土佐の街路市(露店市、青空市)についてのコラム!!高知の食材や農業、食の安全の話題も

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大河ドラマ「龍馬伝」のふるさと高知から、坂本龍馬関連の話や、彼の生誕地近くの日曜市、火曜市など街路市のトピックなど、観光情報、食の情報をお届けしています。愛すべき日曜市のおじちゃん、おばちゃんの話、おいしい食べ物や農業の話、旅のつれづれ、街角の経済や投資の話題、歴史や土佐の風土など、考えたこと、感じたことをつづります。

遍路の最近のブログ記事

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街路市、日曜市と遍路には共通点がたくさんあります。

遍路は歩いている時は、厳しさと苦しさが先立ちますが、無心に祈りをささげたり、路傍の石に腰を下ろして休む時に訪れる心の平安があります。

日曜市もなじみのおじちゃん、おばちゃんの笑顔にほっとしたり、歩き疲れてふと腰をおろした休憩所のベンチで感じる心の安らかさがありますね。

この心穏やかになる不思議な空気感はどこからきているのでしょうか。

やはり、歩くこと、動くこと、人と触れあうことが関係しているのではないかと思えてしょうがありません。

今や世界中の情報が手に入る時代。ネットを利用する自戒から言うのですが、大量の情報を日々消費していると、何でも分かった気になります。

何かネット社会は、脳だけ巨大化したように見えます。

動き、汗をかいて、いろんなものに触れてみると、自分がいかに頭でっかちであるか知らされます。

頭でっかちの社会はまたストレス社会でもあります。大量の情報、ネットまで広がった人間関係にほんろうされ、さまざまなストレスが、澱(おり)のようにたまっていく。

昔から遍路や日曜市は人々の「心の澱」を掃除するためのものでした。存在価値がますます高まっているような気がします。

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自然環境に厳しい中東などの地域は、天と地の間に、ただわれのみ。唯一神、絶対神が生まれやすいですよね。

反対に日本など、自然豊かなところには、そこかしこに不思議が、いろんなところに神様がいることになります。

古代ローマも多神教で、いろんなところを征服して、その地の神様を連れて帰ってきたから、ますます神様が多くなって…。八百万(やおよろず)の神様と似ていますね。

ことほどさように、宗教は、発生した地域の自然環境によって、さまざまな個性を持ちます。

で、私としてはどれが上か下かというより、どれも目指すものは一緒だと思うんです。

盗みをしない、寛容であれ、欲望を抑制してなどということは、多くの宗教で同じですし、日々心安らかに暮らすのにはどうしたらいいのかを教えてくれるのが、宗教の本来持つ意義なり、意味なりじゃないんでしょうか。

「宇宙と一体となって、平安を得る」これが宗教の根幹ではないかと考えています。

だとしたら、そこに達するには、さまざまなやり方があるはずで、それがそれぞれの宗教の個性であり、優劣はない。

世界中の宗教が、それぞれの立場を認め、尊重したら、世界もずいぶんと平和になるはずです。

さまざまな宗派の人々が、巡礼を行う四国遍路は、それを教えてくれます。

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遍路は弘法大師を祖としていますが、弘法大師の真言宗を信じる人だけが、お遍路さんをしているわけではありません。

旅の途中で知り合った遍路の僧侶は、他宗の人でした。

その人は、「自分はお寺に入ることが決まっているから、このような遍路旅はこれからできない。一生の思い出に、一度やってみたかった」と言っていました。

巡礼というのは、宗教の原点みたいなところがあって、他宗の人でも、お遍路さんをする人はたくさんいるようです。

ただ、お遍路さんに宗教的なことで文句をいう人はいます。

歩いている私に「なんで遍路なんかやっているのか。真言なんか信じていると、いい目に合わないぞ」と言ってくる人がいました。私は別に真言宗ではないのですけど。

何でもその人が話すには、「自分の家は、今自分が信じている宗教に宗旨替えしたおかげで、待望の男児が生まれた。私の信じる宗教はすばらしい御利益がある」とのこと。

私はあまり現世の利益を強調する宗教は、好みではないので、聞き流していました。

別に家に女児ばかりでもかまわないし、好きで歩いているのだから、文句を言われる筋合いもないですので。

ある宗教を信じている人は自分の宗旨が世界一だと思っている人がほとんどでしょうから、そう思っていても構いません。

しかし、他の宗教をけなしてまで、自ら信じるものに引き込もうとするのは、好きではありません。

「自らが信じるものが一番だ」と思いこむ人同士の争いは悲惨になるというのが歴史の教えるところです。宗教戦争しかり。イデオロギーの争いしかり。

ジョン・レノンが歌うように、宗教がない世界が理想とは思いません。宗教は人間にとってなくてはならないものでしょう。

でも個人的には、どんな宗教でも目指すところは一緒のような気がしてます。例えていえば、山頂に至るまでの山登りのルートはたくさんあります。

それぞれのルートがいろんな宗教の持つ個性なのかなと考えています。

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遍路で長距離を歩いていると足に豆ができ、それを針でつぶしながらの毎日になります。

初めは元気よく歩を進めていても、疲れと豆で、スピードが鈍ってくる。

それと、背中に背負っている荷物がだんだん重くなってくるんですね。

「少しでも荷を軽く」という意識が強くなってくるんで、荷物の中を整理して捨てたり、家に送り返すことになります。

そこで最小限の衣類や小物以外は、必要ないということに気付きます。
遍路の旅は、人生の旅に、よく似ています。

背中に負う荷物、すなわち自分の身の回りもので、本当に大事なものは限られているのではないか。

それを、あれもほしい、これもほしいと、不必要なものを背負いすぎてないか。

「立って半畳、寝て一畳、天下取っても五合半」(人間が立つスペースは半畳分、寝る時は一畳分でこと足りる。例え天下人になっても五合半以上のご飯は食べられない)。

ただ、凡人、俗人の私は遍路の最中には、日常の無駄を省いてシンプルライフを目指そうと固く誓うのですが、俗界に戻ると、またあれも、これも無駄なものを求めてしまいます。

まあ、これも中庸が肝要。清貧の良寛さんみたいな生活には、あこがれるんですが、絶対に自分には不可能。

日常の中で、たまにはささやかなぜいたくもしつつ、投資でお金のことも考えつつ、きれいな女性にも見とれつつ、欲をコントロールして、ぼちぼちやろうかなと考えています。

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宗教心があまりない私ですが、ずっと歩いていると少しは、解脱感というか、さとりのさわりみたいなものが味わえるのではないかと、淡い期待を抱いていました。

ところが、ところが、歩いている最中に考えることは、「あともうちょっと行ったら休もう」とか、「きょうはどこで泊まろうか」とか、「お腹がすいた。もうそろそろご飯にしようか」とか、非常に俗なことばかり。

休んでいる時には、すてきな女性のポスターに見とれていたり…と、まさに煩悩のかたまりです。

これは私が多分に俗っぽく、根性がないことからきているからでしょうが、「食」「色」「寝(休)」が命の根源であることを改めて認識させられました。

苦行僧のようになって解脱を目指すというのは私にはとうてい無理。もともと働いている人には苦行僧生活は不可能です。

でも、命の根源の大切さに気付かされるのと同時に、過ぎたるは及ばざるがごとしで、「食」「色」「寝(休)」を上手にコントロールすることも大事だと感じました。

むさぼらず、命を消耗し過ぎず、「中庸」でバランスを取って暮らしていけば、人生を長く、健康に歩き続けていけるのではないでしょうか。

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お接待は、接待することで、歩いているお遍路さんに自分の祈りを託し、代わりに回ってもらうという意味合いがあります。

遍路は接待を受けた人にお札を渡して、「お礼にあなたの思いも背負って、回ります」と心に刻みつける。

お接待する人の大部分は見返りを求めてないんでしょうけど、古来から続く美しい習慣だと思います。

高知県の須崎市周辺を歩いている時に、シジミ売りのおばちゃんに出会いました。

移動するかごの中に、入れたシジミを売り歩く。そのカゴの中には売り上げの小銭がたまっていて、そこからおばちゃんは、銀色に光る百円玉取り出して、渡してくれました。

おばちゃんの汗がしみこんだような百円玉。とても尊くて、もったいなくて、胸がふるえました。

貴重なお布施を受けた身としては、何らかの形でこれをだれかに返さなくてはいけない。

今もなかなか返せていませんが、こんな想いがつながっていくと、世の中、ずいぶん住みやすくなる気がします。

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遍路の「お接待」は何も、お金をいただいたり、車に乗せていただくことばかりではありません。

道行く人から、励ましの言葉をいただくことも、歩き遍路を勇気づける「お接待」です。

古来からの伝統で、四国の人はお遍路さんに優しい。

特に、山間地や都市部からの遠隔地などの子どもたちのかけてくれる言葉は、何よりも疲れた体を元気にしてくれます。

都市部から離れるほど、子どもたちの純朴さが増し、勢いのある笑顔とあいさつを返してくれます。

土佐清水で、汗まみれになって歩いてた時のこと。路上の小学生低学年くらいのかわいい女の子がにっこりと笑いかけてくれました。

女の子は私に、「お若いのにえらいねえ」と話しかけ、手に握りしめた100円玉をくれました。

普通なら幼い女の子からお金をいただくわけにはいかないんですけど、その時は、彼女の心が温かく伝わってきた気がして、思わず伏し拝んで、ありがたくいただきました。

きっと彼女の祖父母か両親がいつも同じように、声をかけてお遍路さんの接待をしているんでしょうね。

もしかしたら、四国の遍路道は、日本人の心のふるさとなんじゃないかという気がします。この伝統は守り続けていきたいですね。

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歩き遍路は当然ながら車を使いません。

でも、歩いていると、時折、「乗っていきませんか」と声を掛けてくださる人がいます。

雨が降って、難渋している時など、ほんとうにうれしいのですが、「歩くのが本分なので」と丁重に断ることになります。

ただ、これもお接待の一つで、声を掛けてくれる方は親切心で言ってくださっているので、断る時、非常に心苦しいです。

でもその言葉に甘えると、私の場合は歩く気力を失ってしまうことになります。

以前、足摺岬にある土佐清水市に3年間赴任していたことがあります。

38番の金剛福寺を参拝し終わって、足摺半島を回っている時に、車に乗っている知り合いの方から声をかけられました。

「あら、久しぶりやね。何しゆう?(何しているの?)」

「いやあ、ちょっと歩き遍路に挑戦しているんですよ」」

「歩き方がのろいねえ」

「足にくるので、どうしてもスピードが落ちます」

「疲れちょうんやね。ご飯でも一緒に食べん?」

と親切に誘っていただいたので、思わず車に乗ってしまいました。

乗ってしまうと歩くスピードとは大違い、あっという間に、食事どころにつき、地元のおいしい料理をごちそうになりました。

それはありがたかったのですが、再び歩き始めようとした時、どうしても足を進める気が起きません。

軟弱者は、一度足を止めると、だめなんですね。結局は、清水の知人の家に2、3日滞在することになり、遍路旅は中断することに。

翌年もう一度土佐清水までJRなどを利用して向かい、再び歩き始めることになるのですが、前年の体験に懲りて、固く「車に乗らない誓い」を守りました。

ただ、これは精神的に弱い私の場合で、車に乗るお接待を受けるのは、それぞれの人の自由だと思います。

ある部分、車に乗ったからといって、遍路をやる意義がなくなるなどと考えるのは、硬直化した考え方ですね。

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一番霊山寺から10番切幡寺までは、高低差もなく、近くに点在しているので、「こんな感じで10番まで行けるのだったら、楽勝かな」と誤解してしまいますが、それは甘い。実はこれから山あり、谷あり、長距離の歩きありの本格的遍路が始まります。

11番藤井寺から12番焼山寺までは、俗に「遍路ころがし」といわれる急坂があり、なかなかハードです。

ちょうど中間点に、柳水庵という休憩所があります。管理されている方が高齢になったため、5年前から無人とのこと。私が行ったころには、まだ管理されている方がいて、泊めてくれてました。

健脚の人は一気に藤井寺から焼山寺まで登り抜けるでしょうが、根っからの軟弱者の私は足も遅くて、ちょうど午後も遅くなったので、柳水庵で泊まることに。「今からではちょっと焼山寺にいくには暗くなりすぎますから、どうぞ」と管理の女性に、優しい言葉をかけてもらいました。

お風呂がなんと釜風呂。いわゆる五右衛門風呂で、若い人はごぞんじないでしょうが、浮かんでいる板の上からバランス良く身を沈めて入るんですね。

ぱちぱちとまきが焼ける音と、煙のにおいをかぎながら、夕暮れの山が広がる窓の外をながめるのは、なんともいい気分。往生してはいけませんが、まさに極楽です。

管理の女性に「お湯加減はいかがですか?」と声をかけていただいて、感謝の念がこみ上げてきました。

夕食も手料理をふるまっていただき、おいしくてまた感激。管理人の方とはいろいろとお話もさせていただいて、心温まるお接待を受けました。忘れられない記憶です。

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歩き疲れて、休むと一陣のさわやかな風が吹いて来る。

見知らぬ人から笑顔であいさつを受ける。

道から落ちそうになって、すんでのところで助かる。

などといった時が、同行二人を感じる瞬間です。

お大師さん、というかなにか大きなものに守られていると感じる。

室戸から吉良川に向かっている最中にこんなことがありました。

その日はどうも歩く調子が悪く、予定が立たなくて、どこで泊まるか決めかねていたところ、とうとう日没に。

うーん。もう歩くのも限界だし、野宿だと夜露がしみるなあと考えつつ、明かりの見えない道をとぼとぼ行っていると…。

闇の中にぼんやりと明かりが。近づいてみると、民宿の看板でした。

試みに泊まれるかどうか、たずねてみると、「どうぞ」と答えが返ってきました。

うれしかったですねえ。夕食もおいしく、部屋も清潔で、ほんとに助かりました。

明かりはお大師さんが示してくれた灯明のような気がしました。

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