
歴史: 2011年9月アーカイブ
韓信は中国史上、いや世界史上でもまれな、軍事の天才です。
有名な「股くぐりの韓信」は、故郷でいいがかりをつけられ、「この場で相手を斬り殺しても、何の役にも立たない」と考え、屈辱を忍んで、相手の股の間をくぐった逸話。
冷静沈着で兵法に通じ、どんな局面でも応用力がある。
はじめは劉邦のライバルの項羽に仕えますが、献策しても全く用いられず、劉邦の元に身を寄せます。
それでも低い役職しか与えられることなく、職を辞して立ち去ろうとしますが、劉邦の重臣、蕭何(しょうか)に見いだされ、劉邦軍の指揮をとることにる。
蕭何(しょうか)に「国士無双」と評された韓信の活躍がここから始まります。
「背水の陣」は日本でも親しまれた言葉ですが、常識にとらわれず兵法の逆をゆくこの戦法をとったのが彼でした。
「智者も千慮必ず一失あり。愚者も千慮また一得あり」は自分が滅ぼした相手側に組していた李左車が韓信に語った言葉。
「敗軍の将、兵を語らず」と初めは助言をしぶっていた李左車が再三の韓信の説得に「では」ということで語り始める時に使われます。
どんなに知恵のある人間でも、必ず間違いがあり、愚かな人間にもどこか得るところがある。
のちの韓信の最期を暗示しているような、何とも味わい深い言葉です。
劉邦の別働隊として連戦、連勝の韓信は、斉の国王にまで上り詰めますが、やがて漢帝国が定まると、あまりにも有能なため、反逆を恐れた劉邦に疑いの目を向けられ、失墜。
失意の中で謀反を計画し、とらえられて斬殺されます。
「国に二人並ぶ者ない」と言われ、千里眼のような韓信の「一失」。
まだ斉の国王だったころ、項羽、劉邦とともに斉の国を基盤として「天下三分の計」を図れば、いずれは天下の主になれるのではないかと部下に進言されて、心は揺らぎながらも、劉邦に重用された恩を考えて、その策に踏み切れなかった韓信。
その揺らぎが後難を招きます。
ただ、最期まで冷徹になれない韓信に人間らしさを感じてしまいます。
劉邦にとっては、「韓信の揺れ」は最大の危機でしたが、この時に韓信が裏切らなかったことが劉邦の天運なのでしょうね。
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