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高知市で在宅医療に取り組む医師、和田忠志さんが、医療のことや日ごろ考えること、身辺のことを自在につづります。

 

社会: 2011年6月アーカイブ

福島原子力発電所の事故は、本当にすさまじいものです。被災直後、原発付近の方々は、避難命令に従い、(そのときにはまだ生きていたかもしれない)行方不明者の捜索も十分にできないままに、着の身着のままで避難し、住み慣れた地域から去ったと思われます。

苦労して培った家や財産や仕事を失った人も多く、その無念と苦しみはいかばかりかと思います。しかし、それだけではおさまりがつきません。本当の被害はこれからだと思います。福島県およびその周辺地域は、回復にどれだけ長い時間がかかるか分かりませんし、わが国でのがんの発生や子々孫々への影響など、考えるだけでも気が遠くなるような被害の大きさです。

私は、この事故を見て、わが国は「原発を持つべきではない」と考えています。その理由は、人類は「原子力を制御するだけの十分な技術力を持たない」からです。例えば、放射能を有効に防ぐ防護服はありません。人間は宇宙船から月に降り立ち、しばらく活動することができるような防護服(宇宙服)を持ちますが、強い放射能が出ている場所で人間を保護するような防護服は持っていません。もし、強力な防護服があり、それを着用して強い放射能の場所に行くことができるのであれば、初期の数日で有効な手が打てたはずです。しかし、人類は月に降り立つことができる防護服は持っていても、強い放射能を放つ福島原発内に降り立つことができる防護服は持っていません。月に行くよりも、福島原発に行くほうが困難なわけです。それだけ、放射能に対する人類の技術は未熟です。

事故が生じた原発の放射能の制御も難しく、一度外界に放たれた放射性物質を回収することも難しいですし、外界の放射性物質の放射能をとめることもできませんし、放射性廃棄物を処理することも難しいわけです。今の人類の技術がいかに原子力に対して無力かを今回の事故は示しています。もちろん、300年後には、技術が進歩して、人類は強い放射能のなかでも安全に活動できる防護服を持っているかもしれません。しかし、今の人類の技術では、あまりにも無力で制御不能なわけです。「安全」というのは「制御できる」ということと同義です。ですから、安全なはずがありません。


電力の供給について

 

原子力発電所が機能しない場合の電力供給について心配がされています。電気を使用して支えられている「現在のゆたかな生活」が維持できないのではないかという危惧がもたれています。しかし、私はあまり心配がないのではないかと想像しています。私は原発を廃止しても、わが国の国民はゆたかな生活を享受できると信じています。

原子力発電所で供給される電力は「使用されている電力の三割程度」だと聞いています。たった三割です。三割の削減でよいわけです。私は日本人の技術力を持ってすれば、電力が今の7割で動く電気製品をつくることなど、まったく難しくないと考えています。すぐにというのは難しいかもしれませんが、10年か20年のうちには日本の技術を持ってすれば、それくらいのことはできると思うのです。今の原発を徐々に廃止していくのに20年かかるとしても、その20年のうちに、節電仕様の電気製品を各社が競って生産すればよいことです。

これまでの20年で、このようなエネルギー節約技術は大きく進歩しました。自動車にしても家電にしても、燃費のよいもの、電力が少なくて動くものが次々と生まれています。多くの自動車やかなりの家電は、20年前の7割以下の燃料や電力で動くのではないでしょうか。

しかも、自動車や家電の性能は格段に上がっています。これからも、この技術は進むと思います。例えば、今後の20年で、「電力を7割以下しか消費しないが、今と同じ性能かよりよい性能が出る電気製品を作る」工夫をすればよいだけです。これは、20年後に「原子力が制御できるようになる可能性が非常に低い」ことに比べて、はるかに可能性が高い技術進歩への見通しだと、私は考えます。私は、日本人は原発を捨てても、今のゆたかな生活を捨てる必要はないと思います。

今の人類の技術水準からして、無理なことをごり押しすべきではないと思います。今の人類は原子力発電所を維持するにはあまりにも技術的に未熟です。制御できない技術である原発を続けることのほうが、技術的に無理があると思います。福島原発事故のような無尽蔵の被害が起きるリスクを包含している危険な発電様式を維持することに比べて、「節電仕様の電気製品や工業用機械をつくる」ことのほうが、今人類が保有する技術水準からして、はるかに現実的で、技術的に無理のない方法です。私はこのような理由で、原子力発電はやめたほうがよいと考えています。

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