
フェイスブックの「閉鎖性」
すごいですね。中東に広がるデモの嵐。
チュニジアの「ジャスミン革命」に始まり、エジプトはムバラク大統領が辞任、リビアは権力が揺るぎないと見られていたカダフィ大佐が追い詰められています。
原油の宝庫である中東の動乱は、グローバル化した経済に多大な影響を与えるので、他人事ではありません。
この動乱の主役はもちろん、それぞれの国民ですが、影の主役はソーシャル・ネットワーク。
ツイッターやフェイスブックです。
いずれの国も独裁政権が長く、マスコミが政府に牛耳られているところばかりですが、こういう場合の電子ネットワークは威力を発揮します。
ソーシャル・ネットワークはいわばクチコミが伝播するツール。
電子版クチコミとなるとその伝わるスピードがものすごく早いんですね。
新聞やテレビより早い。
ただマスコミと違って、情報の信頼性の担保がない。
その信頼性をどこで確保しているかというと、開放的な電子ネットワークと矛盾するようだけど、「閉鎖性」だと思います。
ゆるいつながりのツイッターは、発言者の日ごろの言動や、名前の信頼性(著名人など)に依拠しているでしょうけど、今話題のフェイスブックは「閉鎖性」が情報の確度を保証しているのではないでしょうか。
フェイスブックの創始者を題材にした「ソーシャルネットワーク」が公開中です。
それによると、もともとフェイスブックは、ハーバード大学の「クラブ」がモデルになっているのですね。
ハーバードはもともと名門ですが、その中でも大金持ちとか、エスタブリッシュメントの子弟が、横のつながりをつけるための仕組みが「クラブ」です。
お金持ちや親が社会的地位が高い子弟が横のつながりを強くすることで、その子弟たちはその中での情報を基にして、ますます金持ちになり、地位を不動のものにする仕組み。
格差が広がるわけです。
この「クラブ」の交流を円滑にするため、フェイスブックは考え出された。
フェイスブックは「クラブ」の遺伝子を持っているから「閉鎖的」なんですね。
すなわち、まず実際に見知った人からネットワークを作り始める。
そういう信頼できる人たちの友だちなら、身元保証がされているわけで、一度も会ったことがなくても、友人のリストに入れられる。
実名主義で、顔写真入り、そして友人の承認制が安心感を増します。
自分が安心できる小さなコミュニティの輪の中から、少しずつ輪を広げていくから、情報の確度に信頼性がおける。
「閉鎖性」が情報の質を維持していると考えるゆえんです。
日本では、もっと開放的なツイッターや匿名OKのミクシィなどが今のところ人気ですが、情報の質を求める人が増えてくるとしたら、フェイスブックは今後さらに伸びていくのではないでしょうか。
そして社会的に大きなインパクトを与えるのではないか。
あるいは、今後フェイスブックを超える新しい形が出現するかも知れません。
いずれにしろ、ソーシャルネットワークは今後、人々のライフスタイル、仕事のあり方、集団の意味を大きく変えていくことでしょう。
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考えさせる記事ですね。
FBを見ていると、Twitterと同等の利用の仕方が
目につきます。
これでいいのかな?という疑問があるんですよね。
FBの講習会を実施している方から、Twitterと連動させて「バス停なう」なんてやってますから。なんか違うんじゃないと思います。
「閉鎖性」が情報の質を維持していると考えるの部分は納得ですね。
しかし、日本人の民族としての在り方を考えるとFBも本来の利用の仕方とは別に、単なるコミュニケーションツールとして普及していくのかも知れませんね。
満尾さん、ありがとうございます。フェイスブックは、ツイッターと連動していますから、ツイッター的な使い方をする人も多いとはおもいます。mixiもツイッター機能は取り入れたし。ここらへん混沌としていますね。
ネット社会の便利さ(速さ、広さ)と、こわさを相持つツールですよね。
「ソーシャル・ネットワーク」がアカデミー賞作品賞を
取れなかったのも、そういう社会背景があるかもしれません。
個人的には、日本人が発明した「トークノート」という
ネットツールがこれから「来る」のではと思っています。
ずっと危険性が少なく、便利性が高いものだと認識しています。
リグレッタ八木さん、ありがとうございます。トークノートも閉鎖性によって、情報の確度とコミュニティの親密性を保つもののようですね。ただ、外に開かれていないと内輪だけのコミュニケーションになってしまい、その「毒」におかされる危険性もあります。
見知らぬ人とつきあうのは、ネットでもリアルでもいつもリスクがありますね。リスクに対処する方法を自分なりに蓄積し、一線を飛び越える勇気もまた必要かも知れません。