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高知市で在宅医療に取り組む医師、和田忠志さんが、医療のことや日ごろ考えること、身辺のことを自在につづります。

 

在宅医療の最近のブログ記事

私は、高知市で「あおぞら診療所高知潮江」という医療機関を開設しています。そして、「在宅医療」という、患者さんを自宅で拝見する活動を中心に医療を行なっています。

現在はほとんどの時間を高知で過ごしますが、もともと私は千葉県の開業医でした。大好きな高知に医療機関を開設でき、なんとかやれていることは、多くの人のお力によるのであり、深く感謝しています。

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高知の診療所の前身である「あおぞら診療所」を千葉県松戸市に開設してから12年がたちます。この間、「あおぞら診療所」の名前の由来について、多くの人から聞かれましたので、ここで答えておこうと思います。

「あおぞら診療所」は、私と前田浩利、川越正平という三人の医者の、学生時代の討論に端を発しています。私たち三人は、学生時代に松原雄一医師 (1953.12.1- 1994.7.9)と出会いました。この松原雄一医師が、若手医師の親睦団体である「若手医師の会」(現在は活動を終えた組織です)を作って、積極的に、医師や医療がどうあるべきかを討論していました。私と前田浩利、川越正平は、この「若手医師の会研修問題委員会」で、医師のトレーニングがどうあるべきかというテーマを追究していくことになるのですが、その母体を1983年につくった人物が松原雄一医師です。

松原雄一医師は精神科医で、敢えて旧式の精神病院に身をおき、患者の人権問題に取り組みました。その後、独立して1988年に「健康医療ガイドセンター」という組織を作りました。この健康医療ガイドセンターは、当時としては、とびぬけて先進的な「患者のためのセカンドオピニオン」(主治医以外の専門家の意見)を提供する事業所でした。

そのころは、わが国では、まだ、がんの告知もほとんどされていない時代でした。1992年ごろ、日野原重明先生(現聖路加国際病院理事長)が、「和田君、これから日本ではがんの告知は10年くらいで普及すると思う。アメリカでは20年かかった。(輸入国である)日本では速度が早くなるから、10年でがんの告知は日本に普及すると思う。」(この言葉は見事に的中しました)と言っていたくらいです。

ですから、1988年というのは、完全に医師のパターナリズム(医師による専断的な治療方針決定)が主流だった時代です。その時代に、「自分の病状の理解」に苦しむ多くの患者さんたちを見て、「正しい医療情報を提供して、正しく医療を理解してもらわなければならない」と、松原雄一氏は考えたのです。

松原雄一医師は、「健康医療ガイドセンター」という新しい実験をするなかで、セカンドオピニオンを提供する場合でも、ときには医療行為をしたほうがよいことを知り、「健康医療ガイドセンター」に医療機関を併設することにしました。その医療機関の名称が「青空診療所」でした。青空診療所設立直後に、残念なことに、松原雄一医師は脳腫瘍に倒れ、約二年間の闘病生活の後、逝去されました。

私たちは、松原雄一医師の仕事を受け継ぎ、時代に即応した医療を実践したいと考え、「青空診療所」を私たちの医療機関の名称として譲り受けたいと考えました。私たちの医療機関とするにあたり、漢字をひらがなに改め、「あおぞら診療所」と命名しました。

私たちは、松原雄一氏という偉大な先人の仕事をささやかながらでも受け継ぎたいと考えました。12年のとしつきを経て、改めて感じることは、私たちの非力さです。偉大な先人の仕事は広範で深く、私たちのような者には、その一部しか受け継ぐことが困難だということです。これからも、微力ながら努力を尽くしたいと思います。

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「24時間地域巡回訪問サービスに関するあり方検討会」(議論の経過報告:9月現在)が公表されました

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このブログでも、介護保険制度については、私は積極的に記載をしてきました。それらをお読みになった方はご承知のとおり、介護保険制度において「要介護三以上の重度の障害をもつお年寄りを、宅でどうケアしていくのか」が、大きな問題になっています。

現実には、お年寄りがしだいに虚弱になり、家族の介護負担が重くなるとともに、本人も家族も「ギブアップ」し、結局、高齢者施設にお世話になる、というパターンは多いと思います。

療養病床が多い高知県では、「病院にお年寄りを預かってもらう」という話もよく聞きます。つまり、在宅ケアを支えるために介護保険制度を創設したのに、「要介護三以上の重度の障害をもつお年寄り」に対して、介護保険制度が有力ではない現実をどうするのか、という問題です。

社会問題としては、高齢者の急速な増加とともに、老々介護、認々介護とよばれるような、高齢者だけの世帯での「介護の困難性」が、ますます増加しているわけです。私は、このような状況を打開するためには、在宅医療の普及とともに、24時間巡回型サービスの普及が非常に重要であると考えています。

「24時間地域巡回訪問サービスに関するあり方検討会」(議論の経過報告:9月現在)が2010年9月17日に公開されました。下記のウェブサイトで、皆様にお読みいただくことができます。

http://www.murc.jp/report/press/100917.pdf

私は、ぜひ、皆様に、この「24時間地域巡回訪問サービス」の普及を応援してもらいたいと思っています。

【写真】夕刻の潮江橋 2010年9月2日撮影

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「日本小児在宅医療・緩和ケア研究会」が週間医学生新聞に取り上げられました

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2010年8月29日は、「NPO法人 在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワークの高知プレ大会」を高知で行った話を、このブログで致しました(2010年8月31日掲載)。実は、この日に、同時進行で、私たちの松戸のあおぞら診療所は、「日本小児在宅医療・緩和ケア研究会」の運営をしていました。

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この研究会は、本ブログ(2010年9月16日)にも掲載した、あおぞら診療所新松戸院長の前田浩利が事務局となって2008年に結成し、討論を蓄積してきたものです。今回、第1回のイベントを、8月29日に東京築地の聖路加看護大学を会場として行ったものです。

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9月10日金曜日に高知市総合あんしんセンターで、「第二回高知在宅緩和ケア研究会分科会」が開催されました。高知は、このような在宅医療・緩和ケア関係の勉強会が、実に活発に行われていることが大きな特徴です。

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今回は、「在宅医療を支える地域連携」と題して、松山市の「訪問看護ステーションほのか」所長の梶原厚子氏の講演が行われました。

梶原氏は、わが国における小児在宅ケアの第一人者であり、松山市で重度の障害児の訪問看護、ホームヘルプサービス、デイサービスなどに取り組む傍ら、全国で講演活動を行っています。

「事業とは新しい価値の創造」「私達が暮らす街には、困っている方々に出会える仕組みがありますか?⇒決め手は相談支援機能」「「生きにくさ」に寄り添う」「当たり前に家族と暮らすために」「「ほのか」のスタッフは幸せかな」「地域に飛び込む(携帯電話番号なども名詞に刷ってどんどん配ってしまう)」などなど、珠玉の言葉がちりばめられた、すばらしい講演でした。

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単に、「訪問看護」「在宅ケア」のみならず、「声なき声を聞くソーシャルワーク(相談支援機能)」、「社長学・管理者学」まで含む、実に幅広い内容でした。

それから、なんといっても圧巻なのが、「どこまでもプラス思考」で、梶原氏があらゆることに取り組んでいることです。「小児科の経験のない看護師ばかりが集まっているのに、わが国で最大数の小児患者をケアしている訪問看護ステーション」。

そういう不思議が「ほのか」にはあるのですが、梶原氏の「超プラス思考」が、これを可能にしているような気がします。

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皆様、残暑が厳しいですが、お元気でお過ごしでしょうか。

去る9月3日金曜日に、「公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団」の勉強会として、「小児在宅医療推進のための会」が発足し、東京駅となりの「東京ステーションコンファレンス」で初会合が行われました。初代の座長は、あおぞら診療所新松戸の前田浩利医師です。この勉強会は、わが国における小児在宅医療・緩和ケアの有識者・実践者や、厚生労働省の関係担当者によって構成されています。

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新生児医療の発達とともに、重い障害を持つ小児の救命率・生存率は上がり続けています。これは、わが国の小児高度医療の勝利であり、非常にすばらしいことです。一方、人工呼吸器などの医療機器を装着したまま、病院から退院できないままでいる子供たちも、たくさん出現してきているわけです。

同僚の前田浩利医師が、私にいつも言っていたのは「重い病気がある子はなぜ家で家族と暮らせないんだろう。家族と一緒に暮らすことがいいに決まっているのに。」ということです。

この問題を医療の側から解決しようとするのが「小児在宅医療」です。自宅に定期的に訪問し、人工呼吸器や経管栄養の管理、チューブ類の交換などを医師が自宅で実施します。また、それに加えて24時間にわたり相談に応じ、中等症までの急性疾患が生じた場合には、自宅で点滴や注射などを行って治療します。病院には検査のとき、入院のとき以外には、あまりいく必要がなくなり、親の負担や労力が大きく軽減されます。

わが国では、在宅医療に参入している医師は、内科、外科、整形外科などの医師が多く、小児科医が少ないのが現状です。小児科医に、在宅医療という医療の方法を知ってもらうということは非常に重要なわけです。
それから、小児在宅医療には、「小児がん」という課題があります。オーストラリアでは
小児のがん患者さんの8割が自宅で最期を迎えるという話を聞いたことがあります。わが国では、助からないがんの場合でも、ぎりぎりまで病院で延命的な治療を行い続けることが一般的です。果たしてそれが本当によいことなのか、ということは改めて考える必要があると思います。

医療の中で、痛みを含めた苦痛や苦悩を和らげる領域を、緩和医療とか緩和ケアと呼んでいます。小児在宅医療は、命に関るような重い障害をもった子や、小児がんの患者さんに対応する領域であり、私たちは、小児在宅医療は、小児緩和ケアの一つのツールとして位置づけられるべきだと考えています。皆さん、ぜひ応援してくださるようお願いします。

【写真】座長の前田医師

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私は、仕事柄いろいろな場所を回るのですが、12月になり空気が澄んでくると、いろいろな景色が美しくなります。

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紅葉というと普通秋のイメージですが、この冬に高知の山々の紅葉が美しいことに気づきました。あおぞら診療所の前に筆山と高見山があります。私が子供のときには遊び場所として日常的に登っていた場所ですが、紅葉が美しいことに最近気がつきました。

このような季節感を感じながら、仕事ができるのが在宅医療や在宅ケアの楽しいところです。病院にいると、外からこられた患者さんの手が冷たいのですが、私たちの場合には、家にいる患者さんの手が暖かく、私たちの手が冷たいことがしばしばです。

筆山のとなりが高見山です。菅原道真の子供である高視(たかみ)が住んでいたのが高見山であり、その高視(たかみ)が潮江の天満宮を開いたということを最近知りました。

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高視が住んでいたころ、高見山は山であるにしても、現在の高見町付近はおそらく海、あおぞら診療所のある北竹島は島あるいは海だったと思われます。

とりとめもない話で申し訳ありませんが、なんと、天満宮の2010年正月三賀日の参拝者は21万人ときいて、驚きました。高知市の人口34万人を考えても、すごい数字だと思われます。

私の育った潮江の天満宮が強力な神社であることを、改めて知りました。私も今年は天満宮を訪れることにし、日本の医療のこと、世界の医療のこと、私たちの周囲の人のことや活動の成功を祈ってきました。

【写真】あおぞら診療所から見る筆山(2010年1月)=上=と、高見山(2010年1月) 撮影している場所付近の海抜は0.5m

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明けましておめでとうございます。しばらく更新できず、申し訳ありませんでした。昨年は実にいろいろなことがあり、本当に多くの方々にお世話になりました。厚く御礼申し上げます。

昨年はオバマ政権の成立、わが国での政権交代など、実に激動の時代で、大きな時代の変貌期を感じます。これまでのやり方ではだめなのだと思います。

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このような時代を体験できることを本当に感謝するとともに、わが国の恐るべき勢いの少子高齢化と将来の国力衰退の可能性、加えて子孫への重課税を意味する赤字国債増加など、明るいばかりの未来を想像できないことも事実です。

30年後には高齢化がピークを迎えます。そのとき、わが国は、人口全体も少なく、若い人はますます少なく、かつ、今私たちが使った国債の費用が税としてその少ない若者(私たちの子供や孫です)に課せられます。

私たちが、今、何を考え、何をなすかは重要だと思っています。新政権には、目先のことのみにとらわれず、ぜひ、未来の国民が幸せになれるよう、国家50年の計を考えて、政策立案をお願いしたいものです。

私の個人的活動として大きかったことは、26年間、首都圏を中心に活動してきた私が、高知に「あおぞら診療所」(在宅療養支援診療所)を開設したことです。高知での開設にあたっては、もう言葉に尽くせないほど、多くの方々の協力を頂きました。

また、開設後は、おかげさまで患者さんも次第に定着し、開設10か月後の現在、約60名の在宅患者様を拝見しています。自宅で最期まで療養された方も8人拝見しました。「高知は在宅ケアや在宅医療を受けない県民性である」と、いろいろな場所で聞きましたが、私たちの印象は違っています。首都圏のような核家族の集合体である都市と異なり、家族と親族の絆が強く、しかも、女性がたくましい高知。

ある意味では、首都圏より在宅医療の基盤に、地縁的にも精神的にも恵まれています。ともかく、地域の方々に支えられて、この一年、なんとかこられました。厚く御礼申し上げます。今年は、さらに、この診療活動を充実させたいと思います。どうかよろしくお願い致します。

今年はもう一つ大切なイベントを私は受け持っています。2月27日~28日に千葉県幕張で開催予定の「第12回日本在宅医学会大会」を担当しています。これについて少し触れておきます。私は、いかなる人にも、在宅医療の恩恵がわたるべきだと考えています。

高齢者のみならず小児にも在宅医療を必要とする人がいます。がんのみならず非がんの人たちの緩和ケア(苦痛に対応するケア)が問題です。また、本当に救いを求める人はしばしば声を上げません。この地域に埋もれた「声なき声」を聴くことが、私たちに求められています。

このような趣旨から、第1日目には、在宅医療を鳥瞰する記念講演、在宅医学を展望するシンポジウム、声なき声を聴くために「虐待」の問題を取り上げた国際シンポジウム(同時通訳・市民無料)を行ないます。

第2日目には、「非がん疾患の在宅緩和ケア」、「小児在宅医療」など、これまで十分注目されてこなかった分野での深い討論を展開します。第2日のプログラムでは、全国在宅歯科医療・口腔ケア連絡会とタイアップし、「医科・歯科連携」に関する包括的なシンポジウムも行います。

詳細は、http://www.aozora-clinic.org/zaitaku2010/ をご覧下さい。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

【写真】新年の潮江天満宮

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niji.jpg高知県高知市で医療活動を始め、三ヶ月がたちました。千葉県松戸市で勤務していた職員が5人、高知での採用者が2人、合計7人のメンバーで、高知の「あおぞら診療所」を立ち上げました。

松戸から転勤した職員たちが異口同音にいうのは、「高知は食べ物がおいしい」ということです。

私も、高知を離れて28年ぶりに高知で活動しているのですが、確かにそういう気がします。

ともかく、スーパーで買う野菜などがおいしいし、ごく普通の定食屋で出される料理がおいしいのです。これはまちがいないです。

さて、高知は日本の中でも在宅医療の供給が少ない土地で、「なかなか在宅医療は定着しないのではないか」という意見もよく聞きました。

しかし、実際に、高知市内で在宅医療を行ってみての私の感触は、「千葉県よりもやりやすい」というのが率直な印象です。

その理由は「家族が保たれている」ということが一番大きいと思います。

千葉県で活動しているとき、土着の農家の方々もそれなりの数で診療させていただきましたが、実際には、患者さんの大部分は「地方から出てきて首都圏で働いてきた人」でした。

地方の県から、学生時代などに出てきて、首都圏で結婚し、子供をつくり、定着した人たちです。

その人たちが、寝たきりや治らないがんになったとき、私たちの扉をたたかれるのでした。

「血縁親族から切り離された核家族のなかでの家庭介護」をどう構築するか、あるいは「核家族の家庭介護崩壊にどう対面するのか」が私たちの主要な仕事でした。

しかし、高知は少し事情が違います。核家族と言っても、一族が県内に居る人が圧倒的に多いのです。

また、地縁がよく保たれています。「高知の女性は働く人が多く、家での介護に専念しない」と聞いてきましたが、それでも条件がはるかによいという印象です。

そもそも、働く女性は、基本的には勤勉で機転が利くので、「所詮はマネジメントである家庭介護」構築も困難ではないのです。

改めて自分のことを振り返ってみました。私の先祖は江戸時代末には潮江(高知市内)にいたことが分かっています。

私の親族で、私が直接認識できる人だけでも50人程度が県内に在住しています。こんなことは、千葉県在住者の核家族にはありえないことです。そんなことを感じながら、高知での仕事を始めました。

【写真】あおぞら診療所高知潮江から見た虹

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 私は松戸に住み、松戸で町医者をしています。たまたまめぐり合わせで、在宅医療を行うようになり、それを主に仕事をして、生計を立てています。  人口構成の高齢化に伴い、医療費の高騰も必至ですが、その高騰をわずかでもやわらげるために、国は、昨年四月から「在宅医療推進」を大きく掲げました。

 私のように在宅医療をたまたま行うようになった者がさまざまな意見を求められることになりました。  長野県など、在宅医療が進んでいる県で、老人医療費が安いからです。今年出た「厚生労働白書」でも、老人医療費と在宅医療の相関が述べられています。値段が安いから医療内容が低いわけではなく、長野県は平均寿命もトップレベルです。

 一方、日本人は、高齢になると「自宅で療養したい人が多い」ことがデータではっきりしています。この理由で、国が在宅医療を推進することは必ずしも悪いことではないと、私は考えています。

  私の住む人口47万人の千葉県松戸市では、私たちを含めて何人かの在宅医がおり、開業医の先生方でも在宅医療をされる方が多く、2006年2月現在、少なくとも、1525名が在宅医療を受けています。在宅医療に携わる医師数は少なくとも97人です。もしかすると、日本でももっとも在宅医療が盛んな地域の一つかもしれません。

  日本全体で見ると、東京都23区を除き、「在宅医療で全域がカバーされ、最期までの在宅医療を受けられる市町村」は50に満たないと私は推測しています。日本には2500程度の市町村がありますから、残念ながら、たった2%ということです。日本にある有力な在宅医療機関は200以下と推測されていて、それも市町村数の一割以下ということになります。在宅医療推進は前途多難ですが、私たちは、いい方法がないか模索しています。

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 和田忠志(わだただし)と申します。高知市に生まれ育ちました。未熟な私ですが、よろしくお願いします。私は東京の大学を出て、今は、千葉県松戸市という街で、町医者をしています。

 「ただの医者」を目指して、専門を持たないように気をつけてきたつもりですが、最近は、私を「在宅医療の専門家」という人が多くなり、困惑しています。

 開業したときに、近所の先生がたや医師会の先生に、にらまれないように、「スキマ産業」である「在宅医療」を中心に、診療を始めました。また、在宅医療はレントゲンなどの設備がいらないので、初期投資が少なくて済むこともありがたいことでした。ところが、その在宅医療のお客さんが多くなり、それで結局手一杯となってしまい、在宅医療が主な仕事になってしまいました。

 在宅医療とは、通院が困難になった患者さんのご自宅に伺い、診療行為をするものです。多くは老衰関連の病気や、がん、難病、けがの後遺症の方です。在宅医療の内容は一口には言えませんので、少しずつみなさまにお話していきたいと思います。

【写真】 私が携わっているあおぞら診療所(開設当時)

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