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高知市で在宅医療に取り組む医師、和田忠志さんが、医療のことや日ごろ考えること、身辺のことを自在につづります。

 

2008年11月アーカイブ

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宅医療を始めてから、バイク事故の方を診ないときは、片時もありません。足立区の診療所で在宅医療の責任者をしていたときも、その後、松戸でも、いつも何人かのバイク事故後遺症の患者さんを継続的に診ています。

しかも、その多くは私より若い人です。これから卒業しよう、就職しよう、結婚しようなどと言っている人が、寝たきりになるのです。若い彼ら彼女らの闘病生活をつぶさにみてきた私は、バイクに対する「怨恨に近い感情」を持つに至りました。私が診てきた人は、それでも、生存しているという意味では、なお比較的軽傷の人かもしれません。その影にはそれなりの数の死亡者がいるはずです。

バイクは利便性が高い乗り物ですが、加速度が強く、二輪なので安定性が低くて倒れやすく、事故の際には、ヘルメットをしていても強い力で直接路面や自動車などに頭部がぶつかるため頭や首のダメージが大きいのが特徴です。四肢などの損傷は、(場合によっては切れたものをつなぐなど)手術で何とかなることが多いのですが、脳や脊髄の損傷を修復することは現在の医学ではできません。

頭や首のダメージが大きい現象は、自動車や自転車に乗る人の事故では比較的少なく、バイク事故の特徴ではないかと思います。

私はバイクに乗る人と話すと、相手の不快感をも省みず、「バイクは恐いですよ。車がいいですよ。」と、つい言ってしまいます。特に、若い人には強く言ってしまいます。

また、私は、親が子供のやることにあれこれ口出しするのはどうかと思っているのですが、バイクについてだけは、親の独断と偏見で、バイクはだめだと強硬に主張するつもりです。また、バイクに乗る方には、くれぐれも無理をしないで、気をつけて運転して欲しいと願うばかりです。

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私は、バイクに対して「怨恨に近い感情」を持っています。一方、バイクに乗る人はとても楽しそうです。走行の爽快(そうかい)感がたまらない、というのも想像に難くありません。渋滞と関係なく走れる利便性の高さもよく理解できます。

松戸の上本郷駅前のあおぞら診療所の数軒先には、バイク愛好者が集う喫茶店「アリス」(バイク乗りの人たちでは全国的に有名らしい)があり、私もその店によく行くので、バイクを通して友人になる人がたくさんいることも知っています。

しかし、私はバイクに対する「強い恐さの念」を払拭できないのです。私は在宅医療を始めてこのかた、10代や20台でバイク乗車中に大けがをして、頭を強く打ったり、首の損傷で手足が麻痺したりして、完全に寝たきりになり、在宅療養する人をかなりの数で診てきたからです。若い人の怪我では、もちろん交通事故は多いのですが、10代や20台で寝たきりになる原因では、バイク事故がかなり多い印象です。

とりわけ、脊髄や脳に強いダメージが加わると、その後、寝たきりの生活を強いられることになります。頭部損傷で食事が取れないとチューブで栄養を取らざるを得ないこともあります。脊髄損傷では、自分でおしっこが出せず、チューブで尿を出さざるを得なないことも多く、かつ褥瘡ができやすく、なおりにくい傷との戦いになることも珍しくありません。

脊髄損傷では血圧の調節能力も落ちるので、起き上がっただけで意識を失いそうになるなどの症状も多く、生活の一こま一こまで、さまざまな対応が必要となります。

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中角栄はチップのような形でお金をいろいろな人に配ったり、ロッキード事件を起こしたりなど、批判が多い人物ですが、人間関係・冠婚葬祭を大切にし、知識と行動力に恵まれ、「コンピュータつきブルドーザ」とも呼ばれたようです。

人に一度会うと、その人の名を覚えたといわれています。数字に強いのも特徴で、直観や体験の限界をよく知り、統計を大切にし、さまざまなデータを記憶し、活用しました。田中角栄の演説では、「私たちは人類の歴史をつないでいる」というようなフレーズがよく出てくるのですが、人類が培ってきた歴史蓄積を受け継いで自分の番をつなぎ、後世によりよきものを残したいという気持ちを強く持っていた人だと思います。 

私は、「日本列島改造論」を読んで、彼は、ひとつには「出稼ぎ」に代表される地域格差の解消を目指したのではないかと思いました。東北から男性が上京し、首都圏で建設現場などに従事し、故郷では「三ちゃん農業」といわれる年寄りと女性による農業が行われ、子供は父親のいない家庭で暮らしました。

このような家族の分断に彼は深い悲しみをもったのではないかと思います。「家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りがやすらぎの余生を送り、青年の目に希望の光が輝く社会」とは家族が分断されることなく、地域で暮らし続け、そこで希望をもって仕事をし、家庭をつくり、老いていける社会を意味します。

彼が目指した交通網利便性獲得による地域格差解消は、現在も実現していませんが、日本国民が、地域で生まれ、働き、老いていける社会を「平和」と「福祉」に着目して作り上げていくことは、私たちにも、今の政治家にも課せられている課題のように思います。

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は、ある患者様のご遺族からその患者様が保有しておられた多数の本を頂いたのですが、その一冊に、この「日本列島改造論」が入っていました。それが私とこの本との出会いです。

この本は発刊部数が多く、現在でも古書店やインターネットで簡単に入手できるため、私はいつも数冊を保有していて、新潟県出身の人と親しくなると、この本を差し上げることにしています。新潟県出身者でも、田中角栄のことを(さすがに名前を知らない人はいませんが)知る人が少なくなってきているからです。

さらに、この本の最後には、次のような文章があります。

「志を立てて郷関を出た人びとは、離れた土地で学び、働き、家庭を持ち、変転の人生を送ったであろう。(中略)明治百年の日本を築いた私たちのエネルギーは、地方に生まれ、都市に生まれたの違いはあったにせよ、ともに愛すべき、誇るべき郷里の中に不滅の源泉があったと思う。私が日本列島改造に取組み、実現しようと願っているのは、失なわれ、破壊され、衰退しつつある日本人の”郷里”を全国的に再建し、私たちの社会に落ち着きとうるおいを取り戻すためである。(中略)日本中どこに住んでいても、同じ便益と発展の可能性を見出す限り、人びとの郷土愛は確乎たるものとして自らを支え、祖国・日本への限りない結びつきが育っていくに違いない。(中略)そして、日本じゅうの家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りがやすらぎの余生を送り、青年の目に希望の光が輝く社会をつくりあげたいと思う」

この文章にも私は感動を覚えました。私のように高知から出て、千葉県で働くものにはこのフレーズはぴったりでした。また、今後の目指すべき日本社会についての記述も非常にしっくり来るものでした。

強い権力者であった田中角栄には、様々なダーティーなイメージが結びついています。また、このような本は、政治の裏舞台の真実とは別の「表向きの宣伝用である」側面も大きいと思います。しかし、それを差し引いてもなお、上に引用した文について言えば、田中角栄は、これを本気で実現したかったのではないかと私は思います。

日本の目指すべき方向が、「平和」と「福祉」というのは今も真実であると私は信じます。これを1970年ごろに明確に言っていることひとつをとっても、私はこの政治家の卓見に敬服します。

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