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リーダー決定
遠征中やその準備中に、みなで話し合いをしていて紛糾する場面が良くありました。「それはまずいこうやれ」「そんなもんいくか」あーだこーだと、なかなか決着がつきません。
前に決めていたものをひっくり返すこともしばしばありました。ふだんの登山と違い遠征では各人の思い入れが強くあり、厳しい環境にさらされていると自我が出てしまいがちです。そのため、絶えずもめるのです。
結論が出ない時、その担当者がたまりかねて「最後には俺が決めて良いんじゃろ」と言い「うん、良い。あんたが決めや」で決着がつくことがありました。
登山の世界には「リーダー決定」というものがあります。
メンバーの中でリーダーのみが決定権限を有しており、独裁的に決めることができます。その独裁者にたてつくものが必ずいますが、ともかく決定権は1人にしかありません。リーダーは時に臨んで伝家の宝刀を抜くことができるのです。
今回の遠征では、わずか9人の隊員の中で総隊長・隊長・副隊長(2名)と、4人もの役職があり、そのほかに、食料係、装備係、会計係などの各担当者も決めていました。各人はそれぞれの担当部門でリーダーであり、決定権を有しています。
私が子供のころ、終戦直後で(むろん、大化の改新ではなくて第2次大戦ですぞ)、「いままでの日本は封建社会であり悪である、これからはなにごとも民主主義で行かなければならない」といった風潮がありました。
子供の遊びも、それまではガキ大将がすべて決めていました。それは封建制であるから、民主主義で決めようということになりました。
しかし私は「民主主義は悪である」と言っていました。この場合の民主主義とは多数決のことです。
Aちゃんはパン(メンコ)をやりたいと主張し、Bちゃんはびんだま(ビー玉)をやろうという。Cちゃんは別にどっちでも良い。この場合、Cちゃんの意向で全てが決まってしまいます。
そこでAちゃんは「おい、俺の言うことを聞かんとどうなるかわかちゅうろうなぁ」と恐喝にかかり、Bちゃんは「あんたの好きなびんだまをやるけに」と買収にかかります。どうでもよいCちゃんは、客観的に物事を判断することなく、恐喝に屈するか、買収に負けてしまいます。ようするに利己的になるのです。
ここにガキ大将がいれば、いろいろなことを総合的に判断して決断します。例えば、今日はメンコをやることに決め、Aのメンコを1枚取り上げてBに与えます。
そういう強権的でかつ誰もが(しぶしぶでも)納得する決断は独裁者でなければできないのです。腕力だけでは、ガキ大将として君臨できません。
私は、独裁制でもない多数決でもない、より望ましい決定方法はないだろうかと考えていて、一つの方式に思い当たりました。
それは「みなで話し合って1人が決める」というものです。アイデアを出す段階ではできるだけ多くの人が参加する方がよい。
しかし、決断するときには、責任者1人が決めるのがよい。多数決では誰もが無責任になってしまいます。
登山では案外これが守られています。激しくけんかをするが、最後にはすんなり収まるところに収まっています。独裁者もその山行が終わればただのひとになるので腐敗も起こりません。けっこうおもしろい世界です。
今回の遠征隊員は昔から登山をやっているものばかりなので、そういう古い習慣がまだ残っていたのでした。
【写真】トレーニングでのミーティング
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