
2010年3月アーカイブ
秋田の友人に石垣や土塁が好きな方がいらっしゃいまして。
「高知城の石垣がステキそう」とのお話に乗って、昼休みにお城まで撮影しに行ってました。
見慣れた高知城ですが、石垣から眺めてみると、また違った視点が得られて、面白かったです。
まさに、「人は石垣。人は城」ではなくて、「城は石垣」。
こけむした石垣をみていると、江戸時代からの歴史が積み重なっているようで、感慨深いものがあります。
高知城の石垣には、全国の城にないものが一つあります。
それは石樋(いしどい)。
石垣の上部に、ニョキ!と石の板が出っ張っています。
雨が多い土佐の地。排水が直接、石垣に当たればすぐぼろぼろになってしまう。
それを防ぐための工夫なんですね。
この石樋の下には、水受けの敷石をして地面を保護しています。
高温多雨の高知県の風土をよく表したアイテム。
こういった仕掛けが高知城にはたくさんあります。それぞれの見方で、楽しんでみてください。
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寒いですね。きょうも。
しかし、日がさんさんと降ってきて、散歩するには気持ちいい。
きょうは鏡川沿いに、龍馬の日根野道場跡のある築(つき)屋敷を通って火曜市へ行ってきました。
記念撮影する家族連れも。
会話を聞いていると高知県外の家族らしい。
「龍馬は薩長同盟に活躍…」などという会話を聞いていると、子どもさんが龍馬にあこがれを持っているらしく見受けられました。
道場跡はもう残っていないですけど、往時をしのばせる石垣は健在。
イメージを膨らませた「小さい龍馬」が次々とはばたいていくといいですね。
道沿いに桜並木があり、まだ四分咲き程度。
ここの桜もあでやかですから、龍馬ファンにはぜひ訪れてほしいですね。
龍馬の家に最も近い青空市、街路市である火曜市は、ふだんと違ってお客さんも少し多いようでした。
やはり、「龍馬伝」効果は大きいですね。
火曜市は江戸時代からのオープンマーケットの雰囲気をよく残しているので、県外からのお客さんには、ここもお勧めスポットです。
みんな、ぎりぎりでやりゆうき、あんまり値切らんとってね。
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昨日の「龍馬伝」。とうとう龍馬は脱藩しましたね。
「離れちょっても。おまんのことを、みんなずっと思いゆうきね」
乙女姉やんの泣かせる言葉。「ごめんちや」と龍馬も涙。
一人仏壇に手を合わせるのは龍馬(福山雅治さん)の継母、伊與(いよ)役の松原智恵子さん。
往年の美人女優さんですね。今でもお美しいですけど。
育ちの良さが感じられる立ち居振る舞いで、声もおっとりしていて、良家で育った優しいお母さんを演じています。
この伊與の実家が川島家。高知市の仁井田にあります。
たまたま家を訪れたときに、お家の川島明子さんにお話をうかがうことができました。
話しているうちにお家の中を拝見させていただくことに。なんと、あつかましい。 川島さん、ありがとうございました。
正月の龍馬特番では、脳科学者の茂木健一郎さんが、この川島家を訪れ、龍馬が眺めていたであろう世界地図を紹介していました。
海外の文物もたくさんあったようですね。
川島家はこの地域の名士だったようで、文化人のサロンを形作っていました。
龍馬の父、八平もこのサロンをよく訪れており、そこで見初めて後妻(龍馬の実母幸はドラマで描かれていたように早くに亡くなっていました)にしたのではないかと推測されます。
松原智恵子さんも美しい方ですが、伊與(いよ)も美しい女性だったようです。
中には、江戸時代から伝わる絵や、山内容堂の筆といわれる書も置かれており、往時の雰囲気が忍ばれました。
龍馬や乙女は船に乗って、この川島家によく遊びに来ていたとのこと。
世界に目を開いていた異色の志士、坂本龍馬の原型がここで形作られたのかも知れませんね。
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「龍馬伝」。とうとう龍馬は土佐を脱藩。
そして、土佐では勤王党によるクーデターが。
文久2年(1862年)4月8日、武市半平太の指令によって、那須信吾、大石団蔵、安岡嘉助が参政、吉田東洋を襲いました。
東洋の自宅は現在の高知市の帯屋町。
暗殺の現場は追手筋から南北に通る帯屋町への道筋に。ちょうど追手前小学校の東側に当たります。
きょう日曜市からこの道を通って来ました。
ドラマの中で東洋が暗殺される日。きょうの高知の空は曇り、風は肌寒く、蕭々(しょうしょう)として鏡川寒し。
ふだんは全く注目されていないこの場所ですが、「吉田東洋先生記念之地」という碑が立っています。
最近は龍馬伝の影響か、「吉田東洋」という名前を見て足を止める人がちらほらいました。
何度も書いてきましたが、ドラマの中での田中泯さんの吉田東洋の迫力、最後まで衰えませんでした。
体の切れもよかった。
ぬかるみに足を取られての無念の最期。残念!来週から東洋の姿を見られないとは。
暗殺の地からすぐ近く。帯屋町筋の通りを西に入ると、昨日、紹介した「お~い!竜馬」の大看板。龍馬が無邪気に笑っています。
龍馬と東洋は開明派ということで、考え方に似通っていた点もあり、もし東洋が生きていたらどんな活躍をしただろうと、しばしもの思いにふけってしまいました。
龍馬の脱藩は東洋の暗殺に先立ち、文久2年3月24日。ほぼ2週間のタイムラグしかないので、暗殺者として龍馬が疑われたのも無理ないですね。その話は次週の龍馬伝で。
龍馬は「花見に行く」といって出かけ、坂本家の持ち山の中にある和霊神社に参ったあと、梼原を抜けて脱藩していったようです。
いよいよこれから、5年間の龍馬の活躍が始まります。
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曇天、やや肌寒いきょうの日曜市。
近くの高知城の桜も今は盛りと咲き誇っており、お客さんも次々と、押し寄せています。
市(いち)の上を見渡せば、お城の天守閣に、人が鈴なり。
今さらながら、日曜市のロケーションの良さに、感じ入ります。
それにしても人が多い。
イモ天(イモの天ぷら)を販売している大平博子さん(日曜市4丁目南245番 木曜市70番)のお店はいつも人気で、行列ができています。
その行列がどんどん伸びる。
周辺では、にこにこしながら、イモ天をほおばる人たちの輪ができています。
近くの木にはセミならぬお子さんがとまっている姿も。
埼玉からの家族連れです。
好日!日曜市をたっぷりと満喫してくださいね。
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「龍馬伝」では、龍馬の脱藩前夜。
きょう帯屋町を通っていたら、見慣れた「お~い!竜馬」のでっかい看板が目に飛び込んできました。
「お~い!竜馬」は「土佐・龍馬であい博」のオフィシャルサポートキャラクター。
そこで、「龍馬語録」とともに、小山ゆうさんの描くこの竜馬キャラ(原作は勝海舟役の武田鉄矢さん)が登場したということらしいんです。
元はダイエーのあったところ、なにせ大きいですから、道行く人の目を引きます。
親しまれたキャラと、龍馬の言葉を再認識しようという試みなのでしょう。
「日本を今一度せんたくいたし申候(もうしそうろう)」の言葉も。
これは脱藩した龍馬が、文久3年(1863年)に、故郷・土佐の乙女姉やん宛てに出した手紙の中にあります。
この言葉、あまりにも有名で、「龍馬の洗濯板」なる商品まであります。
本当の洗濯板で、初めて見たときは笑ってしまいました。
後年、龍馬は「日本をせんたくする」ような活躍をしますので、この言葉がクローズアップされたのでしょうね。
でも、乙女さんは、龍馬にとって、お母さんのような人。
個人的には、どうも身内に、自分を大きく見せたいがために、書いたもののような気がしています。
龍馬は壮大なほら話が好きだったようですが、肉親にちゃめっけたっぷりに、大ぼらを吹いたのでは?
一般の人でも、家族には、多少自分を誇張して「太いことをいう」(土佐弁で「大きなこと」をいう)のはよくあること。
現在の日本で、あまりにもこの言葉が大きくなっているのを、天にいる龍馬は苦笑しながら、見ているのかも知れません。
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木の芽どきは、体調を崩す人が多いですね。
周囲を見渡しても、「体調不良」という話をよく聞きます。
といっている本人も、具合の悪さを感じて、病院に検診に。
幸い、異状なしで、きょうの澄み渡る空の青さに感謝です。
「5月病」という名前のある通り、これから4月、5月にかけて、心理的にも不安定になることが多いですよね。
そんな方には、この歌がおすすめ。
「な~にがなんでも、やりぬくデチチョ。頭のちょっといいドン・ガバチョ♪」
「ドンドンガ~バチョ、ドン・ガバチョ♪」
「きょうがだめなら、あしたにしまちょ。あしたがだめなら、あさってにしまちょ。あせってがだめなら、しあさってにしまちょ。どこまで行ってもあすがある♪」
「ちょいちょいちょいのドン・ガバチョ」
おなじみ「ひょっこりひょうたん島」の大統領、ドン・ガバチョの「未来を信ずる歌」。
「限りなく先送りの歌」で、作者の「遅筆堂」井上ひさしさんの言いわけめいていますが、あなどるなかれ。
一家心中を決めた家族が、テレビの前で、この歌が流れたのを聞いて、自殺を思いとどまったという話が残っています。
人間、テンションが落ちる時が必ずあり、特に季節の変わり目は、気持ちがしんどいことが多い。
そんな時に、この歌をガバチョと歌ってみましょう!
不思議に気分が明るくなってきます。お試しあれ!
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きょうは雨。あいにくの雨の木曜市。
お昼休みのひととき、ふだんはもう少しお客さんが多いのですが、きょうは人影がまばらです。
でも、こういう時は、じっくり店主さんたちとお話しできるのです。
さて、今が旬のタケノコ。
高知市内各地の取れだち(取れたて)の山の恵みが並びます。
壮観!
いつも、お姉さんの根小田佳代さんが切り盛りしている弘田和彦さん(日曜市3丁目北189番 木曜市62番)のお店。
「丸焼き」の文字が、気になったので、「このタケノコ、丸焼きにして食べるが、ですか?」と聞くと、待ってましたとばかり、勢いこんで話し始めました。
「そうよ。このまんま。これ焼いて食べて「エグう」感じたら、体内のミネラルが足らんが!(足らないの!)」
根小田さんによると、今時の山菜をたくさん採れば、ミネラル分が体に蓄積され、免疫力が高まって、これから元気に過ごせるとか。
そのバロメーターが、タケノコの丸焼きの丸かじり。
おいしく食べられたら、体内のミネラル十分ということです。
そばで聞いていたお客さんともども、感心することしきり。
「最近の人は加工品ばっかり食べて、ミネラルが不足気味。きちんとミネラル取ってないと、おいしいものを、きちんとおいしいと感じられんでえ!」と根小田さん。
龍馬も市(いち)で売っている山菜をたくさん食べたことでしょうね。
それであんなに元気に活躍できた。
こちらも、春の息吹を浴びて、すくすく育った山菜の元気を分けてもらうことにしましょうか。
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きょうは龍馬が脱藩した日。とはいっても旧暦の3月24日なので、実際は4月20日前後ということになりますね。
桜の花見に行くといって出かけて、そのまま四国山脈を越えて行きました。
それから凶刃に倒れるまでの5年間、龍馬は日本国中を動き回ります。
南は鹿児島から北は福井まで、いたるところに足跡を残しています。
そんな「旅する龍馬」と同じように、高知県内、国内、海外を動き回っている若い女性を日曜市で、見つけました。
高知大2回生の松尾美佳さん(兵庫県の三田市出身)。
授業のほかに、生活費を得るためにバイトするかたわら、同大の仲間と組織するSMS(サンデー・マーケット・サポーターズ)の一人で、よくお店の手伝いをしています。
はきはきした「はちきん」。なかなかの勧め上手で、お客さんもついつい、店の品を買わされてしまいます。
とにかく活動的。海外にもよく、旅行しています。
中国の四川省に出かけていって、農家の人とつきあったりしている。
「行く前は中国というとネガティブなイメージが強かったですが、農家の人と交流したら、人のいい方ばかり。イメージが全く変わりました」と話してくれました。
龍馬も江戸へ留学したり、脱藩してからさまざまな人と出会うことで、成長していきました。
松尾さんは、意識せずに龍馬のような思考法と行動力を身に付けているわけで、前途有望とお見受けしました。
ツイッターやブログ、SNSで交流するのもいいけど、リアルに人と付き合うほど、実(み)になるものはありません。
龍馬にあこがれを抱く若い人が増えていますが、ただドラマのことを語り合ったりするだけでなく、実際に龍馬のように動いてみたらどうでしょう?
自分自身も「旅する龍馬」を見習ってみたいと思います。
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きょうのTBS系「はなまるマーケット」。日曜市の特集でしたね。
岡江久美子さんと、柴田理恵さんの高知旅。
昨日、高知の海の幸を放映した続きで「山の幸」編ということでした。
日曜市だけをもう少し長く特集してほしかったなあ。海の幸もいっぱいあるのに。
永野郁子さん(日曜市5丁目北390番)
http://www.tosasearch.com/tosaichi/Market/212?&srl=212
と、杉本艶子(日曜市4丁目北289番)さん、
http://www.tosasearch.com/tosaichi/Market/389?&srl=389
それと顔は出てなかったけど、今井美弥子さん(日曜市1丁目北26番)の田舎寿司が出てました。
http://www.tosasearch.com/tosaichi/Welcome/31?&srl=31
永野さんの横には、「日曜市で会いましょう!」の山中明子さんも映ってました。なんか遠巻きに、恐る恐るテレビ撮影をながめているようで、ほほえましかったです。
それにしても、杉本艶子さんのキャラクターはテレビに映えますね。
「もう長いことは、ここにはおらんかも知れん」
「私も元気に生きちゅうき、この花も死にはせん」
ほんと土佐人らしいコメント。明るい性格と人生の風韻(ふういん)が感じられて、思わずにっこりしてしまいました。
3人とも来週はお客さんが来てたいへんだろうな。
このところ、「龍馬伝」の影響か、日曜市もマスコミの取材がたくさん押し寄せているようです。
食べものもおいしいけど、店主さんたちのユニークな個性も楽しめます。
お出かけの際はぜひ、日曜市をのぞいてみてくださいね。
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日曜日の「龍馬伝」。来週が「さらば土佐よ」ですから、いよいよ脱藩の時が近づいてきました。
「龍馬(福山雅治さん)にとって、剣術修行以外の旅は初めてじゃった」
「それはこの後、龍馬の人生の中で何度も繰り返すことになる旅の、そう、会いたいと思うた人間には労を惜しまず会いに行く、あいつの生き方のはじまりじゃった」
岩崎弥太郎(香川照之さん)の語り。
「生きることは旅すること。旅することは生きること」
冒険投資家のジム・ロジャーズの言葉ですが、脱藩してからその生涯を終えるまでの5年間を龍馬は、まさに旅して生きた。
そして、会いたい人間には労を惜しまず会いにいった。
「龍馬伝」の脚本家、福田靖さんは、見事な語り、ひと言で龍馬の特質を表しています。
「会いたい人に、労を惜しまず会いに行く」というのは、簡単にできるようで、なかなかできないんですよね。
龍馬は書をあまり読まなかったそうですが、いろいろな人に会い、「いい耳」で情報を吸収した人です。
もともと広い視野を持っていたから、吸収力があったのか。それとも、多くの人と会う中で広い視野を持つようになったのか。おそらく、両方とも当たっていて、頭が柔軟だから、視野がさらに広くなっていった。
高知だけでなく、各地で「龍馬のゆかりの地」キャンペーンをやってます。裏を返せば、それだけ動き回っていたということ。
旅をし、人に会い、考える。これは、広い視野を持つために現在でも非常に有効な手段ですね。
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「龍馬伝」の龍馬もそろそろ飛翔のときが近づいてきました。
龍馬は「吉野へ花見に行ってくる」といって出かけ、才谷山(坂本家本家の持ち山、現神田=こうだ)の和霊神社に参ったあと、そのまま脱藩したと言われています。
きょうは、高知市神田の和霊神社で、龍馬の脱藩祭。
出店なども出て、龍馬ファンが集い、にぎわいをみせていました
折しも桜が満開。
和霊神社の入り口にある通称「龍馬桜」が、あでやかな彩りを見せていました。
地元の神田小学校の児童たちが龍馬に扮(ふん)し、神事や龍馬のように水杯を交わしたあと、脱藩宣言。
「平和と自由を愛した龍馬。龍馬のように、はばたきます」と雄々しく語っていました。
全員たいまつを持ち、行進。頼もしいですね。
龍馬のともした近代の光、たいまつを、ずっと引き継いでいってほしいです。
いや、子どもたちだけでなく、自らも「龍馬のあかり」を受け継がねば。
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「龍馬伝」はまだ序盤ですが、スーパージャンプの「JIN―仁―」の主要人物、龍馬は近江屋のクライマックス。
11月15日の龍馬の暗殺はくい止められた。しかし…。
龍馬に明治以降の日本の歴史を語る南方仁。
その中で、仁は太平洋戦争での壊滅的敗戦後、半世紀以上一度も戦争せずに平和と繁栄を築き上げてきたことに気付きます。
夢の中で現代を旅した龍馬の言葉
「百数十年後の世では、身分の差がなくて、誰でも努力次第でやりたいことができ、行きたいところへ行ける。そんな国は極楽としか言いようがないぜよ」
もしそこにいたら何をしたいか?と、問いかける仁に龍馬は
「四海兄弟(けいてい)。世界中のあらゆる人間と、すべて兄弟のように、付き合ってみたいんじゃ…」
よくぞ龍馬の寿命を延ばして、この言葉を言わせてくれた。
作者の村上もとかさん、ありがとう。
幕末から見ると、現代は極楽。そしてこの極楽の礎(いしずえ)は龍馬たちが築いてくれた。
改めて、日本史の中での現代に生きる幸せを感じ、龍馬らへの感謝の気持ちがこみ上げてきました。
そして、たぶん龍馬なら理想として述べたであろう「四海兄弟」は、あとを継いだ、われわれが実現する義務があるのではないか。
深い、深い感動の余韻の中、そんなことを考えさせられました。
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「龍馬伝」では、土佐が沸騰し、内部抗争がこれから展開します。
龍馬がそろそろ飛び立つ時期が近付いてきました。
高知市から車で30分ほど行った北方の山の上、柴巻に高知市街地を見渡せる「八畳岩」があります。
柴巻には、坂本家の持ち山があり、その管理を任されていたのが田中家。
このため、龍馬もここをよくここを訪れ、子どもたちと遊んだり、兎狩りや囲碁、将棋などを楽しんだと伝えられています。
柴巻の出身の方のお話をうかがったときに、「ひいおばあさんが、龍馬さんに字を習った。かわいがってくれた」と、おっしゃってました。
ドラマでもよく子どもと遊ぶシーンが描かれていますが、龍馬は少年の心を失わなかったようで、子どもたちにも受け入れられていたのでしょう。
龍馬はよく、この八畳岩にのぼり、田中家の人々と酒を酌み交わしていたそうです。
時には、一人で、じっと彼方を見つめていたことでしょう。
上っていくと、八畳岩というだけあって、大きく平らになっています。
高知城下はむろんのことですが、そのずっと向こうに水平線が。太平洋です。
天と地と海。
桂浜もそうですが、宇宙的な雄大なものを感じます。
龍馬にとって、あまりにも制約が多すぎた土佐藩。
八畳岩で見た光景が、龍馬の内部にとどまって、彼を動かし続けたのではないか。
そんなことを感じさせる特別な空間です。
龍馬ファンは一度は上って、天空と海と、龍馬と語り合ってはいかがでしょうか。
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「龍馬伝」にはいい役者さんがそろっていますが、龍馬の友の一人、溝渕広乃丞(みぞぶちひろのじょう)役のピエール瀧さんもその一人。
とても普通っぽくて、軽くて、柔らかで、土佐弁も含めて、いい味を出しています。
堅物の福山・龍馬にそれでは「いかん、いかん、いか~ん」と、遊びの楽しさを教える展開に、笑いころげてしまいました。
先日、NHKの番宣番組に瀧さんが出てましたが、役柄そのものの面白い人でした。
瀧さんがいうには、「龍馬や半平太や土佐勤王党の面々みたいに、熱く国の将来を語り、行動する人間は少数派。その周囲にはたくさんの普通人がいた。その普通人の代表です」。
エンタテイナーの瀧さんご自身は、普通人とはいえないけれど、普段から普通人の感覚を大事にしてないと、こういう発言は出てこないと思います。
よく分かった人ですね。
幕末というと、「非常に熱い時代」という印象がありますが、普通の生活を送っていた人が大半。
もちろん幕末から明治にかけ、近代国家の設立で、日本人全員が巻き込まれていくわけですが、平々凡々と暮らしていた庶民の感覚にも目を向け、大事にしたいです。
広乃丞の墓探したのですけど、見つからなかったのが悔しい。
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東京に派遣している龍馬探索特派員より情報が入りました。
新橋にも龍馬ラテがあるとか。
ニュー新橋ビル1階の「time」というカフェで飲めるそうです。
「先月辺りから出し始めて、お客さんにも好評とか。みなさん、写真を撮っていくそうです」と特派員。
龍馬を描いているのは、カカオの「粉」だそうで、先日飲んだ、龍馬の生誕地に立つホテル「南水」のものと比べてちょっとキメが粗いかな。
でも飲んでしまえば、一緒?
政治家にも親せきができて、「おおもて」の龍馬さん。
いろいろなグッズや関連商品、おもしろ写真を探しに、特派員はきょうも行く。
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先日の「龍馬伝」で、なんといっても、すごい迫力だったのが、田中泯さんの演技。
「妖怪のような演技に注目」と香川照之さんが評してましたが、人間の持つ奥深さが感じられるような名演。
福山雅治さんの龍馬の純粋な感じがよく出てて、無邪気さの中に、人としての奥行きが見える。
好対照でしたが、2人が対峙(たいじ)するシーンはなかなかよかった。
田中さんは舞踏家で、姿勢がいいんですよね。
スポーツの選手でも、イチローやタイガー・ウッズは、立ち姿が美しく、体の軸に一本の線が通っているみたいです。
武道では正中線、運動科学総合研究所の高岡英夫さんのいうセンター。
体軸がぶれないから、ちょっとした目の動きに、見ている側は吸い寄せられてしまう。
田中さんは、そんなに役者生活が長くないですが、演技を超えた演技です。
俳優さんというのは、体を使った仕事なんだなあ、と改めて感じ入りました。
さて、これから、東洋には殺陣(たて)のシーンが用意されています。
田中さんがどんな体さばきを見せるか、今から楽しみ。注目しています。
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先日の「キズナ食堂」で紹介されていた「龍馬のはなくそ」を買ってきました。
名前はちょっと下品だけど、インパクトのあるネーミング。
通勤途上の高知会館(高知市本町5-6-42)に置いてあります。
朝寄ったときに、「龍馬のはなくそ」と書かれたかごの中に何も入ってなかったので、売り切れたのかなと思ったんだけど、係の人にたずねると、持ってきてくれました。
中身は甘納豆。高知市大津の野村煎豆加工店が作っています。
一袋250円ですが、なかなかたくさん入っている。
食べてみると、じめじめしてなくて、あっさり、甘さやや控え目。
まるで龍馬のようですね。
「甘み」は脳にいいといいますから、頭が疲れた時は、補給すると龍馬のように頭の回転が速くなるかも。
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きょうの「龍馬伝」は「土佐沸騰」。上士と下士の対立がいよいよ激しくなり、土佐が沸き立ってきました。
これから土佐は血なまぐさい内部抗争の時を迎えることになります。
その発端の一つとなったのが、きょうドラマでも描かれていた井口事件。
酒に酔った上士、山田広衛が、肩が触れたのを怒り、井口村(現高知市井口町)の永福寺門前で下士(郷士)中平忠次郎を斬り殺してしまった。
その下士の兄である池田寅之進が急報を受けて、すぐさま現場に向かい、山田を倒して仇討をするのですが…。
ちなみに永福寺は高知市の井口町に現在もあります。もう少し西に行けば、坂本家の墓や平井収二郎邸があります。
上士は山田邸、下士は池田邸(ドラマでは武市邸ということになっていましたが)に集まり、土佐は一触即発の危機を迎えることになります。
250年に渡る上士と下士の対立がついに、沸点を迎えたということになりますか。
ただ、寅之進の切腹で、一応は双方が刀を収めることで決着をみます。
この事件が、尊王攘夷を信奉する土佐勤王党の設立の一つのきっかけになりました。
ドラマでは龍馬が単身で上士のところへ乗り込んで、吉田東洋と交渉することになっています。
司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」でも、単身乗り込んだ竜馬の活躍を描いています。
この2つのシーンは、あまりに龍馬がカッコよすぎて、創作のにおいがしますね。
寅之進が、自分が犠牲になればと考え、仲間のすきを見て切腹。
寅之進の血に龍馬が刀の下げ緒をひたし、この無念を晴らすと誓ったとの逸話もあります。
ただ、龍馬は井口事件には、まったく関与してなかったとの説もあり、真偽のほどは定かではありません。
土佐勤王党結成から、土佐は政争の嵐の中へ。そして龍馬は、羽ばたく時を迎えます。
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きょうの高知市は、上着が入らないほどの陽気。
「土佐のおきゃく」などのイベントもあり、「龍馬伝」「キズナ食堂」効果も加わり、街中がすごい人出でした。
こんなに人がいるのは、昨年夏の「よさこい祭り」の時以来。
日曜市も、混雑していて、歩いていると汗ばんできました。
西原理恵子さんや、林真理子さん、勝間和代さん、川島なおみさんらも訪れていたみたいですね。
大橋通の商店街には、高さ4メートルほどある龍馬像も登場。
道行く家族連れらが、記念撮影していました。
そして、前からあるのですが、「おーい竜馬!」のふらふも。
街中が龍馬でわいている印象を受けました。
盛り上がるのはいいんだけど、少し気になる話も。
ある市(いち)の関係者から聞いたのですが、最近は県外客の方で、やたら「まけてください」という人が増えたらしいです。
「日曜市、街路市はまけてといったら、必ず値引きしてくれる」と言っているツアー関係者がいるらしいのですね。
そりゃあ、大量に買ったら、「勉強」してくれるでしょうが、100円、200円のものでも、遠慮なしに「値引きできないか?」と言われることが増えてきているそうです。
でも、店主さんたちの多くは、自分の作ってきた品物にそんなに利を乗せてません。
「いいものを安く」というのが、多くの店主さんたちの心意気です。
ですから、値引きすると、ほとんど利益がなくなってしまう場合だってあるのです。
そこのところを理解して、高知県外のお客さんは、日曜市を楽しんでいただけたらうれしいです。
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「龍馬伝」の語りは岩崎弥太郎。
弥太郎が語っている「龍馬伝」なのですね。
土佐弁の語りがなかなかいい。
「そのころ土佐ではたいへんなことがおこっちょった」なんてね。
そこで気が付きました。
大河ドラマは「龍馬伝」で49作目になりますが、語り、ナレーションに方言が用いられたのは初めてでは?
つまり、史上初の方言ナレーションは土佐弁!
うれしいですね。土佐人としては。
土佐弁はむろんですが、どこの土地へ行っても、お国なまりは、人としての情感をよく表していて、聞いていて心温かくなってきます。
故郷のなまりが懐かしくて、人ごみの中に、お国なまりを聞きにいったのは石川啄木ですが、方言には、古代人から引き継がれてきたエネルギーが凝縮されているような気がする。
特に好きなのは、いわゆる東北弁。
南に住んでいるから北にあこがれるところもあるのですが、東北地方の言葉は、ぼくとつとして、ゆるやかに感じられて、耳にとても心地よい。
岩手県の遠野に出向いて、語り部たちの言葉を聞いたり、青森で食堂で青森弁を教えてもらったりと、ちょくちょく東北に出向いています。
今度は、秋田、宮城あたりに行ってみたいな。
方言の持つパワーが再認識され、もっとみんながその良さに気付いてくれるようになれば、日本の文化も豊かになるのに。
また、大河ドラマで方言のナレーションが登場するのを心待ちにしています。
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「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」の映画評を書きました。
よろしかったら読んでいただければ、うれしいです→こちら
ハリーポッターのギリシャ神話版。
多少でもギリシャ神話に詳しかったら、より楽しめます。
何でニューヨークのエンパイアステートビルの上空に、神々の住むオリンポスがあるのか、不思議でしたが、原作を読んで納得。
ギリシャの神々というのは、西洋文明の象徴、心臓部のようなもので、その時盛んになっている国、地域に「移住」するらしい。
西欧の文明の発祥の地はギリシャ。それがローマに移り、フランスやスペイン、イギリスを経て、今はアメリカに。
「西洋文明=人類の文明」といわんがばかりのところに少々かちんとくるところがありますが、物語の方は、風刺やユーモアたっぷりで、期待していたよりは、面白かったです。
それにしてもこれからはアジアの時代。
中国が台頭しつつありますが、中国が覇権を握ったら、オリンポスの神々はどこへ行くのだろう?
泰山や北京、上海上空に住むわけにはいきませんよね。
中国古来の神様、「三皇五帝」が、にらみを効かせているはずですから。
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きょうの高知新聞朝刊28面に、高知出身のクラシックギターデュオ「いちむじん」が高知県の観光特使に任命されたとの記事が載っていました。
大河ドラマ「龍馬伝」のラスト、「龍馬紀行」のバックに流れるテーマ曲のギター演奏をしているのが、「いちむじん」です。
山下俊輔さんと宇高靖人さんのデュオ。
「龍馬伝」冒頭に流れるテーマ曲は、勇壮でいて、哀愁が漂い、毎回ドラマで、聞くたびにジーンと来ています。
とうとうiPhoneに入れて、いつでも聞ける状態に。
ちくと気分が乗らない状態の時に流して、自分を奮い立たせています。
冒頭のテーマ曲も気に入ってますが、ラストに流れるいちむじんのギター演奏も、また違った良さがありますね。
軽くて柔らかで、哀しくて、優しい。
これもiPhoneに取り込んで、穏やかな日和の中で聴いてみたい気がします。
「いちむじん」は、土佐弁で「一生懸命」という意味。
恥ずかしながら、「いちむじん」がNHKの朝の連続テレビ小説「つばさ」や映画「沈まぬ太陽」の挿入曲を担当していたことを、記事で初めて知りました。
両方とも見ていたのになあ。
今後の活躍を期待します。
できたら、日曜市のテーマ曲も作ってほしいです。
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仕事があるだけありがたいと思え
(津村記久子 9日付高知新聞朝刊学芸欄)
津村さんは1年前に芥川賞を受賞。日中は土木関係の会社で働きながら、午前2時から4時まで執筆しています。
普通、芥川賞を取ったら、執筆に専念しますよね。
でもそうしないことで、日常感覚、普通感覚を失わないのではないか。
それが作品にも生きているのでは。
「誰かがひどいめに遭ったのに、そこに居てあげられなかったという申し訳なさと、どう折り合いをつければいいのか。折り合いはつけられないのだけれど、ずっとつけようとし続ける人を書きたかった」
この人の感性、感覚は肌に合いそう。
さっそく作品を読んでみようと思います。
冒頭に掲げた二つの言葉は、仕事用のパソコンに張り付けているそうです。
「今が一番の働き盛り」「仕事があるだけありがたいと思え」。
気合い入るなあ。
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きょうは雨。寒の戻りで、凍えますね。
さて、「龍馬伝」。次回は「土佐沸騰」だそうです。
わきたつんですねえ。土佐が。攘夷の嵐が吹き荒れそうな予感。
龍馬はその中で脱藩し、広い世界へ。
そういえば、ドラマの中で龍馬(福山雅治さん)が初の江戸留学に際し、「広い世界を見て、みたいがです」と言ってました。
東京の千葉周作道場は、東条一堂という儒学者の塾と隣接しており、地方から江戸へ留学する武士の子弟たちは、剣を学びつつ、学問に精を出していたようです。
龍馬は学問の方はしなかったみたいですけど。
両方とも私塾ですから、今でいうと東京の私大。
さしずめ、東大は江戸の昌平黌(昌平坂学問所)ということになりますか。
龍馬らの江戸留学は、今でいうと高知の学生が東京の大学へ行くこと。
広い世界を見たい。
「東京(江戸)へ出る」ってことが、「広い世界を見る」という同義語に感じられるという気持ちが、よく分かります。
ずいぶんと前になりますが、東京の大学へ進学するとき、未知の世界へのあこがれと、ときめき、不安の気持ちが交錯していたあの日。
田舎者には江戸、東京は光り輝ける都市だった。
出てみて、初めて高知の良さがよく分かった。
あの時期に、もう少しいろんなものを経験し、学んでおけばよかったと思いつつも、すごした日々は無駄ではなかったと信じています。
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「龍馬伝」のドラマでは、平井収二郎(宮迫博之さん)が、龍馬(福山雅治さん)と妹、加尾(広末涼子さん)の仲を引き裂く設定になっていますが、実際はどうだったんでしょう。
次回「土佐沸騰」のあと、龍馬は土佐藩を脱藩しますが、彼の脱藩のことを知ったときの収二郎の京都にいる加尾あての手紙では、
「龍馬は脱藩した。そちらへ必ず行くと思う。たとえ龍馬がどんな相談をしてきても、その相談に乗ってはいけない」
「龍馬は人物であるけれども、書物を読まないので、時として間違うことがあるから、注意をするように」
と、だいたい、こんなことが書かれています。
友人、収二郎の龍馬観が見えて面白い。
これは周りの友人の龍馬観であったろうとも思われます。
「人物である」と認められているということですから、やはり武市半平太と並んで、人をひきつける独特の雰囲気を持っていたんでしょうね。
「書物を読まない」龍馬は、のちに、維新に向け、大活躍をすることになりますが、彼の行動と言動は他の志士から見ると、異色。
本を読まないとしたら、耳学問ですね。
勝海舟など幕末の多くの知識人との交流していく龍馬ですが、相手の言っている要点をつかみ、理解し、分析し、行動する能力にたけていたことが推測されます。
「真の知恵は身近にある」という「孟嘗君」の言葉を紹介しましたが、龍馬は身近にある知恵を活用できる「いい耳」を持っていたのでしょう。
龍馬にはなれなくても、「いい耳」を持つように努力することは一般人でもできそうだと考えると、勇気がわいてきます。
柔軟性のある自由な発想は、武市半平太や平井収二郎からは、きらきら光る才能と認められつつも、一面危険視されたはず。
収二郎から見た「危険な部分」に加尾が、引き込まれていくのが怖かったのではないか。
手紙はそれを示しているような気がします。
収二郎はドラマのように、あれほど龍馬に激しい拒否感を持っていたことはないでしょう。
しかし、龍馬の妹との付き合いには、あまりいい顔をしていなかったことが手紙から、見てとれます。
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きょうの「龍馬伝」は「引き裂かれた愛」。
なんとなくメロドラマのようなタイトルですが、ロミオとジュリエットのように、龍馬(福山雅治さん)と加尾(広末涼子さん)は、引き裂かれたのでありました。
加尾は、攘夷派の隠密として、三条家に行くことになりますが、三条家に嫁いだ山内家の姫お世話係という設定。
隠密だったかどうかは、疑問の残るところですが、山内家のお姫様の世話係として、京都に行ったのは史実です。
加尾は勤王の志士のめんどうをよくみたそうですね。
と、ここで持ちあがる疑問。
「犬猫扱い」(宮迫・収二郎の言葉)の下士の娘が、姫のお付きになれるものでしょうか?
「竜馬がゆく」をお読みの方ならお気づきでしょうが、龍馬が惚れていた美しい女性で、京都のお姫様のお付きになり、彼を初め多くの志士のめんどうを見る人といえば。
そう、福岡のお田鶴さまです。
坂本家は上士である福岡家の預かり郷士。身分の差があり、竜馬とは結ばれない。
ここに一つのヒントがあります。
福岡のお田鶴さまは、「竜馬がゆく」の作者、司馬遼太郎さんが、創作した人物で、モデルは平井加尾です。
平井家は、最下級ではあっても上士で、土佐勤王党に入っていた収二郎は、上士の中では攘夷派の変わり種であったかも知れません。
上士の娘だから、加尾はお姫様のお付役になれたのですね。
ドラマの中で宮迫・収二郎が「わしら下士は」って言っているけど、収二郎は上士です。
龍馬と加尾の交流は確かにありましたが、一緒になるには、下士と上士の身分の壁があったのかも知れません。
番組最後の「龍馬伝紀行」は平井収二郎邸跡と鏡川でしたね。いずれも近くのなじみのある場所なので、うれしいです。
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きょうの日曜市は「崩れそうで崩れなかった」のですが、午後からは雨がぱらぱら。
それでも、たくさんのお客さんでにぎわってました。
龍馬伝効果かと思いましたが、大橋通商店街での「南国土佐皿鉢(さはち)祭」も影響していたようです。
のぞいてみると龍馬をテーマにした皿鉢がたくさん。
皿鉢は寿司や刺身、ねりもの、ようかんなどの盛り合わせ。
高知の宴会で、家族や親しい友だちなどが集まり、たくさんの皿を囲んで、老若男女が楽しめるようになっています。
「きょうは『さーち』(さはち)で、お客じゃ」は、「きょうは皿鉢料理を並べて宴会をやろう」という意味。
「土佐の『おきゃく』2010」も開幕し、いよいよ観光シーズンの到来です。
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「龍馬伝」で、龍馬は千葉道場の鬼小町、佐那(さな=貫地谷しほりさん)に惚れられているのに、つれないですね。
「竜馬がゆく」でも、司馬遼太郎さんは竜馬が、さな子をそれほど好きじゃなかったように描いている。
でも龍馬の手紙を読んでいると、そうとも言い切れない。
龍馬が文久3年(1863年)に土佐の乙女姉さんに書いたと推測される手紙の中の一節。 佐那さんのことが書いてあります。
此人ハ(この人は)おさな(お佐那)というなり。本は乙女といいしなり。今年廿六歳になり候。
馬によくのり劔(剣)も余程(よほど)手づよく、長刀もでき、力ハ(力は)なみなみの男子よりつよく、(中略)かほかたち平井(加尾)より少しよし。
十三弦のことよくひき、十四歳の時皆傳(皆伝)いたし、申候(もうしそうろう)よし。
そしてゑ(絵)もかき申候。
心ばへ大丈夫ニて男子などおよばず。(後略)
龍馬は好きな女性のことは、気心の許せる乙女さんによく手紙で報告していますが、特徴としては、
1、乙女さんに自分の好きになった女性のことを気に入られるように配慮している
2、家事、炊事以外の才能がある女性に心ひかれる
3、つまり、なぎなたができ、馬に乗れた乙女姉さんが「好きな女性」に投影している
ことが見て取れます。
多分にシスターコンプレックスの気がありますが、自分の身の回りで起こったことを乙女さんにこまめに手紙で報告している龍馬は、しょう(ほんとうに)、かわいげがあります。
手紙にもあるとおり、佐那さんも剣が強く、怪力、琴をひき、絵もかくという多彩な人であったようで、本当に龍馬の「タイプ」です。
聞き捨てならないのは「顔かたちは平井加尾より、少しよし」の言葉。
幼なじみの加尾さんは美人で評判の人だったらしいですから、それより「少しよい」ということは佐那さんも美形だったということですね。
そして「少しよし」というところに、龍馬の微妙な心の傾き、佐那>加尾を感じます。
佐那さんが昔は「乙女」という名前だったと、乙女姉さんに好印象を与える彼の意図が見えたりするのが面白い。
総合的に判断して、龍馬は佐那に相当惚れちょったという推測が成り立ちます。
ですから、佐那が「龍馬の婚約者」として生涯独身で過ごしたのは、二人の間に何らかの約束があったからと考えられます。
おりょうさんの話はまたのちに。
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いつまでも過去を軽んじていると、
やがて私たちは未来から軽んじられる
ことになるだろう
(井上ひさし)
井上ひさしさんの東京裁判3部作が、4月8日から28日にわたって、東京の新国立劇場で再演されます。
3部作の初演すべてを高知から東京に出向いて見たので、時間があればまた行きたいですね。(「なんたるぜいたく!」という自分の内部の声は無視してですけど)
2001年の「夢の裂け目」から始まって、03年「夢の涙」、06年の「夢の痂(かさぶた)」まで、東京裁判とは日本人にとって何だったのかを問い掛けます。
日本人はすべて戦争を軍部のせいにしてしまったけど、国民には全く責任はなかったのか。
井上さんは、少年時の戦争体験をベースに、「あの戦争」に対して、ずっと問題意識を持ち続けた作家です。
井上さんには「きらめく星座」、「下駄の上の卵」(これは小説)、「父と暮らせば」など戦争を題材にした名作がありますが、この東京裁判三部作については、極めてメッセージ性が強いような気がしました。
「もはや戦後ではない」どころか「戦後は遠くなりにけり」。
周囲のきなくさい動きもあって、「今、言って、残しておかなければ」という井上さんの気持ちが伝わってきました。
とは、いってもそこは「難しいことを分かりやすく、分かりやすいことを面白く、面白いことを深く」の井上さんだけあって、笑いあり、歌ありのエンタテインメントに仕上げています。
基本的に井上さんの芝居には「ひょっこりひょうたん島」(NHK人形劇)がベースにあるんだと思うんですよね。
笑わせながら、そしてしんみりさせながら、そして観客に考えさせる。
面白く、考えさせられるドラマを作ることのできるこんな作家は、最近少なくなってしまいました。
いつまでも元気で活躍していただきたいです。
角野卓造さん、高橋克美さん(「龍馬伝」では西郷隆盛役。いい役者さん。人気が出てうれしいです)、藤谷美紀さん(公演が終わった後、一緒に電車に乗り込んだ藤谷さんを目の前に見て、ドキドキでした)初め、キャストも芸達者の人ばかり。
何はともあれ、この三部作、現在生きている人たちは、見ておいたほうがいいです。
詳細は→こちら
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昨日、高知市の潮江の方に歩いて行っていたら、筆山へ上がる階段近くに、こんな石碑が。
「坂本龍馬の父(坂本八平直足=児玉清さん)の生まれた里の先祖代々の墓地はこれより200メートル上方」と書かれています。
残念ながら上まで上っていく時間がなかったのですが、筆山には、吉田東洋の墓もあります。
時間があったら、また行ってみたいです。
山本(沢辺)琢馬は、八平の兄の子で、坂本家に婿入りした八平と琢磨は、潮江村の出身。
昔から住んでいる潮江の 人たちのお墓は、筆山が多いんでしょうね。
すぐ近くには土佐高校、土佐中学校、潮江中学校があります。
その南の公園では、幼いころ、よく野球をして遊んでいました。
「龍馬伝」では、八平、権平が雨に打たれながら、山内家の墓守をしていましたが、実際に墓守の役をもらっていたようです。
八平は和歌を詠むなど、文化的なことも得意で、どうも、後妻の伊與(松原智恵子さん)は和歌の会が縁だったのではないかと推測されます。
その話はまた後日。
「先日亡くなった」八平の墓は高知市山手町の丹中山にあります。
ふと「命は死ぬまで使いきらないかん」といった八平役の児玉清さんのせりふを思い出しました。
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最近、ツイッターの「龍馬伝」を語り合う場に出入りしています。
これが、なかなか面白い。
仕組みは簡単で、ツイッターのアカウントを取り、自分のつぶやきの最後に#ryomadenという文字を入れるだけ。
「ryomaden」で検索をかけると「龍馬伝」について語りたいつぶやきが時系列で並べられます。
いつもにぎわっていますが、特にドラマの再放送がある土曜日の午後から、日曜日の放映あとにかけて、さまざまな感想、意見、心を動かした言葉などで、あふれています。
この言葉の群れを見ていると、いろいろな見方、考え方を見られて、興味深いです。
高知県人としてうれしいのは
土佐弁を愛してくれる人々が着実に増えていることです。
「(番組を見ながら)いつか使おうとメモを取る私がいる」
「女の子の土佐弁って可愛いから、どんどんマスターして下さい!」
などといったつぶやきが出てくると、自然に笑顔になってしまいます。
実際に土佐弁を使って、つぶやく人も増え、「龍馬伝」のおかげで、土佐人が増えたような喜びを覚えます。
よせばいいのに、土佐弁の解説なんかしちゃったりして。
日に日に発言数も増加しているようで、番組と一緒に土佐弁人気も急上昇。
けんど、みんな「ぜよ」を使いたがるが、「ぜよ」は高知県人はふだんは、つかわんぜよ。
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「龍馬伝」について、周囲の声を聞くと、おおむね地元では好評ですが、「史実や事実と異なる点が多い」という声もよく聞きます。
確かに、高知と安芸は車で1時間ほどの距離ですから、そんなにひんぱんに、龍馬(福山雅治さん)と弥太郎(香川照之さん)が互いの家を行き来はできない。
弥太郎が高知城下に鳥かごを売りに来たり、まんじゅうや長次郎が安芸まで、まんじゅうを売りに行くなんてことは、地元の距離感からすると違和感があります。
さらにいえば、この距離感からすると、龍馬と弥太郎は、たぶん幼なじみではない。
でも、まったくこういった可能性がなかったかというと、そうとも言い切れない。
「龍馬伝」は弥太郎が龍馬を語るという構成になっており、2人の環境の違い、歩んだ道の対比などが興味深く、優れた視点です。
歴史ドラマや歴史小説は、史実のおおまかなところをとらえて、空白の部分を想像力でおぎない、見る人、読者の心を動かすものですよね。
物語の人物を濃密に描くため、また強調したいこと、いいたいことを伝えるため当然、虚構(フィクション)が入る。
見る側はそういったことを頭に入れた上で、本当にこの人物はこうだったのだろうか?
このエピソードは史実なのか?ということを考えて、自分なりに学習し、検証しながら鑑賞すると、より楽しみが増すと思います。
「龍馬伝」も「竜馬がゆく」も「おーい!竜馬」も史実をベースにしたフィクションです。
物語を全部事実としてとらえると、それはそれで問題があります。
でも、ドラマでも、小説でも、漫画でもいいから、開かれた「面白い窓」から中に入って、歴史の世界をのぞいてみる。
そこから好きになった人物を自分なりに調べ直し、幕末なら、幕末の大きな流れを体感して、明治から今日までの歩みを再確認する。
歴史は単なる過去の遺物ではなく、現在につながるものなんですよね。
龍馬や半平太や中岡慎太郎やジョン万次郎や山本琢磨や、そのほか路上に倒れていった志士たちの喜び、悲しみ、熱い思いを受け取りながら、現代の諸問題を考え、次代につなげていく。
歴史は知恵の宝庫です。過去を振り返ることによって、未来への指針が見えてくる気がします。
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昨日の「龍馬伝」。
奉行所に「官以賄賂成 獄因愛憎決」と落書きし、安芸奉行所に投獄されてしまった岩崎弥太郎。
獄中で10両で購入したものを200両で売った投獄された老人に出会います。
この老人が商売の指南役になって、のちに弥太郎が飛躍する基礎を築くことになります。
獄中で商売、経済のことを学んだというのは史実のようで、さすがに弥太郎は、ころんでも、ただでは起きませんね。
この老人の名前、何かで読んだことがあるのですが、忘れてしまいました。
志賀廣太郎(こうたろう)さんが演じてますね。
ふだんはメガネははずしてるし、見た目が汚くて分からなかったけど、声の特徴で、すぐ志賀さんと、気付きました。
いい声ですよね。ずいぶんと前から好きな俳優さんで、最近、彼のドラマ出演が増えて、喜んでいます。
ドラマの中で、土佐弁を話してくれて、感動しました。
さすがにせりふがよく分かる。当たり前ですけど。
福山・龍馬は「発音が甘い」ので、土佐弁がよく聞き取れないところがあります。それと対照的。比べるのはかわいそうだけど。
志賀さん演じる老人の言葉に感銘を受けました。
ここにまんじゅうがある。満腹の人の前では1文の価値しかなくても、空腹の者なら10文出しても、ほしいというかも知れない。
相手によって価値が変わる。その差益で稼ぐのが商売であると。
安いところで仕入れてきて、高く売れるところで、売って利益を得る。
「竜馬がゆく」の中で「スルメが大砲に変わる話」というのが出てきます。
日本でスルメを安く仕入れて、上海で高く売り、大砲や軍艦を買い付ける。
この例えも「うまい」と感じましたが、「1文が10文に変わる話」というのも、経済の原則をやさしく、短い言葉で巧みに表現していて、感心しました。
これって、需給(需要と供給)の原則ですよね。
需要があるところでは、ものが高く売れ、供給が十分にあるところでは、ものが安くなる。
反対に需要があまりないところでは、ものは安くなり、供給がないところでは、ものが高くなる。
冒険投資家のジム・ロジャーズが「投資では常に、需要と供給の問題を考えなさい」と言ったのを思い出していました。
そんなことを考えながら、今回の「龍馬伝」を見ていたので、より面白く、興味深く感じられました。
ビジネスにも役立つ「龍馬伝」!
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