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街路市の思い出(7)
以前は日曜市以外に火曜市と木曜市へも出店していたので、まとめて「街路市」と題しています。
戦前は祖母が出ていました。戦後は母に代わり、そして今、私は三代目。
記憶をたどりながら、少しずつ思い出して書いています。
祖母のころ、日曜市は今のひろめ市場のある大橋通りにありました。
そのうち出店者やお客さんも多くなり、帯屋町に移転。
今のようにアーケードはなく、商店や病院がありました。
市(いち)が立つ日は、お客さんも多くなり、商店街も栄えたそうです。
やがて出店者も増え、今の追手筋へと場所も移り、東から西へと、どんどん伸びていきました。
高知駅からはりまや橋間の電車通りへつながっています。
祖母の代の時、小学生だった人が現在、私の向かいにいる西野さん(78歳)。
今もその当時のことをよく話してくれます。
「あんたのおばあちゃんには、ようかわいがってもろうたよ」と。
「ほんで今、私をかわいがってくれゆうがやねえ」というと、にこにこ笑っています。
お客さんにも、おまけをあげたり、野菜も安いから、どこよりもお客さんが多いと思います。
きみまろさんのせりふを借りて「あれから40年」
私が市に出るようになってから、店主さんも代替わりになりました。
「共白髪」のおひなさまのような仲の良いご夫妻。
ホウの実を売りよったおじさん。
セトモノは奥さんに任せて、ご自分はその横で「きょうは私の誕生日!」と、楽しそうに花を売っていた誕生日のおんちゃん。
懐かしいお顔が次々と浮かんできます。
【写真】1965年当時(上)と1959年当時(下)の日曜市
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