土佐の街路市(露店市、青空市)についてのコラム!!高知の食材や農業、食の安全の話題も

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大河ドラマ「龍馬伝」のふるさと高知から、坂本龍馬関連の話や、彼の生誕地近くの日曜市、火曜市など街路市のトピックなど、観光情報、食の情報をお届けしています。愛すべき日曜市のおじちゃん、おばちゃんの話、おいしい食べ物や農業の話、旅のつれづれ、街角の経済や投資の話題、歴史や土佐の風土など、考えたこと、感じたことをつづります。

「花見の自粛」について

花見の季節。

しかし、東日本大震災で、自粛の動きが続いています。

被災者のみなさんがいるのに、自分らだけが酒飲んで騒いでいては申し訳ないという気持ちが出てくるのは、自然な流れです。

ただ、上の方から「自粛を」と言われると、抵抗感があります。

石原都知事が、被災者、節電への配慮から「今春は自粛すべきだ」と発言。

太平洋戦争を引き合いに出し「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」「戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」と言っているとか。

日本で1、2を争う酒好き高知ならこの発言で暴動が起きそうです。

都知事の「あの時の日本人の連帯感」というのは、太平洋戦争時のお国のために戦地で苦労をしている兵隊さんたちに感謝し、「銃後」(今や死語。「十五でねえやは嫁にいき」ではありません)の人たちが歌舞音曲、派手なことはやめて、慎ましやかに暮らしていこうという気持ちでしょう。

「肩をならべて兄さんと 今日も学校へ行けるのは 兵隊さんのおかげです」

「お国のために お国のために戦った 兵隊さんのおかげです」

学校や家庭で歌われた「兵隊さんよありがとう」(昭和14年)です。

当時子どもだった人は多くいらっしゃいますが、AKB48をテレビで見たときの驚がくは容易に想像できます。

それはさておき、当時の政策もあったのでしょうが、上をおもんばかって国民の間には自粛の空気が流れていた。

同質性が強く、「空気を読む」ことを重視する国民性は今も昔も変わりません。

実際、戦地で苦労をしている兵隊さんを気遣うことは、誰にも反対できない「正論」です。

当時町内会の下に数家庭ごとに一組を組織する「隣組」という制度がありました。

もちろん「助けられたり、助けたり」(「隣組」という歌もあり、「ドリフ大爆笑」に曲が使われるほどポピュラー)のコミュニティを作る上での良い面もありました(回覧板はその名残)が、思想統制や相互監視の側面も持っていた。

例えば洋楽を聴いたり、ちょっと派手な服を着たりすると、世話役のおじさん、おばさんから「今がどういう時なのか分かっているのか!」などといった小言、圧力がすぐ来る。

その独特の重苦しい雰囲気は、井上ひさしさんの戯曲「きらめく星座」(井上戯曲の中で3本の指に入る傑作)の中で、極めて巧みに表現されています。

さまざまな当時の資料を読む限り、石原都知事のいう「美しき連帯」は多分に建前で、井上さんの作品で描かれている方が、実態に近いと推測します。

こういった「重い空気」が、日本全体をおおい、思考の硬直化を引き起こして、太平洋戦争、中国戦線の敗戦につながっていった。

思考の硬直化は国民に災危をもたらします。

歴史の教訓に今こそ学ぶべきではないでしょうか。

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コメント(5)

リグレッタ八木 :

「銃後」しばらく忘れていたことばでした。
語彙にはあれども、使用したことなし。な言葉がどういう意味だったのかを調べた学生時代を思い出します。

都知事の発言は直接聞いたわけではありませんが
戦中派的発想と、これからの世代を融合させていく
新しいと知事としては、試金石になるべき言葉の発言
だったように思われます。

きっとわたなべ美樹さんは、
イベントも外食もやって経済振興と、それから生まれる
支援体制をと訴えるに違いありません。

自粛というより、他粛になっちゃいますね、
公けな人が言っちゃいますと・・・。

佐藤和文 :

苦しくても、ひとりひとりが努力して普通の暮らしに戻る。それが基本だと思います。過剰な自粛論はその対極にある考え方であります。国内外から寄せられている支援も、送る側が元気あるいは普通の暮らしを続けているからこそなんじゃないかと。

鍋島 :

<八木さん

ありがとうございます。宮城や福島のお酒を酌み交わしながら、花見をするのが土佐流ではないかと。


<佐藤さん

そういっていただけると、心強いです。高知の知人は、家族での食前に今こうして不自由なく暮らせる生活に感謝し、続けて「東北での被害がこれ以上広がらず、被災地が少しでも早く復興し、皆さんが早く平穏な生活を取り戻せますように」と声に出して祈っています。思いは同じ。上からではなく、下からのフラットな連帯を。

shui :

こんにちは。

日本には、
空気を読む という思いと、
空気を読め という思いがあるように思えます。

前者は、自律的なイメージがあります。
後者は、他律的のイメージがあります。

いま日本に住まう人たちの心の多くには、
前者が、数限りなくあると思えます。

個人的には、
後者との問いといつも繰り返しながら、
社会的に?歴史的に?文化的に?宗教的に?受け継がれているし、
おそらく地政学や地理学的な物差しも多分に入っているのだなと、
痛切に感じます。


そう個人的に思えてくるのは、
あくまで前者的な考えであるほうが、
他者に受け入れられる・届けることができる
と多くの人が感じているのかもしれない
と幾つかのサイトを見ていて思いました。

自然というどうしようもない相手に対する、
手段というか経験則的な空気を読みたい・読んであげないと
人が助からないという気持ちが高まる中で、
どんな中からも希望と平常を持ちたくなるように、
主張・行動する人のチカラになるのではなかろうかと思います。


その人のように、
非常に短く、
相変わらずの
カテゴライズしただけの、
物差しでは、理解できませんし、訴えかけにもなりません。


桜が咲くころになりました。

自分は、お花見に行きます。

それで、幾つかの桜を写真に撮って、ネットに乗せようと思います。

日常的な桜
街の桜
山間の桜
海辺の桜

被災地に、季節感を届けます。

過去にみえた桜
今見える桜
これから見たいと思える桜
です。

お花見は必要です。
いま、生き残っている人は、
自粛という表現差し控えは素無視で、
自分のイマジネーションを
日常とほんの少しの非日常を出して、
生き残っていてくれている人の気持ちの下支えをすればいいんだと思います。

鍋島 :

shinさん、コメントありがとうございます。「願わくば 花の下にて 春しなむ。その如月の望月のころ」。桜は日本人にとって、特別に愛着のある花。花を愛でて、考えを深めたいです。

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このブログ記事について

このページは、鍋島和彦が2011年3月31日 12:56に書いたブログ記事です。

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