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高知市で在宅医療に取り組む医師、和田忠志さんが、医療のことや日ごろ考えること、身辺のことを自在につづります。

 

は高知市の潮江地区を活動拠点としていますが、潮江地区は民生児童委員の活動が活発なところで、孤独死に関してハイリスクの方を民生委員の方がかなり把握されていると聞きます。その意味では、「ハイリスクの方を把握する手法」も、地域の方々の努力により、ある程度確立しているということだと思います。

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 生活保護の方の孤独死も多いのですが、必ずしも生活保護担当者が発見に関与するわけではありません。福祉事務所担当者は多忙らしく、2~3か月あるいはそれ以上、保護受給者を訪問できていないこともあります。しかし、すでに述べたようにハイリスクの方はある程度把握可能と思われます。ハイリスクの方に対しては、もう少しきめのこまかい対応があってもよいのではないかと思います。介護保険を受給していないなど、「他者が定期的な接触を持たない方」が、死後発見されるまでの日数が長い傾向があるように思います。

 民生児童委員の方々により、近所の方々との情報連携、高知新聞販売所との連携による「新聞が新聞受けにたまったら要注意」などの無償の地道な努力が行われており、本当に頭が下がる思いです。このような地道な努力の継続の尊さは疑う余地がありませんが、それでも、なお「人間の手を介する手法」は、人間ゆえの限界もあると思います。ヒューマンエラーを避けられないことです。
ロボット工学を専攻している方々と話をすると、「生存を確認するさまざまなセンサーがある」と聞きます。たとえば、居室で床に降りたかどうかを感知するセンサー、トイレの水を使用したかどうかを確認するセンサーなどです。例えば、「24時間にわたり居室の床での動きが感知できない」とか、「24時間にわたりトイレで水を使用していない」…ということになると、「異変が起こっているか、外出などをしているかのどちらか」であるわけです。私は、現在比較的普及しているボタンを押すタイプの緊急通報装置より、このようなセンサーをハイリスクの方に供与するほうが孤独死対策として有力だと考えています。というのも、緊急通報装置は「緊急通報装置を手にし、ボタンを押すという動作ができる力が残ってない人」では作動しないからです。センサーは、「動けなくなった人を感知する手法」ですから、本当に死亡しかけた人を助ける方法だと思うのです。

問題になるのは財源です。もちろん、「人の命」を助けることですから、お金がかかるとか、かからないとか言っていられない話だとは思います。救急医療と同じくお金をかけたほうがよいに決まっています。多少の投資をしてでも「死亡していたはずの人を何人かでも助けたら成功」という話だとは思います。しかし、やはり財源が障壁らしいので、コストの話をします。

このようなセンサー自体は比較的ローコストらしいのですが、「緊急連絡装置など様々なものをパックにして販売することを販売側が考えて高くなる」とか、「24時間の動きがなかった時にそれを感知して対応する24時間対応型の人のインフラにお金がかかる」というのが問題らしいのです。

前者については販売手法の問題ですが、後者の24時間型の人のインフラならば、高知県には公費で運営されている24時間対応型の相談支援事業所もありますし、施設や医療機関(私たちが経営しているような在宅療養支援診療所を含めて)など、24時間稼働するインフラはいくらでもあるわけです。ですから、「センサーの費用」と「それをインターネットあるいは電話回線とつなぐ費用」があれば可能な手法のように思われます。こういうことにお金をしっかりかけてもよいのではないかと思います。

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12月には横浜で77歳の母親と44歳の障害をもつ子供のご遺体が発見されたニュースがありました。最近では、95歳の母親とそれを介護していた63歳の娘が、死後1か月程度して発見されるというニュースがありました。

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ごく最近の3月31日のニュースでは、茨城県つくば市の有料老人ホームで、死亡推定日から約一週間後に、家族が連絡が取れないことをきっかけにご遺体を発見したニュースを聞きました。「老人ホームで」というのが、更に心が痛みますが、基本構造は同じです。発見するインフラが整備されていないのです。私が活動している高知市でも、死亡してから二か月とか経過したご遺体も経験します。

昨年、高知市医師会南部地区主催の「地域医療カンファレンス」で孤独死の問題が取り上げられました。警察協力医として豊富な経験を有する医師と、警察の方、民生児童委員の方々の協力で、孤独死という難しい問題をしっかり討論できたと思います。

このようなテーマを医師会や警察と民間事業者が討論することは意義深いことです。その中でも、介護保険給付年齢の高齢者よりやや年少の「中高年の方の孤独死」が多いことが指摘されていました。これは、本県において男性の平均寿命が44位と低く、かつ、高齢者になるまえの比較的若年の死亡者が本県では多いという統計データとも一致します。

高知県は平均寿命が短い県です。(予防医療普及が平均寿命延長に最有力手段とは思いますが)私の直観ですが孤独死対策は平均寿命を延ばす効果があるのではないかと思います。なぜならば、「医療を受けないで死亡している人に医療を実施する対策」だからです。ですから、救急医療と同等の位置づけがあってもよいと思います。

また、高度救命救急は、病院インフラ整備にしても、ヘリコプターやドクターカーにしても、一人一人に施す治療にしても、ひとつひとつに非常にコストがかかる手法ですが、孤独死対策は比較的ローコストでできることも多いのではないかと思います。政策担当者が真剣に対策をとってくださることを期待します。

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私は、いま、孤独死に非常に関心を持っています。

私が活動する高知でも孤独死をしばしば経験するからです。

孤独死は「未治療死」です。つまり、本当は助かる可能性がある人を助けられないまま、死なせてしまうという行為です。

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知事は救急医療に力を入れています。しかし、誤解を恐れずに言えば、ある意味では、救急医療の充実よりも孤独死対策のほうが重要ではないかとすら、私は思っています。

救急医療の充実とは、「現在普及している通常の医療より効果的に救命する医療を充実する行為」です。つまり、「通常の医療が受けられる人」に、「より高度な治療可能性を提供する」ことです。しかし、孤独死の問題は、それよりはるかに以前の問題です。孤独死は「未治療死」であり、医師にかからせないで死なせることです。誰も意図していないにしろ、「現在普及している通常の医療で助けられるかもしれない人を助けない」ことです。つまり、孤独死対策とは、現在普及している医療を県民に最低保障することです。虐待の一種にネグレクト(放置あるいは放任の意)という言葉がありますが、孤独死は社会的ネグレクトの最大のものかもしれません。

孤独死の防止は、ご遺体の早期発見と表裏一体です。私が活動している高知市でも死亡2ヶ月とか経過したと推定されるご遺体も経験します。亡くなってからこんなに長期間誰にも発見されないとは、その方のお気持ちを察するに、本当に残念なことです。私はご遺体に対する敬意の念からも、死後できる限り早くご遺体を発見して差し上げるべきだと思います。と同時に、早くご遺体を発見することは、「まだ生きている人を発見できる可能性」を高めることを意味します。その意味で、「早く発見する」努力が、極めて重要だと考えています。

孤独死になりかけている方を「早く見つける努力」は、もちろん生存者を増やすのみならず、不幸にしてお亡くなりなっていた方も(ご遺体が腐敗損傷しないうちに)早く発見して差し上げることを意味します。

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それから、もうひとつ重要な点ですが、現地のコーディネーターが「積極的に支援者を受け入れて、おのおのの支援者に適切な仕事を依頼」しない限り、外部の支援者は力を存分に発揮できないわけです。明らかにそこに支援ニーズがあっても、現地コーディネーターが積極的に受け入れないと、外部支援者は手も足も出せないということがあります。

しかし、現地の人々は、しばしば、家族や友人を失い、家を失い、身体的にも精神的にも傷つき、ふだん業務をしているインフラを失っています。自分のことで精一杯という人も少なくないと思います。

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現地の人々は、「外部の支援者をコーディネートする」といっても、限られた人員と、限られた活力と、限られたインフラとで被災地再興に立ち向かうわけです。マスコミではあまり報道されませんが、津波での壊滅的被害を受けたエリアの方々は、幸いにも家族が無事だった場合でも、被災直後は、かなりのご遺体に遭遇しており、その中には若い方や子供のご遺体や傷ついたご遺体などもあるわけです。

そういう体験をしたことの精神的なダメージは非常に大きいのです。また、これも被災地でなければ分からないのですが、余震が続くことで強い恐怖感があるのです。私たちが調査したなかでは、余震のときに恐怖で意識を失う方もおられました。

こういうことは被災地以外の場所ではなかなか想像が難しいのですが、被災現地の人は心理的にも苦しいのです。ですから、「外部の支援者をコーディネートする」といっても、もちろん、非常に困難な状況で現地の人は試みることになるのです。私たちが支援させて頂いた石巻市役所は50人程度の人員を失ったと聞きました。それでも、市役所の職員の方々は土日を返上し、朝早くから夜遅くまで、ふだんの通常業務とはまったく異なる、不慣れな「流動的な現場」で果敢にも働いていたわけです。

それから、先ほど述べた「現場の流動性」は、被災地の大きな特徴ですが、この「現場の流動性」が、「外部の支援者をコーディネートする」機能を阻む大きな要素です。私たちは、ふだん、計画的に仕事をすることに慣れているわけです。とりわけ役所の方々は特にそうだと思います。

また、外部の支援者も、自分の日常の仕事を整理したうえで時間を捻出し、「何らかの計画性」をもって、被災現地に現れ、そこで、「計画的な活動」をしようとするのです。
その「計画的にやろうとする傾向というか動機など」を、現地の高度の流動性が阻むのです。どんどん状況が変わっていくし、それゆえに、暇なときと忙しいときが極端だし、「自分の持っている専門性が生きないような状況」に頻回に遭遇するにもかかわらず、「(専門性を捨象した)「ただの人」としてなら支援すべきことは無尽蔵にある」という状況が多かったりします。

その意味では、現地で活動する人は、「予測可能性をある程度捨てて仕事をする」以外ないのですが、これがまたストレスに満ちているのです。アメーバのような柔軟性がないと、現地の状況にうまくついていけません。当初予想していた支援内容とは全く異なる支援内容を行うことは珍しくなく、私たちの活動もそういう中で構成されたわけです。

話を元に戻しますと、そういう中で、外部の支援者が、「とまどったり」、「仕事を探しても十分な仕事がなかったり」という状況に遭遇するのです。平行して、「できそうな仕事が潤沢にありそうなのに現地の支援者に求められないので手が出せない」ということもあるのです。

現地ニーズと外部支援供給のミスマッチは、そのマッチングを行うのに十分な時間的・労力的余裕がないということに大きく起因するように、私は思います。

山本医師のご発言は、このような状況が高知の南海大地震被災地でも生じうることを熟知した上で、高知の現地の「外部の支援者をコーディネートする」機能を準備しておこう、という貴重な討論だと私は理解しています。「外部の支援者をコーディネートする」ための準備は、絶対的に必要な南海大地震へのそなえであると私は信じています。

【写真】近森病院のDMATらが支援した石巻赤十字病院

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これまで述べてきた石巻市への支援内容は、7月29日に「高知在宅ケア学習会」(高知総合あんしんセンターで開催)で報告させて頂いたものを、ブログ用に改変した文章です。この7月29日の「高知在宅ケア学習会」の席上で、山本彰医師(近森病院呼吸器外科部長・DMATで石巻市支援に参加)は、非常に示唆深いご発言をされました。

それは、「私たちは石巻被災地支援を行ったが、将来、高知が南海大地震の被災地となったとき、医療支援のために全国から集まって下さる方々を、この高知でどう受け入れ、コーディネートし、その方たちの力を生かしきるか、ということが私たちに問われている。

それができなければ、私たちが東北の被災地で学んだ意味がないのではないか。」というような内容でした。私は、この山本医師の発言に深い感銘を受けました。

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「南海大地震」は、今、高知では焦眉のテーマです。この約100年ごとに確実に高知にやってくる地震を、当時高知市の潮江に住んでいた私の父親は、直接体験しています。およそ100年毎ですから、私の父親は再度経験する可能性は非常に低いのですが、私や私の子供の世代は、高い確率で経験するわけです。

しかも、前回の昭和21年の地震は小規模で、「地下のプレートのエネルギーの放出」が少なかったといわれており、まだエネルギー放散の余力があるために、次回の南海大地震は100年以下の間隔で起こる可能性も示唆されています。

来る南海大地震の津波では、高知市中心部の大部分は浸水することが予想されており、高知市内の多くの中心的医療機関が浸水等による大きなダメージを受けることが予想されています。また、土佐湾沿岸に面した市町村はたくさんありますが、当然、津波で大きな被害をこうむることが予想されているわけです。

これに対して、このたびの東日本の震災の教訓を生かし、津波に備えた避難方法や設備が活発に討論されています。また、医療の世界では、被災者のトリアージ(最初期の重症度仕分け)や初期治療が議論されています。

もちろん、そういう備えが重要なのは論を待ちません。加えて、上記の山本医師の指摘された点は、いくら協調してもたりないほど重要だと私は思うのです。つまり、高知が被災現地になったときの「外部からきてくれる支援者の力を生かしきるコーディネーター機能」の討論です。

医療・福祉活動に関して言えば、外部の支援者は、「長期間にわたり、医療や保健福祉・介護に責任を持つ」ことはできないわけです。外部の支援者は、基本的には、短期間の活動やローテイションでの活動を展開し、最終的には自分の本拠地に帰っていきます。

その意味では、臨時の対応は外部の支援者にお願いすることが適切だが、地域住民の長期健康管理は現地の者が行うことが望ましいということです。例えば、「急性疾患やけが」に関しては外部の医療支援者に治療してもらえると非常に現地の負担は軽くなるのですが、「長期に医学管理を行う主治医」や、「長期に高齢者を支援するケアマネジャー」は現地に定着した人でないとうまくやれないのです。

日替わりや週替りの医師や、交代性のケアマネジャーでは、うまく長期支援ができないからです。現地のコーディネーターは、そういう「役割分担」を意識して、外部の支援者に仕事を適切に配分することが大切だと思います。

これは、震災支援に関わった者が必ずといっていいくらい体験することですが、外部の支援者の「思い」や「支援能力」と、現地受け入れのミスマッチが発生するのです。例えば、「非常に疲弊している現地のスタッフ」がたくさんいる反面、ボランティアが余っているという報道がされていたりするのですが、これは事実です。

医療福祉の支援活動に関してもしかりです。もちろん、外部の支援者は「やりたいことをすればよい」のではなく、「現地の必要性を満たす」ことが目的ですから、「外部の支援者の思い」を中心に活動してはいけないわけです。その現場のそのときのニーズに、外部の支援者の持っている専門性や有する能力が必ずしも生きるわけでもありません。その意味では、外部の支援者には強い「節度」のようなものが必要といえます。

【写真】近森病院のDMATらが支援した石巻赤十字病院

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おわりに

私たちが経験した宮城県石巻市での支援の経過を報告しました。本報告は、非常に限られた経験の報告であり、被災地の状況の石巻市におけるごく短期間のある一局面のご報告であることをご理解のうえ、ご判読頂きますよう、どうかよろしくお願い致します。

このプロジェクトに従事してくださった全国のボランティアの方々に深く御礼申し上げます。ボランティアの中には被災地である宮城県仙台市などから来られた方もいらっしゃいました。とともに、それらのスタッフをボランティアとして送り出してくださった、全国各地の法人や事業所の方々にも深く感謝しております。

この活動に深い理解を示して頂き、協力を惜しまなかった石巻市役所の方々にも深く感謝いたします。また、私たちの法人(医療法人財団千葉健愛会)は、このプロジェクトに総力を挙げて取り組み、常勤職員の約三分の一である19人を投入しました。計画停電などで千葉県の医療状況が不安定な中で積極的に参加してくれた法人の職員に感謝しています。

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※死者数は安置された遺体数であり、身元不明者を含みます。

※行方不明者数は9月1日現在の人数です。なお、人数については随時更新となります。

※避難者・所数は前日確認数値となります。

※(1)は石巻警察署管轄 (2)は河北警察署管轄

※世帯・人口は2月末現在

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ローラー作戦でみえてきたもの

①被災者状況の極端な違い

  1、水災を受けなかった地域の住民(ダメージが比較的少ない)
  2、自宅等が浸水しましたが倒壊を免れた地域の住民(ダメージが強い)
  3、津波で家族や家屋・職場を失った住民(ダメージが非常に強い)

同じ「被災した石巻の市民」といっても、状況はまちまちでした。エリアにより、ダメージの度合いや回復の速度に大きな違いがあり、水災を免れたエリアの経済活動は急速に回復し、住民生活は4月後半には今までと大きく遜色はないほどに回復していました。一方で、水災を受けた場所の住民は困難に遭遇していました。特に、津波で壊滅的な打撃を受けた地区の住民は、とりわけ大きな困難と対決しなくてはならない状況でした。

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【写真】津波で損傷した被災地現地で調査に従事するボランティアたち

②津波での被災地区調査から見えてきた住民の生活

大きく破壊された街の家の2階などには、水も電気もなく、しばしば浸水している場所で孤立状態に近い生活をしている人たちが、なお存在していました。「複数世帯の住める場所での同居」も珍しくなく、自宅を捨てて、他者の家や、職場やスーパーなどのスペースで避難生活をする人少なからずおられました。

津波で破壊されたエリアでは、暖かい食べ物を食べることもほとんどできておらず、スーパーなどの小売店の回復が乏しく、野菜などをほとんど入手できない状態でした。食物は避難所では供給されていましたが、このような自宅およびそれに準ずる場所では入手困難なことも多く、十分な食物供給を受けていない人もいました。また、支給される食べ物は炭水化物が多く、野菜はジュースのみで摂取するのみの人が多い状態でした。(このため、ローラー作戦の終了後、千葉県の伊藤真美医師らを中心とするボランティアが千葉の野菜をこれらの地区に勢力的に配布する活動を行いました。)

③診療所等が被災した開業医

「開業医が避難所で診療すると報酬にならない」矛盾がありました。一方で、被害をあまり受けていないエリアの医療機関は、4月なかばになると、すでに保険診療を再開し、収入を確保しはじめていました。

しかし、避難所診療を行なう医師の立場からすると、「自分を信頼している患者さんが、避難所診療に来る医師名をみて訪れる」ため、避難所診療を続けざるを得ないわけです。そして、避難所診療を続けている限りは、被災している自分の医療機関回復に注ぐエネルギーを奪われてしまう側面もあるわけです。また、被災した医師は、自分の医療機関がダメージを受けているばかりでなく、(その周辺住民のダメージも大きく)患者さんの死亡等による患者さんの減少(収入減少)にも耐える必要がありました。

5、地域の医療従事者に返していく

現地の診療支援は長期的な患者さんの経過を見越して行われるべきと考えています。被災地では、「日替わり・週替りの医師が患者さんを適切に管理できない」ことが問題になっていました。その意味で、「継続加療については現地の医師が継続加療に責任を持ち、臨時的な診療を外部の医師が行う」ほうが医療供給の観点から優れていると私たちは考えました。

また、今回、石巻市の医師の何人かにお話をお聞きし、第一に、自分の患者様を大切にしておられ(他の医師に肩代わりしてもらうのではなく)「自分で診たい」という希望をもっておられたこと、第二に、ある程度の患者さんが被災して死亡されたりして患者さんが減少している(収入の減少)という事情がありました。

このようなことから、私たち外部支援者は「被災していない土地で行われていると同じような医療活動を行う」のではなく、私たちが遭遇した患者さんたちを「現地の支援者にできるだけ返していく」方針で臨んだわけです。

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調査後の対応活動

a.調査票の確認作業と必要データの収集

ボランティアより回収された調査票は、記載した職種によってかなり質が異なっていたため、看護師やソーシャルワーカーのメンバーでそれらを読み直し、問題点を拾い上げて整理しました。その上で、必要に応じて、住民の方へ電話連絡して、その後の経過を聞くともに、再度の詳細な聞き取りを行いました。

また、電話番号が分からない方々に関しては電話帳などで番号を確認する作業を行い、リスクのある世帯への連絡ルートを確保すべく努力を傾注しました(市役所保健師に申し送り後は、住民基本台帳や介護保険認定情報から連絡可能となった例もありました)。

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b.医療機関に関する情報提供が必要な方へ

「定期的な薬物がまもなく切れる」「もともとかかっていた医療機関が被災してしまい、今後の継続医療をうけられる医療機関が知りたい」という要望を持つ方は多く存在しました。このことが4月10日の調査で明確になったので、4月15日以降の調査班の班長には、石巻赤十字病院で入手した「現在活動中の医療機関リスト」を配布し、それをもとに住民からの質問にお答えすることしました。

また、事務局サイドで医療機関に関する情報収集を積極的に行っていたことから、「特定の個別の医師にかかりたい」という相談にもある程度応じることができました。

c.医療が必要な方へ

多くは受診可能な医療機関をお知らせすることで対応しました。調査後2日以内に、本部から医師が訪問での医療行為を実施した患者様は合計で3人でした。1人は骨折疑い、1人は悪性疾患、1人は慢性呼吸不全でした。そのうち2人を現地の開業医師に紹介しました。

d.介護が必要な方へ

介護保険の申請を勧めたり、ケアマネジャーに連絡して現状を知らせたりするとともに、その他の連絡調整を行いました。また、現在は問題点が大きく顕在化していない人も含め、今後のフォローアップが必要な人を選定の上、市役所保健師に個別事例ごとに問題点を整理して伝えるなどの作業を行いました。

【写真】ローラー作戦本部で問い合わせに対応する小野沢滋医師と筆者

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被災地住民健康調査活動

[ローラー作戦①]

このように「紆余曲折」でローラー作戦の実施が決断されたわけですが、ローラー作戦実施が決定されてから、実施予定の「4月10日日曜日の朝」までに、実質的な準備期間は60時間程度しかありませんでした。私たちは、突貫工事でボランティアを全国から集めるとともに、参加者に対するマニュアルを、夜を徹して作成しました。

準備をするスタッフが本拠としていた「遊楽館」は「4月7日の震度6強の余震」で再び断水となり、私たちローラー作戦事務局のスタッフは避難所廊下などに寝泊りしながら、入浴や洗顔をしない状況で準備を進めました。高知からもってきた室戸の水がこの上なくおいしく感じました。

集まってくださったボランティアの構成は、メーリングリスト等を通じて集まった全国の医療職・福祉職の方々、現地に常駐しているキャンナス(現地で継続活動するボランティアのグループ)の看護師や医師たち、PCAT(日本プライマリ・ケア連合学会東日本大震災支援プロジェクト)などの医療従事者、日本医療社会福祉協会のソーシャルワーカー等、でした。調査用紙は、市役所保健師調査票を改変して独自に作成しました。

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【写真】石巻市役所前広場で準備を行うボランティアたち。 がれきに耐える頑丈な靴を着用し、マスクや手袋を着用する

後で詳しく述べますが、破傷風の発生が生じており、大きな余震が続く現地で、私たちが一番腐心したのが、「参加してくれるボランティアを危険にさらすことを極力回避し、任務終了後に安全に彼らの家に帰す」ことでした。全国から集まってくるボランティアは現地事情に詳しくないだけに、リスク回避のための様々な工夫を凝らすとともに、ボランティア用マニュアルを整備しました。4月9日に調査現場の下見を行い、4月9日深夜に参加ボランティア数を確定し、翌早朝にかけて班分けの作業を行い、私たちは4月10日の朝を迎えました。

4月10日日曜日に72人のボランティアが参加し、2390世帯を30班体制で調査しました(発案・推進 小野沢滋医師(亀田総合病院)、高山義浩医師(宮城県参与)、実行委員長 和田忠志(あおぞら診療所高知潮江)、事務局長 松澤亮(あおぞら診療所高知潮江))。調査の主催者としては、「市役所」として調査を行いましたが、実際には、すべての調査活動をボランティアが行いました。

冠水地区もあり、満潮時は通行不能な道路や入ることが困難なエリアが存在していたことから、満潮時刻前後を避けて調査時間帯を設定しました。調査当日には本部に複数名の医師を配置し、調査中に具合が悪い方を発見したり、調査員が疾病や外傷を負ったときに備えました。また、本部には現地の地域包括支援センター職員の方々に常駐してもらい、調査員が知らない内容の質問を住民から受ける場合に備えました。

この調査で、かかりつけ医療機関が壊滅し、かかる意思を持っていてもかかれない人が多いことから、「診療機能を残している医療機関の情報」を調査員が保有する必要があること、民生委員の方々が精力的に活動をされており、「民生委員の方を通じて調査を円滑化できる」ことも分かりました。

この方法である程度の実績が認められたので、同じ手法で約1万世帯に行うことにしました。

[ローラー作戦②]

4月15日金曜日にボランティア41人が参加し、18班体制で調査しました。4月16日土曜日には116人が参加し、54班で調査しました。4月17日日曜日には148人が参加し、55班で調査しました。(発案・推進 小野沢滋医師(亀田総合病院)、高山義浩医師(宮城県参与)、実行委員長 富塚太郎医師(PCAT)、事務局長 松澤亮(あおぞら診療所高知潮江)、本部担当 和田忠志(あおぞら診療所高知潮江)ら) この間、実行委員長の富塚太郎医師や事務局の松澤亮らは、ほとんど不眠不休で、連日の調査の準備とその後の対応を行いました。

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  ローラー作戦では、調査員に、高リスク(3日以内対応必要)世帯、中リスク(7日以内対応必要)世帯、低リスク(30日以内対応必要)世帯という分類で、リスクの高い世帯を把握するようにお願いしました。その結果が下の表です。なお、この集計作業のうち、4月15日から17日の分に関しては三菱総合研究所の平川幸子様らのボランティアでのご協力を得ております。

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上にも述べましたが、ボランティアのリスクを回避することに私たちは大きなエネルギーを注ぎました。

当時、現地では、しばしば強い余震が生じており、調査を行う沿岸被災地区は再度の津波に被災する可能性が示唆されていました。また、被災地では破傷風発生が報告されていました。石巻市には、冠水地区もあり、満潮時は通行不能な道路や入ることが困難なエリアが存在し、しかも、そのような地区は家屋が損壊しており、がれきが散在していました。さらに、また、粉塵が常に飛散しており、目や喉を痛めるボランティアも珍しくありませんでした。

このような様々なリスクがあることを前提に、今回の調査を実施することになったわけです。まず、班長には十分な経験のある医療従事者あるいは福祉従事者を選び、困難な場所に調査にいくボランティアには男性を選定するなどの配慮を行いました。

私たちは、すべてのボランティアに、軍手とディスポーザルグローブ、医療用マスクを支給し、破傷風や粉塵からボランティアを保護するようにしました。目の弱い方には、ゴーグルなどの着用をお勧めしました。また、本部には医師を常駐させ、破傷風の原因となる外傷を負った者や体調不良者に対応できる体制を構築して調査に臨みました。特に危険な地域にはいる班長には、情報収集用のトランジスタラジオを持参してもらい、かつ各班ごとに「津波が来る場合を想定した避難場所」を詳しくオリエンテーションした上で調査を実施してもらいました。

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 <支援活動の報告>

1、当時の現地の医療状況

当時の石巻市では、沿岸地区にある石巻市立病院が津波で完全に壊滅し、石巻赤十字病院が被災地医療の中心を担っていました。赤十字病院外科部長の石井正医師を中心とし、石巻圏を14のエリアに分け、長期滞在できる医療チームを各エリアの「幹事」に指名して、300カ所以上の避難所の診療を分担して効率的に行っていました。

石井医師は卓越した手腕で整然とした急性期医療および避難所巡回診療を実施しており、かつ、避難所の状況、道路状況、冠水地区の状況、インフラ回復状況、開業医回復状況、などを非常によく把握しておられました。また、各県からのD-MAT(各県の災害医療支援チーム)を集めた集会を赤十字病院で、朝と夕刻の2回実施しており、会議では市内のさまざまな状況についての情報交換が行われていました。

赤十字病院での診療や避難所診療は、基本的には急性期医療の手法を主体としたものでした。また、当時、赤十字病院では予定手術は行われず、入院された方も早期退院となり、慢性期医療を意識した活動や、継続医療を前提とした対応は、あまりなされていませんでした。

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2、現地入りの状況

地域医療研究会顧問の鎌田實医師が、チェルノブイリやイラク支援の経験を踏まえ、石巻市や同災害対策本部に「地域医療研究会としての支援」を提案しましたが、「医療従事者は充足しているため必要ない」という回答でした。(また、あおぞら診療所高知潮江はJMAT(日本医師会の被災地支援チーム)に早期に参加申請をしました。「あおぞら診療所高知潮江が申し込んだ高知県医師会は石巻赤十字病院を支援する」位置づけでしたが、高知県医師会が石巻赤十字病院に打診した段階で「医療従事者は充足している」という回答で、申請時点で現地入りができませんでした。)

しかし、すでに述べたように、現地入りしている亀田総合病院在宅医療部長小野沢滋医師や、天心堂へつぎ病院副院長(D-MATも担当)の林良彦医師らは、「慢性期医療や在宅医療ニーズは的確に認識されていないのではないか」と報告しました。「在宅医療ニーズなどの慢性期の医療ニーズがどれだけ被災地にあるのかの調査すら行われていない」という状況でした。

そこで、私は、本当に「慢性期医療ニーズがあり、現地の医師たちの手に余る状況がある」のなら、「(地域医療研究会として)現地に継続して医療支援をする必要がある」と認識し、石巻市に、独自に入ることにしました。そして、現地で討論の結果、手始めとして、「医療や介護ニーズの現地調査」を行うことを考えました。

3、ローラー作戦(被災地住民戸別訪問健康調査活動)

WHO(世界保健機関)やUNICEF(国連児童基金)は大災害が起こると1~2週間の早期に現地調査を行うと聞きます。しかし、今回の震災では(岩手県・宮城県・福島県他と)被災地範囲が広く、石巻市では1ヵ月近くたっても住民健康調査は系統的に行われていませんでした。市役所建物も被災し、多くの職員を失った市役所にはその仕事じたいが困難でもありました。

このため、小野沢滋医師の発案で、「特に市役所の保健師が把握できていない三つのエリア2000世帯程度(結果的には2390世帯)」に対して、私たちは、ボランティアを募って、住民健康調査を行うことにしました。

【写真】調査に出発する富塚太郎医師と松澤亮事務局長

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