日曜市、木曜市出店者の日記!農業者として旬で新鮮な野菜、果物の紹介のほか、日曜市裏話も

サイトマップ
とさあちホーム
  暮らしいきいき 高知が見える 『とさあち』  

ホームユニーク土佐人ブログ > 日曜市で会いましょう!

日曜市389番、木曜市27番に出店している山中明子さん。農業生産者の視点で日曜市の風景、日常、農業に対する思いを語ります。

 

街路市の思い出(7)

以前は日曜市以外に火曜市と木曜市へも出店していたので、まとめて「街路市」と題しています。

戦前は祖母が出ていました。戦後は母に代わり、そして今、私は三代目。

記憶をたどりながら、少しずつ思い出して書いています。

ichi65

祖母のころ、日曜市は今のひろめ市場のある大橋通りにありました。

そのうち出店者やお客さんも多くなり、帯屋町に移転。

今のようにアーケードはなく、商店や病院がありました。

市(いち)が立つ日は、お客さんも多くなり、商店街も栄えたそうです。

やがて出店者も増え、今の追手筋へと場所も移り、東から西へと、どんどん伸びていきました。

高知駅からはりまや橋間の電車通りへつながっています。

祖母の代の時、小学生だった人が現在、私の向かいにいる西野さん(78歳)。

今もその当時のことをよく話してくれます。

「あんたのおばあちゃんには、ようかわいがってもろうたよ」と。

「ほんで今、私をかわいがってくれゆうがやねえ」というと、にこにこ笑っています。

ichi59

お客さんにも、おまけをあげたり、野菜も安いから、どこよりもお客さんが多いと思います。

きみまろさんのせりふを借りて「あれから40年」

私が市に出るようになってから、店主さんも代替わりになりました。

「共白髪」のおひなさまのような仲の良いご夫妻。

ホウの実を売りよったおじさん。

セトモノは奥さんに任せて、ご自分はその横で「きょうは私の誕生日!」と、楽しそうに花を売っていた誕生日のおんちゃん。

懐かしいお顔が次々と浮かんできます。

【写真】1965年当時(上)と1959年当時(下)の日曜市

よろしければ押してくださいね!→ブログランキング

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 街路市の思い出(7)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://blog.kochinews.co.jp/blog/mt-tb.cgi/8198

コメントする


最近のコメント

このブログ記事について

このページは、uniqueが2011年5月30日 10:12に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「草イチゴ」です。

次のブログ記事は「新緑と花と海と」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01