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半世紀以上の登山歴を持つ竹村義仁さん(高知市)が、山や自然から学び考えたことを一歩、一歩記していきます。

 

2008年8月アーカイブ

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ヒマラヤ登山の準備状況などをレポートするつもりでいました。ところが先日突然、私のデスクトップパソコンが動かなくなりました。

どうもマザーボード(中枢基板)の故障のようです。今パソコンを買い換えている経済的・時間的余裕はないので、とりあえず、古いパソコンを出してきて現行パソコンのハードディスクやビデオカードなどを組み込み、なんとか使えるようにしました。

片肺飛行なので、すみません詳細レポートは省略します。

登山準備はすべて整いました。あとは出発のとき(9月1日)を待つばかりです。帰国するのは10月30日です。11月までこのブログはお休みします。

この遠征登山のために、ずいぶんたくさんの方々からご支援をいただきました。

旭食品(株)からは、ハイキャンプ(登はん)で使用する食料の大部分を無償でいただきました。ミニバン2台に満載するほどのすごい量でした。

高知新聞社やテレビ高知など多くの企業からもご支援をいただきました。そして、実にたくさんの方々から多大なご寄付をいただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。誠にありがとうございました。

何よりもうれしかったのは、何人もの方から「皆さんの活躍に感動しました。私もあきらめかけていた目標にチャレンジします」といった励ましの言葉をいただいたことです。

こちらは単なる遊びでやっているのだけど、一隅を(たまたま)照らすこともあるのだ、ちょっといい気にもなっています。

1年間みっちりやったトレーニングで、体力もずいぶんつきました。登はん技術も(多少)向上しました。かなぁ??

あせらず、なまけずに、こつこつ努力を重ねていれば、そして挫けさえしなければ、人間は意外に大きなことができるときもあるのだと、実感しています。

隊員のチームワークもできました。何かトラブルにぶつかっても、すぐに誰かがよいアイデア、うまい解決法を思いつきます。誰にもウィークポイントがあるけど、誰かがそれをしっかりフォーしています。頼もしい限りです。

7000m峰に登頂するのは神の領域へ立ち入ることです。よこしまな人間に許される行為ではありません。だから私たちは明らかに資格不足です。それは重々承知の上で、この1年間みっちり修行を積んできました。なんか他の修行ばかりをしてきてしまったようにも思うけど。(ともかく、お神酒は切らしませんでした)

登頂できるかどうかは、神の意思、仏のみ心、自然の摂理です。それはいかんともしがたいが、この上なお精進を重ねて、神様に近づきたいと思っています。

ほんとうに神様になってしまったらまだぐあいが悪いので、もちろん生きて帰ってくるつもりです。

では、いってきます。

    『ラトナチュリにおわす神々に捧ぐ、
     我らとわれらの仲間たちに知恵と勇気を授からんことを、
     願わくば、ただいっときの拝謁を賜わらんことを、
                            ナマステ (合掌) 』

【写真】8月8日壮行会。岳連旗を前に、深田、井垣、刈谷、入交、市村、竹村、押岡、山本、中島

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遠征隊のトレーニングとして、富士山には3回登りました。

第1回目は5月末で、コンティニアスや滑落停止などの氷雪技術トレーニングをやりました。

コンティニアスとは、氷雪上や岩場を行く時、隊員同士(通常2-4人が1パーティを組む)が互いの体をザイル(登攀ロープ)で結んで、全員一緒に行動するものです。それに対して、他のものは確保をしていて、1人ずつ順番に行動するものをスタカットと言います。コンティニアスでは、迅速な行動ができますが、もし誰かが滑落(転落)したら、他の者はすかさず転落防止の措置をしなければなりません。素早い、的確な動作が要求されます。滑落停止とは、氷雪上を行動していて滑落した時、すかさずピッケルを雪面に打ち込んで転落を停止する操作です。

仕事の都合で2班に分かれ、私は第2班に加わっていました。夕方に高知を自動車で発って、交代しながら運転し、早朝に河口湖五合目(スバルライン)に到着。仮眠の後、小雨の降る中を約20kgのザック(リュックサック)を背負って登りました。登り始めて間もなく、下山してくる第1班に会いました。昨夜の雨でシュラフ(寝袋)までずぶ濡れになったので、トレーニングを中止して下山してきたそうです。

私たちは、ひとまず頂上まで行くことにします。八合目までは夏道を登り、それから上は雪の斜面を直登しました。直登(ちょくとう)とは、斜面をジグザクに登るのではなく、最大傾斜線に沿ってまっすぐに(垂直方向に)登るものです。距離は短くなりますが、アイゼン(鋼鉄爪)の前爪だけで(つまり、つま先立って)登ることが多く、かなりしんどいものです。

今回のトップは押岡さんでした。私は霧に包まれた風雨の中をただひたすら登るのにうんざりして、「頂上まで登るのはやめて、八合目へ下ろうよ」と弱腰になっているのですが、トップは頑として聞きません。速いペースでどんどん行きます。とうとう頂上まで登ってしまいました。五合目から頂上(お鉢)まで、夏の標準タイムで6時間45分かかりますが、それを5時間30分で登っていました。しかし、天気が悪く、雪質が柔らかかったので、氷雪トレーニングはあまりできませんでした。

第2回目は7月中旬で、心肺機能強化トレーニングです。「お山開きのあとの富士山は一般の登山客でいっぱいになっているからやめようよ」というのが、軟弱者の私の意見でしたが、隊長には通りませんでした。

高知を3時前に出発しました。こんな時間に出発したのは、高速道路の深夜割引を利用するためです。高知から富士山まで交通費が6万円くらい、所要時間は10時間以上かかります。富士山へ登るのもなかなか大変です。

途中で買い物をして富士宮口五合目(スカイライン)に14時過ぎに到着しました。さっそくテーブルを出して宴会の始まりです。この日はここで車中泊をしました。翌日は5時に出発です。私は19kgのザックを背負っていました。このときは頂上まで4時間30分で登っていました。頂上でコーヒーなどを沸かして休憩してから、再び五合目まで下る強行軍でした。

第3回目は8月上旬でした。7月と同様に深夜に出発して午後に河口湖五合目に到着しました。登山者が多くて、駐車場の手前でだいぶ待たされたけど、帰る車も多くて、無事に駐車場に入ることができました。しかも車の横にテーブルを置けるスペースまでありました。悪いところへ停めたものだ。

翌朝は6時に出発しましたが、さすがに登山者が多くて、九合目以上は完全に渋滞していました。今回は一般の登山者と同じ速度で登ることになりました。ちなみに、私たちの歩く速度はそれほど速くはありません。元気の良い人にはどんどん追い越されてしまいます。しかし、そうした人たちが休憩している間に追い越して行きます。要するにウサギとカメの競争です。

今回は高所順応が目的でした。パルスオキシメータや血圧計で血中の酸素濃度や血圧を測りながら登りました。頂上では2泊しましたが、私は高山病の初期症状が全く出ませんでした。それで「4000mを超えたら突然来るぞ」と脅かされています。3000mから頭痛がしたり顔がむくむなどの症状が出る人や、もうちょっと高いある高度で突然悪化する人など、高山病はかなり個人差があるようです。

このときは、頂上にある測候所前で、高山病に罹って倒れている人がいました。気分が悪くなる人はたくさんいますが、重篤な人は少ないそうです。その人はかなりひどい状態でしたが、意識はまだありました。測候所を管理しているNPOの人たちと私たちとで、その遭難者を八合目まで搬送しました。彼には悪いけど、私たちには良いトレーニングになりました。

こうやってトレーニングは着々と成果を上げています。と言いたいところですが、なんかちゃらんぽらんで随分といい加減な登山隊です。

山本副隊長(高校からの山仲間)には、「いま後悔にうずいているだろう」と人の心を見すかれたことをいわれています。そうなんだ。小心者の私は「こんなメンバーで果たして7000mへ登れるだろうか、無事に生きて帰れるだろうか」と、悩んでいる今日この頃です。

まいったなぁ。

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