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半世紀以上の登山歴を持つ竹村義仁さん(高知市)が、山や自然から学び考えたことを一歩、一歩記していきます。

 

2008年5月アーカイブ

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今年秋のヒマラヤ遠征を前にした5月3日―6日の剣岳(富山県)トレーニングは、雪の状態が悪くて、ルート工作の練習を1日やっただけで、後は予想どおりチームワークのトレーニング(??)をばっちりやっていました。

前回のブログでは、ルート工作を自分たちだけでやるように書いていますが、実際にはハイポーター(ルート工作などをするネパール人スタッフ)を4人くらい雇い、一緒に作業をやってもらう予定です。

また、ベースキャンプまでの荷物の運搬や、ベースキャンプでの食事のまかないなどは、ネパールの旅行代理店に頼むことになっています。遠征に関わる用務のすべてを私たち9人だけでやるわけではありません。

5月17日―18日は、三嶺・剣山縦走(徳島県)をやりました。三好市名頃から三嶺に登り、剣山まで縦走して見ノ越へ下るコースを1日で行くものです。

水平距離約20キロメートル、標準コースタイム(所要時間)11時間30分になる長丁場です。

ただ、ヒマラヤ登山で1日に12時間も歩くことはありません。高度障害(高山病)を避けるために、1日に登る標高差を最大でも800メートル以内にする必要があるからです。

一方、空気の薄い高所で行動するためには高い心肺機能が必要です。今回のトレーニングは心肺機能を高めるのが目的です。そのため、速いペース(歩く速度)で行く必要があります。

17日午後に高知を出発して、名頃で幕営(キャンプ)をしました。例によって夜は酒宴ですが、明日の行動を考えて酒量は控えました(そのつもりでしたが…)。

18日4時20分にヘッドランプ(頭部に取り付ける照明器具)を点けて出発です。

今回の参加者は7人でした。最初にトップ(先頭を行く人)を勤めたのは刈谷さん。トップが歩く速度を決めますが、最初からハイペースでどんどん飛ばして行きます。

トップが中島さんにかわるとさらにスピードアップしました。彼はスキーで鍛えた足腰が強く、ガンガン行きます。名頃から三嶺頂上まで標準コースタイムは3時間30分ですが、それを2時間25分で登っていました。

三嶺からは逆落としのような急坂を下ります。スキー屋は登りには強くても下りには弱いだろうと私は高をくくっていました。ところが中島さんは2本ストックでどんどん下って行きます。

まるでウェーデルン(スキーの技法のひとつ)をやっているような軽快な身のこなしで滑るように行くのです。休憩も取らずにどんどん進むので、「回路がひとつ切れているんじゃないか」と嫌みが出る始末。あまりのハイペースに隊長はちょっと遅れ気味でした。

結局、13時には剣山頂上へ着いていました。三嶺から剣山まで、標準タイム8時間のところを6時間で来ていました。ここで、目的を達したと安心したのか、山小屋に入ってうどんやおでんなどを食べて40分ほどのんびりしてしまいました。

そして、さすがに疲れが出たのか剣山からの下りではペースががっくり落ちてしまいました。しかも、一部の者は登山リフト(ケーブルカー)で下るしまつ。「この軟弱者めが!!」

まともにちゃんと歩いて下ったのは、中島さん、刈谷さん、入交隊長とそして私でした。

へろへろになって見ノ越へ降り着いたのは14時20分。食事や休憩の時間も全部含めてちょうど10時間でした。いやはや、まいったまいった。

こんなところで無理してがんばって、もし故障でも出たらヒマラヤへ行けなくなるのに…

【写真】稜線を疾風のごとく行く前期高齢者遠征隊。バックは三嶺

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高知県山岳連盟は今年の秋(2008年9月―10月)に、ネパールとチベット(中国)の国境にあるラトナチュリ山(7180m)の登頂を目指して遠征隊を出します。私もそれに参加します。

いまチベットは不安定な状態になっていますが、私たちはネパール側から登ります。

ラトナチュリにはまだ1隊しか登頂していないようで、私たちがもし成功すれば世界で2番目になります(それまでに他の隊が登頂しなければ)。

まだ、ネパール政府の正式な登山許可を得ていないのですが、私たちはいまそれに向かって訓練中です。

わが遠征隊の隊員は9人で、平均年齢は64歳です。「そんな年寄り部隊で大丈夫か」と心配する向きもあるようですが、なかなか技術力も高く、パワーもあるベテラン登山家ばかりです。私はともかくとして。

 ただいかんせん、この部隊に決定的に不足しているものがあります。それは遠征資金です。

私たちを支援してくれる企業や団体はほとんどありません。だから、ケチケチ作戦で行くしかありません。

例えば、酸素ボンベは持って行きません。高山に登ると空気が薄くなるので、そのままでは高山病にかかってしまい、最悪の場合は死に至ります。

そこで酸素ボンベが必要になりますが、とうぜん費用がかかります。酸素ボンベを持たないとすると(非常用の最低限のものは持つ)、体を少しずつ高所に慣らしていくのです。

キャラバン・コース、つまりバスを降りてからベースキャンプを設営する場所までの水平距離は約80kmです。

標高差は4380Kmありますが、それを無視すると、高知市から津野町新田あたりまでの距離です。

ラトナチュリは天狗高原でしょう。ただし、ほんの5,695mほど低いのですが。80kmの距離なら2-3日あれば歩いて行けるでしょう。

それを私たちは14日掛けて行きます。実際に歩く距離は80kmよりだいぶ長くなります。今夜の泊まりが、例えば船戸だとします。

そこで終わりではなくて、そこから鶴松ノ森に登って、つまり宿泊地より500mほど高い高度に体を慣らしてから、下ってきて泊まります。

もし、高山病の症状が出れば、すぐにも高度を下げなければなりません。「朝まで様子を見よう」と思っていると危ないので、真夜中であろうとも、荷物をまとめて杉ノ川まで戻ってくることになります。

そうやって、登って下って行きつ戻りつしながら少しずつ高度を上げて行くので何日もかかるのです。

ベースキャンプから上のルート工作や荷揚げも自分たちでやります。時々、70歳を超えた人がエベレストなどに登頂したことがニュースになります。そういう登山隊には、たぶん若い人やハイポータ(シェルパ)が何人もいて支援していると思います。私たちにはそうした支援者がいません。

ルート工作とは、ピッケルやアイゼン(鋼鉄爪)を使って氷壁をよじ登り、そこに固定ロープを取り付ける作業です。

荷揚げとは、固定ロープにつかまって氷壁を登り、テント、食料、登攀用具などを運び上げてキャンプを設営する作業です。せっかくキャンプを作っても、そこには泊まらずにひとまず下のキャンプへ下山します。獲得したばかりの高度には泊まらないのです。

私たちは全員で交代しながら、こうした作業を何度もなんども繰り返し、少しずつ高度を上げて行くのです。

いまのうちから、もう「できるのかなぁ?」と心配になるような、しんどそうな仕事です。やれやれ。

『登山家とは、決して焦らず、怠けず、挫けないものだ』

 4月には鳥取県の大山へトレーニングに行っていました。はじめは雪の岩稜を登攀する予定でしたが、天候が悪かったのでやめてしまいました。結局、テントの中でおきゃく(宴会)をやったり、温泉につかったりしていました。

チームワークのトレーニングはばっちり! かんぺきです。5月には富山県の剣岳へ行く予定です。ベースキャンプを設けることになっていますが、また、チームワークのトレーニングかなぁ? めった。

【写真】頼もしい仲間たち

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