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2008年1月アーカイブ
今回は私が非常に感銘を受けた本をご紹介します。本書は、故若月俊一氏(当時佐久病院院長)が佐久病院に赴任し、その改革と事業拡大の過程を書いたものです。
彼の気持ちとしては、共産党に入党できなかった彼の後ろめたさが主体にあります。そして、彼は政治活動家ではなく、実践の中で民衆とともに医療を改革する道を選びます。
彼は「都会育ちの弁舌の徒であるインテリゲンチャが、ロマンチックな革命的情熱をふりまわして、がんこで古い因習にかたまっている農民の中に入っていく。だが、思いもかけない個人的事件や、恋愛や、そういったものが実践の中にはあとからあとからでてきて、-農民の意識を改革するどころか、かえって自分の身をほろぼすもとになるのである。実践とはしばしばそういうものだ。」と書いています。
私も、へき地に入った医師を何人も知っていますが、医療機関の古いスタッフとの確執や、有力者との利害関係が元で挫折する人も多いというのが率直な印象です。地域医療を目指して仲間をつくっても、金銭や労働の配分をめぐ争いになり、結局決裂することも多いようです。
人間はそれほど強くありません。若月氏は、このような人間の弱さを深く洞察し、また、地方の古い因習を深く理解し、現実の困難を次々と克服し、住民の信頼を勝ち得ながら活動を拡大するところが驚きです。
彼は農村の貧困と労働の過酷さに着目し、民衆生活の中の治療に着目します。定期的な血圧のチェック、独自の薬物開発による回虫の駆除、農器具による外傷の予防、脊椎カリエスの治療などなど…。これらは、当時の農村で若くして結核や脳卒中やがんなどで死亡していく多くの農民を診た悲しみの産物でもあると思います。
また、若月氏は、経営者らと対話するときは、いつも「現実的なお金の話」に非常に強い関心を示したと聞きます。理念主導でありながらも、現実主義者である若月氏は、お金に深い関心を寄せたのです。醫の仁術に算術を加えるともっと強いということです。
彼は、経済原則を知り、緻密な経営戦略をもって事業拡大に臨みました。また、驚くのはその事業拡大の速度です。確かに病院拡大自体は、当時の医療制度の中で、現在よりははるかに困難が少なかったと思われますが、圧巻なのが医師確保の速度です。もとより、医師が農村に行きたくないからこそ医療が遅れている事情があったのですが、次々と若い医師を導入していきます。若月氏の人物の魅力の成せるところです。
本書は地域医療を志す人のバイブルですが、一般の方々にも読んで頂ける平易な言葉で書かれており、しかも、非常に興味深く読める文体と構成になっています。
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引き続き、福祉の話題です。福祉を重視する論者が、「土建予算を削り福祉に回すべき」と語るのをよく聞きますが、このような論に、私はにわかには賛成しかねます。「土建」にお金を使うのが必ずしも悪いのではないと考えるからです。
土建予算も使い方さえよければ、福祉に貢献します。土建の「発想」が福祉的であれば、「福祉的な建築物」ができ、「福祉的な都市」ができるのであり、それは明らかに福祉の進歩であります。
そもそも、福祉は福祉従事者によってのみなされるのではありません。例えば、テレビのリモコン装置が出現したときに、私は感激しました。これにより、寝たきりの人も、手さえ動かせれば、テレビを操作できるようになりました。つまり、「福祉的テレビ」の出現だったわけです。
これは福祉従事者が頑張ったのではありません。家電の技術者が頑張ったから,これができたのです。国民福祉の進歩が家電技術者によってもたらされた例です。そして、現在、リモコンは様々な機器の操作に利用され、エアコン、電灯、音響機器などもリモコン操作できるようになっています。
障害者でこれらを活用している人は多くいらっしゃいます。近年中に、屋外から携帯電話などを通じて屋内家電が操作可能になるかもしれません。これらは福祉的な発想の技術活用といえます。つまり、「家電技術者」らの努力により、福祉や介護の問題に、解決が少しずつもたらされるのです。
あるいは、生協などが行なう食材や生活用品のカタログ注文による宅配サービスは、自力で買い物に出ることが不可能になった障害者が、幅広い買い物をできる点で、大きな福祉的な効果があります。足腰の弱ったお年寄りや障害者が、この種のサービスを広く利用しています。
では、建築はどうでしょうか。「バリアフリー」はいまや福祉的な建築の主流ですが、エレベーターやスロープのある福祉的発想の建築物は、障害者に外出の機会をもたらし、介護問題に一つの解決を与えます。私はこれを「福祉建築」と呼びます。更には、障害者にやさしい道路建設・都市計画により、介護問題にまた解決が与えられます。私はこれを「福祉建設」と呼びます。
この意味で、現在「福祉」と思われているものだけに投資したり、マーケットを拡大するだけでは、広い意味では、必ずしも、福祉を進歩させないと考えます。むしろ、「土建」に福祉的な発想でお金を使うことにより、「障害者にやさしい街づくり」が可能となるわけです。つまり、福祉産業が拡大することだけが重要なのではなく、あらゆる業種の方々が「福祉的な発想で」仕事をしていただくことが重要です。その意味で、「土建を削って福祉に回す」だけでは不十分だと私は思うのです。
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介護の問題は、今後の日本における大問題と認識しています。不勉強で、この言葉の出典は知りません。私の拙い認識では、「介護の社会化」とは、介護が「個人」のレベルからより「社会的」に行われるようになること、と認識します。
それは、「介護」が「個人・家族の責任」から「社会の責任」として定着するプロセスでもあります。具体的には、日本では、子育てや老人介護が、女性の役割との慣習があります。
すなわち、介護の社会化とは、保育所などの整備や、老人介護システムにより、これらが「プロの手で行われる」ことを指すと認識します。実際、スウェーデンでは、女性の社会進出という必然により、介護が社会化され、すぐれた福祉システムにつながった歴史があります。日本でも、女性の社会進出は急速に進んでいますが、女性が働くための「介護が社会化」も進んでいます。その意味でも、私は、「働く女性」が、社会で継続的に活躍することを期待しています。
公的福祉の充実は、「介護の社会化」の原動力と考えます。例えば、2000年から施行された介護保険制度は、プロの介護者を社会に導入することに、ある程度の成果を収めたと考えています。
とりわけ、介護保険制度では、家族介護者への現金給付等を認めず、現物のみをその給付対象としたため、この「介護の社会化」がうまく進んだと思います。現物給付とは、介護などのサービスそのもののみを利用者に与え、お金を与えない形態で、本邦では医療保険もこの構造を持っています。
「現物給付のみの政策」に対しては批判があります。とりわけ、家族介護を金銭的に評価しないのか、という批判が重要です。しかし、世の中にいるのは「善意の家族」だけではありません。例えば、現金給付である年金が、必ずしも本人のためだけに使用されていないことを考えると、「現物給付のみの政策」は、介護が真に受給者のものになるためのひとつの智恵だと思います。
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「キタムラカメラ」が高知資本であることを知る人が少ないように、「マツモトキヨシ」が松戸資本であることを知る人は少ないと思います。
松本清は松戸の人で、松戸市長を勤めた人です。松本清は1909年(明治42年)に生まれ、星製薬商業学校(現・星薬科大学)を卒業 、1932年に「松本薬舗」を開業、1954年「有限会社マツモトキヨシ薬店」を設立しました。
平行して、1942年に千葉県東葛飾郡小金町議会議員(のち松戸市に編入)、1947年千葉県会議員となり、県議会議長を経て、1969年より松戸市長となりました。1973年に市長在職中に逝去した人です。
松本清市長は、任期中、無給勤務をしたことで有名です。私が、松戸で開業したころ、松戸市役所には、不思議な名前の課がたくさんありました。老人福祉に携わる課は「おせわ課」、障害者福祉の課は「しあわせ課」でした。これらは、松本清市長がつくったものです。
有名なのは「すぐやる課」です。役所の官僚主義を廃し、市民から要望があれば、道路の補修、ごみの始末、スズメバチの巣の退治など、基本的に緊急性のある具体的課題に、すぐに対応する課として位置づけられています。「すぐやる課」はいまでも残り、活動を続けています。
私は松戸に来て驚いたことのひとつが、薬剤師の先生が非常に活動的であることです。しばらくすると、その理由が分かりました。つまり、松戸の開業薬剤師は、「マツモトキヨシ」と競争して生き残った人だということです。
市内のマツモトキヨシの数は半端ではありません。あらゆる駅の前、あらゆる街角にマツモトキヨシがあります。マツモトキヨシに対抗して、自分のお得意さんを獲得した薬剤師の先生が松戸の開業薬剤師であり、活動的なのは、当然といえば当然でした。ちなみに、ドラッグストアチェーン「マツモトキヨシ」はホームページによりますと、全国で780店舗あるとのことです(2007年3月現在)。
【写真】マツモトキヨシの本社
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