
2011年4月アーカイブ
きょうの高知新聞夕刊を読むと、「復興掲げ弘前さくらまつり」の見出し。
青森市弘前公園で、「弘前さくらまつり」が開幕したそうです。
岩手県野田村や仙台市から被災者110人を花見に招待するほか、入場料の3分の1を義援金にする計画とか。
なかなか粋な企画です。
昨夏、弘前にはおじゃましたばかり。
弘前城のセンスの良さに感嘆しきりでした。
それにつけても心配なのは弘前市内の宿泊施設が連休中でも2~3割の空きがあるということ。
東北を愛する人間としては、震災で仕方がないこととはいえ、さびしいですね。
もう少し落ち着いたら、また東北へ出かけてみたいと思っています。
待っててくれくれよ~。お岩木山。
さて、あすは、赤ちゃん会。
たぶん人出がどっと繰り出す日曜市を横目に見て、追手前高校でイベントです。
たくさんのかわいい赤ちゃんに出会えるのが楽しみ。
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日曜市を歩いていると、今どきは深紅のトマトに心奪われている自分に気付くことがよくあります。
鮮烈ですよね。あの赤。
トマトを作っているローヒーさんのブログのコピーが以前は「あなたのトマトになりたくて」でしたが、妖しい光沢とまばゆい赤を見ていると、つやめいて見えます。
スパゲッティならトマトソースでなくちゃならん、というほどトマト好き。
これも幼少から食べていたせいで、トマトなしでは生きていけない体になってしまいました。
昔のトマトはもっと青臭く、すっぱかったような気がする。
ですから、今でもミカンと同じく、すっぱい方が気に入っています。
もちろん最近の糖度が増したトマトもいいですが、これは野菜というより果実ですね。
ということで、あすの土曜日とあさっての日曜日、午前10半から午後5時まで、東京は銀座の高知県アンテナショップ「まるごと高知」にて、KOCHI トマトサミットが開かれます。
高知のおいしいトマトが勢ぞろい。「東北を元気に 高知の農家は応援します」で、売り上げの一部は東日本大震災の義援金になるそうです。
あすの土曜日は、午後1時から元ミスインターナショナル日本代表の白田久子さんも来店し、サポートするとのこと。
インタビューしたことがありますが、土佐の女性らしく活発で華やか。サミットを盛り上げてくれると思います。
さて、そろそろ高知県外の友人に、旬のトマトを送ろうかな。
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木曜市の山中明子さんのところを訪ねたら、大きいブンタンのようなものが。
晩白柚(パンペイユ)です。
晩成で果肉が白っぽくて、丸い柑橘だからこの名前がついたそうです。
ほかにもブンタン、小夏、ポンカンにユズ…
こうしてみると、高知は柑橘王国ですね。
北国の方には特に柑橘系のものを送ると喜ばれます。
こちらはリンゴを送られると、ほおをリンゴのように染めて、喜ぶのですが。
そろそろブンタンは盛りを過ぎたころ。
最近はミカンもトマトも甘くなってますが、私は、ちょっと「すい」(すっぱい)のが好きです。
ポンカンの甘みは好みなんですが、ミカンがすっぱくないと、力強さが足りなく感じてしまいます。
幼児の時は、ミカンを食べ過ぎて、手の裏も足の裏もまっきっきになっていたとか。
当時のミカンが原種に近く、すっぱかったから、こういう味覚になってしまったのでしょう。
けんど、便利なんですよねえ。
甘いだけじゃいかんのはミカンも人間も同じ。
ちょっと酢がきいて、ぴりっとしてないと…なんてへりくつがこねられるんですから。
実のところは「あま、あま」です。
「甘いマスク」は間違ってないと思うけど。
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「一つになろう」「がんばっていこう」。東日本大震災から1カ月余りが過ぎて、連日テレビで流れる言葉。
あるいは「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」のアーティストたちの連唱(?)CM(どうせ「ウィアーザワールド」の日本版をやるなら、歌唱力のある歌い手を集めて「上を向いて歩こう」を連唱したCDを作り、売り上げを義援金にする方がいいのでは?と個人的には考えてます)。
スポーツマン、アーティストのみなさんの被災した人たちへの思いが伝わってきます。
それはよく分かるのです。
ただ、被災してない人たちが、被災した人たちに「がんばろう」と励ますのには違和感を感じる時があります。
被災者はもう十分に「がんばっている」のではないかと。
縁者を失った悲しみに耐える。
避難所の不自由な生活をがまんする。
手のつけようがないと思われる膨大ながれきの中で、復興に尽力する。
風評被害に立ち向かう。
住み慣れた土地を去らなければならない苦しみを背負う。
これ以上何をがんばればいいのか。
「がんばってください」としか、いいようがないでしょうけど。
そんな気持ちでいる時に、一つの曲が頭の中に響き、昨日聴いてみたら、心にしみ込んできました。
ミスチルの櫻井和寿さん作詞、小林武史さん作曲の「to U」。
「また争いが自然の猛威が 安らげる場所を奪って
眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚(むな)しく
沈んだ希望が 崩れた夢が いつの日か過去に変わったら
今を好きに もっと好きになれるから
あわてなくてもいいよ」
「雨の匂いも 風の匂いも あの頃とは違ってるけど
この胸に住むあなたは 今でも教えてくれる
悲しい昨日が 涙の向こうで いつか微笑みに変わったら
人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくてもいいよ」
この曲は筑紫哲也さんの「NEWS23」のエンディングにかかっていましたから、聴き覚えのある方もいらっしゃることでしょう。
ニュース番組の音楽の選曲では筑紫さんは抜群のセンスを持っていて、いい楽曲がこの番組からたくさん生まれました。
「言葉などただ虚しく」のフレーズからは、ジャーナリストが被害者、被災者に投げかける記事(言葉)は、もしかしたら虚しいものかも知れない。でも、それが分かった上でそれでも言葉を発し続ける…という筑紫さんの謙虚さと自負を感じていました。
聴いていて、今回の震災の歌として、あまりにもぴったりなので驚きました。
筑紫さんの透徹した目、それを見事に表現した櫻井さんの才能に感服しています。
この歌が表現しているように、被災していない私たちは被災者に、声高に励ますばかりではなく、そっと寄り添うスタンスがこれから必要になってくるのではないでしょうか。
この曲、8分と長いけど、切らずにNHKが「紅白」でやってくれんかなあ。
今年はたぶん「がんばれ」メッセージ一色の選曲になるでしょうから。
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「心の師」と自分勝手に思い定めていた井上ひさしさんが亡くなって1年。
あの「分かりやすく、面白く、深い」言葉はもうリアルタイムでご本人から聞くことはできないのだと、時としてむなしさに襲われる日が続いていました。
そんな中で起こった東日本大震災。
井上さんは高校時代を仙台で過ごし、釜石でも暮らしたことがあって、今回の被災地とはゆかりが深いです。
もし生きていらっしゃったら、きっとみんなを光に導く言葉をたくさん発してくれたことでしょう。
そう思うと残念でたまりません。
ただ、彼の残した膨大な言葉は、書籍や劇中に宿っている。
それをこれからずっとひもといていこうと考えています。
昨日、井上さんのNHKBS100年インタビューをまとめた「創作の原点 ふかいことをおもしろく」を読了しました。
「人間の存在自体の中に、悲しみや苦しみはすでに備わっている。笑いは人間が作るしかない。人間のできる最大の仕事は、人が行く悲しい運命を忘れさせるような、その瞬間だけでも抵抗できるようないい笑いをみんなで作り合っていくこと」。
人生には「生老病死」はつきもの。
人はいずれも悲しみと寂しさの中にあることに気付く。
それを一瞬でも忘れさせたり、楽しい気持ちにしてくれるのが笑い。
芸術とは暗くつらい人生をリアルに描くものであると考えられ、笑いは最近まで、お芝居や映画の中での地位は低かった。今でもそうかもしれないけど。
笑いの重要性に気づき、価値を高めた功労者の一人が井上さんではないかと思います。
悲しみや苦しみのある人生に、人は時に耐えられなくなる。
そんな時、灯台の光の役割を果たすのが笑いではないか。
そして笑いは「みんなで作りあう」もの。
被災者のみなさんにこれから最も必要なものは笑い、笑顔ではないでしょうか。
被災者の方々にどんな形であれ、笑いを提供すること。
自らも悲しみと寂しさの中の人生を歩んでいることを実感し、被災者の気持ちに近づくこと。
こういったことがこれから最も求められる支援になるかも知れません。
その行為は自らに跳ね返って、自分自身を支える。
何はともあれ、支援する側が、笑いを作らなければ。
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きょうの日曜市は好天。
朝方、ちょっと冷え込みましたが、午後にかけて気温が高くなり、絶好の行楽日和でした。
沿道にはツツジが咲き誇り、ピンクの花びらが人目を引いていました。
春真っ盛りですねえ。観光シーズン。
昨年の龍馬ブームの時ほどではないでしょうが、日曜市もこれから大型連休にかけて、大にぎわいしそうです。
高知は、春と秋が短くて、夏が長いんですよね。
とにかく暑い。昨年は猛暑、酷暑といわれましたが、今年はどうなんでしょう。
暑いと何もやる気が起きない。
一般的に暑いところの人が、ぼーとしているのはこのためです。
というのは、自分自身がぼーとしているいいわけ。
ぼうようとしているのは、味がある、なんて手前勝手な理屈をつけています。
ぼうようの典型が、土佐の坂本龍馬。
でも、確か勝海舟が「龍馬は西郷(隆盛)を抜け目なくしたような男」と評していた記憶があります。
西郷どんは、とてつもなく「ぼうよう度」?が大きかった人なんでしょう。
さて龍馬伝が終わってから4カ月。きょうからまた龍馬がドラマに帰ってきます。
21時からのTBS系のドラマ「JIN―仁―」。
現代の医師が幕末にタイムスリップするという物語で、一昨年大ヒットしました。
龍馬を演じるのは内野聖陽さん。土佐弁も完璧ではまり役だと思います。
最近、原作コミックは完結しましたが、龍馬は物語のカギを握る人物。
ドラマは原作とは異なるそうですが、龍馬ファンなら涙なくしては見られない。
原作者の村上もとかさんの龍馬に対する深い愛情と哀悼を感じることができます。
さて、ドラマは?今からわくわくしています。
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きょうの高知新聞朝刊に糸井重里さんが、彼なりの柔らかい表現で、震災についての思いを語っています。
「それどころじゃない」「何より優先しなければ」
こういう強い言葉に注意しようと喚起。
異なった立場の人を攻撃しない。「ほらみたことか!」という意見の人は選ばない。
糸井さんの意見に考えさせられました。
混乱期、停滞期というのは、強い言葉を発する人が目立つし、引力が強いのですよね。
強い言葉を発する人間は、一見強力なリーダーシップがあるように見える。
ところが、そういう人は実は人間的にすごく弱く、リーダーになった場合、人々を間違った方向に導いていく可能性が高い。
歴史を見ると、そういった例の枚挙にいとまがありません。
糸井さんのおっしゃるように、大部分の人々が冷静さを保っているのが頼もしい限り。
日本人が戦前、戦中の轍(てつ)を踏むことはないと信じています。
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東日本大震災被災地の農作物に、風評被害が広がっていますね。
ずっと書いてきたことですが、農家の人は一種の諦念を持っています。
自らが相手にする農作物の実りは、日光、土壌、気温、水、そして天災によって左右される。
どんなに学習したり、それまで経験と英知を積み重ねたとしても、収穫は人知を超えたものの影響を受けます。
そういう仕事に長年携わっていると、大いなるものを受け入れる謙虚さと大らかさ、哲学的な風貌を兼ね備える人が多くなる。
今回の現地の農家の受難も、天災の一部ですが、原発が絡むと人災的部分もあるのではないでしょうか。
地震で被害が大きい上に、放射能汚染が心配され、現地の農家の方々は本当にお気の毒です。
昨日の高知新聞によると、民間企業や省庁の中に、社員食堂で被災地の野菜を活用する動きも出てきたそうです。
今回の大災害で、東京でも一時食料品が店頭から消えました。
災厄の中で、一ついいことがあるとすれば、人々が食べ物のありがたみを知ったことだと思います。
想像したくないことですが、もし日曜市に出店する農家に、同様の被害が起きたとすれば、積極的におじちゃん、おばちゃんたちが作るものを購入したいと思います。
これも私たちができる支援の一つです。
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昨日書いたブログで、気になったので補足です。
自らの命を賭してまで、他の人を助けるために尽力する姿は美しい。
でも、それは誰にでもできることではありません。
人は、本来自己防衛の機能が備わっており、自らの命が危険にさらされた時は、身を守るのが本能です。
ですから危機的状況の時に、自分だけのことを考えて行動しても、それを非難することは酷です。
心配するのは、危機に際して高い志を持った人が賞賛される一方で、生き残った人たちの中で、傷つく人がいるのではないかということです。
「ねばならない」「かくあらねばならない」ではなく、「かくあった方が美しい」「こういった姿はすばらしい」の社会の方が健全で、みんなが生きやすいのではないでしょうか。
人のことは構わず逃げたっていい。
それはもともと人に備わっている本能から来ているから。
大災害の驚きとショックの中で、逃げることを優先しても、自らを責める必要はないと思います。
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高知新聞には、東日本大震災被災地域の地元紙、宮城の河北新報や岩手の岩手日報からの震災関連のニュースが連日掲載されています。
きょうの河北新報からの記事は、津波の避難誘導をしていて殉職した仙台南署荒井交番の渡辺武彦巡査部長の話です。
巡査長は地震直後、若林区荒浜交差点で、迫り来る津波をドライバーに伝え、必死に内陸部へ車を誘導。
それで助かった人が何人もいますが、渡辺巡査長自身は波にのまれ、帰らぬ人になりました。
生徒を全員逃がしてのち、最後に電気まで消して、粛々と教室をあとにした教師もいました。
津波の危険を最後まで住民にアナウンスして、犠牲になった防災センターの職員もいました。
最後の最後まで職務に忠実に、市民や生徒を守ろうとした人たちがいます。
同じ立場にいたら、自らは同じ行動が取れるだろうか。
こういった記事に接するたびに自問自答しています。
と同時に、立場や地域、年齢に関係なく、高い志を持った人たちがこの日本には無数にいて、われわれを守ってくれているんだということに、改めて気付かされました。
巡査部長に助けられた女性は「渡辺さんは命を懸けて助けてくれた。精いっぱい生きたい」と話しています。
助けられた人も、被災しなかったわれわれも、生き残った人たちは、みな「精いっぱい生きる」ことでしか、命を賭して市民を守った人たちに報いることはできませんね。
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先日、東日本大震災での日本の対応に、中国の人たちが「日本人の危機の際の我慢強さと礼節は見習うべきだ」という反応を示したことを書きました。
もともと「礼節」は中国で発祥したもので、礼儀と節度。
儒教は、特にこれを重視します。
日本、中国、韓国はアジアの儒教文化圏で、目上の人や困っている人、弱い立場の方々をおもんばかる文化があります。
今年は中国の清王朝を民衆が倒した辛亥革命100年にあたりますが、指導者の孫文は、「西洋諸国は『弱肉強食』だが、東洋には古来より徳義を大事にする気風があり、これを基に新しい国づくりをするべきだ」と言っています。
ただ、徳義とかマナーは西洋諸国にもあり、帝国主義の時代、国が膨張している時はどうしても弱肉強食的な思考になりがちなんでしょう。
以前、韓国はソウルの地下鉄に乗る際、年配の女性に話しかけられたことがあります。
韓国人と日本人は、見た目はそんなに変わらないけど、雰囲気でそれとわかるんでしょうね。
今は日本では忘れられた美しい日本語。
日本が韓国を占領した時に強制的に教えられたものですが、彼女は「小学校の時の女性の先生が懐かしい。とてもいい方でした」と、懐かしげに話していました。
少しの会話のあと、「あなた、どこの駅へ行くの?」と聞かれ、「○○駅まで」というと、近くにいた若い女性に「この人たちは日本人で不案内だから、降りる駅のところで教えてあげてね」(韓国語)と声をかけてくれました。
その若い女性も「分かりました」(韓国語)と応えて、目当ての駅に着くと、指示してくれました。
韓国の人の親切さに大感激すると同時に、年上を尊重する「長幼の序」や礼節が残っているのだと驚きました。
一方、中国の特に都市部では、生き馬の目を抜く状態で、前述したように危機の際の日本を賞賛するような状態です。
これも、孫文当時の西洋列強と同じで、今、伸びている状態だからということもあるのでしょう。
「倉廩(そうりん)実ちて 則(すなわ)ち礼節を知り、衣食足りて則ち 栄辱(えいじょく)知る」は中国古代の名宰相、 管仲(かんちゅう)の言葉です。
「衣食足りて礼節を知る」と短くいう場合も多いのですが、生活が豊かになることによって、心にゆとりができ、礼節がはぐくまれていくのではないでしょうか。
15年以上前から中国にちょくちょく行っていますが、その点でも変化を感じています。
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きょうの高知新聞によりますと、ソフトバンクの孫正義社長が東日本大震災の被災者に向けて義援、支援金100億円を寄付するそうです。
また孫社長は2011年度から引退するまでの役員報酬の全額も寄付し、震災遺児らの支援に充てるとしているとか。
太っ腹ですね。これまで10億円の寄付を表明していたユニクロの柳井さんが目立っていましたが、孫さんの寄付はおそらく日本の企業人の中で最高額でしょう。
お金をたくさん持っている人は、多くいるけど、使い方がまた難しい。
孫さんは龍馬を信奉しているだけあって、やるときは「ど~ん」とやるんですね。
もっとも、孫社長の資産は6800億円ということですから、それの約1.5%。
貯金の1.5%を義援金に寄付している人も多いでしょうから、その人たちは孫さんと「遜色(そんしょく)ない」ということになります。
「貧者の一灯」。胸を張りましょう。
評論家(大学を辞めたばかりで、本人の弁では物書き件、武道家)の内田樹さんがツイッターで、孫さんの今回の寄付について、「『自己利益の追求』よりもむしろ『公共の福利』を優先的に配慮する人たちが社会の前面に出てきた」と、おっしゃっています。
そしてこれから私たちに求められるものは、「『あたかも公共の福利を配慮しているかにみせかけて自己利益をはかる人間』と『公共の福利を配慮したら自己利益も増大してしまった人間』の違いを見分ける力でしょう」。
近江商人の家訓「三方良し」は「売り手良し、買い手良し、世間良し」ですが、「世間」(公共の福利)に配慮することが商売の理想の形であることを指し示しています。
私自身の思い描く理想の商人は、宮城谷昌光さんの小説「孟嘗君(もうしょうくん)」の主要人物である白圭。
中国古代の商人の神様みたいな人なのですが、「孫子の兵法」を活用して投機で大成功。
商売もあいまって巨富を築き、水害で多大な被害を被っていた庶民のために巨大な堤防作りをすることによって投じる。
個人のやる公共事業ですが、雇用の拡大につながり、完成した堤防は恒久的に庶民を守っていく。
この事業をやることによって、白圭がいくらお金もうけをしても、ねたんだり、批判されることはなかったというんですね。
世間と売り手のことを考える人や企業が自然と支持を集め、伸びていくのは今も昔も変わりません。
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朝はがらがらということでしたが、午前10時ごろから人がどっと繰り出したきょうの日曜市。
お城の桜も見ごろで、高知城を見学してから、市(いち)に流れ込んできたのでしょう。
お店の上にも桜が顔を見せて見せ、華やいだ雰囲気。
市のお店の人とも、交わす言葉は、「こんな時こそ、元気に」。
お店の方の親族も東日本大震災で被災した方がいらっしゃるそうで、一度「元気、大丈夫」と連絡があったきりとか。
後片付けや今後とのこと、やることは山ほどありそうですから、みなさんお忙しいでしょうね。
なかなか縁もゆかりもない方が、見知らぬ土地で暮らすのはたいへんでしょうけど、被災者の方は一時的にでもいいから、暖かくて、食糧が豊富にある高知に来ていただければと思います。
すでに高知県も受け入れをしていて、県営住宅や市町村営住宅、雇用促進住宅などを開放しています。→こちら
もちろん地元を離れられない方々もたくさんいらっしゃるでしょう。
でも、長らくの避難所生活は、心身ともに疲労が蓄積されます。
陽光あふれる高知県に来ると気分も明るくなる。
土佐人は言葉は荒っぽいですが、気質的にも開かれた性格の人が多いから、触れ合えば、少しは気が楽になるのではないでしょうか。
もし、高知にいらっしゃることがあったら、ぜひ日曜市においでください。
市のおじちゃん、おばちゃんたちの笑顔がきっと力を与えてくれます。
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災害に陥っても比較的冷静に対処。
食糧や水の配給には長時間待たされても、黙って待つ。
譲り合いの精神があり、物資を奪い合わない。
略奪や強盗が少ない。
東日本大震災以来、海外からは危機に対処する日本人の冷静な行動が驚きの目を持って語られています。
おとなりの中国からは、「GDPでは抜いたが、日本人の礼節には100年たっても及ばない」との声も聞かれます。
確かにこんな大災害の際にこれだけ秩序だって動ける国民は、世界中見渡してもそんなに多くないでしょうね。
自己主張の強い高知で同じ状態になったら、「食べれん」「水はまだか」「酒がないと生きちゃいけん」と文句がたくさん出て、東北の方々のように粛々と対応できないんじゃないでしょうか。
司馬遼太郎さんが以前書かれてたと記憶してますが
戦時中は東北の兵隊が最強で、最も弱いのは大阪(関西)兵。
例えば体を鍛えるため、グラウンドをランニングで周回する場合、東北の兵隊が黙々と走っているのに対して、大阪兵は「なんでこんなことやらないかんねん」とかぶつぶつ文句を言いながら走る。
目に見えるようですね。
厳寒を耐え、工夫をしながら、じっと春を待つ気質。
古代から幕末まで数々の抵抗を繰り返し、西の政権に屈しない気概と独自の文化。
辛抱強い東北の被災者の方々のコメントを聞いたり、見たりしていると、日本人の美質といわれる忍耐強さ、粘り強さ、職人気質、集団で力を発揮する―の原型は東北の方々が形作ってきたのではないかと考えたりしています。
今回の地震で多大な被害を被った東北地方ですが、生来の粘り強さとたくましさで、めざましい復興を果たすことを確信しています。
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