ホーム > ユニーク土佐人ブログ > 山に聞く
楽な道をよけて通れ
先日、登山用語について問い合わせがあったある方から、『ただ冬季登攀やその他命がけの登攀を何度も試みるという遠征隊のメンバーの気持ちを理解するのはやはり難しそうです(どうしても残された家族の立場に立ってしまいます)』という疑問をいただきました。
登山家に対する『なぜ、あえて危険を冒すのか』といった疑問や非難に的確に答えるのは難しいものです。
むかし、私が答えていたのは『真珠を欲するものは、海中深く潜らねばならぬ』でした。今どきは養殖でしょうかね~
真珠のネックレスが欲しければ宝石店へ行って買えばよい。懐を痛めるだけで、真珠を育てる苦労や、宝石に加工する苦労はしなくてすみます。
しかし、あえて労苦や困難を自ら引き受け、何の保証も報償もない、(海中深くではなくて)深山深く分け入り銀嶺の頂を目指すのが登山家なのだと思います。
真の美や感動は、いつも人間の限界ぎりぎりの、危険と隣り合わせのところにあるのです。
ただ、わざわざ危険を冒したり、スリルを楽しんでいるわけではありません。
だいぶ昔のこと、友達と街を歩いているとき、小さな横断歩道で信号が赤になりました。車が1台も来ていないので、その友達は渡ってしまいました。
私は信号が変わるまで待っていました。
「君は、規則をきっちり守る方か」と聞かれて、私の答え「ここは、男の死に場所じゃない」「死ぬわけねーだろうが」
赤信号の横断歩道と青信号の横断歩道は同じように見えても危険度が明白に違います。
小心者の登山家はそうした危険は決して犯さないのです。
歩道にいるときでも、電柱の陰に隠れています。交通量の多い(横断歩道のない)道路は渡りません。
ただ、自然はそれほど単純ではありませんが。
人生では、時に死を覚悟してでも成し遂げなければならない仕事はあります。
あえて険しい道を選ばねばならないこともあります。そのとき、あなたはどうしますか。
じつのところ、私にその度胸はないのだが、とりあえず、危険から遠ざかっているところでは勇気を鼓舞しています。
【写真】北アルプス五竜岳
気に入ったら押してください→人気ブログランキングへ
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 楽な道をよけて通れ
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://blog.kochinews.co.jp/blog/mt-tb.cgi/4036


コメントする