
2011年9月アーカイブ
東日本大震災で、ほとんどの方が何らかの形で寄付をしたことでしょう。
きょうの高知新聞夕刊によりますと、埼玉のトイレに「東北の人に使ってもらってください」と書かれたメモと一緒に現金1千万円が置かれていたそうです。
ソフトバンクの孫正義社長の100億円寄付にもびっくりしましたが、世の中奇特な方もいらっしゃいます。
でもなぜトイレに?
トイレ、しかも市役所のトイレとなると、たくさんの方が出入りするので、不心得者がいたとしたら、そのまま持ち逃げされても分からないのでは?
ただ、心理的に10万円なら、そのまま持って行こうという人はいても、1000万円だと普通の人なら動揺するかもしれません。
正規のルートで寄付するなら、名前は伏せられるし、トイレに置く意味が理解できません。
人前に顔をさらして、寄付行為をすることが耐えられないほど羞恥心のある方なのでしょうか。
日本人は欧米や諸国と比べて寄付行為自体が少ない、とはよく言われることです。
多分に宗教観が影響しているのでしょうが、輪廻転生が多くの人に信じられているインドでは、富裕な者が貧しい人に施しを与えるのは当たり前の行為です。
貧しい人は生まれ変わったら経済的に豊かになり、豊かな人は次の世では貧乏になる。
現世は仮の姿。お金のある人は、お金のない人に施しを与えるのは当然という考え方です。
欧米人も同じ思考なので、「富める者が貧しき者に施しを与えるというのは、ちょっと違うんじゃない?」とイギリスの知人に話したことがあります。
日本人が寄付する場合は村落共同体で長らく過ごしてきた経験から「困ったときはお互い様」という考え方からじゃないでしょうか。
きょうの富者もあすは貧者に。その逆もまたしかりです。
それぞれが蓄えを持ち寄った原資を困った人が借りる「頼母子」(たのもし)という伝統的な金融システムにも通じますが、「あすはわが身」の日本人的共助から寄付行為も来ていると思われるのですね。
ご存じのとおり、日本人は戦後、世界でもまれな国民全体が平均的に豊かになる社会を作り上げました。
世界標準の「困った人」があまりいない世の中になった。
ですから国民が寄付をする必要を認めなかったということではないでしょうか。
このたびの大震災の多額の国民からの寄付を見る限り、「困った時は相身互い」の考え方は現代にも生きていると思います。
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韓信は中国史上、いや世界史上でもまれな、軍事の天才です。
有名な「股くぐりの韓信」は、故郷でいいがかりをつけられ、「この場で相手を斬り殺しても、何の役にも立たない」と考え、屈辱を忍んで、相手の股の間をくぐった逸話。
冷静沈着で兵法に通じ、どんな局面でも応用力がある。
はじめは劉邦のライバルの項羽に仕えますが、献策しても全く用いられず、劉邦の元に身を寄せます。
それでも低い役職しか与えられることなく、職を辞して立ち去ろうとしますが、劉邦の重臣、蕭何(しょうか)に見いだされ、劉邦軍の指揮をとることにる。
蕭何(しょうか)に「国士無双」と評された韓信の活躍がここから始まります。
「背水の陣」は日本でも親しまれた言葉ですが、常識にとらわれず兵法の逆をゆくこの戦法をとったのが彼でした。
「智者も千慮必ず一失あり。愚者も千慮また一得あり」は自分が滅ぼした相手側に組していた李左車が韓信に語った言葉。
「敗軍の将、兵を語らず」と初めは助言をしぶっていた李左車が再三の韓信の説得に「では」ということで語り始める時に使われます。
どんなに知恵のある人間でも、必ず間違いがあり、愚かな人間にもどこか得るところがある。
のちの韓信の最期を暗示しているような、何とも味わい深い言葉です。
劉邦の別働隊として連戦、連勝の韓信は、斉の国王にまで上り詰めますが、やがて漢帝国が定まると、あまりにも有能なため、反逆を恐れた劉邦に疑いの目を向けられ、失墜。
失意の中で謀反を計画し、とらえられて斬殺されます。
「国に二人並ぶ者ない」と言われ、千里眼のような韓信の「一失」。
まだ斉の国王だったころ、項羽、劉邦とともに斉の国を基盤として「天下三分の計」を図れば、いずれは天下の主になれるのではないかと部下に進言されて、心は揺らぎながらも、劉邦に重用された恩を考えて、その策に踏み切れなかった韓信。
その揺らぎが後難を招きます。
ただ、最期まで冷徹になれない韓信に人間らしさを感じてしまいます。
劉邦にとっては、「韓信の揺れ」は最大の危機でしたが、この時に韓信が裏切らなかったことが劉邦の天運なのでしょうね。
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折りに触れて、司馬遷の「史記」を繰り返し読んでいます。
あるときは本で、あるときは横山光輝さんのコミックで。
2000年以上書かれたこの歴史書。何度読んでも飽きることがありません。
そこには、ほとんどの人間を網羅したようなさまざまな類型が描かれているからです。
その人間の型は、今もそんなに変わらない。
それぞれが人間の業を背負っており、つきない味わいがあります。
たとえば漢の高祖、劉邦。
この人は酒好きで、女好きで、だらしがなく定職もなしにぶらぶらしていたのですが、なぜか人に好かれて、人が集まってくる。
世に出たのも40歳過ぎで、ライバルの項羽にほとんど戦で負けてしまう。
でも彼をかつぐ集団が優秀だったので、結果的には漢帝国の初代皇帝につくことになる。
愛嬌があり、度量が広く、耳に痛い言葉にも素直に従う性質の人だったのでしょうね。
そんな劉邦でも晩年は、功臣が優秀すぎると、謀反を起こすのではないかと疑ったり、自分の愛する側室の子どもに後を譲ろうとしたりする。
それがさまざまな悲劇を呼んでしまうのですが、人の強さと弱さ、運といったものを考えさせられたりします。
欠点を備えているからこそ、リアリティがあり、とても魅力的なのですね。
史記には人格高潔で優秀な非の打ち所のない完璧な人間も出てきますが、優秀でも欠点を持つ人が多い。
その中の一人、韓信(かんしん)について、次回は書いてみたいと思います。
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世界25カ国と地域の1週間分の食料と食費を比較した、アメリカのTIME紙の写真記事のまとめを読みました。→こちらです。
日本はドイツやフランス、オーストラリアなどと並んで食費が高いですね。
各国と比べて特徴的な点が一つあります。
好きな食べものが、刺身、果物、ケーキ、ポテトチップス。
ほかの国はほとんどが、「主食」的なものが好物なのに対し、日本の家族が副食的なものが大部分。
別にサンプルになった家族を批判しているわけではありません。
これは日本のどの家庭にも見られる傾向だと思うからです。
ケーキやポテトチップスなど副食的なものが好物だということは、主食的なものは十分に食べられるからでしょう。
さらにいえば、副食を主食のように食べている人が多いということが考えられます。
食費が日本より高いドイツの家族でも、フライドポテトと玉ねぎ、ベーコンとニシン、タマゴとチーズの中華風焼きそばなど、主食的なものが好物です。
日本のこの傾向は、いかに日本人が飽食、偏食しているかの証明であると思われます。
日本の食がバラエティ豊かになって、世界中の食べ物が食べられるようになったのは、円高が始まったころからだと感じています。
最近若い人で食にあまり関心がない人が増えています。
そういう人たちは、どんなものでも食べられる環境が生み出したものでしょう。
人は不足しているものは渇しているようにして求めますが、満ち足りたものには興味を示さなくなる。
今のところは急速な円高が進んでおり、安い外国産の食べ物が手に入る現状は、すぐには変わらないでしょう。
しかし、今の円高は、欧米の経済の先行きがあやしいため、「よりまし」と思われる通貨である円が買われているにすぎません。
日本の借金レベルは世界トップクラスですし、いずれは円安の方向に進むと考えて間違いないのではないでしょうか。
また中国、インドなど新興国の生活レベルは上がってきています。
たくさんの人口を有する新興国の食べ物の質が高くなると、必然的に食料品の値段は高くなります。
さらに円安が追い打ちをかけたら、今の日本の豊かな食を維持できなくなる可能性が高いです。
今の生活に慣れているわれわれは大変かも知れませんが、悪いことばかりではありません。
生命を維持するのになくてはならない、食べ物のありがたみが分かるようになるからです。
丹精込めたおいしいお米。
青々としたみずみずしい野菜や果物。
新鮮な食材を生かした加工品。
そういった食料品が置いてある高知の日曜市、街路市が輝きを増す日が近づいているような気がしています。
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台風が過ぎ去って、きょうの朝は、冷え込みましたね。
やっと秋が来たような。
でも、安心してはいけません。
風は秋の風ですが、太陽はまだ真夏の日差し。
まだまだ肌を突き刺すようです。
さすがにもう、夏に後戻りするような気温にはならないでしょうけどね。
秋はさびしさを感じる季節です。
秋の夕日を見ていると、訳もなく痛切にさびしくなることがあります。
このなんともいえない秋の寂しさは、とてもせつなくて好きなのですが、これが浸透しすぎると、心が重く感じますよね。
大林宣彦監督の作品に「さびしんぼう」があります。尾道三部作の一つで名作といわれています。
「さびしんぼう」は大林監督が若いときから、使っていた言葉で、いつかはこの題名で映画を撮りたいと思っていた…ということをどこかで読んだ記憶があります。
さびしんぼうは、主人公の母親の幻影。
初恋が実らずに、さみしくてたまらないから、さびしんぼう。
さみしくなる理由は、それぞれでしょうが、人はみんな「さびしんぼう」なのかもしれません。
一時感傷的になることは誰でもあるでしょうが、そのままではいけない。
意識的に笑顔を取り戻し、明るく、明るく。
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きょうの高知新聞夕刊に「光吸収100倍 夢の太陽電池」の見出しがあります。
従来より100倍以上吸収できて、しかもこれまで吸収できなかった赤外線も発電に利用できる可能性があるとか。
(c) .foto project
岡山大学のチームの開発です。
しかもコストが1000分の1になるのが目標だそうです。
赤外線を利用できるなら、家や戸外の排熱も発電に利用できる。
2013年の実用化を目指すと言うことですから2年後。楽しみですね。
以前、車の塗料そのものを太陽電池にするニュースを見たことがあるのですが、技術の進化は日進月歩。
原発事故で自然エネルギーの活用がにわかに注目を浴びています。
これまで化石燃料や原発に頼って、自然エネルギーを利用した発電への対応が、おろそかになっていたのではないでしょうか。
省エネの技術はどんどん進化しているし、上記のように効率的な太陽電池も開発されている。
これから日本は人口が減ってくるから、エネルギー消費はもちろん少なくなる。
できれば、日本の技術力で電力のかなりの部分を自然エネルギーでまかなえる時代が来ないかなと夢想しています。
地球に内蔵されている化石燃料の寿命を引き延ばすことになるし、世界の環境を保つのに寄与することになる。
「エコな日本」が世界を救う…てなことになればいいですね。
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昨日はドラマ「下町ロケット」の最終回。
すかっとするドラマがなかなかない中で、久しぶりに見終わったあと、心が晴れ晴れとする作品でした。
ドラマの中で、主人公の佃がいうせりふの中で印象深いものがあります。
仕事は2階建てでできている。
1階は「食うため」、生活するための部分。
2階は夢。みんなに喜んでもらう仕事を成し遂げたいという理想ですね。
夢ばかり追い続けても、食べられない、生活できない。
でも生活するための仕事ばかりでは、つまらない。
このドラマがさわやかな印象を与えるのは、主人公が夢を成し遂げつつも、その夢が同時に一緒に働く従業員たちの生活にも役立っているからです。
「夢がかなう人」というのは一握り。これは冷徹な事実です。
でも夢と現実の折合をつけつつ、生きている中で夢は変わっていてもいい。
壮大な夢でも、ささやかな夢でも、夢を持つことはいいことです。
また夢を持たなければ、夢は実現することはありません。
どんなに小さくてもいいから夢を持って、理想の自分に少しでも近づいていく。
人はそのために生まれてきたのかなあ、と最近考えたりしています。
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きょうの高知新聞夕刊「きんこん土佐日記」は、図らずもたくみ君が「消臭力」CMファンであることが分かりました。
「しょう~しゅう~りぃ~きぃ~♪」
このCM、耳に残るのですよね。
「トイレ」は生活になくてはならぬものですが、「はばかり」とかどうしても不浄のイメージが強かった。
それを逆手にとって、「トイレ大好き」とは。衝撃でした。
上海万博では、日本館のハイテクトイレが話題になりました。
そういえば、ウオッシュレットの「お尻だって洗ってほしい!」もインパクトがありましたね。
もともと水で洗った方が、紙よりも清潔に保つことができ、インドでは洗い流します。
そのとき左手を使うので、インドでは左を「不浄の手」としていました。
今もそうなのかな。
それを手をつかわずに、噴水のように洗い流す発想はすごい。
世界中に普及し、今や一大ビジネスとなりました。
アイデアの種は無限。あきらめないで、探しましょう。
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井上ひさしさんの戯曲「父と暮らせば」については、何度も書いてきましたが、きょうから高知市民劇場で公演されているそうです。
すまけいさんと梅沢昌代さんの初演を見てます。今回は辻萬長さんと栗田桃子さん。
井上さんは亡くなりましたが、この戯曲は配役を変えながらこれからも命を保っていくのでしょう。
昨年、東京で井上さんの劇団「こまつ座」の朗読劇を見ました。その回のゲストがすまさんでした。
独特の声と節回し、井上戯曲には欠かせない存在のすまさん。
亡き井上さんのエピソードを語ったあと、最後に名作「きらめく星座」のコピーライター役について述べ「この役を与えてくれてありがとう」と井上さんに語りかけ、締めました。
劇中の「人間は奇跡だ」は演劇、いやすべての映画、ドラマ、文芸を含めても歴史に残る名ぜりふだと思います。
話を「父と暮らせば」に戻すと、なぜこの戯曲が今、盛んに上演されているかということをよく考えます。
東日本大震災での原発の放射能漏れと原発との関連が理由の一つにあると思います。
もう一つ考えられのるは、生き残った者の喪失感。
劇中、主人公の娘さんは、原爆で亡くなった親友の母親から「あの子は死んで、あんたはなぜ生きとるの」という言葉を投げかけられます。
その言葉は娘自身の心の声でもありました。
東日本大震災で縁者を亡くされた方々の中には、この娘と同じ感覚がよぎった方が多いのではないかと推測します。
娘は原爆が投下されたときに、父親ががれきにはさまれ、動けなくなり、助けようとしますが、火の回りが早くなって、どうしようもなくて、その場を離れます。
父親がどうしてもその場を去れない娘に、じゃんけん勝負を挑み、わざと負けて娘を生かそうとするシーンが心にしみます。
娘の命を生かした父や死んでいった親友、亡くなった多くの人たちのために、「生きている者は生き続けなければならない」と娘はさとり、前を向いて歩くようになります。
「父と暮らせば」は喪失感を持った人々に、生きていく力を与える名作です。
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評価する者も、また評価される
(「下町ロケット」 池井戸潤著、小学館)
直木賞を取った池井戸潤さんの「下町ロケット」。
WOWOWのドラマでも楽しんでますが、今度の日曜日の最終回を待ちきれず、本を買って読んでしまいました。
下町工場の佃製作所社長は、ロケット開発の元研究員。取引先の突然の取引中止など資金繰りに悩みながら、技術力を蓄え、いつかは自社製の部品を使ったロケットを打ち上げたいという夢を持っている。
そこに降ってわいたような大企業の特許侵害の訴え。その企業は中小企業が開発した技術をものまねし、オリジナルを作った企業を訴訟で追い詰め、企業をまるごとものにしようと画策する会社だった。
訴訟になったことで、メインバンクは貸し金をしぶり、貯金を取り崩しながら、対処するが資金ショートの時期は刻々と迫る。
そこに佃製作所の特許を買い取りたいというまた別の大企業が現れた。この企業「帝国重工」は国産ロケットの打ち上げ計画をしていたのだが、エンジンのバルブシステムで佃に先に特許を取られていた。
計画の実行時期が迫り、「特許を是が非でも使わしてほしい」と買い取りを画策するのだが…。
大企業に負けない技術力を持つ中小企業のプライド。
夢を追うのか、経営者として従業員のために現実策を選ぶのか。
ものづくりへのこだわり。
読んでいて、見ていて胸がすかっとする言葉が数々出てきます。
その中の言葉。「評価する者も評価される」
佃製作所が帝国重工に部品の納入をチャレンジすることになり、中小の佃をみくびった帝国側の侮蔑的な態度と評価に佃側が反論する場面で使われる。
評価する側が絶対ではない。
評価する者もどんな「評価を下したか」でまた評価される。
文章でほかを評価したり、他人を評価することでも、その「目」が問われるということです。
人を批判したり、評価したりする場合、評価する側はあたかも評価される側より高い位置にあると錯覚している場合があります。
そうではなく、いいかげんな評価、人を見下したような批判は、それをする側の評価も下げるという指摘。
無意識でも自分を高みにおいてないか。
自戒することが多かったです。
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アメリカからのレポートを見ると、家具メーカーの書棚が陳列棚の奥へしまいこまれているとか。
紙の本の終わりを示している徴候だそうです。
書店や紙の本は消えていくのでしょうか。
読書家とはとてもいえないけど、本好きにとっては、そうなるとあまりにもさびしい。
電子書籍は嫌いじゃないです。
最近は特に読みやすくなってるし。
でも、目に優しさ、ほのかなインクの香り、白い紙の中に没入する楽しさ。
これが失われるのは耐え難い。
なんとか併用でいけないかなあ。
何度も繰り返して読みたい本は本棚に。そうでないのは電子書籍に。
何とか残ってほしい。書店と紙の本。
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先日、東京に出ていた時に、例によって「本の森」(書店です)に迷い込みました。
ネット書店のアマゾンもいいけど、ほのかなインクのにおいをかぎながら、「森の中」を散策するのは最高の気分。
で、森の中から美しい声が聞こえてきました。
「本の森」では、店員さんが小声で話すほかは、ほとんど音がしない。
その静寂がまたいいところなのですけど、とにかく人間の音声は目立つのですね。
声のする方向に目を向けると、小さい女の子と横におかあさんの姿が。
「うさぎさんがピョンピョン跳びはねて…」
わが子に、本の読み聞かせをやっているようです。
おかあさん、いい度胸してる!
普通は本を買って帰って、おうちで読んであげるものでしょう。
いや、別に責めているわけではありません。
そのおかあさんの声がとても耳に心地よく、思わず聞き惚れてしまいました。
読み慣れている様子で、たぶん、家でもたくさんの本を子どもに読んであげているのでしょうね。
乳児、幼児は基本的には母親から言葉を学びます。
そして言葉の概念を広げるために、本に入っていく。
読み聞かせは、自らが本を読み込む前段階ともいえます。
愛情を込めたたくさんの言葉を聞き、お母さんと一緒に本を読んだ子どもは情操豊かに成長することでしょう。
このお母さん。ひょっとしたら、書店でいろいろな本を読んであげて、子どもがいい反応をする本を購入するつもりだったかも知れません。
そしてたぶん、その本を繰り返して読んであげる。いいお母さんです。
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きょうの日曜市は、台風一過。
抜けるような青空が…広がっていませんでした。
曇に覆われ、所々青空が見えていたのですが、むせるような暑さ。
台風が水蒸気を運んできたからでしょうか。
「秋の味覚」がどこかにないかと探していましたら、ありました。ありました。
クリです。
「豊玉」というそうですが、「盆グリ」との異名も。
お盆を過ぎるころから出回るので、この名前がついたそうです。
あいにくと知らなくて、お店の人に「ドングリですか?」と馬鹿な聞き返しをして、笑われてしまいました。
いろいろと知ることが増える楽しい日曜市。
食欲の秋、そして涼しくなる秋はすぐ目の前です。
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きょうの高知新聞26面には、小津高校2年生のエイバーグ華怜さん(16)が、高校英語弁論大会で全国最高賞を獲得した記事が掲載されています。
エイバーグさんの父親は米国人で母親は日本人。
小学生の時に名前や容姿が周囲と違うことをからかわれた経験をベースにして、他者との理解について、語ったそうです。
「この大きな世界の中で、誰も同じではありません。外見、話し方、考え方。(中略)もし人々がある人に関してもっと知ろうとしたり、何を感じているかを知ろうとしたら、その時、それは人を受け入れる始まりになると思います」
小学生の時、標準語を話す転校生がいて、その口まねが生徒たちの間で、はやったときがあります。
土佐弁ばりばりの子どもたちには、なんかこうべっちゅう(気取っている)ように、聞こえるのですね。
日本人は同質性が強く、違った者に対しては、違和感、拒否感を感じ、それが進めば、いじめにもつながります。
これは世界が狭いがために起こることですが、もう少し違いに対して寛容になれないかなあ。
ネットでの一方的な決めつけや、違いを許さない発言を見ていると、よく思います。
韓国や中国に対する一部の反感も、「もっと知ろうとしたり、何を感じているか知ろうとしたら」受け入れられる部分も出てくるんじゃないでしょうか。
人と人は違っているから面白い。
自分自身も謎の部分が多いですが、ほかの人の謎を探求していくと、人生が実り多いものになります。
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岩手県は、花巻農業高校の敷地内にある宮沢賢治が暮らした家に行ってきました。
余りにも有名な「雨ニモマケズ」の詩。
好きがこうじて、この詩ののれんを自宅の机の前に張っているくらいです。
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニワタシハナリタイ
でくのぼうで、誉められていない点では私も自信があります。
と、胸を張る。
同高内にある家は、木造の2階建て。
花巻農学校(現・花巻農業高校)で4年間の教師生活のあと、農業の傍ら「羅須地人協会」をつくり、この家に若者を集めて土壌学や芸術論を教えたりしていたそうです。
花巻農業高校の先生方や生徒さんに少しだけ接しましたが、賢治の人柄が忍ばれるような穏やかで、礼儀正しく、気持ちのいい対応をしていただきました。
白墨でかかれている「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の文字が、また賢治らしさを表していて、ほっとします。
「決して怒らず、いつも静かに笑っている」
この境地がどんなに遠いものか、年を経るごとに分かってきました。
読書の秋も近づいてきました。
そろそろ宮沢賢治全集に挑戦してみようと思います。
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