
2011年2月アーカイブ
すごいですね。中東に広がるデモの嵐。
チュニジアの「ジャスミン革命」に始まり、エジプトはムバラク大統領が辞任、リビアは権力が揺るぎないと見られていたカダフィ大佐が追い詰められています。
原油の宝庫である中東の動乱は、グローバル化した経済に多大な影響を与えるので、他人事ではありません。
この動乱の主役はもちろん、それぞれの国民ですが、影の主役はソーシャル・ネットワーク。
ツイッターやフェイスブックです。
いずれの国も独裁政権が長く、マスコミが政府に牛耳られているところばかりですが、こういう場合の電子ネットワークは威力を発揮します。
ソーシャル・ネットワークはいわばクチコミが伝播するツール。
電子版クチコミとなるとその伝わるスピードがものすごく早いんですね。
新聞やテレビより早い。
ただマスコミと違って、情報の信頼性の担保がない。
その信頼性をどこで確保しているかというと、開放的な電子ネットワークと矛盾するようだけど、「閉鎖性」だと思います。
ゆるいつながりのツイッターは、発言者の日ごろの言動や、名前の信頼性(著名人など)に依拠しているでしょうけど、今話題のフェイスブックは「閉鎖性」が情報の確度を保証しているのではないでしょうか。
フェイスブックの創始者を題材にした「ソーシャルネットワーク」が公開中です。
それによると、もともとフェイスブックは、ハーバード大学の「クラブ」がモデルになっているのですね。
ハーバードはもともと名門ですが、その中でも大金持ちとか、エスタブリッシュメントの子弟が、横のつながりをつけるための仕組みが「クラブ」です。
お金持ちや親が社会的地位が高い子弟が横のつながりを強くすることで、その子弟たちはその中での情報を基にして、ますます金持ちになり、地位を不動のものにする仕組み。
格差が広がるわけです。
この「クラブ」の交流を円滑にするため、フェイスブックは考え出された。
フェイスブックは「クラブ」の遺伝子を持っているから「閉鎖的」なんですね。
すなわち、まず実際に見知った人からネットワークを作り始める。
そういう信頼できる人たちの友だちなら、身元保証がされているわけで、一度も会ったことがなくても、友人のリストに入れられる。
実名主義で、顔写真入り、そして友人の承認制が安心感を増します。
自分が安心できる小さなコミュニティの輪の中から、少しずつ輪を広げていくから、情報の確度に信頼性がおける。
「閉鎖性」が情報の質を維持していると考えるゆえんです。
日本では、もっと開放的なツイッターや匿名OKのミクシィなどが今のところ人気ですが、情報の質を求める人が増えてくるとしたら、フェイスブックは今後さらに伸びていくのではないでしょうか。
そして社会的に大きなインパクトを与えるのではないか。
あるいは、今後フェイスブックを超える新しい形が出現するかも知れません。
いずれにしろ、ソーシャルネットワークは今後、人々のライフスタイル、仕事のあり方、集団の意味を大きく変えていくことでしょう。
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日曜市はきょうも暖かく、プロ野球のオープン戦もあってか、人出は多かったです。
これから春本番。
ゴールデンウィークにかけて、多くのお客さんが入り込むことでしょうね。
そろそろ高知名物のブンタンが出回り始めました。
ブンタンを取り扱っているお店の方から「だいたい3月10日ごろが、うちは一番おいしいね」との話を聞きました。
日照状況、土の環境などによって、ブンタンの味はそれぞれのお店で変わります。
ですから「ブンタンの旬」も店によって違います。
「3月10日ごろが食べ時」と教えてくれたお店は「早くほしい」とお客さんに懇請されていますが、「まだまだ」と置いておく方針。
お客さんは常連が多く、味の同質性を保つために、こだわっているとか。
何の気なしに見過ごしていますが、市(いち)の品物は、おのおののこだわりや気配りの結晶です。
ですから、300年以上も続いてきているんですね。
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マグニチュード6以上の地震に襲われて、建物の多くが倒壊しているニュージーランドのクライストチャーチ。
10年ほど前に、訪れたことがあります。
古い教会、清潔で落ち着いた町並み、公園や英国式のみごとなガーデニングの風景など、とても落ち着いて散策できました。
高知市と同じく街路を電車が走っているのも、街の景観にマッチしています。
ニュージーランドは北、南の大きな島が中心。
北の中心都市がオークランドで、北がクライストチャーチです。
クライストチャーチという名前通り、古い教会が名物の一つ。
有名な大聖堂も崩れ落ちていました。
南半球の当地は、今の時季は秋に入りかけの一番季節のいい季節。
ニュージーランドの英語はくせがなく、英国のものに近いので、語学留学するには向いています。
安否不明の邦人留学生が無事でありますように。
思い出の地で、ぜひとも再訪したいクライストチャーチ。
現地の犠牲者ができるだけ少ないよう、祈るばかりです。
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昨日の日曜市。混んでいるように見えたのですが、店主さんたちに聞くと、「立地場所によって人の濃淡がある」と話していました。
日曜市は、追手筋の東詰に発し、追手門の直前で終わる東西の街路市です。
観光客の流れとしては、高知城観光をしたあとで、西から東に歩くことになります。
なにしろ400店舗以上が軒を並べているので、全部見て回るのはたいへん。
買い物して荷物を持てばなおさらですが、歩くのも疲れる。途中で「もういいか」ときびすを返すことになります。
全般的に見て、市(いち)の中央部が人が多いと感じるのは、ゆく人、帰る人が交錯するからかも知れません。
つまり、東詰まで人が流れない。
立地条件によって、人の出入りが違ってくるわけです。
でもちょっと残念。東詰には、私が大好きなイモモチの桑尾万寿喜さんやおいしいお寿司の今井美弥子さんらが店を出しているのに。
お二人とも接するだけで、春風を感じるような温かさを持っていますから、話をしてみないのは、とてももったいない。
ほかにも、東端にはおいしいものがたくさん置いてあり、話の面白いおばちゃんたちがたくさんいます。
もちろん中央部には山中明子さんを初め、たくさんの名物店主さんたちがいらっしゃいますが、日曜市の東に、もう少し日が当たってもいいのではないかと思います。
結論としては、日曜市は1日で回るには、大きく、魅力的すぎる。
二度、三度訪れて、味わい尽くすのが本筋、ということになります。
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きょうはいくぶんあったかかったです。日曜市。
気温が上がったせいか、お客さんも多かったですね。
久しぶりに人気のヤッコネギタイ焼きを買い食い。
お好み焼きの「タイ好み」も好きですが、こちらもおいしい。
ヤッコネギが入っていて、緑色。ほんとに店主の渡辺良彦さんの発想には、驚かされます。
ちょっと前に高知新聞にでかでかとヤッコネギタイ焼きの記事が出ていて、そのあと行列ができていました。
「商売繁盛ですね」と声を掛けると、渡辺さんは「そうでもない」。
並ばれると常連さんが遠慮するらしいのですね。
行列に並んでいるカップルは注文は最大でも2個ですが、常連さんは5つ、6つ買ってくれる。
痛しかゆしというところ。
でも、味の良さは本物ですから、結果的にはリピーターが増えて、商売繁盛につながると思いますよ。
今度は必ず「タイ好み」をゲットします。
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きょうの高知新聞朝刊29面、社会1面のトップ。
桂浜龍馬像の両隣に、武市半平太と中岡慎太郎の銅像レプリカを置く問題での議論についての記事が掲載されています。
高知県観光振興部の企画で、「志国高知 龍馬ふるさと博」が開催される3月5日から5月末までの3カ月間の予定です。
すでにレプリカは発注されており、6月からは龍馬像のレプリカを作り、JR高知駅前に置く計画。
「時代を超えて再会した龍馬、半平太、慎太郎の志を伝えたい」との趣旨でしたが、「安易な発想」、「違和感がある」との反対意見も。
森健志郎・高知県立坂本龍馬記念館長がツイッターで、この件について意見を募集すると、「龍馬像がここにある意味を分かってほしい」などのつぶやきが寄せられています。
期間限定なので、それほど目くじらを立てることもないかとも思います。
でも、司馬遼太郎さんは、銅像の立つこの空間が世界で唯一の場所であると、おっしゃってます。
「世界じゅうで、あなたが立つ場所はここしかないのではないかと、私はここに来るたびに思うのです」
「大きく弓なりに白い線をえがく桂浜の砂は、あなたの清らかさをあらわしています。この岬は、地球の骨でできあがっているのですが、あなたの動かざる志をあらわしています」
「さらに絶えまなく岸うつ波の音は、すぐれた音楽のように律動的だったあなたの精神の調べを物語るかのようです」
「そしてよくいわれるように、大きくひらかれた水平線は、あなたのかぎりない大きさを、私どもに教えてくれているのです」
「竜馬がゆく」を執筆する前に桂浜の龍馬像を訪れた司馬さんは「全霊をあげて、あなたの心を書く」と誓ったそうです。
龍馬にとって、桂浜は世界を見る目を養ってくれた特別の存在です。
それと同様に、桂浜は、龍馬像が立つことで龍馬の精神を表す「特別な空間」になったといってもいい(思わず司馬さんふうの物言いになってしまいました)。
3カ月の短期ではあるけれど、この期間にそれこそ、一期一会で、生涯ただ一度だけ、龍馬像を訪れる方もいらっしゃるはず。
その人たちは、龍馬像と彼の精神の開放性をあらわす広々とした空間を味わうという唯一無二の機会を奪われてしまいます。
龍馬本人は、小さいことを気にしない性格ですので、「こんまい(小さい)こといわんじゃち」と笑うかも知れません。
ただ司馬さんが生きてらっしゃったら、迷わずこの企画に反対されると思いますね。
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冷たい雨が降る日に先日、知人を見送ってきました。
知人は会社の先輩。いつも元気で、なんでもよく知っていて話題が豊富。
後輩が落ち込んでいるときなど、そっと手をさしのべ、勇気づけてくれる心の温かい人でした。
知人が事故にあったのは、午後10時半ごろ。
病気のリハビリで歩いていたところ、自転車にはねられました。
知人は、光が当たると輝いて存在を知らしめるたすきをかけていましたが、自転車が無灯火だったという話です。
彼は倒れて頭を打ったのですが、意識はあり、自ら救急車を呼んだそうです。
病院で容態が急変し、帰らぬ人となりました。
それにしても、建国記念の日に亡くなり、葬儀がバレンタインデーとは。
そして建国記念日はエジプトで無血革命が起こった日。
明るく活発で、時事、社会問題に一家言あった彼らしい旅立ちとでも思わなければ、やりきれません。
それにしても悔やまれるのは、一緒に海外を旅行する約束をしていたこと。
日常の煩雑さにとりまぎれて、ついに約束を実行することができませんでした。
思い立ったときにすぐやっておかないと、後悔することになる典型的事例。
しばらくは心に穴があいたような喪失感と、悔恨の念にさいなまれそう…と、こういう時こそ笑顔が大事ですね。
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原油が高騰し、関連のセメントやアスファルトはもとより、小麦やコーヒーまで、値上げのニュースを目にすることが多くなってきました。
原油は中東情勢の不安定さが原因の一つ。
最近はエジプトが落ち着きを取り戻しつつあるので、下落傾向にありますが。
食料は中国など新興国の生活水準が上がってきていることが大きく影響しています。
世界銀行総裁はきのう「世界の食料価格は危険な水準まで上昇している」との談話を発表。
食べものは生きていく上で、なくてはならぬものですから、発展途上国の争乱の大きな契機の一つになっています。
争乱が起これば、さらに食料が高騰する悪循環。
多くの食料を輸入に頼っている日本も人ごとではおられません。
リーマンショック前にも商品先物が高騰していましたが、だんだんその水準に近づいてきました。
デフレ社会で静かに進行するインフレの芽。
インフレになれば、政府は借金が目減りするのでいいでしょう。
でも、よくよく考えて見れば、われわれの収入はお金でもらっていて、それが目減りするということです。
逆から見れば、生活の上ではデフレは、日々の暮らしに私たちに多大な貢献をしているということになりますが。
自らの資産や貯蓄が目減りすることに、無防備であってはいけないと思います。
インフレになるということは、通貨安、つまり円安になるということですから、財政が健全な国の通貨(例えばオーストラリア)を持つとか、ややリスクを取れる人なら新興国の株や債権を保有するなど、リスクヘッジすることが望ましいのではないでしょうか。
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昨日は寒かったけど、寒さがちょっと和らいできましたね。
きょうは風がないので、体感は先週よりはあったかい日曜市。
空は晴れて、気持ちのいいウォークです。
では、ゆるゆると参りましょうか。
相変わらず人気のいも天屋さん。
その周辺では、家族連れや若い人が集団で、買ったばかりのいも天を食べています。
食べ歩きや立って食べる方がおいしい気がします。
なぜでしょうね。
さまざまなおいしいにおいが食欲を刺激するのが、ひとつの理由。
もう一つは「お行儀の悪さ」を体験できるからでしょうか。
食べながら歩くとか、立って食べるとか、日常的にしませんものね。
食べるスタイルが新鮮なのかも知れません。
それと、できたて、ほかほかが一番おいしい。
日曜市には、「買い食い」がよく似合あいます。
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東京に来ています。銀座なうです。
話には聞いてました。
「話半分」と思ってました。
でも、ほんとでした。
銀座には中国の人がいっぱい。
道行くと、中国語が飛び交ってます。
声が大きいのと、身なりが微妙に日本人と違うのですごく目立ちます。
中年の夫婦とおぼしきカップルは、ヴィトンのバッグを持った奥さんとだんなさんが手をつないでいます。
団体さんは記念撮影をしています。
どこかで見た風景。
20年前の日本のバブル期。日本の団体客は欧州や香港に出かけ、円高にものをいわせて、ブランド品をたくさん買っていました。
歴史は繰り返す。
GDPで世界第二位の地位を日本は中国に明け渡しましたが、これを象徴するような光景です。
ただ、恐るべきなのは、中国の中流は2億人程度といわれていること。
日本の人口の倍が中流だから、そりゃあ旅行に出かけて、ばんばん買い物する人たちが増えるわけですね。
さらにさらに恐るべきなのは、中国ではまだ10億人を超える人たちが、中流に達してないという事実です。
一瞬、「中国はバブルなのかも」という思いが頭をよぎりましたが、まだまだ発展の余地はありそうです。
たぶん、21世紀にもっとも発展する地域は中国を中心とする東南アジア。
だめだ、だめだといわれていますけど、地政学的には日本はとても有利なロケーションだと思います。
これから世界の中心となる地域に近いわけだから。
銀座をかっ歩する中国人を見ながら、彼らのエネルギーを借りて、日中お互いが経済的に豊かになる方策があるのではないかと考えました。
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高知出身の漫画家、西原理恵子さんの原作を映画化した小泉今日子さん主演の「毎日かあさん」に行ってきました。
これまでの西原さんの映画化作品は「いけちゃんとぼく」「女の子ものがたり」「パーマネントのばら」と見てきています。
この三作品が自伝的作品もしくは、彼女が生まれ育った環境と高知の風土を反映しているに対し、今回は自らの家族の物語。
息子や娘、そして子どものような夫との日常表現は、いつものサイバラ流のひねりが感じられ、大いに笑わせてもらいました。
そして、元戦場カメラマンである夫のアルコール依存症、闘病と別離が描かれるシリアスな展開なのですが、その中にも笑いがあるのが西原さんらしい。
「泣くヒマがあったら笑え」は彼女の「ぼくんち」のせりふなのですが、どうしようもなくつらく悲しいときを、笑いで乗り越えてきた彼女の半生を反映しているような気がします。
亡くなった夫を前に、泣き通しの西原さん(小泉さん)に、子どもたちが、無理やり変な顔を作って、彼女を笑わそうとするシーンには、ほろりとさせられました。
あと面白かったのは、西原さんを演ずる小泉さんは、怒ったら土佐弁になるのですね。
「自分のめんどうも、ようみん(よくみられない)やつが、犬のめんどうがみれるかや。もってくな!」。
怒りの感情が先に立つと、どうしてもお国なまりが出てしまう。
東京でこうべって(すまして)標準語を使っていても、憤怒で思わず地金が出るのは、私自身にも経験があります。
いっぱい笑って、泣かせて、そして明日への希望がわいてくるようないい作品でした。
ラストシーンはたぶん高知の海ではないかと推測されるのですが、一人海をながめる小泉さんが印象的。
海の沖合の藍色の部分に、この世を旅立った人たちが住んでいる。
そしていずれは自分もそこへ。
「海に彼岸を見る」西原さんは、ひょっとしたら、土佐に伝わる補陀洛渡海(ふだらくとかい)の影響を受けているのかな。
土佐清水の足摺岬にある金剛福寺は補陀洛院の名を冠しています。
南方海上にあるといわれる浄土(補陀洛)を目指して、船出した人は古来、土佐人にも多かった。
静かに海を見つめて、藍色の部分に懐かしい人たちがいると想像すると気持ちが穏やかになってきますね。
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立春も過ぎて、やっと暖かくなってきた日曜市。
寒さのためか、「龍馬伝」効果が薄れたのか、お客さんの数が減り、ずいぶんと歩きやすくなってきました。
これから暖かくなるにつれて、徐々に客足も戻ってくるでしょう。
先週、先々週と冷え込んだので、店舗の空きが目立ちます。
「久しぶりに出てきた」というおばちゃんとお話。
「よる年並みには勝てんねえ。あんまりひようて(寒くて)、体が動かんかった」。
高知市の山間部から通っている彼女。
厳寒の中、荷造りをし、テントを設置し、販売する姿に頭が下がります。
思わず「無理せんとって、くださいね」という言葉が口をついて出てきました。
その笑顔を見ていると、こちらの心にぽっと灯りがともったよう。
街路市は、歩くだけで、元気になります。
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きょうの高知新聞夕刊には、TOHOシネマズ高知で開催されていた「午前十時の映画祭」の一番人気が「ローマの休日」だったことが掲載されています。
全国の1位は「ショーシャンクの空に」。
やはり高知では「妖精」オードリー・ヘプバーン人気がいかに根強いかを表しています。
オードリーの王女様は確かに魅力的。
品があり、清楚で、かわいく表情豊かです。
そしてドルトン・トランボの脚本は見事というしかありません。
全編を通してユーモアにあふれ、エスプリがきいていて、最後にほろりとこさせる。
「もっとも印象に残った土地は?」と聞かれて、王女は「それぞれがすべて…いや、ローマ。ローマです」と応える王女。
悲恋の中に自分の運命を悟り、抑制をきかせた言葉を発するオードリーの演技のすばらしさと、せりふの絶妙さは映画史の中でも屈指のワンシーンだと思います。
逆らえぬ運命なら、その中で前向きに生きていこう。
毅然としたスクリーンのアン王女と出会うと、いつも励まされます。
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昨日の記事にいつもコメントをくださる満尾さんから
「最近中国の方との交流で人の本質はみな同じであることと、日本の良さを改めて感じています」
という言葉をいただきました。
そうなんですよね。
国として見ると、中国のごり押しが目立ちますが、人と人とのつきあいをするとまた違った側面が見えてくる。
以前、英国に3カ月ほど滞在したことがあります。
ホームステイの家の中には、イタリア人、スペイン人、イギリス人、リビア人、イラク人と欧州、中東の人間がいて、アジア人は私一人。
イタリア人の陽気さや騒がしいまでのおしゃべり、敬虔なカトリック教徒だったスペイン人、イスラム教が生活の一部になっているリビア、イラク人。
初めは「なんて、人というものは違うんだ」という印象だったのですが、同じ釜の飯を食いながら、カタコトの英語で交流するうちに、だんだんうち解けてくるんですね。
家族の話を聞いたり、国の恋人などの話をするうちに「な~んだ。人ってそんなに違わないや」という気持ちになってきました。
満尾さんのおっしゃるとおり、「人の本質は変わらない」ことを実感しました。
最近は「中国のごり押し」に、中国人を嫌いな日本人が増えています。
でも、国としての中国と、そこに住む個人、個人は全く別物。
私自身中国で、タクシー料金をぼられたり、日本語を話せる中国人に無警戒について行って、かつあげされたりしたことがありますが、それによって中国人全員が人をだましたり、人からものを盗んだりする人ばかりだという発想はしません。
どこの国でも悪い人はいます。
しかし、私の少ない海外体験からいっても、世界中の国々の人は、まじめで日々を懸命に生きている人ばかりです。
個人と個人がつながることによって、本当の国の姿も見えてくるし、平和な世の中が築けると確信しています。
四海兄弟(しかいけいてい)!
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「龍馬伝」が終わって早2カ月がたちますが、ひとつ心にずっととどまっている劇中の言葉があります。
「みんなが笑って暮らせる国」。
こういう国を龍馬は理想としたとの解釈。
幕末当時は封建制、身分制があり、職業選択の自由もなく、世襲で仕事の流動性はなかった。
飢きんや天災の時は、たくさんの犠牲者が出る。西洋の国々は虎視眈々と国をうかがっている。
先の大戦を経て、曲がりなりにも民主主義国家になり、飢餓状況も大幅に改善され、街を歩いても安全。国民皆保険で、病気になったら気兼ねなく病院へ行けます。
システムとしては「龍馬が目指した国」は十分実現しています。
ただ、「みんなが笑って暮らせる国」ということころまでは言っていません。
というか、世界中見渡してもそんな国はどこにもない。
たぶん追っても追っても、実現しない夢なんでしょうね。
ただ、国外へ出ていつも思うのですが、こんなに安心で、安全で、清潔で、サービスが行き届いている日本のような国はありません。
ひょっとしたら「龍馬伝」の龍馬が目指した「みんなが笑って暮らせる国」に一番近いのが現在の日本かも知れません。
少子化、国の財政問題、不況、就職難と、最近暗い話題ばかり多いのですが、もっと自らの国に自信を持ってもいいのではないかと思います。
あとは各人が意識的に笑顔を保つようにすることが肝要かと。
何事も笑い飛ばして、元気に生きていれば、きっといいことがある。
そう信じる楽天性があれば、日本は大丈夫。
みんなが笑顔になって、その笑顔を「輸出」できれば、世界は平和になる。
こういった土佐人的なラテン思考が世界を救う気がします。
ああ、極楽とんぼ。
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もう先月の話になりますが、映画「武士の家計簿」を見ました。
「日本の夜明けぜよ!」という咆哮(ほうこう)も、斬り合いもない、武士の日常を淡々とした描いた異色の作品。
もともとは歴史学者、磯田道史さんのノンフィクション。
幕末。加賀藩に「御算用者」(ごさんようもの、会計管理者)といわれる行政職がありました。
猪山家は代々「御算用者」の家柄なのですが、ソロバンが扱えるというのは、特殊技能なのですね。
その猪山家の「家計簿」が磯田さんによる大発見。
これを読み解くと、猪山家の家計は火の車だったことが分かります。
先代が江戸詰であったことが、無駄遣いの原因の一つだったらしいのですが、主人公の猪山直之(堺雅人)はこのままでは家計が破産状態になると判断。借金返済のために一大決心をする。
とにかく家財道具を売れるものは何でも売り払って、借金を返す。
それでも借金は残ります。
あとは債権者に相談して、利息をゼロにしてもらい、長い期間をかけて少しずつ返済していく。
よく債権者が納得したと思いますが、家財を売り払ってまで借金を返す意志を見せたことと、綿密な返済計画が効いたのでしょう。
債権者も取りっぱぐれになるより、いいですからね。
武士は一般的に計算が弱い。家計が破たんする家も多々あったことでしょう。
江戸も後期になって商品経済が発達してくると、年貢米で生活していた武士は困窮、商人に富が集まってくるということになります。
坂本龍馬の本家、才谷屋は質屋もやっていました。
これも磯田さんの説ですが、龍馬は本家に行った際に、上士連中が刀を質に頭を下げてお金を借りている姿を見て、「上士はいばりくさっちゅうけんど、案外たいしたことはない」という考え方が芽生えたのではないか。
幕閣や大名の知己を得て縦横無尽に行動する脱藩後の龍馬を見ていると、身分が低いのにも関わらず、上士やその上の階級に対するプレッシャーが少ないように感じます。
龍馬は一般の武士に比べて、その出自から経済観念を持っていたのが、大いなるアドバンテージとなったのですが、これは余談。
猪山家はこの財政改革によって、破産の危機を脱し、命脈を保ちます。
この映画を見て、どうしても連想してしまうのが、人類史上初といわれる900兆円の借金を抱えるわが国の「家計」です。
これをそのままに放置しておくと、子々孫々まで禍根を残す。
今手を打たないと、どうしようもなくなることが分かっているのに、なかなか有効な手段が取られていません。
もし財政がどうにもならない状況になると、必然的に社会的弱者にしわ寄せがいくことになります。
政府だけではなく国民も、猪山直之のような「覚悟」を決める時が来ているのではないでしょうか。
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