
「龍馬伝」平井加尾より千葉佐那が好きだった?
「龍馬伝」で、龍馬は千葉道場の鬼小町、佐那(さな=貫地谷しほりさん)に惚れられているのに、つれないですね。
「竜馬がゆく」でも、司馬遼太郎さんは竜馬が、さな子をそれほど好きじゃなかったように描いている。
でも龍馬の手紙を読んでいると、そうとも言い切れない。
龍馬が文久3年(1863年)に土佐の乙女姉さんに書いたと推測される手紙の中の一節。 佐那さんのことが書いてあります。
此人ハ(この人は)おさな(お佐那)というなり。本は乙女といいしなり。今年廿六歳になり候。
馬によくのり劔(剣)も余程(よほど)手づよく、長刀もでき、力ハ(力は)なみなみの男子よりつよく、(中略)かほかたち平井(加尾)より少しよし。
十三弦のことよくひき、十四歳の時皆傳(皆伝)いたし、申候(もうしそうろう)よし。
そしてゑ(絵)もかき申候。
心ばへ大丈夫ニて男子などおよばず。(後略)
龍馬は好きな女性のことは、気心の許せる乙女さんによく手紙で報告していますが、特徴としては、
1、乙女さんに自分の好きになった女性のことを気に入られるように配慮している
2、家事、炊事以外の才能がある女性に心ひかれる
3、つまり、なぎなたができ、馬に乗れた乙女姉さんが「好きな女性」に投影している
ことが見て取れます。
多分にシスターコンプレックスの気がありますが、自分の身の回りで起こったことを乙女さんにこまめに手紙で報告している龍馬は、しょう(ほんとうに)、かわいげがあります。
手紙にもあるとおり、佐那さんも剣が強く、怪力、琴をひき、絵もかくという多彩な人であったようで、本当に龍馬の「タイプ」です。
聞き捨てならないのは「顔かたちは平井加尾より、少しよし」の言葉。
幼なじみの加尾さんは美人で評判の人だったらしいですから、それより「少しよい」ということは佐那さんも美形だったということですね。
そして「少しよし」というところに、龍馬の微妙な心の傾き、佐那>加尾を感じます。
佐那さんが昔は「乙女」という名前だったと、乙女姉さんに好印象を与える彼の意図が見えたりするのが面白い。
総合的に判断して、龍馬は佐那に相当惚れちょったという推測が成り立ちます。
ですから、佐那が「龍馬の婚約者」として生涯独身で過ごしたのは、二人の間に何らかの約束があったからと考えられます。
おりょうさんの話はまたのちに。
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こんにちは
とても面白く読ませていただきました。
さなさんのことはあまり好きではなかったと思われていますが、実はそうではないようだ。
これはとても興味深いですね。
spangelさん、コメントありがとうございます。これほど多芸で、美人、芯が強くて、気が優しかったら、さなさんは、すごくもてたと思います。でも龍馬への思いを抱いて生涯独身を貫いた。その情熱、哀切さが胸を打ちます。