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半世紀以上の登山歴を持つ竹村義仁さん(高知市)が、山や自然から学び考えたことを一歩、一歩記していきます。

 

2008年2月アーカイブ

西熊山と三嶺(奥のピーク)
あるときふと「僕はいままでにいったい何座の山に登ったのだろうか」と思って、数えてみようとしたことがありました。しかし、それはすぐにつまずいてしまいました。「登った」をきちんと定義しなければならないのです。

まず、登山口が問題になります。例えば石鎚山には、下谷コース、土小屋コース、面河コースなどの登山道があります。面河はよいとしても、下谷や土小屋からは途中までケーブルカーや自動車で登ることになります。土小屋からなら2時間くらいで頂上に立つことができます。それで、「石鎚山へ登った」といえるだろうか、という疑問です。瓶ヶ森でも梶ヶ森でも頂上近くまで車で行けます。梶ヶ森に至っては下車して1分で頂上です。いくら何でもこれでは登ったことにはならないでしょうが、中腹にある竜王の滝登山口からなら「登った」ことになるのだろうか。まさか、標高0メートルの海岸線から歩かなくても良いとは思うが、どこを登山口とすればよいか、という問題です。

 二番目には頂上の問題です。石鎚山の頂上は普通には石鎚神社のある弥山をいうでしょう。しかし、最高点はその先にある天狗岳です。弥山まで行ったら「登った」ことになるのか、最高点の地を踏まなければならないのか、という問題です。あるいは逆に、このふたつのピークに登れば、2座の山に登ったと数えて良いのだろうか、両方でひとつなのか。

 三番目には通過地点はどうなるかです。例えば、三嶺へ登る途中で西熊山を通ります。そのとき、西熊山も別の山と数えて良いのか。「西熊山に登った」というからには、ついでに通るのではなく、最初から西熊山を目指して登らなければならないのではないか、という問題です。

 四番目には山の定義です。最初から目指して登れば、無名峰も1座と数えることができるのか。ヒマラヤなら名前が付いていなくても立派な山だが、四国内にある名前も付いていない小さなピークを山と数えて良いのか。逆に、名前さえあれば標高はいくら低くてもよいのか。一定の基準を設けるとして、例えば「1000m以上」などと、四国も北海道も関係なく、標高だけで決めて良いのか、他の要素を加味するなら何があるか。などなど。

 「僕は100座の山に登った」と(自慢げに)言うからには、ある程度厳密な定義をしなければならないでしょう。記録としてではなく、単に「僕はマンジュウ山に行ったことがあるよ」と軽い話題としていう場合にはもっと甘い基準でもよいでしょう。どのレベルの話なのかで数え方も違ってきます。

 ・・・・ と、考え出すときりがなくなって、結局、数えることをやめてしまいました。
これはいまでも迷っていて、まだ登山の定義ができていません。登山って何でしょうねぇ。

【写真説明】西熊山と三嶺(奥のピーク)

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