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なぜ山に登るのか
最近はなくなりましたが、昔は「どうして山に登るのか」とよく聞かれたました。
釣りなら晩飯のおかずができる。パチンコなら景品がもらえる。登山はただしんどい思いをするだけで何も得るところがないじゃないか。そのあたりに疑問があるようでした。
そういう質問をされても、相手を納得させられるような名答や、登るための明確な目的を持っていたわけではありません。ただ、山に登る動機はありました。
私が生まれたのは、上半山村杉ノ川(現:高岡郡津野町)で、周りを山に囲まれた谷底で暮らしていました。視界を遮っている山の向こうに何があるのか、大いに興味をそそられました。ある時、母に聞きました。
「お母ちゃん、あの山の向こうは、どがなく?(どんなところ?)」 母はめんどくさそうに答えた、「あっちはおおのみよね」 「ほんならこっちは」 「こっちはちょうじゃよね」。私は南の山の向こうには大きなノミが住んでおり、北の山の向こうには長い蛇が住んでいるのだと思いました。
朝な夕なに、わが村の最高峰・鶴松ノ森(1100m)を仰ぎながら、「いつの日にか、いつの日にか、あの頂に登ろう。そして、まだ見ぬ世界を見に行こう」。そう思っていたものでした。
転機は小学生の時に訪れました。担任の先生に連れられて梶ヶ森に登りました。そこで生まれて初めて雲海を眺めました。人間は努力次第では雲の上に登ることもできるのだと、その時初めて知りました。それが登山を志すきっかけになりました。
しかし、登山について教えてくれる人も、技術書も用具も、地図さえもありませんでした。だから一人で山に分け入って、自ら道具を作り、自然から生きる力を学んだんです。なーんてのは大嘘だけど、まぁ小中学生の頃に野山で遊び回っていたことが自然から学ぶ多少の練習にはなっていたと思います。
タイトルの「山に聞く」とは、大自然から学ぼうという意味です。人間は自然の一部であり、自然の摂理に逆らっては生きていけない。自然の声を謙虚に聞き、己の人生に生かしていくことが必要になります。登山は哲学です。
私が山に登るのは、まだ見ぬ世界を眺め、山の話を聞くためです。
【写真】朝な夕なに、仰ぎ見たわが村の最高峰・鶴松ノ森
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