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マムメリズム
ヨーロッパアルプスの未踏峰が次々と初登頂された、1854年(一説には1840年)か
ら1865年までを"アルプス金の時代"といいます。イギリスの紳士階級が山岳ガイ
ドやポーターを雇って未踏峰に挑みました。
1865年にエドワード・ウィンパー(Edward Whymper 英)がマッターホルンに登頂す
ると、おもだった未踏峰はなくなり、登山の魅力が急速に失われてしまいます。
こうした時代に新しい登山の考え方を提唱したのがアルバート・フレデリック・
ママリー(Albert Frederic Mummery 英)でした。
ママリーは登山の意義を考えました。ただ登頂するだけでなく、登山者を阻もう
とする様々な困難や危険に立ち向かい、自分が持つ技術や知識でこれと闘うこと
が登山の本質だと考えました。
成功しようが失敗しようがそれは大した問題ではない、あえて難しいルートを選
び、失敗してもひるまずに挑戦を続け、それを克服するところに登山の意義があ
る。ただ頂上へ達するために、易しいルートを選んで登ることには登山の意味は
ない。
こうした考え方は当時は異端であり、アルパインクラブ(英国山岳会)は当初ママ
リーを受け入れませんでした。
ママリーは、1879年にマッターホルンのツムット稜登攀(とうはん)を皮切りに、
グレポン、グランシャルモ、ダンデュジェアンなどを登攀(バリエーションルー
トを開拓)し、やがて1888年カフカズ(コーカサス)へ遠征します。
1890年からはガイドレスでシャモニ針峰群の登攀を行います。それまでは山岳ガ
イドに導かれない登山など考えられなかったのです。やがてドイツの若者たち
が、ガイドレスで岩壁登攀(ロッククライミング)を試みるようになり、"アルプ
ス銀の時代"を作ります。
ママリーは最初に登山の美学を主張した人でした。また、8000m峰に最初に挑戦
した人でもあります。
1895年、カシミールのナンガ・バルバット(8125m)へ遠征し、いまもなお挑戦を
続けています。
我らの心の中で。
『真の登山家とは、新しい登攀を試みる人のことである』ママリー
【写真】剣山系ジローギュにて
(大正時代にはMummeryをマンメリーと表記し、彼の考え方をマンメリズムと表記
していた)
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