れ。
空に雲一つなく、どこまでも高い青空が広がっています。
いやあ、空気が澄んでいると、空の青さが透き通るようで、目にしみます。
早朝は寒気が厳しかったけれど、だんだん温度が上がってきました。
相変わらず人が多いです。
きょう放映の「龍馬伝」さまさまです。
日曜市の東詰が追手門。
観光客のみなさんが、門をくぐって、お城に上っていきます。
下士(郷士)である坂本龍馬は、登城することはまずなかったでしょうね。
ただ。お城で殿様から土佐藩に協力したお礼を言われたという言い伝えもあります。
この追手門。北に通り抜けできるので、通勤、通学にも使われています。
自転車に乗っている生徒さんたちもよく見かけるのですが、全国的にも珍しい光景ということでした。
日曜市は「追手筋」にありますが、その名前の由来は、もちろんこの追手門です。
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東京の会議の席上、いつも発言の機会があるのですが、土佐弁を話すのに、ちょっとためらいがあります。
まあ、こうべって(すまして)、標準語でしゃべっているつもりでも、結局、土佐弁で話しゆうがやけんど。
「土佐弁で話すのが、恥ずかしい、田舎者に見られるから」という気持ちは、あんまりない。
自慢じゃないけど、学生時代、東京にいる間でも、ずっと土佐弁で通してました。
アルバイトで塾の講師をやっていた時に、生徒が馬鹿にするんですよね。
「いもくさい。田舎者!」と。
その際には、「おまんらあやち、3代前までさかのぼってみい。ほとんどが地方出身者やろうがえ。生粋(きっすい)の江戸っ子なんて、おらんはずやろう。田舎者をばかにしたら、いかんぜよ」(「君たちだって、おじいさん、おばあさんの時代までさかのぼったら、ほとんどが地方出身者じゃないか。生粋の江戸っ子なんて、そんなにいないはずだよ。田舎者をそんなにばかにするもんじゃないよ」)と、抵抗。
そして、「土佐には古語が残っちょって、しょう(たいへん)、雅(みやび=上品で、優雅)な言葉じゃと、かの国学の大家、本居宣長先生も、ゆうちゅう(youtubeじゃなくて、「いっている」)とひとくさり、自慢するのが常でした。
例えば、「変わるにかわらん」という言葉。
「『変わるにかわらん』と、竜馬はややこしいことをいった」
司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」の一節です。
これは「変わるにか、あらむ」が音便化した言葉で、古文でよく習う推量の「む」です。
すなわち、「変わるでしょう」「たぶん、変わるのではないか」という意味。
平安時代の貴族が使っていた言葉からきているんですよね。
まあ、古代から土佐は「島流しの国」でしたから、流されてきた「貴種」から広がってきたものなんでしょうけど。
ただ、会議中は、意味が通じない場合があるので、土佐弁を話すにあたっては、気持ちにブレーキがかかるのです。
ところが、最近の龍馬ブーム。
「龍馬伝」放送のあと、東京の居酒屋では、「にわか龍馬」が増えるとか。
福山雅治さんになりきって「このままでは日本はいかんなるぜよ」「上士も下士もない世界を考えゆう」などと、土佐弁がよく話されているそうなんです。
これを聞いて、心理的ブレーキが取り払われました。
分からんかったら、聞いとうせ(言葉が分からなかったら、聞いてください)。わしゃあ、はやりの土佐弁を話しちゃる。
ひょっとしたら、東京の酒場で女性に「かっこいい。その言葉、龍馬みたい」と、もてるかも。
むくむく頭をもたげる下心。
と、それはさておき、土佐弁は面白い。
生でリアルな土佐弁を聞きたかったら、高知の日曜市にきとおせ(日曜市に来てください)。
こじゃんと、べっぴんで「はちきん」(※要グーグル検索)の店主さんたちが、こてこての土佐弁で、お出迎えするきに。
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東京から高知に帰りついてます。
なかなかハードな日程。
会議に出る少しの合間を縫って、坂本龍馬関係の足跡を訪ねていました。
その成果?は後日、報告しますが、東京は映画やドラマの舞台になっていることもあって、「あれこのシーン、どこかで見た」という風景にたまに出くわします。
写真は日比谷国際ビル内にて。
ちょうど会議があった東京都千代田区内幸町の富国生命ビルのすぐ南隣りにあります。
会議が午後1時からだったので、昼食をマックで軽くすませようと思い、このビルに入ろうとすると、目の前にゴールとフィールドがある。
規模からいってたぶんサッカーではなくフットサルの競技場なのでしょう。
これを見ていて、なぜか、「龍馬伝」武市半平太役の大森南朋さんの顔が頭の中にすっと立ち現われてきました。
それは江戸時代じゃなく、現代のしかもスーツを着込み、切れ者っぽい眼鏡をかけた姿が。
そう。大森さん主演の「ハゲタカ」です。
確かこのフィールド。「ハゲタカ」のシーンで見たことがある。
帰ってビデオを調べてみると、ありました。ハゲタカの元上司役の柴田恭平さんが、東洋テレビ記者役の栗山千明さんと初めて出会う場面。
アングルから言って、スターバックスのとなりの、ナチュラルビートというサンドイッチ屋さんから、フィールドをバックに使った撮影ですね。
「ハゲタカ」は最近、また見返したばかり。
「龍馬伝」と「ハゲタカ」の演出は、大友啓史さん。
「ハゲタカ」と「龍馬伝」での大胆なカメラワークと演出は共通しています。
何か「龍馬伝」に引っ張られて、「ハゲタカ」に出会ったような不思議な感覚に陥りました。
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龍馬よりひとあし先に江戸へ来ています。
宿泊先の品川周辺をうろうろしていると、立会川で、なじみに出会いました。
お久しぶり。龍馬の銅像さん。
確か高知の南水ホテルあたりで見かけてましたよね。
寒風の中、海防のため、ここまで出ばって来ているんですね。
まっことごくろうぜよ。
「龍馬の街」「龍馬がゆく」のぼりが。
そうなんですよ。品川は土佐藩邸の下屋敷があった関係で、龍馬や土佐藩になじみが深いんです。
ペリー来航で、海防を固めるため、龍馬も動員されたんですよね。
まさに、龍馬の街、品川。
行く先々で龍馬に出会うこのごろです。
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風花さんからいいお題をいただきました。
福山雅治さんの「ちょっと違った土佐弁」は、語頭にストレスがあります。
「おまんらあ、なにを、しゆうぜよ!」では、「お」と「な」と「し」を強く言う。
本来の土佐弁は、「ま」と「に」と「ゆ」が強調されますよね。
と、昨日申し上げたとおり、土佐人はこういうささいなところを言いたがる。
まあ言葉は耳に響くものですから、いつも使い慣れている音と異なると、「あれっ!」て感じてしまうんですよね。
まあ、「どちこちない」(どうってことない)。
毎回、福山さんの土佐弁はうまくなっています。
ちなみに、香川照之さんの弥太郎の土佐弁はほぼ、完璧。
先日の龍馬博オープニングセレモニーでは、土佐弁を無理やり言わせられてましたが、違和感がなかったです。
「龍馬伝」第3回では、金のない弥太郎が野宿していて、その様子を気に掛ける龍馬に対し、「ああ、ひやい、ひやい」。
ふてくされて、「はよう宿へ入れてくれ(宿代を出してくれ)」って気持ちがよく表れていて、大爆笑でした。
「ひやい」は、「冷やい」。「寒い」ってことです。
この言葉、土佐人は全国で通じると思っていて、東京のホテルで「ひやいき、部屋の温度を上げて!」と言って全く通じなかった話を知人から聞いたことがあります。
そりゃ、そうだ!
みなさん、今晩も「ひやい」ので、お風邪を召しませんように。
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昨日は「龍馬伝」第3回の放映。江戸へ留学を決めた龍馬(福山雅治さん)と、それを追う弥太郎(香川照之さん)の道行きの場面、面白かったです。
立川の番所はうまく通り抜けたのに、多度津でつかまってしまいましたね。弥太郎。
「おんしゃあ、めしが食えんかったことがあるがか?」(お前はご飯が食べられなかった経験があるのか?)
「わしゃあ、はい上がりたい」
同宿している溝渕広之丞(ピエール瀧さん)が横にいるので、小声での龍馬と弥太郎のやりとり。
声を抑えているだけに、逆に激情がよく伝わり、弥太郎の切なさが胸を打ちます。
何不自由なく育った龍馬と、地下浪人(じげろうにん)で、極貧の弥太郎の対比を持ってくる構成がうまい。
香川さんの熱演はもちろん、19歳の福山・龍馬が育ちの良さを感じさせ、世間知らずの雰囲気を漂わせているのが、またいいですね。
ところで、福山・龍馬の土佐弁については、高知では話題になっています。
地元出身の広末涼子さんと違って、そりゃあ、土佐弁のイントネーションは多少おかしくなりますわねえ。
高知の小学生の子どもたちの間でも、福山・龍馬の「ちょっと違った土佐弁」のまねをするのが、はやりになっているとか。
土佐弁の細かい違いにちょっかいとか、突っ込みをいれるのが高知県人。
でも、これは土佐弁、高知弁が、龍馬を通して全国に放映されるのがうれしい気持ちの裏返しでしょうね。
「龍馬伝」を3回見た限りでは、だんだん福山・龍馬の土佐弁がさまになってきていると思います。
これからに期待。土佐人の思いを一緒に江戸へ持っていってつかあさい。
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きょうの日曜市はまたまた肌寒い一日。
店主さんたちの中には、寒さで体調を崩した方もちらほら見受けられました。
でもお客さんのことを考えると、休めないんですよね。
みなさん、寒い中、本当にご苦労さまです。お大事になさってください。
気のせいかも知れませんが、日曜市に若い方々の姿が増えたような気がします。
やはり「龍馬伝」の影響か。福山・龍馬恐るべし。
昨日の「龍馬博」のオープニングセレモニーでは、NHKの福地茂雄会長がいらっしゃってましたが、「龍馬伝」のムック本(NHK出版)は、すでに40万部出ているとか。
大人気の「篤姫」が35万部だったそうですから、ドラマが始まるか、始まらないかのうちに、本ではすでに「篤姫」を抜いています。
香川照之さんが昨日、「コンサートで1本指で1万5千人を動かす福山雅治さんを見たとき、龍馬以上のスーパースターじゃないか。こんな人と一緒にやらないといけないのか、と、ぞくりときた」と話していました。
ちょうど昨日、福山さんのコンサートの様子をテレビでやってたので、ちらっと見ましたが、確かに、確かに。これはすごい。
でも香川・弥太郎も演技ではけっしてひけを取ってない、というよりむしろ香川さんの方がイニシアチブを取っているような気がします。
育ちの良さを感じさせる福山・龍馬と香川・弥太郎はなかなかいいコンビですね。
加えて、もう一人の核の武市半平太役の大森南朋さん。
先日「ハゲタカ」を見直しましたが、またまた彼の目の演技にしびれてしまいました。
主役の鷲津政彦は、あまり表情を動かさないので、目とか顔のわずかな動きと声の変化で感情の起伏を表さなければならないんですよね。
大森さんも、すごい役者さんです。
龍馬博会場で、サインを発見。「龍馬大好き… 半平太」と書かれていました。
大森さんは、歴史好きで、しかも龍馬の大ファン。
「子どもみたいだなあ」とおかしくなってしまいました。
「…」が意味深。
半平太役が来たときに、「半平太か」と、ちょっととまどったみたいですが、そこは大森さんのこと。
史料などをよく読み込んで、半平太の役作りをしたみたいです。
大森・龍馬も見てみたい気がしますが、光と影のある半平太の性格を演じるには、ぴったりの配役だと思います。
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きょう高知駅前で龍馬博が開幕しました。ゲストはNHK大河ドラマ「龍馬伝」で岩崎弥太郎を演じる香川照之さんと、龍馬の初恋の人、平井加尾役の広末涼子さん。
すごい人出でした。
香川さんは、「150年前に、世の中を変えようとした人々(維新前の土佐人)が生きて呼吸をし、この地に足を踏ん張って生きていたんだと思うと感慨深い。ぜひここに来て歴史を感じてほしい」とメッセージ。
「またドラマが高評価を受けたら、(キャスト、スタッフ)全員でまた高知へ来たい」と約束していただきました。
高知市出身の広末さんも「帰郷して地元、高知の熱さを感じる。高知が熱い。龍馬が熱い」と話していました。
香川さんは、ドラマでのごつごつとした弥太郎と違い、スマートで知的なイメージ。
広末さんは、可憐で、快活。しきりと聴衆に向かって手を振っていたのは、地元の知り合いが多いせいでしょうね。
香川さんによると龍馬役の福山雅治さんが、先月19日に高知ロケを経験したことで「明らかに演技が変わった」そうです。
龍馬の生きたこの地に来ることでパワーが注入されてたのではないかと、おっしゃってました。
先日見たテレビのインタビューでは、「龍馬伝」の脚本を書いている福田靖さんが「龍馬の魂は、どこに帰っているか。どこに帰りたかったか。長崎?違うでしょう。京都?それも違う。ここ、生まれ故郷の高知しかない」と話されました。
高知県人にとっては、すごくうれしい言葉。香川さんも福田さんもどうすれば、龍馬の地元の人が喜んでくれるか、活力を与えられるか、よく分かっていらっしゃる。
お二人ともさりげない気遣い、心遣いができる方々ですね。
なんか、こてこての地元びいきの話になってしまって申し訳ない。
しかし、龍馬や彼を取り巻く土佐の志士たちの息吹を感じたかったらみなさん、ぜひ高知へ。日曜市でお待ちしています。
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今年は寅(とら)年。
著名な物理学者であり、随筆家である寺田寅彦は1878年(明治11年)、東京で寅年、寅の日に生まれたため、寅彦と名付けられたそうです。
4歳から19歳まで土佐郡江ノ口村(現、高知市小津町4-5)で過ごし、その旧邸が寺田寅彦記念館として、立っています。
もっとも太平洋戦争の戦災で焼失しまい、現在立っている屋敷は残っていた設計図を基に1984年(昭和59年)、復元されたものです。
はなさんのブログで記念館の紹介があったので、興味を抱き、先日、訪ねてみました。
江ノ口川をはさんで城西公園の南、法務局の西隣にあり、入場無料(午前9時~午後5時、水曜日休館)。
とても静かで落ち着いたたたずまいです。
庭を散策すると、寅彦にゆかりのある樹木が植えられています。
部屋の中には寅彦がベルリン留学時に、師匠である夏目漱石にあずけたオルガンが。
係の方の説明によりますと、漱石の次女はこのオルガンをよく弾いて、音楽に親しんだそうです。
部屋にたたずんでいると、文と理に精通し、映画、音楽を愛した寅彦のマルチな関心と才能に改めて驚かされます。
寅彦のお父さんの利正は、龍馬と同じく郷士出身。「龍馬伝」でもたびたび出てくる下士にあたります。
「龍馬伝」第1回で、上士が下士を無礼討ちにするシーンが描かれていました。
これから「龍馬伝」のストーリー展開の上で出てくると思われますが、この問題で、上士と下士の対立が決定的になった出来事が井口事件。
上士に無礼討ちされた下士の兄が敵討ちを果たす。そこで、お互い仲間を集めて、土佐を二分する一戦になるかという事態に。
その当事者の一人の兄が寅彦の父、利正でした。
そして龍馬も参集した下士集団の中に居て、リーダー的存在だったという伝説もあります。
井口事件については、また書く機会もあると思いますが、この事件をきっかけに武市半平太や龍馬ら下士は、土佐勤王党を結成することになります。
この事件は利正に深い心の傷を残したことは想像に難くない。そして何らかの形で寅彦に伝わったのではないか。
龍馬と寅彦の意外な関係。そして両者は老子、荘子に関心があったということでも共通していました。
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「龍馬伝」第2回のタイトルは、「大器晩成?」でした。
大器晩成(たいきばんせい)は、「大人物になる人間は、遅咲きである、つまり、成長が人より遅い」という意味が一般的です。
この意味で、「泣き虫、弱虫、勉強できない」という龍馬は、まさに大器晩成。
劣等生にとっては、未来に希望を持たせる言葉で、自らを省みてもこれまで何度励まされたか知れません。
いや、いまだに励まされ続けております。大器ではないけど。
ところで、この言葉、「老子」から出ているんですね。
本来は上の意味ではなく、「大器はずっと広がり続けるという」という解釈もあります。
いかにも老子的、龍馬的です。
龍馬の号は「自然堂」。
「無為自然」はさかしらに頭で考えて動かないで、あるがままの姿でいるという老子の中心的な考え方です。
飾り気がなく、考え方が自由で柔らかい龍馬は、老子に傾倒していたんではないかと思われます。
龍馬の生きた封建時代は、儒教の考え方が、世に浸透していました。
親に孝行、主君に忠義。身分をわきまえ、礼節、礼儀を大事にする。これはこれで美しい生活の型ですが、一面形式主義に陥ることもある。
郷士出身で、身分制度に矛盾を感じていた龍馬にとって、儒教の考え方にはなじめなかった。
当時、「学問をする」ということは「儒教を学ぶ」ということで、龍馬が劣等生であったのも、うなづけます。
そんな彼には、老子の自由な世界が肌に合っていたのではないでしょうか。
もともと老子は「柔らかく、弱い」女性原理の考え方で、「柔弱なものほど、実は強い」という逆説を強調します。
世の一般的な考え方に逆らうことは、自らの内部でも抵抗が大きかったことでしょう。
それに対抗する考え方として、老子を軸にすえたところに、龍馬にとって時代の抵抗がいかに強かったかがしのばれ、いとおしく感じます。
しかしこの点でも彼のセンスは時代の先を行っていた。
なぜなら、現代でも「老子」こそ、行き詰まりを見せる世の中の指針となるべき考え方だと思われるからです。
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「何でそんなこというが!龍馬さんのことが、好きやったのに!」
と、広末涼子さん演じる平井加尾が言ってましたこのせりふ。
「わしは、人の気持ちがなんちゃあ、分かっちょらん」と龍馬(福山雅治さん)
平井加尾は龍馬の初恋の人と言われており、実在の人物です。
司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」の「福岡のお田鶴さま」(実在しません)のモデルですね。
加尾のお兄さんは平井収二郎(宮迫博之さん)で、龍馬の友人です。
劇中でもこれから描かれますが、龍馬と加尾の交際(?)をあまりよく思ってなかったらしい。
「龍馬は好人物だが、危険! 付き合うべからず」と加尾に言い聞かせた手紙を読んだ記憶があります。
100年先の近代人に近い感覚を持っていた龍馬のことですから、当時の人から見たら「危険人物、不穏分子」に見えたことでしょう。
彼はこれから各地を飛び回ることになるし、お兄ちゃんとしては、妹を嫁にはやれんわなあ。
収二郎、加尾の平井家の跡は、高知市の西部、山手町の踏切の近くにあり、碑が建っています。
坂本家の墓のすぐ近く。
地元の人に最近、話をうかがったのですが、
「加尾さんに会いとうて、この道を、ぎっちり(頻繁に)通いよったそうな」ということでした。
べっぴんさんだったみたいですね。
龍馬の好きな女性のタイプには、ある一定の法則があるみたい。そのことについては、また後日。
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しがみつかずに
こだわらずに
自分のペースで生きていれば、
誰でもそれなりに幸せを感じながら人生を送れる。
(「しがみつかない生き方」 香山リカ著 幻冬舎新書)
香山リカさんは精神科医。以前から本を何冊か興味深く読ませていただいてましたが、筑紫哲也さんの追悼シンポでお話をうかがって、分かりやすい語り口と、内容の面白さに魅了されてしまいました。
最近話題になっているのが、香山さんと、「エンジン01」で昨年末に高知を訪れた飛ぶ鳥を落とす勢いの勝間和代さんの対決(になっているかは別にして)。
この本も、第10章が「勝間和代を目指さない」になっています。
勝間さんは独立自主を貫くために、「がんばれ、がんばれ」とそのノウハウを本にする。
香山さんはそれに対して、「そんなにがんばらなくてもいいんじゃない」とがんばりすぎて、精神的に脆くなった患者さんを見る立場から、もの申す。
ナマケモノの立場からすると、信条的には香山派なのですが、勝間さんのいわんとすることも理解できる気がします。
お二人の論争?を見て、儒教と道教、孔子と老荘(老子、荘子)の対決みたいだなあと思ってしまいました。
儒教は江戸時代からの名残で、お隣の韓国ほどではないにしろ、日本人の精神に多大な影響を及ぼしています。
目的を達成するための「儀式」やノウハウを大事にし、こだわり、全力を尽くす。
対して老荘は、今に満足し、水の流れのように生きて、こだわりを捨てる。
これ、両方うなづけるところがあるんですよね。
ただ、「ひんがち」(土佐弁で必死、なりふりかまわないさま)になりすぎてもいけないし、流されっぱなしでもいけないし。
がんばりと力を抜いたところがバランスよく個性の中で同居するのが、理想です。
どちらかといえば、個人的には老荘にひかれますけど。
実をいうと、坂本龍馬も「老荘」的なのですよね。その話はまた後日に。
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「龍馬伝」ますます快調ですね。きょうは久万川の堤の改修の話でした。
龍馬(福山雅治さん)の父、坂本八平(児玉清さん)が、武市半平太(大森南朋さん)に遭遇するシーン。
八平が潮江j村(うしおえむら=坂本家のある本町筋から鏡川を渡って南東)に行く途中、忘れ物をして、乙女さん(寺島しのぶさん)に取りに行かせる。
そうなんですよね。八平は潮江から坂本家に養子に来ているので、確かに潮江の親戚の家に、たまには行っていたはず。
さすがに福田靖さんは、細かいところよく調べて、ドラマに入れていますね。
ただ、龍馬が携わった堤の改修工事は、久万川ではなくて、幡多のどこかの川だったという話は聞いたことがあります。
イメージとしては四万十川だけど、さだかではない。
人を使うのが非常にうまかったらしいです。
何でも人夫さんをグループ分けして競わせ、早くきちんと仕上げた方には報奨金を出したとか。
ただ、この話、「太閤記」にも全く同じエピソードが出てくるので、どうも後世の作り話なんじゃないでしょうか。
ドラマのように、水害で悩む母子を助けることを訴え、周囲を動かす龍馬の方が作り話でもロマンがありますね。
太閤記と言えば、昔大河ドラマで「太閤」秀吉をやったこともある岩崎弥太郎役の香川照之さん。
鳥かごを背負って、キュウリをくわえている姿がとてもチャーミング。吹き出してしもうたぜよ。
「なんでわしに見せつけるがぜよ」と龍馬と平井加尾(広末涼子さん)が仲良くしているシーンでの心底うらやましげな表情が、またえい。
さて来週は、いよいよ龍馬は江戸へ。
「江戸へ行かせてつかあさい」(江戸へいかせてください)
今度、東京出張に行きたい際に、使ってみようこの言葉。
「世の中をもっと見てみたいがです」と土下座する。これでOK間違いなしじゃき。
ちなみに土佐弁「つかあさい」はお願いのときよく使います。たぶん「つかわす」から来ているんでしょうね。
「(縁談を)断ってつかあさい」(加尾のセリフ)「今年こそ、タイガース優勝してつかあさい」「結婚してつかあさい」「景気をようしてつかあさい」などなど。
バリエーションを変えて、土佐弁で遊んでみましょう。
来週は、弥太郎との絡みもふんだんに出てきそうで、楽しみです。
ドラマ最後の生誕地紹介で、日曜市がちらっと出てきて、うれしかった。
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きょうが今年の日曜市の本格的な初市です。
連休の中日、そして、3日からNHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まったこともあって、お客さんが多いですね。
いも天にむらがる人たち。あめゆを飲むおとうさん、そして、年の初めのあいさつをするなじみのお客さんたち。
例年と同じように見えるけど、どこか違う。
気のせいなのか、高知ブーム、日曜市ブームの前触れか。
「一人盛り上がり」はこのへんにしといて
こんなに寒いのに、裸でいるお子さんを見かけました。
そんなかっこうやと、風邪ひくぜよ!
けんど、マフラーが、あったかそう。
なぜか、鉢の中からバンザイしているキューピーさんでした。
元気があって、えいのう!
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はがれる偽善顔
どこまで行けるか攻め達磨
(「西原理恵子の太腕繁盛記」 西原理恵子著 新潮社刊)
このところ、龍馬一辺倒になっているので、またちょっと目先を変えようと、本屋さんに入ったら、龍馬本ばかり。
いずこも同じ、龍馬ブーム。
しかし、ちょっと目線をずらすと、見慣れたひねた絵柄が。
そう。龍馬に負けないパワーを持つサイバラだ。
ネットで連載されていた、西原さんのFX挑戦記。
うーむ。これって、FXの指南書?負けてばかりなんだけど。
まあ、始めたあとにリーマンショックが来たということもあったんでしょうが。
1000万円ふっ飛ばしの過程がおもしろおかしく描かれてあって、笑えます。
ほんとに勝ちにいくんだったら、もう少し慣らし運転してからの方が良かったと思います。
でも、ちまちまやってたら、漫画になりませんものね。
大儲けした話より、やはり、損をした話の方が、なんとなくすっきりさわやかな感じがします。
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尊皇攘夷の先駆けとして土佐藩内の郷士(下士)を結集し、土佐勤王党を結成した武市半平太。
「龍馬伝」では、私の大好きなハゲタカ、大森南朋(おおもりなお)さんが演じています。
冷徹だけど、熱い情も持ち合わせている、複雑かつ魅力的な半平太を演じるのに最適なキャスト。
半平太は、絵や詩の才能があり、教養人でありながら、剣が強い。
初めは同志だった龍馬とたもとを分かち、「悲劇の革命児」になっていくのですが、それはまた後の話。
自画像からも分かるとおり、白皙(はくせき)の美男子です。
時代劇「月形半平太」のモデルで、
劇中の「月さま、雨が」「春雨じゃ、濡れてまいろう」の名せりふが有名。
美男子で、文武両道なら、それはもてますよねえ。
半平太の道場は、高知市の菜園場(さえんば)にありました。
土佐藩主に献じる菜園があったことから名付けられた菜園場。播磨屋橋から東へ歩いて10分くらいです。
電車通りをはさみ、高知市文化ぷらざ「かるぽーと」のちょうど真北に公園があり、その中に「武市半平太邸跡」の碑が建っています。
実際に道場があったのは公園の北だったらしいですけど。
もともと、半平太の家は高知市五台山南東の仁井田ですが、道場を構えるには、少々お城下には遠すぎる。
そこで、嫁さんの富さんの縁でここに居を構えて、剣や学問を若い郷士たちに教授していたようです。
本丁筋の龍馬の家から、東に歩いて30分くらい。龍馬もよく通っていました。
龍馬が武市道場へ行った帰りによく立ち寄ったといわれているのが、釣具屋「丹吉」。
現在も電車通りに残っています。
どうせ、龍馬のことだから、あほなほら話ばかりしてたんでしょうね。
「わしが昨日釣リ上げた魚は、こじゃんと大きゅうて、両手で抱えきれんほどじゃった。ほんで、抱えようとしたらのう、するっと逃げて、海の中へ消えてしもうた」
「ほんまに残念!、わしゃあ、ずぼらやき、釣りには向いちゃあ、せんかもしれん。当分は『陸(おか)釣り』でいくぜよ!」
なんて言ってた気がします。
私たちは「幕末」というと、人々が常に緊張していたようなイメージを持ってますが、今よりは日常の中に、のどかさがあったのではないでしょうか。
※「陸釣り」は「女性を陸で釣り上げる」ことです。念のため。
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きょうは、今年初めての木曜市。龍馬の生誕地から東のお城の方へ歩いて10分ほどのところにあります。
寒いし、年始めということから、店の数はやや少ないです。
「龍馬伝」では、本丁筋から仰ぎ見る高知城がありましたが、現在ではビルに隠れて、見えません。
近くの木曜市の屋根越しからは見えます。澄み切った空気の中、白く、美しく輝いています。
当時、龍馬はどんな思いで高知城を見上げていたのでしょうか?
もちろん下士(郷士)である彼は登城することはありません。
ドラマで福山雅治さん演じる龍馬が言っているように、上も下もない社会を作ろうと考えながら、城をながめていたのか。
とすれば、ぶっつぶすべき上士の象徴?「今に見ておれ」と毒づいていた?
しかし、しかし何となくですが、龍馬は、青い空にぽっかり浮かんだ高知城を、無心に(というか、ぼーと)見つめていたような気がします。
「うん。青い空と白い雲。お城によう映えちゅう。きょうはえい(良い)日じゃのう」とか何とか言いながら。
海に向かって、がなりまくるより、ぼうようと高知の景色の中にたたずんでいるのが、龍馬らしい。
木曜市から南へ行くと鷹匠(たかじょう)公園。さらに南は山内神社。そのさらに南は鏡川。
本丁筋の龍馬の家からも近いし、ここら近辺は龍馬もうろうろしていたことでしょう。
木曜市の南東にはホテル「三翠園」があります。
ここは鷹匠公園とともに、以前紹介した「鯨海酔候」山内容堂の下屋敷があったところ。
当時の雰囲気を残す門構えと、それに連なる下屋敷長屋(重要文化財)が、幕末の雰囲気を残しています。
鷹匠公園には「山内容堂邸跡」の石碑があります。
木曜市を訪れた方はぜひ、南詰めまで足を延ばしてくださいね。
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泣き虫、弱虫だったという龍馬も、剣は才能があったようで、近所の日根野道場でめきめき頭角を現します。
「龍馬伝」では母、幸(草刈民代さん)の理不尽な死をきっかけに、龍馬(濱田龍臣君、福山雅治さん)が剣術に励む設定になっていますね。
龍馬生誕地をまっすぐ南に(近くの東西どちらかの辻を南へ)行くと、鏡川に突きあたりますが、その周辺が、龍馬が通った日根野道場があったところ。
通称は築屋敷(つきやしき、現上町1丁目)といいます。
川沿いにずっと桜並木が続いていて、家々の古い石垣とともに、江戸時代の情緒を感じさせます。
鏡川を見ながらの散歩に最適。昨日も水鳥が、のどかに水浴中でした。
築屋敷はもともと、鏡川の堤の外側の河川敷の竹やぶでしたが、18世紀初めに、富裕な商家らが許可を得て、石垣を築いたのが始まりとされています。
川に面していても、風水害が心配される時に、なかなか水がこないんですね。昔の人の知恵とセンスには驚かされます。
今でも、きちんと整備されたお宅が多いです。
花見の季節、家の中からライトを当ててくれているおうちもあり、夜桜見物が楽しめます。
桜をめでる人たちに向けた粋(いき)なはからいですね。
石垣の側を通っていると、どこからか修行に励む龍馬の竹刀の響きが聞こえてきそうです。
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龍馬の家は、本丁筋、今の高知市・上町1丁目にありました。
「龍馬伝」でも紹介されてましたが、彼が江戸へ出る前は、父の坂本八平(児玉清さん)、長男の権平(杉本哲太さん)、継母の伊與(いよ=松原千恵子さん)、千鶴(大鳥れいさん)乙女(寺島しのぶさん)、権平の妻、千野(島崎和歌子さん)らと、ここで暮らしていました。
龍馬は優しく、柔らかく女性気質のところがあるのですが、周囲に女性が多かったからでしょうね。
よく家に帰ってきている長女の千鶴さんはおりますが、ドラマの中で次女の栄さんの姿がないのが、ちょっと気がかり。
栄さんは、のちに龍馬が世に出るときに重要なエピソードがあるのですが、真偽さだかではないので、省くのかな?
それはともかく、きょうの高知市は、寒波襲来でまっことひやかった。
龍馬の生誕地近くは寒々としていて、さすがに人影なし、と思いきや
車から降りてきた若者が、パシャ、パシャと生誕地の撮影をしたあと、車に再び飛び乗って去って行きました。
これから、たくさんの龍馬ファンが多数訪れるんでしょうね。
今は上町病院が建っていて、高知の血を引いた吉田茂元首相の筆による「坂本龍馬先生誕生の地」の文字が刻まれた碑があります。
周囲には、船の舵(かじ)の中に入った龍馬の肖像と、ピストルと坂本家の桔梗の紋を配したベンチもあります。
今は寒いけど、もう少し温かくなったら、このベンチに座って、大家族、坂本家のにぎやかな様子をイメージしてみるのも楽しいかも知れません。
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昨日から始まった龍馬伝。まだ高知編なので、ドラマを見ていると、地元の人間としては、ついついあれはあそこ、あそこはここだなあ、と場所を特定してしまいます。
子ども時代の龍馬(濱田龍臣君。愛らしい。もう少し長く出演してもよかったかも)が、無理やり川に飛び込ませられるシーンがありました。
これは鏡川でしょうね。ロケ地は岩手みたいですが、鏡川に地形がそっくりなので、びっくりしました。
スタッフはよくこんなに似通った場所を探し出しましたね。
泣き虫、龍馬、弱虫、龍馬。
ほんとに彼が弱虫だったかは分かりませんが、鏡川で泳いでいたことは間違いありません。
龍馬の生誕地から西へ二つ目の筋を南に向かうと、月の瀬橋がありますが、その側に水神を祭る水天宮があります。
泳ぐ子どもが水害に遭わないように、洪水が起きないようにとの当時の人々の気持ちが込められています。
「鏡の流れ、とこしえに~♪」
龍馬の生誕地近くの第六小学校の校歌ですが、鏡川は高知市の中央部を流れる川として、市民に親しまれています。
風のないだ日には、鏡のように周囲を映して美しい。
朝焼けや夕暮れ時の朱(あけ)増す光景には、心奪われることがしばしばです。
福山雅治さんには、ぜひ鏡川を一度見て欲しいなあ。
龍馬の心象風景の重要な一部になっていると思われるから。
この鏡川。「台風銀座」高知の宿命でよく氾らんを起こします。
長年に渡る治水の成果で、最近は水害は減りましたが、以前、よく川近くの家は浸水していました。
さて、龍馬伝第2話は龍馬が治水に力を尽くす話のようです。
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龍馬伝、始まりましたね。
実は大河ドラマは最近、1回目を見て、あまり面白くないので、途中で見るのをやめていました。
今回は地元出身のヒーローということでのひいき目を差し引いても、これからずっと見ていこうという気にさせる第1回目でした。
龍馬の母、幸が犠牲になったり、や郷士の若者が無礼討ちになることで、上士と下士の関係を分かりやすく「絵」で見せています。(長宗我部侍と山内侍の対立の説明があれば、なお分かりやすいですが)
上士も下士もない社会、平等な社会をどうすれば実現できるか。
今の龍馬では「分からん」けれども、彼がその道を物語の中で探していくことが初回で明確に指し示されました。
もう一つの大きなテーマは「憎しみ合うだけでは、何も変わらん」ということ。
これはひいては、薩長同盟、大政奉還につながる発想ですが、現代の9.11、イラク戦争、アフガン問題、パレスチナ問題などの世界のあらゆる紛争まで視野に入ってきます。
光源を150年前の龍馬に求め、現代の諸問題まで光を当てようとする作者の脚本家、福田靖さんの野心的な取り組みではないかと感じました。
映像も斬新。とても動的でリアルでした。
役者さんもいい。特に香川照之さんはさすがです。
「わしゃあ、あの男(龍馬)が一番嫌いじゃ」
龍馬に対する憎悪と親愛。岩崎弥太郎の屈折した複雑な感情をよく表現していました。
冒頭のこのシーンだけで、ドラマに引き込まれてしまいます。
土陽新聞の記者、坂崎紫瀾(さかざき・しらん=龍馬を題材にした小説「汗血千里の駒」を書いたことで知られています)に功成って三菱の社長になった弥太郎をインタビューさせる構成が見事。
余談ながら、土陽新聞は現在の高知新聞のルーツで、坂崎は高知新聞の編集長経験者です。
龍馬役の福山雅治さんも、あまり力んでなくて、よかった。
次回以降も大いに期待させる内容。日曜日の楽しみが日曜市以外にもまた一つ増えました。
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きょうは3が日だけあって、出店数も少ない日曜市。
さすがに人影もいつものようではありません。
でも、きょうから始まる「龍馬伝」効果で、たぶん来週は、たいへんなことになるでしょう。
混雑してないので、店主さんたちにゆっくりと新年のごあいさつ。
今年もよろしくお願いします。
途中で、めでタイお年玉をいただきました。
今年も「いただきもので生きてます」。
「タイごのみ」「やっこねぎタイ焼き」の渡辺さんから酒かす入りタイ焼きです。
焼きたて、ほくほく。かみしめると、ほのかに漂う、日本酒の甘い香り。
「いやあ、上品な味ですね」というと、渡辺さんは「作りゆう本人が上品やきね(作っている本人が上品だからさあ)」。
そ、その通りでございます。
みなさんにお勧めしたいんですけど、このめでタイ、タイ焼き。きょうしかお店に出ていません。
なんでも経費の関係で、ずっとは売り出しできないらしいんです。
でも、酒かすの甘さを味わいたかったら、渡辺さんちにアイスがありますので、それをどうぞ!
それと、お好み焼き味の「タイ好み」、ヤッコネギ味など、ユニークなタイ焼きも人気ですので、お試しください。
おもしろうて、こじゃんとうまいキニ。
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あすからいよいよ「龍馬伝」が始まります。
前宣伝も盛んにされていますが、注目すべきは坂本家の会食シーン。
龍馬の家族はどんなものを食べていたんでしょうね?
「シャモ鍋」は有名ですが、あんまりよく出てくるので、ちょっと食傷気味。
もっと普通に何を食べていたのか知りたいです。
土佐勤王党で、白米を食べていたのは、龍馬や武市半平太ら数人であったといわれています。
龍馬は、家が裕福だったし、半平太は、下士でも最上級の白札でしたから、まだ白米が食べられた。
ほかの仲間は貧乏郷士なので、ヒエやアワなどを常食にしていました。
あとカツオは、現在でも高知県は日本一の消費量がありますので、龍馬も食べたのは間違いない。
案外、皿鉢(さはち、さわち)料理あたりにヒントが隠されているかも知れません。
それと200年以上の歴史を持つ土佐の街路市。
150年前の土佐より、現在は店頭にある食品は格段に豊かになっているはずですが、変わらぬまま今に伝えられている産品も多々あるはず。
龍馬が食べたであろう食品を探して、日曜市を見て、歩いてみるのも、また楽し。
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2010年元旦。みなさま、本年もよろしくお願いします。
高知は寒いけど晴れ。
首を90度、傾けて真上を見上げると、なーんにもない、ただ真っ青な空。
よく晴れました。
昨晩から、今夜にかけて「ゆく年くる年」で、高知市の潮江天満宮が全国中継されていました。
「龍馬の生誕地のそばの神社」という紹介。「龍馬伝」のPRもかねて、やりますなあ,NHKさん。
昨日の紅白歌合戦でも、「龍馬伝」の宣伝がすごかったですね。命かけてる感じ。
それにしても、「福山雅治さんが歌うのは、桂浜の龍馬像前」という情報、あえなく空振り。
桂浜へ見に行っちゃろうかと、ちくと野次馬心が動いたのですが、寒風の中、行かなくて、よかった!
話を戻して潮江天満宮。
午前9時前に行きましたが、割とすいてました。まあ、深夜からあれだけ並んだらね。
一度並んだことがあるのですが、あまりの寒さに、夜お参りに行くのは止めてしまいました。
静かな、静かな元旦。
じっと、長時間祈りや願いをささげる人、破魔矢や安産のお守りを購入する人、そしておみくじに一喜一憂する人々。
どれだけの祈りがあることでしょうね。よこしまでない、切実な願いは、かなってほしいなあ。
神社を出て、天神橋を渡ると、鏡川が美しい。
名前のとおり、鏡のように、天を、そして周囲の物を映しています。
明鏡止水。
曇りなく、明るく澄み切った心情。
「いつも心に鏡川を!」を今年の目標にしよう!
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