
お金は交換できる「ありがとう」
糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」が6月6日に創刊12周年を迎え、今度お金のことについて改めて考え直すそうです。
お金のことに関する読者の意見を募集していて、その中で目に止まったのが、「お金は交換できる『ありがとう』」。
今まで、「お金とは何ぞや」ということをずっと考えてきて、お金に関する著書もいろいろ読み漁りましたが、この言葉が本質ではないかと。
「自分の出来ない事をしてもらったり、欲しいもの、要るものを作ってもらったりしての『ありがとう』」
お金持ちは、人からいっぱい「ありがとう」をもらった人。
こう考えると、なんか楽しくなってきます。
日曜市を毎週歩いていると、一生懸命作り上げた品物と、「ありがとう」との交換なんだなあ、ということが本当によく見える。
それに加えて、本当の「ありがとう」の言葉と笑顔の交歓もありますしね。
世の中に「ありがとう」がよどみなく行き渡っていくのが、良好な経済状況だとしたら、不況というのは、どこかで、「ありがとう」が滞留している状態。
「ありがとう」=お金としては、いろいろ旅して、たくさんの笑顔に会いたいと思うんですよね。
それをとどめているのは何か。
「ありがとう」を一人占めしようという人の欲望なのかな?
それとも「ありがとう」に囲まれていると気持ちいいからか。
「ありがとう」を解放するために、一つのヒントになるのは、やはり減価するお金なのかな。
時間がたてば、「ありがとう」が減っていく。すなわち「ありがたみ」がなくなる。
とすれば、持っている人は、いやがおうでも「ありがとう」外へ出さざるをえなくなる。
世の中にどんどん「ありがとう」が満ちあふれ、減価して消えていった「ありがとう」に代わり、新しい「ありがとう」が生まれてくる。
そんな世界に、たたずんでいる自分を想像して、ちょっと陶然とした気分になりました。
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素晴らしくいいお話ですね~。感動しました!
ありがとうございます♪
ゆりっちさん、ありがとうございます。妄想というか幻想です。「ありがとう」をたくさん集め、「ありがとう」を解き放てば、また「ありがとう」が帰ってくる。そんな社会が理想です。