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鎌倉時代から開けた松戸
松戸市では古い住人の圧倒的多数が農家です。いまでも大きな農家の家が散在します。
松戸は江戸川に隣接し、城もいつくか築かれ、鎌倉時代にはすでに人が多く住むようになっていました。鎌倉時代の下総(しもうさ)国では、源頼朝の挙兵に功績があった千葉常胤(つねたね)が守護(小金城主)に任ぜられ、千葉一族が千葉県の各地に広まったと言われます。「小金」は現在の松戸市内であり、松戸市北側にその名前が残っています。
松戸市には長谷山本土寺(アジサイ寺)という寺があります。アジサイ寺といわれるのは、境内にアジサイが約1万株植えられているためです。この寺は、千葉氏の援助を受け、設立は1277年ごろと推定されています。
場所でいうと、小金のやや南側に当たります。この寺は、日蓮の直弟子である日朗上人の開山です。寺には日蓮直筆の「諸人御返事(しょにんごへんじ)」と「大学三郎御書(だいがくさぶろうごしょ)」の二つの文書が所蔵され1278年製作の釣り鐘(重要文化財)があります。
江戸時代には幕府が水戸街道を整備すると、松戸(現在の松戸駅付近)と小金は宿場町として繁栄しました。一方、松戸の江戸川沿いには「河の港」ができ、銚子方面でとれた鮮魚を江戸まで運ぶ中継基地として発展したといいます。
水戸徳川家第11代当主徳川昭武(あきたけ)の別邸として明治17年に建築された「戸(と)定邸(じょうてい)」は現在も松戸市内に重要文化財として残っていて、戸定歴史館として公開されています。
ちなみに、坂本龍馬が北辰一刀流の千葉道場で修業したことはよく知られていますが、この千葉道場の開祖千葉周作は松戸の人であります。
【写真】長谷山本土寺(アジサイ寺)に咲くアジサイ
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