
西域、中原巡る旅: 2011年7月アーカイブ
そこつ者です。間違いなく。
忘れ物やうっかりは数知れず。
某復興大臣のように血液型B型のせいにはしたくないですが。
今回の旅行でもやってしまいました。
カメラを落としてしまいました。
新疆から鄭州に向かう途上で。
不幸中の幸いだったのは、落とす前まで撮影していたデータを、クラウドで保存していたこと。
旅の中盤でなくしたので、後半では「ああカメラがあれば」と思うこともしばしばありましたが、まあ、仕方がない。
黄河の神に大切なものをささげる、つまり黄河に貴重なものを投げ入れると、願いがかなうという言い伝えがあります。
ちょうど黄河中流域に到着したところだったので、「カメラを黄河にささげた」と思いこむことにしました。
そう考えたらすっきり。
願い事はきっとかなうことでしょう。
ああ、なんて楽天的。やはりB型。
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旅の終着点、上海です。
8カ月ぶりの夜の外灘(ワイタン)は、相変わらずにぎやか。
黄浦江をはさんで、浦東(プートン)に明るく輝く東方明珠塔の周囲に建築物が増えました。
15年前にはこの塔の周辺には、ほとんど何もなかったですからね。
デパートに入って、おみやげを物色しても、こちらが求める中国らしいものは、ほとんどなくて、ブランドものばかり。
15年前の上海のデパートは、中国各地からの産品がたくさん並べられていて、質素なたたずまいだったのに、今は日本のデパートと、品ぞろえや洗練された店内など遜色(そんしょく)ありません。
オールドジャズメンの演奏を聴きながら、ぼんやりと今回の旅の記憶を呼び起こしていました。
あれは少林寺でのこと。
乗っているバスが駐車場に入ろうとすると横から強引に割り込みの車が。
道が狭いので、少しでも動くと接触する状況に。
こういう場合は、いったん下がって、後ろにつければ時間を節約できるのですが、まったく引かない。
双方が前しか見てないのですね。
結局、警察官が来て、しぶしぶ割り込み車は退却しました。
また新疆から鄭州に向かう飛行機の入場口でゃ、出発ぎりぎりということもあって、こちらが並んでいるのに横からこれも割り込み。
これは、並んでいるのが日本人集団だけあって、「後ろに並べ」とのしっせきを浴びて、退散しました。
マナーとして誉められたものではないのですが、とにかく、前へ前へ。
後ろは振り向かない。
中国の前進するエネルギーを十分に感じた旅でした。
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さて、旅のハイライト龍門洞窟へ。
だいたい西暦500年から700年くらいまでの間に、築かれた石窟寺院。
岩には大小さまざまな仏さまが彫られており、世界遺産にもなっています。
洛陽の近くには三国志で有名な関羽の墓や、この石窟の近くには詩人、白楽天(白居易)の墓もあります。
ガイドさんからうかがった話ですが、関羽のお墓は「関林」と呼ばれているそうです。
庶民の墓が「墳」、王侯の墓が「塚」、皇帝の墓地は「陵」、そして聖人は「林」だそうです。
孔林は孔子の墓ですね。
中国の関羽人気はすごいもので、1800年近く立った今でも、各地に関羽廟が建てられており、横浜の中華街にもありますね。
商売の神様みたいで、生涯にわたって信義を守ったところが評価されているとか。
ご利益を求めるだけでなく、信義を守る気風が中国社会にも浸透することを期待したいです。
話が横にそれましたが、龍門洞窟。
「雨だれ石を穿(うが)つ」ではないですけど、大小の仏を見ていると、彫った人の思い、宗教心の篤さが伝わってくるようです。
全体的に柔和な顔立ちの仏様が多いですね。羅漢さんを除いてですが。
冒頭に掲げたのが、盧遮那仏(るしゃなぶつ)。大日如来ですね。
奈良の東大寺大仏のモデルだそうで、美しいお顔です。
一説には唐代の則天武后の容姿を写したものだそうです。
則天武后は中国でただ一人の女性皇帝。
漢代の呂后、清代の西太后とともに中国の三大悪女に数えられているとのことですが、皇帝の寵愛が深かったようですから、さぞかし美人だったのでしょう。
少女期の則天武后は「漆黒の長髪、特徴的な切れ長で大きな目、雪のような肌、桃色の唇、薔薇色の頬、大きな胸、見る者を魅了する媚笑、聡明な頭脳を備えていた」(wikipediaより)そうですから完璧。
確かに東大寺の大仏にこの盧遮那仏の面影を感じますが、つまり奈良の大仏さんは、則天武后がモデルってこと?面白いです。
奈良の平城京は、当時の国際都市、唐の都長安を模して作られています。
日本文化の源流をたどれば中国に行きつくことが多い。
漢字はもとより、ひらがなだって、漢字を崩してできたものです。
考えてみれば、中国は2000年以上にわたって、日本の「先生」だったのですね。
近代化の模範となった西洋諸国が「先生」だったのは最近のたった150年にしか過ぎません。
この点、もうちょっと日本人は中国に恩義を感じてもいいような気がします。
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黄河からあこがれの嵩山(すうざん)少林寺へ。
インドから来たといわれる達磨(だるま)大師が禅宗を開いたといわれるこの場所。
たくさんの観光客でにぎわってました。
この人気は映画「少林寺」の大ヒットによるものだそうです。
入場料は100元(約1300円)。決して安い入場料ではないはずですがこれほどまで多くの人が来ているのは、中国の発展による所得の増加、それに伴う観光の伸びなどからでしょう。
現地で聞いた話によりますと中国の人の収入は毎年2割増加しているとか。
高度経済成長はずっと続いているようですね。
「只管打坐」(しかんたざ)で、9年間ひたすら壁に向かって座り、真理を求め続けた達磨大師。
禅と太極拳を少しかじったことのある者としては、禅と少林拳と結びつきには違和感はありません。
禅と拳法が共通しているのは呼吸法。
深い呼吸をしながら、一心にすわり続けるのが禅で、体を動かし体術を極めていくのが拳法。
双方とも究極的には宇宙と一体となることを目的としています。
寺の木には無数の穴がありました、拳士たちの修練のあとでしょう。
指を鍛えるのですね。
寺の建物の床は激しい震脚(しんきゃく=足で地面を強く踏み付ける動作のこと。これにより拳や掌の相手への打撃力が増す)でへこんでいました。
でも観光化している少林寺を見て、少々がっかり。
達磨大師や少林拳士たちは質実剛健、ただひたすら真理の探究に専心していただろうからです。
少林寺は経営に関しては上手なのでしょうが、相当俗化しているように見えました。
歴代の僧侶のお墓もありましたが、位によって大小あり、最近のものでは、パソコンやビデオカメラが墓石に彫りつけられていて、絶句。
少林寺の周辺には武術学校もたくさんあり、生徒さんたちの演舞を見せてもらいました。
技はすばらしいものでしたが、ショーアップされていて上海雑伎団のように曲芸的です。
太極拳はひたすら気を練ることを主眼とする「内家」拳で、一般的に動きは柔らかくゆるやか。
これに対し少林拳は派手でスピードがあり、ちょっと肌合いが違いますね。
ただ、少林寺に入ると、とても気持ちよく、心安かになります。
独特の澄んだ「気」を感じる場所でした。
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新疆から鄭州へ。
河南省の鄭州(ていしゅう)市は、商(殷)の都があったところ。
「商人」は商の人が、あきない(商)がうまかったことから、名付けられたといわれています。
そしてここは2500年前の春秋戦国時代の名宰相、子産の封地でもあります。
宮城谷昌光さんの小説に主人公として取り上げられており、成文法を初めて作った人物です。
黄河の中流域に位置しており「中原」(ちゅうげん)とはこの周辺を指します。
中国の時代小説で、「中原を制する」「中原の覇者たる」なんて言葉がよく出てきますが、昔から中国の中心であったところです。
東の開封は「開封東京」でおなじみ、宋の都。
「水滸伝」でよく出てきますね。
西の洛陽は隋・唐などの都になったところ。
南の許昌は「三国志」の曹操の拠点。「許都へ一度戻る」なんて言葉が「三国志」にはよく出てきます。
「三国志」「水滸伝」になじみの深い土地柄で、中原の空気を吸うだけで、感激しました。
ウルムチもそうでしたが、鄭州も建設ラッシュ。
入居するあてのないマンションが次から次へと建っているようです。
明らかに供給が需要を上回っているのですが、中国全土が投機目的の建設ブームにわいており、危うさを感じます。
まあ米国の土地バブル崩壊もいずれは起こるだろうと思ってから、10年くらいかかったので、いつになるか分かりませんが、いずれは、建築バブルが弾けることを予感させました。
そうなると世界景気のけん引役である中国経済が後退し、日本だけでなく世界に多大な影響を与えることでしょう。
利にさとい「商人」たちも、目先の不動産の値上がりに目がかすんでいるのではないかと思われました。
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