
2010年7月アーカイブ
これがほんとの「リョーマの休日」
何げなく高知市の電車通りを歩いていると、四電(四国電力)ビルのショーウィンドウに楽しげなものが…。
これ、なんていうんですかね。
観光地なんかに置いてある有名人あるいは歴史上の偉人の顔の部分だけ、くりぬいてあるやつ。
この穴に顔を入れて、記念撮影するんですよね。
そういえば、奥州平泉に行った時に、弁慶と義経版もありました。
小樽の「裕次郎記念館」にもあります。
「ゆうちゃん」になりきった写真に、嬉々(きき)とする団塊の世代の方々に、あぜんとしたこともあったっけ。
それはともかく、桂浜と播磨屋橋をバックに、龍馬とお龍がバイクにまたがっている図は、インパクトがあります。
またせりふがしゃれてる。
「これが本当のリョーマの休日ぜよ!」ですと!
不朽の名作「ローマの休日」。
オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックがローマをバイクで動き回る名場面を思い浮かべてしまいました。
そうか。「龍馬の休日」は、お龍と一緒にバイクで土佐観光か。
一度、やらしてみたかったのう…とちょっとしんみり。
まあ、またまたそれはともかく。
この衝撃は、「すべての道はリョーマ(ローマ)に通ず」のコピーを見て以来。
「龍馬街道」さん、やりますなあ。
こういう「ごろあわせ」大好きです。
こちらも、ますます励まねば。
「リョーマは一日にしてならず」ですからのう。
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きょうの高知新聞経済面(7面)。
「インドで「小口金融」の最大手が初上場」のニュースが掲載されています。
「小口金融」というのも耳慣れない言葉ですが、マイクロファイナンスといえば少しだけ、聞いたことがある人が多いかも知れません。
マイクロファイナンスは低所得のため銀行を利用できない人々に少額の資金を無担保で貸し出し、貧困削減を目指す手法。
ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの経済学者、ムハマド・ユヌス氏が始めたグラミン銀行が有名です。
貧困者援助は寄付が一般的ですが、直接対象者の手に渡るかどうか分からない。
せっかくの浄財なのに、行方が分からなくなったなんてこともあります。
そして、寄付が渡ったとしても、一時的に助かることはあるけれど、結局「元の黙阿弥」になってしまう。
その点、マイクロファイナンスは融資ですから、貧しい環境から抜け出そうとする人の商売を後押しする。
自分で工夫し、自立する手助けをするわけですね。
金利は低く、投資としてのリターンは少ないですが、これは生きたお金の使い方だと思います。
ドイツの作家、ミヒャエル・エンデが提唱していた「利子のない世界」(利子分をみんなで分かち合おうという考え)に相通じる考えです。
BRICSの一つで、発展著しいインドは、厳しい身分社会で、それは経済にも反映されています。
経済格差を縮少させることが、階級制度のかきねをなくすまず第一段階。
インドのこの企業、利益はそんなに上がらないでしょうけど、ぜひ軌道に乗ってほしいです。
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実物が確認された坂本龍馬の手紙のうち最古の一通が確認されたそうです。
きょうの高知新聞朝刊1面。
1856年(安政3)年9月、土佐の相良屋源之介に餞別(せんべつ)のお礼をしたためたもの。
2回目の江戸剣術修行のときにあたり、出発の際の贈り物に対するお礼が遅くなったことの詫びや、築地の土佐藩中屋敷に滞在していることを報告しています。
まだ二十歳過ぎの初々しい龍馬だけあって、脱藩したあとの自由奔放な手紙と違い、文字に硬さが残っているそうです。
彼が通っていた桶町の千葉道場(現在の八重洲ブックセンター近く)には、土佐藩上屋敷(東京フォーラム)が近いので、剣術修行には上屋敷に滞在していたのかなと思っていましたが、築地の中屋敷にいたようですね。
龍馬は下士だから、上屋敷に住まうのは考えにくいものの「龍馬伝」の考証は正確でした。
この原本、活字の記録には残っているものの、ずっと不明のままで「およそ100年ぶりの出現」とのこと。
まさに、「龍馬伝」ブームがこの書を照らし出したと、言えるかも知れません。
まだ、実物が確認されていない龍馬の真筆が発見される可能性がありますね。
楽しみです。
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話をかいつまめば「群れるな、こもるな、面白がれ」といったところか。仲間内だけで固まる協調性より異文化と上手につき合う社交性を、とも説いていた。
(28日付日本経済新聞朝刊 春秋 先日亡くなった森毅さんの言葉)
京都大学の元教授で、数学者の森毅(つよし)さんが先日亡くなりました。
普通の人と違う視点の発言が話題になった名物教授。
昨日の朝日新聞「天声人語」によりますと
森さんは京大の教授だったころ、授業で出席を取らなかったそうです。
まじめに講義に出ている生徒から「出席を取ってほしい」といわれたとき
「よっしゃ、出席してないヤツは少々答案の出来が悪くても同情するけど、出席したくせに出来悪いのは容赦なく落とすぞ」
と応えたとか。
まじめに出席する(出勤)することが、過大に評価される世間の風潮に、一石を投じる発言。
そうですよね。毎回授業に出てたからといって、きちんと理解しているとは限らない。
「出席してないヤツ」は別の有意義な時間を過ごしていたかもしれないし。
「群れるな、こもるな、面白がれ」というのも、森さんらしい。
「群れるな」というのは、「群れに安住するな」という意味もあるでしょうが、「人と違ったものの見方を鍛えなさい」と説いているような気がします。
独歩の精神を保ちつつ、こもるな。
ひきこもりにならず、他者と接し、ひとりよがりになるな。
そして、面白がれ。何でも興味を持って、面白いものを見つけなさい。
何でも龍馬に絡めるのも何ですが…。森さんはとても龍馬的。
龍馬ほど新しいもの、不思議なものを面白がった人も、当時としては珍しい。
また、攘夷派、勤王派の中にいても一人さめている(客観的な)印象があります。
そして、藩に依拠する志士が多かった中で、藩にとらわれない。群れない。
独自の勢力を作る。
森さんが関西弁が母語になっているのも、土佐弁を基調としている龍馬と似ている。
方言というのは、それを言う人間にも左右されるますけど、人間の持つ熱さやぬくもりが伝わりやすい。
2人とも、もう少し長生きして、われわれに言葉を残してほしかったです。
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昨日の「龍馬伝」。
やっと池内蔵太(桐谷健太さん)が登場しました。
演じている桐谷さんはルーキーズや「JIN-仁-」でもおなじみのちょっとごついけど、ひょうきんなところもある役者さんです。
池は土佐勤王党に参加しており、脱藩。
天誅組の反乱や禁門の変、異国船との戦いにも参加している歴戦の勇士で、激戦の中、命を落とさなかった「不死身の男」です。
今後、龍馬が長崎で結成する亀山社中にも参加して、数奇な運命をたどります。
池内蔵太、望月亀弥太、沢村惣之丞、溝渕広之丞、それに近藤長次郎。
いずれも龍馬の周辺にいた人物。それぞれの立場で、懸命に生きた人たちです。
龍馬人気が高まらなければ、光が当たることはなかった。
沢村惣之丞の墓なども発見されたのは最近のことだといいます。
龍馬がクローズアップされるたびに、その周辺の人物も浮かび上がってくる。
おかげで、土佐郷士たちがどういう行動を取り、何に奔走していたかが、150年後の土佐人の子孫である私たちにもある程度分かる。
龍馬の物語というのは、一面、土佐の軽客たちの集団ストーリーなんですね。
武市半平太や吉村寅太郎、岡田以蔵を含めた土佐郷士たちの群像物語。
この人たち以外にも、名前すら記憶されていない路上に倒れた土佐人はいっぱいいます。
現代の目から見ると方向性が誤っているように見えたり、過激すぎるように思えたりすることもあります。
でも、「龍馬伝」中で龍馬がいうように「みんなが笑って暮らせる世の中」を目指していた人が多かった。
地元、土佐人としては、そういった先人の志を受け止め、これからどう生かしていくかを考えるいい機会だと思います。
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きょうも、暑かった。
最近は盛況の日曜市も、さすがにちょっと人影まばらでした。
出店者も、植木を主に扱っているお店などは、暑さと直射日光で植物が傷むためか、休んでいるところが目立ちました。
日曜市近くの大手門の前では、話題の車屋さんが、お客さんを待っています。
さすがに、炎天下の高知を人力車で巡ろうという人はそんなにいないんじゃないかな。
むしろ、人力車を引いているお兄さんが暑さで倒れやしないか心配です。
うろうろしているだけで汗が噴き出します。
こういう時に目に付くのが冷たいもの。
アイスです。それもただのアイスではなくユズアイス。
日曜市4丁目南236番の安芸光代さんのお店です。
下の上でユズの酸味と、甘みが解け合って、冷たい。気持ちいい。
ああなんて幸せな。暑さがあるから、この幸せがあるのですね。きっと。
あれこれ話をお店の人に聞いていたら、次から次へとお客さんが現れました。
暑い日はやっぱりこれやねえ。かき氷もあるきに、遠慮なく食べていきや。わしの店じゃないけんど…。
それにしてもこの暑さは異常。「高知だけじゃないよねえ」と聞かれましたが、高知だけではないようです。
むしろ、冷房の放射熱や照り返しで東京の方が暑いみたい。
あと1カ月あまり、猛暑、酷暑が続きそう。
日曜市のおばちゃん、おじちゃんたちも体を壊さんようにしてください。
暑くても、店主さんたちの笑顔で、涼ませてもらっています。
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人間の内部の光と闇の戦い。
あまりにも大きな悲しみ、アナキンの場合は、母親の死ですが、それに襲われると、人は暗黒面に引き込まれてしまう。
そして、その凶暴なパワーはほかの罪もない人々を巻き込んでしまう。
このスターウォーズのエピソード1から3が作られたのが99年から05年まで。
ちょうど、9.11が起き、アメリカがイラク戦争に突入していったころです。
史上初めて米国が他国から「空襲」を受け、アメリカという国の一つの象徴だった貿易センタービルが崩れ落ちた。
そして多数の犠牲者。その衝撃と悲しみ、怒りは、尋常ではありませんでした。
その姿は母を殺され、妻の死におびえるアナキン・スカイウォーカーに投影されているのではないか。
2001年のアメリカ人こそ、暗黒面に足を踏み入れたアナキンではなかったかと、ふと考えたりしてました。
恐怖と憤怒が、彼らの目を曇らせ、今や幻想だったことが明らかになった「大量破壊兵器」の存在を信じた。いや、信じようとした。
ジョージ・ルーカス監督はこの大ヒットした大衆娯楽映画に仮託して、アメリカ人の犯したあやまちを検証しようとしたのではなかったかと、勘ぐってしまいました。
イラク戦争、アフガン紛争に突入することで、アメリカ人自身も深い傷を負ってしまった。
怒りや悲しみ、扇情的な情報は、人の判断する目を曇らせ、新たなる災厄を引き起こす。
何の罪もなく殺されていったイラクの人々に対して、だれが責任を取るのか。
ほとんどの日本人が忘れかけてますが、何も考えずにイラク戦争の片棒をかついだ日本にも責任の一端はあるのでは?
人ごとではありません。
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NHKのBSハイビジョンが、スターウオーズを一挙に上映していますね。
題して「フォースにまみれる7月」。
おかげで、ずいぶんとフォースにまみれました。
ご存じのとおり、スターウォーズは、77年、初めて作られたのがエピソード4から。
4、5、6の物語で一応完結し、元へ戻って、1、2、3ができて05年に完結。
この物語。剣と魔法とメカ、さらに美しいお姫様と、男の子をわくわくさせる要素がたくさん入っており、本物と見まがう特撮技術、ダースベイダーなど悪役の魅力もあって、映画史上に残る大ヒットになりました。
フォースとは宇宙を形成するエネルギーのこと。
東洋的解釈では「宇宙の気」ということになるでしょうか。
このフォースを自在に操れるのが、ジェダイの騎士たち。
禁欲的、修行に熱心で、「善」に仕える者です。
ただフォースには暗黒面(ダークサイド)があり、力を持っている者でも、恐怖、傲慢さ、深い悲しみ、憎しみなどにとらわれると、このダークサイドに落ちてしまう。
その象徴がダース・ベイダー。元は優秀なジェダイだったのですけど、母親を失った強い悲しみと、妻を失う恐れから暗黒面に身を落とします。
スターウォーズシリーズは、ある面ダース・ベイダーの物語といえるかも知れません。
西洋の光と闇、善と悪の二元論に単純化する図式は、今ひとつうなづけないものがあるものの、人間の内部には確かに光と闇が同居しています。
(つづく)
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昨日の「龍馬伝」。とうとう長崎編が始まりましたね。
半平太も死んでしまったし、土佐に残るは弥太郎だけ。
そして弥太郎も長崎に行くことになりますね。
ドラマの半平太に会いに土佐へ帰る龍馬はちくと、無理にしても、もう一度だけ、里帰りした記録がありますから、それを楽しみにドラマで彼の活躍を見守ろうと思っています。
さて長崎。
龍馬はここで日本初の株式会社「亀山社中」を設立することになります。
「侍がビジネス?」と昨日はグラバーにも笑われておりました。
しかし、龍馬の中には本家才谷屋の商人の血が入っていますから、貿易が盛んな長崎を見て、ビジネスに目が行くのは自然です。
きのうのドラマの龍馬が言っていた
「自らの稼ぎがないひもつきは、どうしてもしがらみができる」は、ほんとにそうですね。
つまり経済的に自立してないと、自由に行動できなくなる。
何かに、しばられずに、思ったとおりに生きるのには、経済的に自ら立っていることが必要。
藩は幕府に、藩士は藩に、サラリーマンは会社に、しばられている。
龍馬のいうとおり、精神と行動の自由を手に入れるためには、自分なりにお金を得る方法を会得してないといけませんね。
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きょうはちょっと忙しくて朝のうちに日曜市へ行けなかったんですけど、午後も遅くなってから、ちょっとだけのぞいてみました。
相変わらず暑いのですけど、「ふわっ」とした風が吹いてきて、ほほをなでて通りすぎていきます。
形としてはなかなか感じることのできない風。
日曜市のテントの天井が、「ほわっ」とふくらんでいる様子に、風を感じます。
ふと目を上に向けると、イルカが天に昇っている。
雲はモクモク入道雲。
空の大海を泳ぎたいのかなあ。
なかなか粋な駐車場のペイントですね。
午後遅くは、店じまいをするところが多いです。
丁寧にテントをたたんで、車に積んで帰って行く。
そういえば、この場面はあまり写真撮ってなかったなあ。
ご苦労さまです。来週は朝から行きますからね。
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梅雨明けしましたねえ。四国地方。
途端に降り注ぐ、強烈な陽光よ。
これからおよそ2カ月。肌を焦がす日々です。
甲子園に向けての県予選も始まりました。
高知の夏、球児の夏。
ちょっくらCMをしますと、高校野球を携帯で、リアルタイム速報しています。
ほんとにリアルタイム。
やってるそばからすぐ打ち込んでまして、手前みそながら、臨場感いっぱい。
母校の行方が気になる方は、ぜひどうぞ→こちらからです。
西原理恵子博覧会、「バラハク」もきょうから始まりましたね。
かるぽーとの横山隆一記念まんが館にて。
また行ったらレポートします。
やることいっぱい。夢いっぱい。
楽しさいっぱい。幸いっぱい。
日曜市には人いっぱい。
って、あれ、残念ながらあしたは行けないんだった。
また再来週寄らしてもらいます。
おんちゃん、おばちゃん、暑さに負けんと、おきばりやす。
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今週の「龍馬伝」。
海軍操練所が閉所になり、居場所を失った龍馬たちは長崎へ。
操練所で培った黒船を操る技術を生かし、薩摩の世話になることを決めるのですが、その時の龍馬の言葉。
「わしらは、何やちできるがぜよ!」
日本に黒船を動かせる人間はほとんどいない。
その腕を生かし、商売でかせぎ、自立すれば、何でもできる。海防も、倒幕も。
龍馬がのちに率いる海援隊や亀山社中はメンバーの給料は均一だったということです。
組織内の同志的結合の強さと、平等主義、リーダーである龍馬の育ちの良さを物語っているように思います。
亀山社中は日本で最初の企業。その側面ばかりが強調されがちですが、民主主義の実験場としての色合いもあったのではないかと推測します。
「おれたちは、何でもできるんだ!」よりも「わしらは、何やちできるがせよ」の方が、方言の土俗の持つ強さが前面に出てきて、元気がある。
人はいつでも、何者にだってなれる。目指せる。
人間の持つ無限の可能性を感じさせてくれますね。
いくつになっても、どんな状態になっても、わしらは、何やちできるがぜよ!
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加藤登紀子さんの「男情歌」のCDが届き、毎日聴いています。
この「男情歌」。歌手生活45年を迎えた加藤さんの男をテーマにしたベスト版。
好きな曲がたくさん入っているので、発売を知ってすぐ購入しました。
雨がふりしきる夜中。胸に浸みてくるのが「酒は大関」。
この歌、加藤さんの歌だったんですね。今さらですが。
彼女の歌声はべたつかず、さらり。そしてき然として、きりっと。
男を歌い上げるのにふさわしい。
「恋をするなら命がけ」
「花と咲くのもこの世なら 踏まれて生きる草だって」
「女泣かせるやつよりも 好きだといわないその背なに 女ごころはもえるもの」
「酒は大関 心意気」
小林亜星さん作詞作曲のCMソングですが、言葉が粋(いき)で、生きてる。
私のカラオケ18番「時代遅れ」に通底するところがある。
アナクロですが、たまにこんな世界にひたってみるのも悪くない。元気になります。
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昨日、「龍馬伝」で切腹した武市半平太(大森南朋さん)の実家は高知市の仁井田にあります。
龍馬の時代のなごりを残している数少ない建物の一つ。
普通の民家で、坂本さんという方が、住んでいらっしゃいます。
その南隣にあるのが瑞山神社。
階段を上っていくと、左側に半平太の史料館も。
そしてさらに奥へ入っていくと、半平太と妻の富の墓が仲良く並んで建っています。
富さんは、半平太が獄中にあるとき、自分だけが楽をするわけにはいかないと、板敷きの間に寝たエピソードが「龍馬伝」でも描かれていましたね。
子ができない富さんの留守に、勤王党の仲間が、若く美しい女性に半平太の世話をさせたけど、間違いは起きなかった。
もちろん、富さんは了解の上。意図を察した半平太は、「よけいなことを」と仲間をしかったそうです。
2人のおしどりぶりが、よく分かります。
半平太の死後、富さんの生活は困窮を極めたとか。
明治になってから、やっと半平太の事跡が認められ、養子を立てて武市家を存続させました。
富山さんは、大正6年(1917年)、87歳で亡くなっています。
半世紀の間、ずっと半平太の面影を心に持ち続けたのでしょうね。
千葉さなとも共通する、夫への真摯(しんし)な情愛を貫いた一生だといえるかも知れません。
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きょうの「龍馬伝」。とうとう武市半平太が切腹、岡田以蔵が斬首(ざんしゅ)。
史実では、脱藩者の龍馬が帰ってくることはありえないだろうけど、「こうあってほしい」と見てる側が望んでいる演出でした。
すなわち、最期の時を迎える武市に龍馬、弥太郎を面談させる。
「わしの志を継いで、外国に侵略されん強い国を作ってくれ」と、龍馬に頼む半平太。
泣かせるばい。じゃなくて、泣かせるぜよ。
いつも日曜市に通う道すがら、武市半平太がとらわれ、切腹した地があります。
最近気が付いたのですが、なじみのウナギ屋さん、「せいろ」が南隣。
ひょっとしたら、牢の一角かも知れない。今度からは、半平太をしのびつつ、ウナギをありがたく食することにしよう。
何につけても、この「武市瑞山先生殉節の地」の石碑を見るたび、大森南朋さんのひげ面笑顔を思い出すことでしょう。
不純物がどんどんそぎ落とされていった純な笑顔。いい演技でした。
大森さん、お疲れさまでした。ぜひ、また高知にいらっしゃってください。
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「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」の映画評を書きました。
→こちらです。
7年前に「踊る2」の舞台あいさつで、高松市に来ていたプロデューサーの亀山千広さんと、監督の本広克行さんにお話をうかがったことがあります。
それによりますと、「踊る」は「巨大なタンカーを動かすようなもの」だと言っており、「2」の封切り直後のお二人には、とても「3」を作る余力は残ってないように思いました。
でも、メインキャストの一人である和久さん役のいかりや長介さんを亡くした喪失感を乗り越え「3」が出来たのは、ファンとして正直うれしいです。
映画の公開と連動して、13年前のテレビシリーズをまた放映してますが、就寝する前に見るのが楽しみ。
「事件に大きいとか、小さいとかあるんですか?」
「女の子が殴られてたんだ。それをそのまま見ていろっていうんですか?」
何度見ても、笑い、考えさせてくれるよくできたドラマです。
「自分の信念貫いて、人の希望になってやれ」。
亡くなった和久さん(いかりや長介さん)の言葉が、天から降ってくるんですよね。「踊る3」で。ちょっとぐっときました。
確かに詰め込みすぎ。和久さんも雪乃さんも出てこないけど、久しぶりに湾岸署の面々に触れて、元気になりました。
写真は、「踊る」見に行った時に、くじ引きであたった電卓。うれしい。
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きょうの高知新聞朝刊経済面には、南国市の猟銃メーカーミロク製作所が、坂本龍馬の愛用した米国製のピストルを再現したとの記事が掲載されています。
米国製のピストル「スミス&ウェッソン」。もちろんレプリカですが、最高級のクルミ材を使用しているそうです。
32口径の6連発銃で、高杉晋作が上海で買ったものを護身用に龍馬に送ったと言い伝えが。
寺田屋では、幕吏に取り囲まれたときに、活躍しました。お龍さんが風呂場から裸で駆け上がって、2階の龍馬に急報したときですね。
龍馬は剣の達人でありながら、なかなか剣を抜かなかったそうです。
銃を持っていたのは、護身用というよりも、彼の「新しもの好き」な性格が反映しているような気がします。
有名な「ふところの中身」のエピソードでも、「短い刀」の次にくるのがピストルですね。
今ならさしずめ、iPadをふところに入れて持ち歩き、「おまん、これを知っちゅうかえ」などと見せ回っているに違いありません。
いかん!iPadの「万国公法のアプリ」を起動させて「これからはこれぜよ!」と、自慢げに語る龍馬が、妄想の中で立ち上がってきました。
どうでもえいけんど、龍馬よ。そのオーデコロンのきついにおいを、なんとかしいや!
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この前、高知市の新阪急ホテルをうろうろしていたら、なつかしい顔に出会いました。
彼の名前は「りょうまくん」(バンダイ)。坂本龍馬をキャラクター化した人形です。
おでこが広く頭が大きい。背の高い龍馬を上からぐっと力を入れて、圧縮させたようです。
でも愛らしい。大きい額をしみじみながめていると、ソフトバンクの孫正義社長を連想してしまいました。
ずっと前に、持っていたことがあります。調べてみると25年前の1985年の発売。「龍馬伝」ブームを機に昨年末から再び販売されることになりました。
懐かしくて、思わず、買ってしまった!この「りょうまくん」しゃべるんです。
「心はいつも太平洋ぜよ」「くよくよしてちゃ いかんぜよ」などなど。
昔はゼンマイだったような気がしますが、今は横の大刀を押すと、しゃべってくれます。
ちくと、へこんじゅう(ちょっとまいっている)時など、りょうまくんにしゃべってもらうと、笑顔が。
しばらく声を聞くと、しばらくすると晴れ晴れとした気持ちに、なっちゅう。
「でっかい夢をもたなきゃ いかんぜよ」
わかっちょります。りょうまくん。けんど、「きゃ」はないろう。
「でっかい夢を持たんと、いかんぜよ」が正解ぜよ…とツッコミは忘れません。
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きょうの高知新聞朝刊22面には、台湾でも11月から「龍馬伝」が始まるそうですね。
台湾の駐日機関の代表ら18人が高知を来訪したとの記事が掲載されています。
昨年9月に、台湾の李登輝・元総統が高知にいらっしゃってました。
李さんがいらっしゃった日本の観光地は、台湾の人たちがたくさん訪れるそうですね。
最近の大河ドラマは、衛星やビデオを通じて、アジア各地に「輸出」されているそうで、それに感化された多くの人々が日本観光へ。
龍馬の大陸的風ぼう、世界を視座に置いたスケール、独立の気構えなどは、アジアの人々にも受け入れられる素地は十分にあると思います。
「世界に誇れる青春」
司馬遼太郎さんは龍馬をこう評していますが、司馬さんの文章の中に、桂浜の龍馬の銅像を見て、涙した中国人女性の話が出てきます。
「中国との間に国交がひらかれていなかった時期、中国の代表団がここにきたそうですね。
十九世紀以来の中国は、ほとんど国の体をなさないほどに混乱し、各国から食いあらされて、死体のようになっていました。
その中国をみずから救うには、風圧のつよい思想が必要だったのです。
自国の文明について自信の強い中国人が、そういう借り衣で満足していたはずはないのですが、ともかくもその思想でもって、中国人は、みずからの国の滅亡から救いだしました。
ですから、この場所であなたに会ったひとびとは、そういう歴史の水と火をくぐってきたひとだったのでしょう。
そのなかの一人の女性代表が、あなたを仰いで泣いたといわれています。
その女性代表はあなたについて多くを知っているはずはないのですが、あなたの風貌と容姿をみて、あなたのすべてと、あなたの志、さらには人の生涯の尊さというものがわかったのです」(「銅像還暦によせて」抜粋 司馬遼太郎)
歴史の水と火をくぐってきたからこそ、感じられる龍馬の気。
今、台湾を含めた中国圏は昇龍の勢いで発展していますが、幕末日本で飛翔した「龍」のことも、ぜひ広く知って欲しい。
ぎりぎりまで周囲との「和」を尊ぶ精神、先進性、柔軟性などを取り入れてもらえたら、いうことはありません。
たくさんの中国人、アジア人に龍馬の志が宿り、生誕地・高知を「聖地」として、訪れる…なんてことを夢想してしまいます。
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「龍馬伝」を契機に、龍馬やその周辺に関するさまざまな資料が出てきています。
ドラマである方向に行ってしまった龍馬のヒーロー像を修正したり、実際の人物を深く掘り下げて行くにはいいことだと思います。
おとといの土曜日、3日付けの高知新聞夕刊の1面トップは、「龍馬の婚約者さな結婚?」。
「龍馬伝」では、貫地谷しほりさんが演じた、千葉道場の娘で、美剣士である千葉さな。
龍馬への一途な思いは通じず、彼の死後、独身を貫き、純愛を守り抜いたと、山梨のお墓にはお参りする人が数知れず…ということだったのですが。
記事によると、明治36年(1903年)の横浜毎日新聞に千葉さなの「その後」が掲載されていたそうです。
それによると、1873年(明治6年)、さなは龍馬の7回忌も済んだことから鳥取藩の元藩士、山口菊二郎から求婚され、それを受け入れた。
8年ほどの横浜での夫婦生活のあと、菊次郎の身持ちの悪さが原因で離婚。千住に移り住み、「千葉の灸」で生計を立て、独り身を通した。
「ずっと龍馬のことを思い続けて、純愛を貫いたさな」のイメージは崩れてしまったわけです。
でも、さなの人間が見えて面白い。
龍馬を愛した女性は、普通の男じゃ満足できないだろうな、と想像してしまいます。
おりょうもしかり。相手になる男性がちょっと気の毒。
さなの場合は、離婚後ますます龍馬に対する思いが強くなったかも知れませんね。
革命に生きた魅力的な男。それも自分の理想を遂げようとして若くして逝った。
こんな人物を忘れられるわけがありませんよね。143年後のわれわれでさえ、忘れられないのだから。
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「龍馬伝」も半ばを超え、山場にさしかかってきました。
ドラマの中では岡田以蔵(佐藤健さん)の拷問が続いています。
あまりにもむごいと感じた武市半平太(大森南朋さん)が、岩崎弥太郎(香川照之さん)に、「以蔵を楽にしちゃってくれ」と、毒入りまんじゅうを手渡しました。
弥太郎が毒まんじゅうの仲介役というのはドラマの設定上で、もちろん史実ではないでしょう。
ただ、「以蔵に(土佐勤王党が)毒を盛ったのに、死ななかった」ということは、事実かどうかはともかく、いい伝えは聞いたことがあります。
武市半平太のために、土佐勤王党のために、反攘夷派の暗殺に奔走した「人斬り以蔵」。
司馬遼太郎さんの小説では2通りの以蔵が描かれていて、「竜馬がゆく」の中では根性なしで、拷問に耐えきれず自白する。短編の「人斬り以蔵」では、武市から毒を盛られたことに気付いた以蔵が、そのために自白を始めるという設定になっています。
本当に以蔵が毒を盛られたとすれば、どちらかといえば後者の方が、納得できます。
ただ、現存する半平太の奥さんの富さんあての手紙に「あのよふな安方(あほ)は早く死でくれバよけれ」(あんな馬鹿は早く死んでくれればいいのに)「日本一のなきみそ」と、以蔵を非難する言葉が出てきます。
ドラマとは違い、拷問に耐えきれず、口を割った以蔵のために、勤王党の仲間が捕まえられたことに対する半平太の激しい怒りが感じられます。
子どものいない半平太と富は、以蔵を実の息子のようにかわいがったそうです。
身内に甘い現代と違って、半平太の時代は「自分の家族にこそ厳しく」の倫理観が普通だったはず。
富さんへの手紙だけに、半平太の「ばか息子」、以蔵への愛憎が、におい立つように感じられる気がします。
「以蔵を暗殺の道具として使い、最後は使い捨てにした」と、半平太の冷たさを指摘する声もあります。
でもそうとはいいきれないのでは?
以蔵の哀れさとともに、情の人、半平太の痛哭(つうこく)が胸に迫ってきます。
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きょうの日曜市は早朝は雨。
それから、日が差して参りまして、水蒸気蒸発、モア~。ムシムシ。
なにしろ空気中に水っけが多いもので、歩いていると、すぐ汗が噴き出てきます。
山本日出子さんちのサンショが青々としているのに目を見張ったり、谷口幸さんのところのとうもろこしに、ゆであがった姿を想像(妄想?)しながらの散策。
さすがにこの梅雨の時季。お客さんは少ない(とは言っても、例年よりは多いです)。
ゆっくり歩けて、久々にくつろいだ気持ちに。
ひろめ前の一杯50円のゆず茶で水分補給をしてさわやかな気分になり、ふと隣りを見ると…。
これは、イモケンピの「ツインピークス」というべきか。
「ダイアン!」って、これは失礼。古すぎました。カイル・マクラクラン。
しかも、片方は、ポテトチップスが土台であるというぜいたくさ。
独り占めしたい欲望にかられてしまいます。
東京ではスカイツリーが着実に「成長」していて観光名所になっているとか。
高さでは、こじゃんと負けちゅうですけんど、甘さでは勝っちゅう。
暑さで溶けないうちに、早う高知の観光名所に見にきて、おおせ!
けんど、これは見るだけ。食べたらいかんぜよ!
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「常に物を読み、何が起こっているのかを知り、未来を見通したいと思っていた」とは、冒険投資家、ジム・ロジャーズの言葉。
未来を見通せる投資家は、成功する確率が高い。 投資家でなくても、仕事をする人、家庭を持つ人、どんな人でもあてはまりますよね。
ロジャーズのように未来を見通すには、「常にものを読む」ことがまず基本。
ものを読んで自分のアンテナにひっかっかかったものをストックし、取捨選択し、考察する。
現在の中にある未来を読み取るためには、この地道な繰り返しが必要になってきます。
ロジャーズは世界中の雑誌や書物を読みまくっていたそうです。それと歴史や哲学の本も。
人間は同じことを繰り返す生き物であり、世界中を揺るがす大きな変化があった時に、なぜそうなったのかを徹底的に検証する。
そこから、未来を予想するわけですね。
今はインターネットの普及で、情報収集においても、格段に便利になりました。
リアルタイムでどんどん情報が入ってくる。情報を消費するだけで時間を過ごしているような違和感を感じることがあります。
これからは情報を拾うことより、捨てることの方が重要になってくるでしょうね。
そして、いうまでもないことですが、選び抜いた情報を基にして、最も大事なことは自分の頭で考えること。
これには、新聞や雑誌のように、雑多な情報がたくさん掲載されているものを、横断して消化したあと、少しの時間でもいいから、「ぼうっ」と考える時間を取るのがいいかと。
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全ての歴史は、現在に属している、とも言える。
加藤登紀子さんのツィートの中で見つけた言葉。
この言葉の基になったのは、加藤さんではないらしいのですが。
iPodが出てきてから、音楽の購入方法、配信方法が劇的に変わった。
レコード→CD→iPod(あるいは着うた)と音楽の記録媒体が変化。
そしてネット配信されるに及んで、いつでも、どこにいても音楽が購入できるように。
その結果、音楽が「とどまっている」ネット空間上(サーバー内)には、現在と過去の曲の境目がなくなった。
すなわち60年代のポップスと現代の曲が同居する。
その結果、音楽を聞く人の中に、「古い」「新しい」を意識することがなくなった。
ビートルズに今を感じ、ビヨンセに郷愁を見いだす…てな若い人が世界中で増えている。
こういう現象を「全ての歴史は現在に属している」と表現したようなんですね。
この言葉をしばらく口の中で反すうしていて、逆もまた真ではないかと、ふと思い付きました。
「全ての未来は現在に属している」
未来の芽はすべて現存する事象の中に存在する。
仕事でも、投資においても、さらには、結婚でもしかり。
神ならぬ身ですから、未来を確実に見通せるわけはありません。
でも、情報を取捨選択し、考え、行動しながら、修正しながらだったら、予測の確度は高まってくるのではないでしょうか。
要は大量の情報の中で、何を生かし、何を捨てるのか。そしてどう考え、どう実行していくのか。
修練を積んでいけば、完全ではないにしろ、ある程度当たる「未来の水晶玉」が手にはいるのではないか。
そんなことを考えています。
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