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2010年5月アーカイブ
高知で仕事を始めて一年がたちました。この一年は驚きの連続でした。というのも、28年ぶりに高知に帰ってきて、もう見るもの聞くもの、高知が大きく変わっていたからです。それこそ浦島太郎の気分なので、自分を「浦島タダシ」と呼んでいるところです。土佐弁が変貌していたこと、よさこい踊りが非常に違っていたことなど、このブログでも書いてきました。
もうひとつ、驚きなのは、「お遍路さんが家に来ないこと」です。では、「お遍路さんがいないか?」というと、そうではありません。自動車で国道を走っていると、いろいろな場所で、お遍路さんが歩いているのはしばしば目撃するので、お遍路さんはいるのです。
にも、かかわらず・・・です。私の家に来ない・・・のです。
私は、小学校に上がる前、祖母にきつく申し伝えられたことがあります。「忠志君、ひとりで家におるとき、お遍路さんがきたら、何か必ずやらんといかんで。どんな貧乏な家でも、お遍路さんがきたら物をやるもんじゃ。お米でも、お金でも、何か家にある食べ物でもえい。何でもえいき、お遍路さんがきたら、家にあるもんをやらんといかん。そうせんといかんがやき。ええかえ。」というような話を聞いたのです。
これを聞いてから、私が一人で家にいるとき、お遍路さんが家の前に来て、「チリンチリン」と鈴を鳴らすのを聞いたら、走っていって玄関を開け、挨拶をして、それから、家にあるものを物色して、ともかく、何かを必ず差し上げたわけです。
「お遍路さんには必ず物を差しあげなくてはならない」というのは、おそらく当時の四国に住む住民の共通の行動規範だったのではないかと想像します。
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臨床研修制度は、すべての臨床医に、「臨床医が具有すべき基礎的能力」を涵養するものであり、我が国において、極めて重要な制度であると私は認識しています。「臨床研修制度」がまるで医療崩壊の原因のように言われて批判されていますが、私は実に残念です。
私は、臨床研修制度は、国民が受ける臨床医療の最低の質的保証をするものであり、なんとしても維持すべきとの意見を持っています。この点に関する私の見解は、「医療崩壊を救う在宅医療」で述べたとおりです。
この研修制度も、人口構成や社会の変化に応じ、変化していく必要があろうと思います。わが国は世界に類をみない速度で超高齢社会を迎えつつあります。また、今後の社会は、障害者の生存確率が高まり、重度の障害を有するかたがたが療養生活をしながら地域に住み続ける社会です。
このような背景の下で今後の医療を鑑みるとき、「緩和ケア」と「在宅医療」を臨床研修制度に組み込み、すべての医師が学べるようにすべきと、私は考えています。
今後の医師が、緩和ケアと在宅医療の基礎的な知識・技能を有することは、わが国にとって大きな財産となると、私は考えるわけです。関係者のご尽力を願いたいと思います。
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前回は、「緩和ケア」について述べました。「緩和ケア」において、非常に重視される考え方のひとつが「全人的痛み」です。
この概念はイギリスのセント・クリストファー・ホスピスを作った、シシリー・ソンダース氏が提唱し、世界的な概念となっているものです。セント・クリストファー・ホスピスは、現在でもホスピスの活動のメッカのような存在です。非常に面白いのは、このイギリスのホスピスが、施設型の緩和ケアのみならず、在宅での緩和ケアにも非常に力を入れていることです。
全人的痛みは、「①身体的痛み、②心理的痛み、③社会的痛み、④霊的痛み」から構成されます。身体的痛みとは、文字どおり、身体に感じられる痛みのことです。がん治療においては以前は、この身体の痛みに重点がおかれていました。心理的な痛みとは、不安や恐怖を含めた心の痛みのことです。社会的痛みとは、社会から隔絶されたり、社会的活動を営めないことによる痛みとされています。
「霊的痛み」については、神を信じる人が少ない我が国において、理解が難しい概念ではないかとも言われて来ました。そこで、私の同僚の前田浩利(現あおぞら診療所新松戸院長)は、シシリー・ソンダース氏が来日したとき、直接、この「霊的痛み」について、彼女に尋ねて見ました。
シシリー・ソンダース氏のご回答は、これは「人生の意味に対する痛みである」というものでした。霊的痛みに関しては、わが国にも様々な解釈がありますが、私はまず、このシシリー・ソンダース氏の考えに従って、霊的痛みをとらえようと考えています。
医療従事者あるいはケアのチームは、①身体的痛みを緩和するだけでなく、これらすべての痛みを感受し、癒そうと努めることにより、より効果的な緩和ケアが展開できるとされています。さらに、4つの痛みを認識することが大切だが、①の「身体的痛み」として自覚されるものでも、実は②③④の反映であることもあるわけです。
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読者の皆さんは「緩和ケア」という言葉を聞いたことがありますか?
緩和ケアとは、主に「治らない病気」に対して、その人の苦しみの全体像に迫りながら、最期までのケアを行うことを言います。緩和ケアにおいては、「全人的な痛み」という考え方が非常に重視されますが、全人的痛みについては、次の機会に述べることにして、今日は、緩和ケアに関する私の主張を述べたいと思います。
これまで、「緩和ケア(あるいはホスピスのケア)」は、主に、「がんの苦しみ」の緩和に焦点があたっていました。しかし、私たちは今後のわが国において、「非がん疾患」の緩和ケアに着目すべきことを主張しています。
在宅医療の世界でも、保険診療の内容においても、治らないがんの患者さんの診療が優遇されていますが、がん以外の患者さんで治らない病気に苦しみ、死に至る患者さんにも同様の恩恵が与えられることこそが、人権への配慮というものであろうと考えています。
我が国において、「全死亡」のうちでの自宅での死亡率は12%程度です。一方、「がん患者さんのみ」をとってみると自宅死亡率は7%程度です。我が国において、がん患者の自宅死亡率が低いというのは、がんの患者さんが自宅で最期まで過ごすことが困難であることを意味します。その意味において、「がんの在宅医療」を推進することの重要性は私も理解しています。
ところが、在宅医療を積極的に行う医療機関でデータを取ると、「がん患者」の自宅死亡率は5割を超えることが多いが、「非がん患者」では5割を超えることは少ないのです。
この話を聞いた方は不思議に思うかもしれません。わが国全体で見ると、がんの患者さんが自宅で最期まで療養するのが難しいのに、「在宅医療を積極的に実施すると、それが逆転して、がん以外の患者さんのほうが最期まで療養する確率が低くなる」のです。
この現象は実は、わが国で積極的に在宅医療を行っている地域で共通に見られます。在宅医療を積極的に実施すると、「非がん疾患の緩和ケア」の困難さが明確化するからです。
在宅医療が普及した地域でのこの現象の理由は次のように考えられています。
非がん疾患では、①予後予測(見通しや見立て)ががんに比べて難しいこと、②がんでは痛みなどの症状コントロールのスタンダードが明確なのですが、非がん疾患においては明確でないこと、③非がん疾患患者さんでは身体能力が低下してからの生存期間が長いために、がんの場合のような短期決戦ではなく、家族の心理的・身体的・経済的な負担が大きいことなどが、その要因として考えられています。平原佐斗司らによる在宅医療現場での研究で、①に関しては「主治医が予測できない死亡が3割程度存在する」こと、②に関しては、がんと異なり、「呼吸困難が緩和すべき症状の第一位」であることが示されています。
これまで、緩和ケアは主にがんに注目して行われてきましたが、今後は、「非がんの患者さん」、そして、「重度の障害を持つ小児や若年者」にも注目して実施されるべきであると、私は考えています。
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いわゆる「医療崩壊」は、病院医師疲弊が大きな原因であることはよく知られています。
この原因として臨床研修制度に批判がありますが、私は臨床研修制度を保持する立場の意見を持っています。臨床研修制度は、「医師になりたての人に二年間の総合的な臨床能力を教えるものであり、我が国において極めて重要な制度である」と認識しております。
臨床研修制度には、最近、批判ばかりが述べられ、同制度がなかったころの弊害について述べられません。臨床研修制度成立以前には、医師免許とりたての若い医師が、中小病院や診療所で単独で非常勤勤務や当直勤務をしており、「医療の最低の質の担保」という意味で問題の大きい状態が続いていました。
国民も、訓練が不十分な医師の単独診療を受けることを望んでいなかったはずです。その国民のニーズと、専門分化による医師のプライマリ・ケア能力低下があいまって、「臨床研修制度」として結実したのであり、「国民に医療の最低ラインの質を担保した」意味で、本制度の存在価値は大きいと考えています。
私は、医療崩壊を救う一つの手立ては在宅医療推進だと考えています。
「在宅医療推進が病院を助ける」ということは、多くの人にとってピンと来ないかもしれませんが、私は真実であると信じています。
昨今、かなりの開業医が休日や夜間に対応しないため、その時間帯に、病院(急性期病院)に多数の患者がかかる状況があります。そして、これが病院医師疲弊につながる大きな要因となっています。さて、国は、在宅医療推進のために「在宅療養支援診療所」という制度を作りました。
これは在宅医療を受ける患者に対して、24時間365日の相談や対応を義務として負う診療所のことです。このような診療所が普及することは、急性期病院の負担軽減に直接的につながると、私は考えています。
在宅療養支援診療所が24時間365日の相談や対応をすることで、その診療所が診療している患者さんのかなりの部分が病院に行かずに済むからです。在宅療養支援診療所は国内にまだ一万ヶ所余しかありませんが、多くの国民がこの制度を利用することで「医療崩壊」がわずかでも緩和することを期待しています。
全国の在宅療養支援診療所はWAM-NETというサイトに掲載されています。
http://www.wam.go.jp/iryoappl/menu_control.do?init=y&scenario=b4
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昨日、鳩山内閣が成立した。私は日本の民主主義にとって非常に重要なできごとと思い、感慨深く感じています。前にも述べましたように、民主主義において、権力者が代わること自体に大きな意味があると考えるのが、私の基本的な認識です。
それを非効率だとか、無駄が多いという批判が常にありますが、その「非効率性や無駄」こそが必要なもので、「長期的あるいは絶対的権力の生み出す利権や腐敗の無駄」よりも無駄が少ない、という知恵が民主主義である、と私は認識します。
ですから、「非常に優れた権力者の長期政権」よりも、「それより優れない人にでも交代する」ほうを選ぶのが、民主主義のあり方であると認識しております。ですから、今回の民主党政権が、それほど、政治運営ですばらしいパフォーマンスを示さなくても、私はわが国の民主主義の進歩に資すると考えております。
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子供手当の全額を現金で給付せず、小中学校の教育費や給食費、保育所・幼稚園の利用者負担に充てる「現物支給」とするのがよい、との意見もあるようです。私は、これは一つの見識だと思います。つまり、「現金給付」では、そのお金は子供のために使われない可能性がないとはいえないからです。悲しいことに政策は「性善説」で立案するだけでは不十分で、「性悪説」の視点もどうしても必要です。
「現物給付」は、わが国の医療保険や介護保険で行われている方法で、「お金ではもらえず、治療や介護という行為そのものの給付を受ける」やり方です。特に、この方法は、医療保険制度でわが国に定着し、介護保険制度でも全面的に取り入れられています。
ドイツの介護保険には現金給付が行われていますが、わが国はドイツの介護保険制度に学びながらも現金給付は採用しませんでした。本日は、介護保険制度に現物給付が取り入れられた経過における主な討論を紹介したいと思います。
①介護の社会化
一つの議論は、家族が介護している(当時の)現状を固定化せず、「家族以外の者が報酬をもらって高齢者を介護する」という社会を実現するためには、現金給付ではなく、現物給付が望ましいという議論です。フェミニズムの立場からも、女性を家庭の介護に縛る可能性のある現金給付よりは、他人による介護を普遍化するという意見があったと思います。
②現金給付は本人のために使われない可能性がある
もう人の議論が、現金給付は本人のために使われない可能性があるというものです。現金は給付された段階で汎用性があります。年金が当該給付対象老人のためでなく、家族の生活費に使用されていることはもとより、家族のギャンブル等に使用されている例は枚挙に暇がありません。障害者に対する給付金・年金なども家族や親などが使用する例も多々見受けられます。
このことに介護の現場に携わるプロフェッショナルも当時の厚生省もかなり問題意識を持っていたと思います。また、この二の舞を踏みたくないという意識もあったと思います。現金給付に利点があるかないかは別として、「現物給付はまず間違いなく本人のために使用されるであろう」こと、すでにそれは医療保険でほぼ実証されていたこと、があります。
これだけではないと思いますが、少なくとも、このような討論があり、ドイツのような現金給付は基本的に採用せず、現物給付一本で行くという結論となったと記憶します。も禁じられていないと思います。
私の感想を少し述べておきます。
私の「①の効果に関する印象」は劇的だというものです。私は若いころから、20年にわたり在宅医療に従事しています。私が在宅医療を始めたころ、介護に従事する嫁や娘が、「3年間旅行にも法事にも一度も行ったことがありません。少し買い物などに行く以外、家を空けたことがありません。」なんて話は、ごくありきたりのものでした。このような状況は、介護保険施行後、そういう介護に縛られた家族が非常に少なくなりました。私は大きな変化を感じました。
②も、私は現金が給付されて、そのかなりの額が他のことに流用されるよりは、現物給付がよいと、今でも考えております。
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