
2010年6月アーカイブ
世は龍馬ブーム。歴史ファンが急増しています。
「歴女」「歴ドル」という言葉に代表されるように、歴史好きの女性も増えているようですね。
「娘が『歴女』になりまして。長宗我部元親の大ファンです」という話を聞きました。
ゲームのキャラクターに起用されてから、「長宗我部のアニキ」として、元親は大人気。「龍馬のあとは元親」と、気の早い話も聞こえてきます。
漫画やゲームから入って、歴史上の人物への思い入れが強くなる。まゆをひそめるむきもありそうですが、入り口は何でもいいのでは?
歴史の扉を開けて、少しでもその豊かな世界に触れる機会が増えれば。
旅サイトの編集長と話をする機会がありましたが、最近の旅は「『蓄積型』が好まれる傾向」だそうです。
旅をすることで、知識を加えていく楽しみ。歴史のある土地に立って昔を想像する喜び。
ただおいしいものを食べ歩くだけではなく、土地ごとの風土を感じる旅がに魅力を感じる人が増えているなら大歓迎です。
その点からいっても土佐は史跡の宝庫。歩いて、感じて、食べて、触れあって、実りある旅を、高知県外からいらっしゃったみなさんに、提供できればいいですね。
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アメリカの連邦最高裁は市民の銃所持を禁じたシカゴ市の規制が、国民の武器所有を認めた合衆国憲法修正第2条に違反するという判決を出したそうです。
アメリカはいわずと知れた銃社会。
アメリカでの銃犠牲者は、増大しているのですが、シカゴはこの規制を行ってから、犠牲者は半減しているそうです。
圧力団体である全米ライフル協会が「違憲である」と訴えたこの事案。
銃を持つのが認められていない日本から見ると、とても不思議で奇妙に思います。
アメリカってつくづく西部劇の世界なんですねえ。
撃たれる前に撃て。眼には眼を。歯には、歯を。
あれ?でもアメリカって、キリスト教に基づいて作られている国では?
右のほほを打たれたら、左のほほを出せ。
でも、イラク、アフガンなど、今も続く戦闘行為を見ていると、アメリカって、どうみてもキリスト教の原理が働いているとは言えませんよね。
しかしまあ、異教徒は敵とみなすのはまだ理解できるとしても、同胞くらいは、隣人を愛せよの原理が働いてもいいと思いますけど。
憎しみだけでは、何も生まれん。龍馬も争いごとが嫌いですね。
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サッカーW杯で日本が予選を突破して盛り上がっていますね。
パラグアイ戦はあす。夜の11時ですから、多くの人がテレビにくぎ付けでしょうね。
戦前の下馬評では、テストマッチで4連敗した岡田ジャパンの評価は最悪。
でも、無事予選を通過したことで、手のひらを返したように岡田監督の賞賛の声が上がっています。
ツイッター上では、岡田監督にあやまるハッシュタグまで作られ、マスコミを含め、日本人総ざんげの様相です。
勝てば誉められ、負ければぼろくそ。W杯サッカーの指揮官はたいへんです。
もちろん岡田監督は本当に優秀な指揮官で、選手が存分にその能力を発揮したことは、間違いありません。
これまでの苦難の道のりを乗り越えてきたタフさもあります。
でも、それ以外にこの人、運が強い気がします。めぐりあわせというか、ツキがある。
昨日の「龍馬伝」で、西郷隆盛(高橋克実さん)が初登場しました。
その西郷の住んでいた町内に、のちに日露戦争の日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊を破ることになる日本の連合艦隊司令長官、東郷平八郎が生まれています。
これは「坂の上の雲」に書かれていることですが、東郷さんは誠実な人物で、賢かったけれどあまりぱっとしなかったらしい。
ではなぜ連合艦隊の司令長官に選ばれたかというと、確か当時の海軍大臣であった山本権兵衛(この人も薩摩人)は、「彼は運の良い男だから」と最終判断したそうです。
戦いにおいて、人事を尽くして天命を待つことはもちろんですが、リーダーの運というのも大きな要素になるということを知っていた、山本権兵衛という人もさすがだと思います。
龍馬も最後は悲劇にみまわれますが、それまでの5年間は、人にも運にも恵まれていた。
龍馬の場合は、運を引き寄せたのは天性の明るさでしょうね。
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きょうもまだまだ梅雨。雨は降ってないものの、ちょっとじめじめした日曜市です。
空は灰色。でも天守閣はくっきり。
日曜市は追手門の東に隣接しているのですが、そこから見上げる高知城は絶景。よくカメラスポットとして、このアングルで利用されています。
きょうも若い女性たちがカメラを向けていました。
市(いち)にはアジサイが彩りを添えています。
じめっとした空気の中に涼やかな印象。
アジサイって、前に出て主張しない感じが、いいですよねえ。
奥ゆかしく、控え目な、美しさ。私の周囲の女性たちみたい…(^O^)
さて、きょうは、おじゃこの中田遊亀商店に新商品が登場。
旬のおじゃこのつくだ煮です。
小夏の皮とゴマ使用の2種類があり、小夏はなんと、とさあちブログ仲間「日曜市で会いましょう!」の山中明子さんのところでとれたものを使用。
街路市の名産2つの幸せなコラボ。
早速、いただいてこの幸せをかみしめました。
甘みと、オジャコのうまみと、小夏のさわやかさが口の中で広がる。
これはいかんですね。いくらでもごはんが進みそう。
禁煙で、ごはんがおいしくて、ただでさえ太りぎみなのに。でも、このおいしさの誘惑には勝てそうにないなあ。
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ちくと宣伝させてつかあさい。
携帯サイト「高知新聞 とさあち」のマスコットキャラクター「りょうまっち」。
おでこが広く、まあるい感じ。
口をへの字にしているところが、きかんきなところを表しています。
髪はぼさぼさ。そしてふところ手。
初めはちょっと無愛想かなと感じてました。
しかし、龍馬は「すぼこ」(無愛想)だと言われてましたから、龍馬的ではある。
でも、見つめていると、なんか愛らしく見えてきました。
笑ったときときは龍馬のように、周囲の心を溶かすような笑顔を見せたことだろう…。
いろいろと想像をたくましくしていると、「りょうまっち」のふところに入っているものは何だろう?と、気になり出しました。
このキャラからして、物騒な短い刀やピストルは、あり得ない。
万国公法かというと、本をそんなに丁寧に読みそうにない(龍馬も同じですけど)。
大きく横に張り出したホッペは、食い意地がはっているように見える。
ということは持ち歩きできる携行食品。
靴をはいているから近所を歩き回っていることだろう。
で、あれこれ妄想した末、ふところの中に忍ばせているのは、日曜市の「いも天」であると断定しました。
われながら脈絡がない想像ですが、まあええかげんな龍馬に免じて許して、つかあさい。
ちなみにこの「りょうまっち」、福山雅治さんの龍馬にちょっと似てませんか?
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龍馬もたばこを吸っていたようですね。
世に禁煙の嵐が吹き荒れ、たばこを吸っている人は「悪」という風潮が広まっているのに反発して、ずっと喫煙を続けていたのですが、このところ1カ月ばかり禁煙しています。
ひとつきっかけになったのは、相次いで身内、尊敬する人物を亡くしたこと。
みんな若いときからヘビースモーカー。そして原因は肺気腫か肺ガン。
日ごろから目標にしている人、親しんでいる人が逝(い)ってしまうのは、相当こたえます。
これも何かの啓示かなと思って禁煙を始めた次第です。
正直、そんなに真剣に考えてなくて、だめなら、またしばらくしてもう一度チャレンジしようという、気安い心構え。
さすがに初めの一週間はつらかったのですが、徐々に体のニコチンが抜けていっているのが分かります。
禁煙前と後で、そんなに体の違いはありません。
それでもやや体が軽くなったかなという感覚はあります。
当然ながら、お腹がよく減るようになって、何でもさらにおいしく食べられるようになりました。
食事量の制限が問題だな。こりゃ。
体のニコチンが1週間で抜けるそうですが、体感で残っているニコチン(ふと、たばこが強烈に吸いたくなる)はなかなか抜けないそうです。
思わず、急に1本吸いたい気持ちが押し寄せてくる場合がありますが、そこをぐっとこらえるのが男の子。
「耐える快感」というのもありまして、何事かを成し遂げたわけでもないのに、達成感にひたっているこのごろです。
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きょうの高知新聞16、17面には、「大政奉還 後藤象二郎を激励 龍馬の手紙 新資料続々」の見出しが躍っています。
この手紙は原本がどこへいったか分からなくなっていますが、昨今の龍馬ブームを反映して、関心が高まり、複製品の報道をきっかけにして、盛り上がりました。
大発見だったのは、龍馬の直筆(下書き)が見つかったこと。
先日に書きましたが、龍馬は下書きを書く用意周到さとは、ほど遠いイメージですから、意外でした。
この下書きの所有者、南道さんと、森・龍馬記念館長との対談が興味深いです。
南さんが家族から手紙を受け継いだときは、巻紙状態。
それを表装して、昭和45年ごろから、客間に飾ってあった。
「40年間、毎日龍馬と暮らしよったわけですから、こんなぜいたくはありませんよね。独り占めにしないで全国の人に龍馬と話してもらいたいと心から思います」と南さん。
「龍馬との同居」をぜいたくと感じる感性。独り占めにしない。ひょうひょうとした態度。
長年、龍馬の書と暮らしていたせいか、南さんに龍馬の風韻を感じます。
龍馬記念館や街角で、いつでも彼の事績に触れられる高知県人。
考えてみれば、すごくぜいたくかも。
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「龍馬の生まれたまち記念館」(高知市上町2丁目)の入場者がこのほど、30万人を突破しました。
04年の3月にオープン。もともと龍馬の生誕地に何にもなかったので、何かメモリアルなものがほしいとの要望があってできたのですね。
20万人を突破したのが昨年8月。5年かけて20万人が、このところの龍馬ブームで、1年足らずで10万人が来たことになります。
スギとヒノキ造りの二階建て。建築デザインも面白く、「公共建築賞優秀賞」など、数々の賞を受賞しています。
資料的には、もの足らないところもあるかも知れませんが、当時の生誕地周辺の雰囲気はよく分かるし、半日はゆったり龍馬にひたれます。
龍馬の家の一室を模した部屋には、龍馬の人形も置いてあって、記念撮影もできます。
たたみの上にあがって、庭をながめていると、乙女姉さんや権平さん、春猪ちゃんらが出てきそう。
さりげなく江戸湾防衛のための砲台の石なんか置いてあるし。
「お~い!竜馬」を初めとする龍馬関係の書籍もたくさん置いてあって、読みふけっていると時のたつのを忘れてしまいます。
集会の場として部屋を利用できるので、高知市民にはとっても便利。ちょくちょく利用させてもらってます。
ここに来るとすごく安らいだ気分になります。
なぜかと考えていたら、やっぱり木材の香りにあると思い当たりました。
木の香につつまれて、ゆったり龍馬三味の時間は、龍馬ファンにとっては最高のぜいたくではないでしょうか。
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きのうの日曜市からの帰り道。
帯屋町のアーケードでは、こどもたちが何やら真剣に、お絵かきしている姿を見かけました。
「父の日」にちなんだクレヨンマグカップづくり。
一生懸命、お父さんのためにカップに絵を描いている姿はほほえましい。
「父の日」「母の日」。たまには両親に感謝しましょう。
昨日の「龍馬伝」で印象的だったのが、福山・龍馬のこのせりふ。
「けんど、わしゃあ、脱藩浪士ですき、もう土佐には戻れんがです。父上と母上の墓参りもできんがです」。
土佐人としては、なんともせつない。
帰りたいけど、帰れない。
活躍する龍馬の心の中には、常に故郷、土佐のことが頭にあったのではないでしょうか?
乙女姉さんを初め、たくさんのふるさとの人たちに手紙を書き送っている事実がそれを物語っています。
東奔西走して、ともすれば折れそうになる心を、故郷へ思いをはせることで、保たせていたのかも知れません。
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これは官能的すぎる肢体!
日曜市1丁目北88番、水田宏子さんのお店では、いつもいつも畑で取れた「芸術的な」ダイコンが吊されています。
観光客の方々が喜んでシャッターを切っていきます。
とはいえきょうお目見えしたダイコンはあまりにもセクシー。
きっとお味は甘いに違いありません。
水田さんによると、関心を示して寄ってきたのは若い女性と、お年寄りの男性とか。
なんとなく分かるような気がします。
「新作」が毎週出てきますので、日曜市に出ていらっしゃった方は必ずチェックを!
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梅雨、つゆ、ツユ。
むしむし、じめじめ、湿っぽい。
きょうの日曜市も水気をたっぷり含んでいます。
そんなに、たくさんは降ってないですけどね。
この時季、さすがに人は多くないです。ふだんなら。
ただ、それでも龍馬効果からか、日曜市の狭い路上にたくさんの「かさの花」が咲いています。
触れあう、かさとかさ。ぱっと飛び散る水滴。
「あっ、こりゃ、すみません」「いえいえ、こちらこそ」。
日曜市の雰囲気がのんびりしているせいか、お客さんも「大人の対応」です。
雨を避けながら歩いていると、あかちゃんのようなスモモ発見!
昨日、収穫したばかり、取れだち(取れたて)です。
真っ赤なほっぺに生命力を感じますね。食べたらほんとに元気になりそう。
日曜市3丁目北189番の弘田和彦さんのお店です。よかったら、どうぞ!
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「ゲゲゲの女房」のオープニングには、鬼太郎初め、水木漫画の主人公たちが出演してます。
ところで、鬼太郎の住民票があるのをご存じ?
この前、東京・調布に行った時に手に入れてきました。
調布市役所で、求めればすぐくれるらしいです。さすがは水木さんが住んでいる街。いきなことをします。
もらいにいくものずきも、そうはいないでしょうけどね。
本籍は水木さんの出身地である鳥取県境港市。
誕生した年は昭和29年。
ということは鬼太郎は、56歳ということになります。けど、「おばけは死なない。病気も何にもない♪」ですから、年齢は関係なく、少年のままか。
住民となったのは昭和34年ですから、水木さんが調布に住み始めたのがこの年なんでしょう。
超能力は、髪の毛針、妖怪アンテナ、カメレオン舌。
ファッションはちゃんちゃんこにリモコン下駄。って、こうしてみると、数々の妖怪と戦っている割に、意外と鬼太郎の武器は少ないのですね。
世の平和のために、けなげに立ち向かっている鬼太郎に感謝。
でも妖怪の相手をしてないときは、案外暇かも。
「ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲ♪昼はのんびりお散歩だ♪楽しいな楽しいな♪おばけにゃ会社も仕事も何にもない」
ちょっとうらやましい。水木さん作詞の「ゲゲゲの鬼太郎」。
南方にあこがれている水木さんらしい。ほんわかしたところが伝わってきます。
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きょうの高知新聞26面に掲載されていますが、高知市洞ケ島の薫的神社に、岡田以蔵ら土佐勤王党員らがとらえられていた獄舎が保存されています。
もともと山田橋近く(現はりやま町3丁目)にあったもので、移転を繰り返したのちに、今から60年前に現在の場所へ。
平井収二郎が切腹したのも、この山田獄舎です。
「龍馬伝」では、党員の過酷な拷問の声が聞こえてきて、半平太が「もう、やめてくれ!」とうめき苦しむシーンがあります。
でも半平太が入っていた獄舎は、現在の大橋通りにありました。
半平太は上士待遇だし、勤王党の指導者ですから、もっとお城に近い藩庁の牢屋に投獄されていたんですね。
ですから、仲間たちが拷問されている様子などは、聞こえるはずもない。
そういう情報は、牢の中にいても耳に入ってきて、多いに苦しんだことは想像されますが、演出効果を高めるためのフィクションです。
拷問では、ドラマに出ているように、搾木(しめき)を使用。
三角形の木の上に、正座させ、上から石などのおもりを乗せる…たまらんほど痛そう!
150年前の古い話ではなく、拷問はつい最近もイラク戦争時に米軍グアンタナモ基地で行われていました。
早く世の中からなくしたいものの一つですね。
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きょうの高知新聞8面(経済面)で、「農産物が今後10年で高騰」の記事。
国連食糧農業機関(FAO)と経済協力開発機構(OECD)の報告書です。
指摘を受けるまでもなく、中国、インドなどの新興国経済が拡大し、人々の生活が豊かになってくると、「いいものを食べる」ようになるということは、だれでも分かります。
その結果、需給の関係で、農産物の値段が上がる。
最近、中国で頻繁に起きているスト。これなんかも、「世界の工場」から「世界の市場」へ中国が脱皮しつつあることを示しています。
また「ゲゲゲの女房」に話を振ると、水木しげるさんのおう盛な食欲がいつもドラマの中で目を引きます。
食欲は命のエネルギーの根源。
南方戦線で周囲のほとんどが犠牲になっても生き残り、復員後は生存競争が厳しい漫画家界で名をあげた水木さん。
これは「食いしん坊」の生命力があったからではないでしょうか。
奥さんのお父さんは、水木さんの「食いっぷりの良さ」にひかれて、娘を嫁に出す決心をしたそうですが、いいところ見てますね。
「お金の神様」で直木賞作家の邱永漢先生は、「食が貧相な人は生活力がない」とおっしゃってます。
邱先生の息子さんがお嫁さんにしたい女性を、初めて親に紹介するとき、息子さんは女性に「頼むから、親父の前では出された料理はおいしそうにたくさん食べてほしい」と言ったそうです。
実は私もたまたま、邱先生のテーブルで会食したことがあります。
根っからの食いしん坊で、あまりにも出された料理がおいしいことから、どんどん皿をたいらげて、ふと目をあげると邱先生が、うれしそうに笑っていらっしゃいます。
なんでそんなに、うれしそうなのかな、と疑問だったのですが、あとでいろいろ先生の本を読んで、納得しました。
私の場合は生活力があるというより、単なる食いしん坊だけなんだけど。
日本は食材や料理は何でもあり、きょうの「ゲゲゲの女房」のように、バナナがあこがれの果物だった時代は遠い過去のできごとになってしまいました。
幸運にもわが国は経済発展を成し遂げ、外国の安価な食糧を手に入れられる時代が長く続きました。
でも、上に掲げたFAOとOECDの報告書に見られるように、危機は迫っています。
その危機へ備えるヒントは日曜市、街路市の中にあるような気がしてなりません。
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きょうの高知新聞1面には、でかでかと、「龍馬直筆の新資料確認」の見出しが躍っています。
後藤象二郎あっての手紙の草案。
先日、高知市内の民家に、手紙の複製品があるとの報道があり、「同じ内容の手紙がある」と、いの町の方から連絡があったそうです。
複製品があるとしても、龍馬の直筆は、そうそうあるものではありません。
龍馬は筆まめな性格で、たくさんの手紙を、乙女姉さんほかに書き記していますが、紛失したり、焼けてなくなったりしています。
お龍さんなんかも、たくさん龍馬の手紙を持っていたそうですが、焼いてしまったそうで、まことに惜しいです。
この書状は、1867年10月13日、江戸城に登城する後藤象二郎に、もし、大政奉還がならなかったら、「地下で会おう!」と、したためた檄文です。
下書きですが、まぎれもない龍馬の直筆ということ。貴重ですね。
なんとなく、龍馬はアバウトで、直感派の天才肌というイメージがあり、丹念な下書きなど「らしくない」と思ってしまいます。
ただ、土佐人に見られる一つの型として、「奔放、らい落に見えて、意外に用心深い、繊細である」というのがあります。
「先生」を「生生」と書き損じるなど、おっちょこちょいのところと、下書きを書いてみる注意深さが龍馬の中で同居している。
「鎌倉以来武門ニ帰せる大権を解かしむるの重事なれば」という一節に、緊張感が伝わってきます。
国の行く末を決める「重事」に奔走する象二郎にどう自分の思いを伝えたらいいのか。
煩もんしながら、言葉を選ぶ龍馬の姿が目に見えるようです。
新資料は、来月17日から県立龍馬記念館の企画展で公開。
高知県内、県外に関わらず龍馬ファンは必見ですね。
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水木しげるという人はいつどこにいても自分の心を楽しませるものを即座に見つけ出すことができる、だから幸せなのだと思った。
(「妖怪と歩く」足立倫行著、新潮文庫)
最近、NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」をよく見ています。
水木しげる夫妻の物語。
今からおよそ半世紀前、「3丁目の夕日」の時代に結婚。
赤貧洗うがごとしの生活を続けながら、漫画を描き続ける水木さんとそれを支える奥さんの奮闘ぶりが描かれています。
毎週、早く仕事が軌道に乗らないかなと、はらはらする毎日が続いています。
「妖怪と歩く」はノンフィクション作家の足立倫行さんが書いた水木しげる伝。
妖怪のように不可思議で、正体不明の水木さんに寄り添いつつ、その正体に迫っています。
特筆すべきは、水木さんの集中力と持続力ですね。蒐集癖もあり、今でいう「おたく」。
ドラマは今週「連合艦隊再建」の表題がついているとおり、電気を止められるくらい貧乏なのにプラモデルで日本海軍の連合艦隊を全部作り上げようとする。
「自分の心を楽しませるものを即座に見つけ出すことができる」
冒頭の言葉は、昨日水木さん扮する向井理さんの「いくら貧乏でも心まで貧しゅうなってはいかん」という言葉に対応します。
フィールドにしている貸し本業界も不況だし、一生懸命描いても描いてもなかなか売れない。
いろいろな苦難が襲いかかってきて、貧乏を抜け出す気配もない。
普通なら心が折れそうになってしまうのですが、水木さんはどんな時でも、自分を楽しませるものを見つけ出し、没頭する。
日常のいろいろな場面で楽しみを見いだせるというのも一種の才能だと思います。
水木さんのその才能が過酷な戦争を生き抜かせ、貧困時代を克服する糧となったのではないでしょうか。
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昨日の「龍馬伝」は「愛の蛍」。
囚われている武市半平太と、妻の富さんの情愛を描いていましたね。
富さんが庭で見えていた蛍を、半平太に送るシーンは、気持ちが盛り上がります。
半平太が囚われの身となっている獄舎があったところは、いつも近くを通っているところ。
日曜市に出かけたときなどは必ず、目にします。
よく歩いているコースは、日曜市→吉田東洋暗殺場所→武市半平太の囚(とら)われの地。
意識しているわけではなくて、歩きやすい道なので、なぜか自然と足が向く。
毎週日曜日の昼には、半平太の囚われの地の近くを通ります。
そして夜は、仲間の拷問に苦しみ、富さんへの思慕の念を募らせる大森南朋さん演じる半平太を見て、心痛める日々。
不思議な気分になります。
菜園場の武市家の庭先で蛍が飛んでいて、それが帯屋町近辺の獄舎に届けられる。
ドラマの中で、頭の中の地図が作動し、だいたい菜園場から帯屋町周辺まで蛍を運ぶのに、20分くらいかなあ、とか計算している。
こういうふうに「龍馬伝」を楽しめるので、地元は得していると思います。
そろそろ龍馬は長崎を拠点に活躍を始めますが、その前に、武市半平太と岡田以蔵の運命やいかに?
「愛の蛍」を求めて、半平太や以蔵、富さんを忍びながら、高知の街を歩くのも、また情緒があります。
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とうとう高知も梅雨入り。
きょうの日曜市は朝から、雨が降っていました。
でも午前10時ごろから、日が射してきて、店主さんたちも、ほっとしていました。
雨の予想で、休店しているお店もいつもと比べて多かったような気がします。
天候が回復するに連れて、お客さんの数も増えてきました。
GWの異常な人出には、及びませんが、ゆっくり店主さんたちとお話ができるくらいのそこそこの混みようは、こちらにとってもありがたいです。
あまりに列が長くて並ぶ気がしなかったいも天も、きょうは、ちょっと食べたくなって、買い求めてしまいました。
おいしい!なんでこんなに、おいもがあまいんだろう!
梅雨というくらいですから、今の季節は、ウメの出荷も盛り。
青々としたたくさんのウメを見ていると、心の中に巣くっているカビが、一掃されたようなイメージを抱きました。
梅干し、梅酒、大好き。ウメには心と体の浄化作用があるような気がします。
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きょうの高知新聞26面に、長宗我部元親の末弟、親房から数えて17代あとの子孫の長宗我部友親さんの話題が掲載されています。
友親さんは東京都練馬区在住で、このほど長宗我部氏の歴史を子孫のめで本にまとめたそうで、貴重な資料群を土佐山内家宝物資料館に寄託されました。
意外だったのは、親房の跡を継いだ五郎左衛門が、山内家に仕えていたこと。
長宗我部氏は元親の4男、盛親の代で憤死するのですが、一族が山内家に仕えていたとは初耳でした。
「龍馬伝」で、最近山内容堂から「解説」があったとおり、征服者の山内家と被征服者の長宗我部家は犬猿の仲。
幕末の動乱期も、この対立が根っこにあったため、長宗我部の家来であった下士の連中がばたばたと路上に倒れていくということになっています。
五郎右衛門は家の格は下士ながら、職務は上士の扱い。
山内家の懐柔方針、五郎右衛門の屈辱を堪え忍びながら、「土佐で生きる」姿勢が感じ取れます。
戦場で華々しく死んでいく道、山内と同化して生きていく道。
さまざまな道を選択しながら生を終わり、生を紡ぐ。
人って、はかなくも、たくましいものですね。
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あつい。暑い。熱い。あつかったですね。きょうは。
木曜市を訪ねると、頭上のヤシの木から漏れてくる直射日光に襲われました。
徐々に夏の雰囲気。高知の長い夏の始まりです。
ところが店の中に入ると、さほど暑くはありません。
風がすっと通っていて、すごく涼しい。
これも店の上にあるヤシのおかげだそうです。
でも、買い物客は移動しなければなりませんから、これだけ太陽がきついと、どうしても汗ばんでしまいます。
こういうときは!
こういう場合は!
こういう場所では!
ひやしあめだああ~。
くぅ~。口の中に広がるショウガの清涼感。
のどごしの甘み。
たまりません。
暑さ厳しい夏も、ひやしあめさえあれば、大丈夫。
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きょうの高知新聞17面の学芸面。
トップのは、「iPad上陸 本はどうなる」と題した作家の恩田陸さんと上村八潮・東京電機大出版局長のインタビュー記事です。
サイドの連載「いま、装丁のこと」は見出しが「紙の本ならではの愉悦」。
デザインジャーナリストの臼田捷治さんが、電子書籍のことについて書いています。
「紙の本を何度も読んですり減って、ぼろぼろにする体験が大切で、そこに本を読むという行為の根本的な何かがある」(恩田さん)
「米国人にとって読書は消費行為に近く、本の「読み捨て」は普通です。日本で新古書店がはやるのは、捨てることに抵抗感がある証拠。本への愛着はより強いと思います」(植村さん)
「読書や学習は、効率や利便性、機能性がすべてではないはず。例えば、古書に触れると、インキや紙、そして装丁によって、本に時代の空気が刻印されていることを感じる」(臼田捷治さん)
本好きなら、うなづけることばかり。こういう感性、とても大事にしなければならないと思います。
ただ、実際にiPadに触った感覚からすると…す、すごいです。
タッチするだけで代わるページ、拡大する文字。見やすい背景。
そしてiPadの強みは、メールの送受信、動画のダウンロード、ネット検索など電子書籍だけにとどまらず、汎用性を持っていることです。
直感、あくまでも触っての感覚ですが、5年後には、お茶の間にずいぶんと、入り込んでるんではないか、iPadとは限らないけれど、電子ビューアーで、たくさんの人が電子書籍を読んでいるのではないかという予感がしました。
恩田さんは、鮮度と更新を必要とされるもの、テキストやビジネス本などを電子書籍で読むことは普及するだろうと予想していますが、それのみならず鮮度を必要としない古典から、文芸書にいたるまで、一気に普及は進むと思います。
著作権切れの文芸書の名作をボランティアが集め、編集した「青空文庫」=スカイ・ブック。
iPhoneで、ちょっとした空き時間などで、よく読んでいます。前にも述べたことがありますが、背景が文庫本の茶色い色にしていることもあって、あまり目が疲れない。
50冊以上はこの手の平サイズの情報機器の中に、落とし込んでいますが、50冊の古典と一緒に、いつも移動しているってのは、すごくいい気分。
電子書籍化によって、読む機会がなかった古典、見逃していた名作に触れる機会が着実に増えるだろうと思います。
愛着があるからこそ、古今東西の名作と、いつでも寄り添って生きていきたい。
これは本にとっては喜ばしいことではないでしょうか。
紙の読書は絶対に滅びないし、印刷機もますますコンパクト化して、安くなってくると考えられるので、紙の本の多彩な文化は失われることがない。
ただ、音楽のレコードとCD、CDとiPodの関係と同じく、本も、配信する媒体は、便利な方、機能性が高い方に移行していきます。
文字を運ぶ媒体は亀の甲羅や石版から、携帯性、機能性に優れた紙へ。そして、電子書籍へという潮流は、もはや止められないでしょうね。
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「瀬戸内国際芸術祭2010」が来月19日の「海の日」から10月31日まで開催されます。
高知のような荒海と違って、穏やかなイメージの強い瀬戸内。
その中に浮かぶ直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島の7つの島と高松を会場に、17カ国から76組のアーティストが参加します。
小さい島をつないで行う芸術祭というのはユニークな試み。
芸術で地域を元気にしよう、地域の力で自らも元気になろうという発想なんでしょうね。
サポートするのが「こえび隊」。
作品制作や運営、イベント、広報などをするボランティア部隊。
人と人とが関係し、地元の人や風土と触れあいながら、盛り上げようとする活動は、面白そうですね。
「こえび」というのがなんとも瀬戸内的。
この「こえび隊」の説明会が今度の日曜日、高知市で開かれます。
6月13日、18:00から20:00まで高知市文化プラザかるぽーと9階特別学習室で(当日受付・無料)。
何か楽しそうだなあ。ちょっとワクワク感があります。
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きょうの日曜市は、おおむね晴れ。
気温が上がってきて、そろそろ本格的な高知の夏到来か。
市(いち)のアジサイが色彩を増してきて、目にしみます。
今週も混んでいましたが、先週よりはやや少なめ。やっとお店の商品が路上から見られるようになりました。
きょうのトピックは、高知大生のSMS(サンデイ・マーケット・サポーターズ)の運営する休憩所(日曜市1丁目北)。
SMSは、このブログでも何度か紹介していますが、お店の中に入って仕事を手伝ったりして、日曜市振興策を考えている頼もしい青年たちです。
日曜市には、案外と休憩所が少ないのが、玉に傷。
この店舗はお休みになった2店舗分の間にテントを張り、机といすを入れています。
もちろん高知大生が常駐。
歩き疲れた県外客の方々のガイド役になったり、時には話し相手になったりして、日曜市や高知市をPRします。
日曜市や高知県関連のパンフレットもあるのですが、風の強い日曜市のこと。
しっかり抑えてないと飛んでいってしまいます。普通はいろいろと重しを置いているのですが、この休憩所の重しは、なんと小夏…目立っちゅう。
重しに小夏など日曜市の特産品を置こうとしたのは、メンバーのアイデア。ユニークですね。
来週はキャベツか、それともジャガイモかな。
またノートも置いてあり、高知県外からの観光客のみなさんが日曜市の感想などを書き込んでいます。
SMSのメンバーがあとで、メッセージに対してコメントをつけているのもいいですね。
できれば、これをネットに反映すれば、さらに交流の輪が広がりそうです。
休憩所は、いわば情報のターミナル。若い感性で、このターミナルを利用して有効な情報発信をしていってほしいです。
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きょうは夕方、久々に鏡川周辺を散歩してきました。
暑くもなく、寒くもなく散歩には今が一番いい季節ですよね。
沿道には、色とりどりのタチアオイが咲いていて美しい。
アジサイもこれから見ごろ。近所の方でしょうか、お水をあげてました。
ずっと西の方に歩いて行くと、紅葉橋。紅葉の形が描かれています。
ここは昔、雁切橋と呼ばれていて、河原は刑場だったとのこと。
余談ですが、吉田東洋も土佐勤王党のメンバーに斬られたあと、首がここでさらされました。
最近クローズアップされている「龍馬伝」の関係者も、この雁切橋に関わることになります。
帰りに、ふと足元に目を止めると、龍馬の桔梗紋と矢印を描いたものを発見。
龍馬関係のウォークラリーで使われたものでしょうか。
何か、龍馬に呼び止められたようで、彼と「同行二人」のような不思議な気分になりました。
帰りに水丁場の近くを通ると、飛行機雲に夕日が。
時はうつろい、人は変わるとも、この美しい夕日だけは変わらないでしょう。
高知市鏡川周辺の散策は、龍馬と「同行二人」の気分が味わえるすがすがしいスポットです。
龍馬関係の記事は→こちら
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時代は追ってはならない。読んで仕掛けて待たねばならない。
(孫正義・ソフトバンク社長)
ソフトバンク社長の孫正義さんが、ツイッターで毎日のように情報発信していますが、そのタイムラインをのぞくと、孫さんらしい個性的なひとことが集まっています。
きょうひっかかったのは上の言葉。
時代を追っかけていては、二番煎じ、三番煎じになって、追いつけない。
時代の流れを読んで、仕掛けて、待つ。
将棋になぞらえるなら、大局観を持ち、だいだいこういう方向性に動くと「読み」、絶好のタイミングで「仕掛け」、相手の対応を「待つ」。
株式投資に例えるなら、情報を集め、分析し、世の中の流れを「読み」、売り、買いで「仕掛け」、推移を見守りながら、「待つ」。
孫さんの言葉は、ビジネスや投資の神髄かも知れません。
読みの精度を高めるために、新聞、本、ネットなどを渡り歩き、自ら考える。
その推論に基づき、タイミングをはかって仕掛ける。
そして待つ。
時代はどこに向かっているのか、真剣に情報収集し、自分で考えたら、大まかな流れは誰でも分かると思います。
ただ、大きな潮流は読めたとしても、難しいのは仕掛けのタイミング。
仕掛けは早すぎることもあるし、遅すぎることもある。これは、失敗しながら経験値を高めていくしかない。
そして、もっとも難しいのは、「待つ」こと。人間、なかなか辛抱できず、いろいろな情報や自らの声に惑わされてしまいますからね。待つ、耐える。自分との闘いが、一番困難かも知れません。
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高知市は、「龍馬伝」にちなんだ龍馬一色になっています。
当ブログでも、いろいろと龍馬グッズを紹介してますが、最近目に付いたのが、「おーい!竜馬!」の芋けんぴ。
「芋けんぴ」は高知の特産菓子で、土佐の子どもたちは、ほとんどが、これをおやつに育っているといってもいいでえしょう。
日曜市を歩いて分かるのですが、とにかくイモが多い。
イモ菓子もイモケンピ、ヒガシヤマ、イモ天と、さまざまなバリエーションがあります。
イモの国、土佐を代表する菓子が、このイモケンピです。
当然ながら、龍馬との相性もいい。
そしてイラストとしての龍馬は、やはり小山ゆうさんの描く竜馬が、一番浸透度と人気が高い。
このイラストは目立ちます。
少し気になるのは、描かれている竜馬の表情があまり明るくないこと。
天から降り注ぐ日を浴びている笑顔の竜馬もモノトーンですし。なんとなく去っていく直前のような。
本来、土産物なら、「ぱっと明るく、お持ち帰り」のはず…。
けんど、これはこれで竜馬のナイーブさを表しています。
「龍馬伝」では、同志や幼ななじみが投獄されて、龍馬は苦しみの中でのたうち回っています。
ユーモアがあり、冗談好き、おっちょこちょいの彼は、明るい。
この明るさが人気の秘密なのでしょうが、それは郷里の友人たち、同志たちの非業の死を乗り越えた、突き抜けた明るさなのだと思います。
ナイーブで、思い悩む龍馬もまた、よしですね。
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朝のテレビ小説「ゲゲゲの女房」が面白く、できるだけ欠かさず見るようにしています。
舞台になっている調布市は、学生時代によく足を運んだところで、愛着があります。
今度、深大寺そばを食べにいこうかな。
今、調布市は「鬼太郎の町」と化しているらしく、京王線の電車の車内広告にも、「ゲゲゲ」主演の松下奈緒さんのポスターが目立っていました。
ということで、調布の商店街に足を踏み入れると、鬼太郎初め、ねずみ男や妖怪たちがお出迎えしてくれます。
境港市の水木しげるロードのブロンズ像ほどではないですが、町の中で妖怪を見つけられるのは、楽しい。
昔は暗闇がたくさんあったので、妖怪も生息しやすかったのでしょうが、今は明るくなって、妖怪も棲みにくくなってきました。
妖怪が棲める昔の環境って、実は、人間も住みやすかったのでは?
電灯の明るさが世の中の闇を駆逐してしまいました。
安全で安心な明るい世の中。明るい社会はいい社会。本当にそうかな?
闇はダーク、暗い、忌避すべき存在。でも闇の色は宇宙の色。
光の中には喧騒があるけど、闇の中には静寂がある。そして神性も。
闇に対する恐れがなくなってきたから、人間は増上慢になってきたような気がします。
たまには数少なくなってきた闇の中に身をひたし、静けさと会話するのもいいかも知れません。
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きょうの高知新聞で衛藤・日銀高知支店長もおっしゃってますが、今のところ龍馬ブームで、予想を上回る経済効果が発表されています。
同支店は「龍馬伝」放映前の経済効果234億円を409億円に上方修正しています。
地元に住む者としては、龍馬をきっかけにたくさんの方々に、高知を訪れていただいて、土佐の食や文化、そして人と触れあっていただきたいです。
このブログも「お国自慢」的に書いていますが、日本各地にはそれぞれの文化、特徴があり、それぞれが重んじられるべきで、特に高知が優れているとは思っていません。
iPad、iPhoneなどの最新機器に触れると、究極のユビキタス(どこにいても情報に接続できる)社会が迫ってきていることを痛感します。
しかしそれは一面、これらの情報機器に、自分の持ち時間を大幅に支配される側面を持っています。
そうすると、どうなるか。
生で見知らぬものに触れる、汗をかいていろんなところに行く、人と話す、ということがますます軽んじられてくるのではないかという危惧(きぐ)があります。
「それはこの後、龍馬の人生の中で何度も繰り返すことになる旅の、そう、会いたいと思うた人間には労を惜しまず会いに行く、あいつの生き方のはじまりじゃった」
以前紹介した「龍馬伝」の岩崎弥太郎(香川照之さん)が龍馬を語った一節。
こういった龍馬の生き方とまるっきり反対の方向に、世の中進もうとしているかも知れない、と最近よく考えたりしています。
明治維新は、幕府を守る「旗本八万騎」が、太平に慣れて軟弱化。それに代わって薩長土を中心とする貧しい田舎侍たちが台頭して、世の中をひっくり返した、といっていいと思います。
ローカルの野性のパワーが、維新の原動力だった。
見ようによっては、現在の日本も、総「旗本八万騎」化していると言えなくもありません。
このところ、地方の経済的疲弊は極まれり、という状態です。
でも明治維新のように、これから「貧乏で野性的なローカル」が、日本に、世の中に活力を与えるのではないか。
地方も都会化して、ずいぶんと野性度は薄まっていますが、「草莽の志士」は、野にたくさん隠れている気がしてます。
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