ホーム > ユニーク土佐人ブログ > ドク和田のドクまで書くの!?
高知市で在宅医療に取り組む医師、和田忠志さんが、医療のことや日ごろ考えること、身辺のことを自在につづります。
2008年10月アーカイブ
「日本のこんごの進路を一言にして要約すれば「平和」と「福祉」につきよう。外にたいしては、戦後二十五年間一貫してきた平和国家の生き方を堅持し、国際社会との協調・融和の中で、発展の道をたどることである。内について言えば、これまでの生産第一主義、輸出一本ヤリの政策を改め、国民のための福祉を中心にすえて、社会資本ストックの建設、先進国なみの社会保障水準の向上などバランスの取れた国民経済の成長をはかることである」
私はこの文章を読んだときに、震えるほど感動したのを覚えています。この文章は戦後25年後に書かれたものです。ブログ読者の方は、今後の日本が「平和」と「福祉」を目指すべきと達観した、この文章を誰が書いたかお分かりになるでしょうか。
左翼政党の人が書いたものではありません。この文章は、田中角栄(新潟県出身1918~1993)の「日本列島改造論」(1972)冒頭の章に書かれています。
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日本生活協同組合連合会創立総会での賀川の写真が残っています。早稲田の生協は大学生協の中でも古いのですが、その早稲田大学生協(早稲田売店)開店に同席する賀川の写真もあります。
また、農民の活動を重視し、各地に農民福音学校を作るとともに、農民組合運動を作ります。その後の農協も賀川の影響を受けています。また、彼は自らを伝道者と自覚し、各地に教会や学校、保育園などを作り、援助します。
プロテスタントで年配の人に話を伺うと、「賀川先生の話を聞いたことがある」「会ったことがある」という人がたくさんおられます。若き日の日野原重明先生も激励を受けたと(日野原重明先生から)聞いたことがあります。
賀川豊彦は「絶対平和主義」です。つまり、一貫して戦争反対ですが、戦前に警察につかまってもすぐ釈放されたようです。賀川は戦前から戦後にかけて様々な政府関係の審議会等の委員をし、対戦国の政治家(ルーズベルトや蒋介石)からも尊敬されていたらしく、特別警察なども手が出せなかったのかもしれません。賀川は辞世のとき、「世界に平和を来たらせて下さい」と言ったと言われています。
賀川の特徴は、広範な知識人で、実践家で、社会運動家ということです。おそろしく深く幅広い知識と理解をもち、その活動範囲は、キリスト教伝道、教育、弱者救済、災害支援、医療活動、消費組合運動、国際平和活動とあまりにも多彩で、もう何が主業績かが判別できない活動家です。
ある人が「賀川先生は偉人のデパートである」と書いたのを読んだことがあります。「何人もの偉人が一人の人物のなかに同居している」という意味です。それでも、賀川は自分がどれだけの偉人かを気にしていたようです。「内村鑑三先生と私とどっちが偉いだろうか」などと側近の者に聞いていたようです。とても人間的な話です。
賀川豊彦の著書を読むと、地域活動はかくあるべきということが、実に直接的に記載されています。私なども、困ったときには、賀川豊彦だったらどうしただろうかなどと考えることもありますが、そもそも、私のような小人は、偉人の業績や見識の深さを理解することはもとより不可能で、「誤解することしかできない」わけですが、私の理解の範囲で、賀川豊彦の考えをたどってみたいと思っています。
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私私が尊敬する人に賀川豊彦という人がいます。徳島県の人です。というか、神戸で生まれ、徳島で育った人です。クリスチャン(プロテスタント)です。
広範な活動領域を持ちますが、有名なのは協同組合運動です。今の人に分かりやすい形で言えば、生協をつくった人といえます。戦前は有名だったらしいのですが、現在、無名に近いのは残念です。
その活動の原点は貧民街での救済活動です。彼は二十歳ごろ結核となり生命が長くないと知ると、神戸の貧民街に入り、身ぐるみをはがされたり脅迫されたりしながら、救済活動を行います。
その活動は自伝的小説「死線を越えて」全三巻に詳述されていますが、すさまじいものです。彼は危ない目に逢いながらも、「賀川先生」と呼ばれ、信頼され、売られた赤ちゃんや棄てられた老人を引き取ったりしながら、人を養い、施し、伝道します。
特に、貧民街では、男は賭博や盗み、女性は売春を行うことが普通で、親は子供に盗みをさせたり、売春させてお金を稼ごうとします。この事態から子供を守り、正しく育てるために、賀川は子供の教育に力を入れます。
この様子は「貧民心理の研究」にも記載されています。賭博・窃盗・売春のみならず、虐待・殺人は珍しくなかった世界が見えてきます。よく昔のことを「古き良き時代」と言いますが、賀川の著書を読む限りにおいて、やはり、古き時代より現在の方がよいとしか私には思えません。
賀川は庶民が良質な物を安価に入手するために、日本に消費組合運動を定着させる努力をしました。そのひとつが生活協同組合です。日本の生活協同組合は、賀川に端を発すると言っても過言ではないと思います。
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