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近代化に貢献した三百諸侯

満尾さんのコメントに触発されて、考えたことです。

幕末、大政奉還前に、幕府の諮問機関として機能した四侯会議の四侯は、松平春嶽(越前=福井)、島津久光(薩摩=鹿児島)、山内容堂(土佐=高知)、伊達宗城(宇和島=愛媛)。

幕末の四賢侯が母体なのでしょうが、薩摩の名君、島津斉彬に代わって死後、殿様になった久光が入っています。

内田樹さんの「街場の中国論」によりますと、江戸時代、三百諸侯といわれるように、日本国内には三百以上の国(藩)がありました。

それぞれの国では、殿様を補佐する官僚群が支えていた。

君主を含めて、国を運営するのに帝王学の修業を代々重ねていたわけです。

その中での四賢侯のような優秀な殿様は、いつでも将軍様の代わりができた。

今で言うなら、総理大臣予備軍が300人以上いたということです。

内田さんは、日本がアジアの中で一番先に近代化を成し遂げた一つの要因は、江戸期を通じて醸成された小さなたくさんの独立国にあったと推論しています。

幕藩体制は中央集権ではなく、地方分権。

豊臣秀吉は日本統一のスピードを上げるため、恭順するものはこれを許し、敵対するものだけ征伐をするスタイルを採った。

これが徳川家康の幕藩体制に受け継がれています。

織田信長は、中央集権主義者ですから、もし彼が明智光秀に討ち取られずに、お隣の中国のように中央集権的な政権を打ち立てていたら、ひょっとしたら日本の近代化は遅れ、西洋列強の植民地になっていたかも知れません。

内田さんは幕藩体制に類似したものとして、ユナイテッド・ステイツ、アメリカ合衆国を挙げています。

確かにオバマさんを除いて、最近の歴代米大統領は州知事経験者が多い。

米国の力の源泉は、いつでも大統領の職務をこなせるリーダーが50人以上いることにあるということになりますね。

中央集権は平時には強いけど、世の中が激しく変化している際には弱い。

最近のネットコミュニティの隆盛は、世の中が垂直統合的な中央集権から、水平的な地方分権に移る歴史の予兆ではないかと感じています。

この件については、また稿を改めまして。

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