日曜市、木曜市出店者の日記!農業者として旬で新鮮な野菜、果物の紹介のほか、日曜市裏話も

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日曜市389番、木曜市27番に出店している山中明子さん。農業生産者の視点で日曜市の風景、日常、農業に対する思いを語ります。

 

2011年3月アーカイブ

母68歳。私32歳の時の写真です。

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小さいころから母の労苦を見てきたし、日曜日にある学校の行事には来てもらえず、寂しい思いをしたので、「日曜市へ出している家には嫁に行かない」と、心に決めていたはずなのに…。

いいえ。

嫁いだ先は、たしかに市(いち)とは関係なかったのです。

それがどうして?

一生懸命作ったものでも、規格外やみかけの良くないものは市場に出せないことがもったいなくて、母に頼んで少しずつ日曜市に置かせてもらったのが、そもそもの始まりでした。

そのころは兄に代わり、私の主人が送迎するようになっていたので、そのうち私も市(いち)に出るようになったのです。

当時26歳。お腹には三男が宿っていました。

日ごと大きくなるお腹をかばいながら、臨月を迎えた日曜日の朝のこと。

何となく、きょう生まれそうな予感がしたものの、それでも市へ行ってきました。

思った通り、陣痛が始まった。

しかし3人目ともなると、落ち着いたものです。午後から10分間隔が、5分間隔の陣痛になったので、あとを母に頼みタクシーで産院へ。

「まあ、お産が始まっている!」と助産婦さんもビックリ!

本当に安産でした。

結局、日曜日に行われる保育園や小学校の行事もあまり出られず、母と同じ道を歩むことになりました。

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リヤカーを引っ張るのに、テーラー(エンジン付き)が活躍する時代になり、母も楽になりました。

父が運転して、後のリヤカーには荷物と一緒に母も乗って行きました。

田んぼも牛からテーラーに変わり、機械化の始まりです。

そしてトラクターができました。

やがてわが家にも車が来たのは、私より6才上兄が高校卒業後に免許を取ってからです。
父に代わり、送迎は勤めの合間に兄の役目となりました。

たまに母の代理で私が助手席に乗って行ったこともありましたが、何しろ、その車はオート三輪(昭和30年代)で、まだドアがついてなかった。

ドアのない車って想像できますか?

ふり落とされそうで、ものすごく怖かった。

シートベルトもなく、電車についているようなつり革があって、ずっとしがみついたまま。

そのうちドアの代わりに堅い布製のもの(ジープについているような)をつけてもらって、少しだけ「ホッ!」としたものですが、風になびいてパタパタと伴奏入りでした。

今はエアコン付きで大好きな居眠りOK!

しあわせだなあ。

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岡山に住む友人から山陽新聞の切り抜きが届きました。

知人が「子ども文庫功労賞」を受賞されたという記事です。

写真を見て思わず懐かしさがこみ上げてきました。

あれは昭和55年1月のことでした。

高知で教育研究集会全国大会がありました。

会を終え日曜市へ寄ってくださった1人のお客さまに、土佐ブンタンのご注文をいただきました。

それ以来、その方を通じてお得意さまの輪が広がり、30数年過ぎた今も交流が続いています。

そのうちのお一人が犬飼さんです。

5年後に高知へ来られた時に初めてお会いし、平成8年に岡山に行った折には、犬飼さんに招かれてお家に寄らせていただきました。

池のある美しい庭に面したお部屋の中には、いくつもの本棚に児童書や絵本が数千冊並んでいて、「毎日、教え子や近所の子どもたちも本を読みに来てくれるのよ」と、うれしそうに話してくれました。

小学校の教諭を退職されてからも「はちのこ文庫」を開き、あちこちの学校に読み聞かせや講演にと、お忙しい日々を過ごされているとお聞きしていました。

お声を聞きたくて早速電話すると、思い出話が弾みます。

「山中さん。また会いましょうね」と言ってくださった時、思わず胸が熱くなりました。

現在88歳。どうぞお元気でいてくださいね。もう一度お会いしたいです。

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街路市とは、日曜日のほかに火、木、金の各曜日に場所を変えて開かれている市(いち)のことです。

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今年の街路市占用許可証の更新手続きも無事に済みました。

道路使用に関する市役所や警察署に提出する書類や住民票と証明写真、道路占有料と証紙などの手続きです。

昭和20年代は、今のような中央分離帯もなくて、南北にあった市の中央はとても広々としていました。

今は片側車線を使用しているので、お客さまの多い時は狭く感じられると思います。

思い出(2)の続きですが、場所取りが終わったあとの私の楽しみは今もある井上書店という古本屋さんで、少女雑誌を買って読むことでした。

そのころは「なかよし」や「りぼん」がありました。

古本といっても月遅れだから、安い上に新品。付録もついていたから、うれしかったものです。

もう少し大きくなると、姉たちに変わって母の引くリヤカーの後押しをしながら歩いてゆくのですが、新橋(今の鏡川橋)の坂と5丁目の坂(今は平たんになっています)がとてもきつかった。

その後テイラーというものがリヤカーを引っ張っていく時代になってきます。

テイラーとは耕運機のようなものです。

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昨日は高知市街路市生産出荷組合定期総会がありました。

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組合長さんのあいさつに始まり、来賓の方々の祝辞や各地区の役員さんたちの紹介です。
そして事業報告と街路市のことについての意見交換のあとは、お楽しみの懇親会です。

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市(いち)で売っている時とはガラリ変わって、美しい衣装に身を包んだ皆さんの出番です。

組合長さんのすてきな歌に合わせて、踊る方もいれば、色っぽい踊りで魅了した自称「日曜市の玉三郎さん」。

愉快に「麦畑」を踊る人たち。

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おひねりもたくさん飛び交い、しばし楽しいひとときを過ごしました。

歌の上手な人もたくさんいるし、日曜市の芸能大会でもあれば楽しいだろうなあと、いつも思います。

飛び入りのお客さんも参加できるような、そんな楽しい企画は夢かいな?

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