
愛読書、本の最近のブログ記事
もう一つ興味深かったのは「ジョブズの矛盾」です。
先に書いたように、彼はハード製作から販売まで一貫した垂直統合型を目指した。
でも管理には抵抗する「反体制派」を自認。
巨人IBMを「1984」(ジョージオーエルの小説、未来の管理社会を描いた)のビッグブラザー(人間を管理する巨大コンピューター)にたとえ、それに石を投げて壊すCMを作って大ヒットしたエピソードが書かれてました。
反体制派を演じ、「庶民の手にコンピュータを」のアピールが成功したわけです。
ジョブズは禅に傾倒し、結婚式も日本人の導師を招いて仏式で行っています。
中国で発展した禅は、インドから来た達磨(だるま)大師が開祖ですが、底流には仏教と相性のいい老子と荘子の思想が流れています。
老荘は自然や周囲と調和し、流れに逆らわずに「道」を究めるのを理想としています。
ジョブズの禅からの影響は、「シンプルを突き詰めるところに美がある」という考え方に反映されていますが、禅の本分の「調和」とは正反対。
自分の中にある「美しさ」が絶対で、人に押しつけようとする。
「できるやつ」と「できないやつ」をはっきり区別し、「できないやつ」は相手にしない。
「無用の用」を説き、一見役に立たないと思われている人や物でも、実は役に立っていることを主張する荘子とは、まるっきり逆です。
でも、人間とは矛盾する存在。
むしろすべてのことが一貫しているという人の方が珍しい。
この本で描かれているジョブズの矛盾に満ちた人間像が、とてもリアリティがあり、人くさく、とてもいとおしいく思えました。
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欧州やアジアでデモが続いています。
アメリカでは1%人が国の17%の富を所有しているといわれ、格差是正を求める動きです。
まじめに働いてる人が、きちんと食べていけない社会は、間違っています。
(c) .foto project
それはそのとおりなのですが、自由主義経済というのは、どうしても富の偏りをもたらします。
かといって、社会主義的になりすぎると、勤労意欲に影響し、経済は活性化されない。
この兼ね合いが難しい。
富の偏りは、お金持ちが「へこすい」(ずるい)ことをしているというより、主に情報格差からだと思います。
世にはネットを初め、情報があふれかえっているのですが、その情報から未来を予測する感性を持っている人に富が集中する。
スティーブ・ジョブズは、その感性が特に優れていたため、大富豪になりました。
でもジョブズと同時代を生きで同じ情報に接していた人も多いはず。
その違いは情報の選択力、分析力、考察力の差からだと思います。
ジョブズのような能力を持った人が、情報を何十倍、何百倍にも活用できる。
彼ほどまでとはいかなくても、情報を有効利用することが可能な人は経済的に豊かになっていきます。
情報の分析や考察以前に、活字に接すること自体が、日本では極端に減っているように感じています。
「アメリカの市場調査会社GFK NOPの調査によると、本と新聞、雑誌など活字媒体を読む時間は、調査対象30か国の平均が週6.5時間であった。活字媒体を読む時間の上位5か国は順にインド(週10.7時間)、タイ(9.4)、中国(8)、フィリピン(7.6)、エジプト(7.5)であり、下位5か国は順に韓国(3.1)、日本(4.1)、台湾(5)、ブラジル(5.2)、イギリス(5.3)となっている」(05年 ウィキペディアより)
上位3国のインド、タイ、中国は新興国で、経済が急激に伸びているところ。
ベトナムでも本を読む人を多く見かけます。
日本も戦後から高度経済成長期には、読書熱が盛んでした。
どうも経済の発展と国民の読書量は比例しているようです。
富の格差を少なくするには、徴税による富の移転ばかりではなく、国民の読書量の引き上げによって、情報格差をなくすことが緊急の課題だと思います。
まあ、難しいことはいわなくても、子どもたちに本の「物語」のおもしろさを、知ってもらえれば。
わくわくする物語を自分の頭の中で構成しながら楽しむ体験は、ゲームよりも、ネットよりも、テレビよりも実はずっと面白いので。
とってつけたようですが、新聞を読むことは、もちろん情報格差を埋める上でも、とても役に立ちます。
現在、読書週間中です。
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スティーブ・ジョブズの伝記を読み終わりました。
とは言っても、前半部だけ。後半は来月2日に発売です。
この本は、ジョブズの個人史であるとともに、コンピューターの歴史の本でもあります。
ジョブズは個人にコンピューターを解放した人。
これによって、政府や大企業しか持てなかったコンピューターが爆発的に広まることになります。
そして、コンピューターがネットでつながることによって、さらに情報革命が進んだのは周知の通りです。
ジョブズの生い立ちも詳細に描かれています。
彼がこの道に進み、失敗と成功を繰り返した原因は一つには、生まれてすぐ里子に出されたこと、もう一つにはサンフランシスコという、テクノロジーの英知が集積したところで育ったことが挙げられます。
そして思春期をベトナム戦争やそれに伴うカウンターカルチャーの中で過ごしたことから、既成秩序の破壊者に成長していく。
興味深いのは、IBMという巨人を敵として、その権威や秩序を破壊しようとしたジョブズが、自らの仕事の中では、ハードからソフト、ショップまで管理する垂直統合型のシステムを好んだ点です。
アップル、マッキントッシュにおいて、ユーザーは中身をカスタマイズすることはもちろん、中さえのぞけない状態にする。
この点、すべての互換機に通用する汎用OSを提供したマイクロソフトのビル・ゲイツとは、好対照です。
閉鎖系で完成度が高いアップルか、解放系で衆知を集めて徐々に改良を進めていくマイクロソフトか。
90年代まではマイクロソフトの優位が続きましたが、2000年代には、アップルが逆転します。
今のところアップルの閉鎖系の垂直統合型が成功してますが、これはジョブズの未来を予測する感性の正確さ、美的感覚の優秀性とそれを形にする完璧主義があったからこそです。
大衆に内在している望むものを形として提示するジョブズという天才が去ったあと、また新しい革命を起こす彼と同じタイプの天才が現れてくるのか、あるいは衆知が、よりよいシステムを生み出していくのか。
自らの美的感覚を絶対視するジョブズに対し、恋人が「美しさというのは、人によって違う」と、反論するところが印象的です。
水平型のネットの隆盛を見ていると、今後はまた解放系が力を得てくるような気がしています。
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折りに触れて、司馬遷の「史記」を繰り返し読んでいます。
あるときは本で、あるときは横山光輝さんのコミックで。
2000年以上書かれたこの歴史書。何度読んでも飽きることがありません。
そこには、ほとんどの人間を網羅したようなさまざまな類型が描かれているからです。
その人間の型は、今もそんなに変わらない。
それぞれが人間の業を背負っており、つきない味わいがあります。
たとえば漢の高祖、劉邦。
この人は酒好きで、女好きで、だらしがなく定職もなしにぶらぶらしていたのですが、なぜか人に好かれて、人が集まってくる。
世に出たのも40歳過ぎで、ライバルの項羽にほとんど戦で負けてしまう。
でも彼をかつぐ集団が優秀だったので、結果的には漢帝国の初代皇帝につくことになる。
愛嬌があり、度量が広く、耳に痛い言葉にも素直に従う性質の人だったのでしょうね。
そんな劉邦でも晩年は、功臣が優秀すぎると、謀反を起こすのではないかと疑ったり、自分の愛する側室の子どもに後を譲ろうとしたりする。
それがさまざまな悲劇を呼んでしまうのですが、人の強さと弱さ、運といったものを考えさせられたりします。
欠点を備えているからこそ、リアリティがあり、とても魅力的なのですね。
史記には人格高潔で優秀な非の打ち所のない完璧な人間も出てきますが、優秀でも欠点を持つ人が多い。
その中の一人、韓信(かんしん)について、次回は書いてみたいと思います。
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アメリカからのレポートを見ると、家具メーカーの書棚が陳列棚の奥へしまいこまれているとか。
紙の本の終わりを示している徴候だそうです。
書店や紙の本は消えていくのでしょうか。
読書家とはとてもいえないけど、本好きにとっては、そうなるとあまりにもさびしい。
電子書籍は嫌いじゃないです。
最近は特に読みやすくなってるし。
でも、目に優しさ、ほのかなインクの香り、白い紙の中に没入する楽しさ。
これが失われるのは耐え難い。
なんとか併用でいけないかなあ。
何度も繰り返して読みたい本は本棚に。そうでないのは電子書籍に。
何とか残ってほしい。書店と紙の本。
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先日、東京に出ていた時に、例によって「本の森」(書店です)に迷い込みました。
ネット書店のアマゾンもいいけど、ほのかなインクのにおいをかぎながら、「森の中」を散策するのは最高の気分。
で、森の中から美しい声が聞こえてきました。
「本の森」では、店員さんが小声で話すほかは、ほとんど音がしない。
その静寂がまたいいところなのですけど、とにかく人間の音声は目立つのですね。
声のする方向に目を向けると、小さい女の子と横におかあさんの姿が。
「うさぎさんがピョンピョン跳びはねて…」
わが子に、本の読み聞かせをやっているようです。
おかあさん、いい度胸してる!
普通は本を買って帰って、おうちで読んであげるものでしょう。
いや、別に責めているわけではありません。
そのおかあさんの声がとても耳に心地よく、思わず聞き惚れてしまいました。
読み慣れている様子で、たぶん、家でもたくさんの本を子どもに読んであげているのでしょうね。
乳児、幼児は基本的には母親から言葉を学びます。
そして言葉の概念を広げるために、本に入っていく。
読み聞かせは、自らが本を読み込む前段階ともいえます。
愛情を込めたたくさんの言葉を聞き、お母さんと一緒に本を読んだ子どもは情操豊かに成長することでしょう。
このお母さん。ひょっとしたら、書店でいろいろな本を読んであげて、子どもがいい反応をする本を購入するつもりだったかも知れません。
そしてたぶん、その本を繰り返して読んであげる。いいお母さんです。
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きょうの高知新聞夕刊には「『リアル書店』生き残り模索」の記事が掲載されていました。
本屋さんを「リアル書店」とは、時の流れを感じます。
昔は書店といえば、店舗で本を購入するしかありませんでした。
それが最近では、アマゾンなどのネット書店、さらには電子書籍も出てきて、「リアル書店」は厳しい状況が続いています。
アマゾンで本を購入し、電子書籍も最近よく読んでいますが、個人的にはやはり本屋さんで購入するのが一番好きです。
いろいろな本を立ち見しながら、購入する本を探し、本屋さんの店内を歩き回るだけで、幸せな気持ちになるのですね。
人と人の出会いも縁ですが、本との巡りあいもまた縁。
何気なく目にとまり、手にした本から多くの恵みを受けたり、大げさに言えば、人生観が変わったこともあります。
ネットでの出会いも確かに一つの縁ですが、本と直接触れ合っての縁は、もっと深い縁(えにし)のような気がします。
ネットで知り合って全く会ったことがない人よりも、直接出会った人の方が深い関係を結べるように。
人生を豊かなものにしてくれる本。もっと書店に出かけて、本たちとの会話を楽しんでみてはいががでしょう。
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「プリンセス トヨトミ」の映画評を書きました。→こちらです。
3年前、万城目学さんの小説をテレビドラマ化した「鹿男あをによし」のスタッフが再結集した作品。
「鹿男」は、相沢友子さんの脚本がとても、よくできてました。
原作ものを映像化すると、製作者側がいじって、設定を変に変えていたり、大事なせりふが削られていて、原作の良さが大幅に減じられることが多いのですが、「鹿男」については、原作を超えている、まれな作品だと思います。
原作では男性になっている歴史教師役を綾瀬はるかさんが好演しているのですが、男女を置き換えたことで、主人公の鹿男(玉木宏)とのラブストーリーを縦軸にしています。
それと、卑弥呼とシカのほのかな情の交流を横軸として重ねているのが見事です。
原作の良さを生かしつつ、想像力を十分に駆使したファンタジーの傑作といえると思います。
配役がまたいいんです。それについてはまた。
「プリンセス」も、相沢さんらしいタッチで改編が巧みに行われてました。
ただ、映画評にも書いたとおり、「旭」に込められた万城目さんの意図がちょっと薄まっています。
原作本を読めば、よりいっそう理解が深まり、数々の仕掛けの面白さが分かりますので、ご一読をお勧めします。
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「心の師」と自分勝手に思い定めていた井上ひさしさんが亡くなって1年。
あの「分かりやすく、面白く、深い」言葉はもうリアルタイムでご本人から聞くことはできないのだと、時としてむなしさに襲われる日が続いていました。
そんな中で起こった東日本大震災。
井上さんは高校時代を仙台で過ごし、釜石でも暮らしたことがあって、今回の被災地とはゆかりが深いです。
もし生きていらっしゃったら、きっとみんなを光に導く言葉をたくさん発してくれたことでしょう。
そう思うと残念でたまりません。
ただ、彼の残した膨大な言葉は、書籍や劇中に宿っている。
それをこれからずっとひもといていこうと考えています。
昨日、井上さんのNHKBS100年インタビューをまとめた「創作の原点 ふかいことをおもしろく」を読了しました。
「人間の存在自体の中に、悲しみや苦しみはすでに備わっている。笑いは人間が作るしかない。人間のできる最大の仕事は、人が行く悲しい運命を忘れさせるような、その瞬間だけでも抵抗できるようないい笑いをみんなで作り合っていくこと」。
人生には「生老病死」はつきもの。
人はいずれも悲しみと寂しさの中にあることに気付く。
それを一瞬でも忘れさせたり、楽しい気持ちにしてくれるのが笑い。
芸術とは暗くつらい人生をリアルに描くものであると考えられ、笑いは最近まで、お芝居や映画の中での地位は低かった。今でもそうかもしれないけど。
笑いの重要性に気づき、価値を高めた功労者の一人が井上さんではないかと思います。
悲しみや苦しみのある人生に、人は時に耐えられなくなる。
そんな時、灯台の光の役割を果たすのが笑いではないか。
そして笑いは「みんなで作りあう」もの。
被災者のみなさんにこれから最も必要なものは笑い、笑顔ではないでしょうか。
被災者の方々にどんな形であれ、笑いを提供すること。
自らも悲しみと寂しさの中の人生を歩んでいることを実感し、被災者の気持ちに近づくこと。
こういったことがこれから最も求められる支援になるかも知れません。
その行為は自らに跳ね返って、自分自身を支える。
何はともあれ、支援する側が、笑いを作らなければ。
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タイガーマスクの主人公、伊達直人を名乗る人物からの児童施設などへのプレゼント。
全国的に流行の兆しを見せていますね。 高知にもとうとう現れました。
伊達直人だけではなくて、肝っ玉かあさんや矢吹丈やついには龍馬まで登場。
せちがらい世の中に、久しぶりに明るいニュースです。
まあ、流行ということで、まねしている人も多いでしょうけど、こういうまねなら大歓迎ですね。
名前を名乗らず、ヒーローなどの名を借りての行為は適度の含羞(がんしゅう)を含み、ほほえましい。
一過性ではなく、広がりを持ってくればいいんですけどね。
というのも、個人の寄付を見ると、日本はアメリカの100分の1しかありません。
もちろん宗教上や文化、徴税システムの違いが背景にはあります。
アメリカは、勝者が総取りの格差社会なので、お金持ちが、お金のない人に寄付することで、バランスを取っていることもあるでしょう。
でも、日本にももう少しこういう寄付文化が普及した方が、社会が住みやすくなると思います。
個人的には、そのままの寄付よりお金がより生きる形の資金提供の方がしっくりきます。
例えば金融NPOとか、グラミン銀行的な、商売の元手にお金を提供し、商売の成功に協力する形。
生計の道を立てるサポートなら、単にお金を提供するより、生きるお金になるように思います。
もちろん教育施設(児童養護施設はもちろん含まれます)や医療機関への寄付は、子どもの成長や患者さんの心の緩和といった目に見えないリターンがあるので、上記の資金提供に類する形。
昨年末紹介した 「笑顔で支える山谷のホスピス」の山本美恵さんの「きぼうのいえ」への寄付を考えているところです。
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