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2007年12月アーカイブ
登山では「登り優先」という習慣があります。これは、狭い登山道で対向者とすれ違うときに、下りの者が登りの者に道を譲る習慣です。
ところが、これを誤解をしている人がけっこういます。例えば、登りの者には優先権があるから道を譲らなくても良いとか、どちらが譲るべきかはケースバイケースで一概に決められない、悪い習慣であるとか、ふもとから頂上に向かっているとき下り道があればどちらが優先するのか、などなど…。
この誤解は、そもそもなぜ登り優先になっているのか、どうして下り優先ではないのかをよく考えてみたらわかることです。でも、登山技術書などには、だいたい「登りのものが辛いから(苦しいから)、あるいは、たびたび止まるとペースが崩れるから、道を譲ってあげるのがよい」といったことが書かれています。
それも理由のひとつですが、他にもっと決定的に違う点があります。
それは視界です。つまり、登りの者は斜面の上にいる下山者を発見しぬくいが、下りの者は視野が広いので下にいる登山者を見つけやすいのです。
実は、登り優先とは、下りの者が待避計画を立てようという習慣なのです。
基本的には下りの者が道を譲るのですが、当然ながら、登りの者に譲ってもらった方がよい場合があります。その時は、下りの先頭者がタイミングを見計らって、つまり、相手が待避しやすい場所へ来た時に、「こんにちはー!」と声をかけるのです。
登山者の間では見知らぬどうしでもよくあいさつを交わします。その「こんにちは」は、本来は「すみません。そこで道を譲ってください」という意味だったのです。もちろん、昔は山の情報がなかったので、この先の山小屋は使えるだろうか、水場は枯れていないだろうかと心配になります。反対側からやってきた人にそういう情報を教えてもらいたい。そこで、いきなり切り出すのは失礼だから、ひとまずあいさつを交わす、といったこともありました。
いまでは、挨拶はしても道を譲らない人が多くなってしまいました。
【写真】中津明神山で
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ある寒い冬のこと、私はシュラフ(寝袋)に半身を入れて本を読んでいました。あとからやってきた登山者数人がストーブを焚いて賑やかに談笑を始めました。
その1人が「こっちに来ませんか」と誘ってくれました。でも私はその団らんに加わりませんでした。
「使ったらいかんストーブなら置くな」と独りでぶつぶつ言っていました。
いやそうじゃない。ストーブを使いたければ、自ら薪を背負って登ってくればよいのです。その労を惜しんで恩恵だけに浴してはならないのです。
『高き頂を目指すものは、志を高く持たねばならぬ』
志の卑しいものが登山家を名乗ってはならないのです。私はシュラフの中でガタガタ震えながらやせ我慢をしていました。登山家はつらいなぁ。
【写真】記事とは別の山小屋で愉快な仲間と忘年会。にぎり寿司も出た!
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登山には撤退する勇気が必要だ、といいます。頂上を目前にして、天候が悪化するなど事態が悪くなったときに、登頂をあきらめて潔く引き返す勇気が必要だ、という意味に解されているようです。
そうではないのです。事態が悪くなっているのに、がむしゃらにつき進むのはただの蛮行でしょう。撤退するのは勇気でも何でもない。あたりまえの行為です。
登山においては、天候や体調などがまだ悪くも何ともない時に、このまま進むか引き返すか決断を迫られる場面が多々あります。
例えば、縦走登山をしていて、いまA山の頂上にいる。今夜のキャンプ地はB山を越えた向こうにある。A山とB山の間は険しいところで、もし途中で事態が悪化しても突き進むしかない、引き返したところで安全になるわけではない、といった場合です。
この先、事態が悪くなるのかならないのか、悪くなったとしてどの程度悪くなるのか、その事態を乗り切れる技術や装備があるか、その時点で体力がまだ残っているか等々、はるか先のことを予測して、いま前進するか撤退するかの決断を迫られるのです。
また、「天候が悪くなりそうだから撤退しよう」と決断して下山したが、実際には悪くならなかった、ということはよくあります。そんなときに、「あぁ損をした。登山を中止するのではなかった」と後悔するものです。そうした後悔をしない決意も「撤退する勇気」なのです。
【写真】西黒森。こんな縦走路なら決断も簡単ですが
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勤労感謝の日の連休に佐々連尾山(さざれおやま)に登っていました。
その前の文化の日の連休には三嶺に登っていましたが、紅葉の時期でもあって、頂上付近だけで100人以上の登山者を見ました。今回はだれにも会わず、静かな山を楽しめました。
特定の時期、特定の山には登山者が集中しますが、それを外すと静かになります。花も紅葉もない冬枯れの山もまた良いものです。
見晴らしの良いピークを見つけて休憩場所と決めて、牡蠣(かき)鍋を作って食べ、日だまりの中でのんびり昼寝をしていました。
こういう時期には、時々気を失いそうになって"気付け薬"が必要になります。
非常用気付け薬というのは、スイスとイタリア国境にあるグラン・サン・ベルナール峠(Col du Gramd st.Bernard 2469m)で遭難者の救助に活躍していたセント・バーナード犬(st Bernard)が首に結んだ小樽に入れていた"お薬"です。
遭難者にはたいへんありがたい妙薬ですが、強い副作用を伴います。なかには、この副作用を好む人もいるようです。いえ、私は違いますょ。
日だまりの中でうとうと昼寝をしながら、何年か前の北アルプス・北穂高岳の夏を思い出していました。
この山頂には山小屋があります。何とそこでは発泡性の気付け薬を、それも大樽から直接処方してくれるのです。古い登山家には夢のような話です。
さっそく夢心地に浸っていると、同行していた女友達が、何を勘違いしたのか、「いや、早ややりゆうぞね」と非難がましくいうのです。「違う違う、こじゃんと(すごく)だれたけに(疲労困憊したので)看護師さんに点滴を打ってもらいゆうがじゃ」「どうしてそれが点滴ぞね」「これは登山家の天敵じゃろうが」
隣席の中高年登山者に大受けでした。
冬枯れの山で、すっかり天敵にやっつけられていました。たっすいがはいかん。
【写真】牡蠣鍋と気付け薬
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