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私のスタイルの最近のブログ記事
私は、バッハ(Johann Sebastian Bach)と芭蕉(松尾芭蕉)に傾倒しています。と言っても、楽器は何一つ演奏できませんし、俳句の一つも吟じるわけではありません。
だいぶ前に、リコーダを覚えようとしたことがありました。小学校の音楽の授業でもやっているあの縦笛です。それがさっぱり吹けないのです。
なんとやっても。あまり利口じゃないもので。
山へ行くと誰もが詩人になります。夕日を眺め、秋風に吹かれながら、五七五、五七五と指折り数えるのですが、ろくな句はでてきません。ただのひとつも。
とっくに廃人にはなっていますが。
ある時、友達が聞きました。「バッハと芭蕉にどういう関係があるの?」私は、得意になって答えました。
「二人ともふうがを極めた」
私は風変わりを決めた。
【写真】 大森渓谷の紅葉
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先日、冬枯れの山へ行ってきました。木の葉がすっかり落ちた森の中の日だまりに座り込んで、バッハのパルティータを聞きながら、山々の神々に深い感謝の祈りを捧げていました。
鍋料理を突っつきながら・・・
紅葉が終わり、霧氷の花がまだ咲かない今の時期は、眺めるものも何もありません。寒さは日に日に厳しくなってきます。
こんなころの山で聞くには、バッハが一番よいと思います。
我はただ、ただ満ち足りて、いまここにいる。他に必要なものは何もない・・・
と、独り陶酔に浸っていました。
狭い我が家には、必要もない物が溢れかえり、足の踏み場もない状態なのだけ
ど…。
先日も、デジタル一眼レフカメラ用の交換レンズをまた買ったばかりだ。金もないのに。
【写真】お祈りのための道具
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しまった。タイトルを間違えました。今回の話は「ナンバ歩き」です。私は硬派なので。
ナンバ歩きとは、右足と右手(正しくは右肩)を同時に前に出す歩き方です。
現代人が普通に歩くと、右足と左手を前に出す歩き方をします。そういう、反対側の手と足を交互に出す歩き方ではなくて、同じ側の手と足を同時に出す変な歩き方があるのです。
私が小学生のころ、運動会の行進などで、たまにこの変な歩き方をしている者がいて皆んなにからかわれていました。
ところが、20代の登山に熱中しているころ、ふと自分がそのおかしな歩き方をしているのに気がつきました。当時、ナンバ歩きという言葉はぜんぜん知らなかったのですが、これがけっこう合理的で疲れない歩き方なのです。
当時はキスリング・ザック(大きくて横幅の広いリュックサック)を背負っていました。そのため手を振って歩くことができません。そこで両手を腰の後ろ側に回して拳を作り、ザックと背中の間に差し込んでいました。拳をあてがうのは、ザックを前傾させて重心を前に出すためと、背中に風が通る空間を作るためです。
この姿勢では、右足を出すとき必然的に右半身を前に出すことになります。極端に言えば、体は進行方向に向かわずに左の方を向いてしまいます。
右足を出すときは左足を回転軸にし、左足を出すときは右足を回転軸にして、体を反転しながら歩くのです。(と、表現するほど大きく横を向くわけではなく、そんな感じ気分で)
これに対して普通の歩き方は、右足を出すとき左手を出すので、上半身と下半身をねじって歩きます。走るときにはこのねじりで体のバランスを取りますが、歩くときにはねじりがない方が楽なのです。
これは、相撲の"てっぽう"と言うのでしょうか、右手で押すときに右足を出すあの動きと同じものです。また、昔の飛脚はこの形で走っていたのだそうです。走るのには適していないように私は思います。だいたい、昔(江戸時代以前)の日本人は手を振って歩きませんでした。落語で若旦那が歩くとき、両手を袖の中に入れて前に突き出した所作をします。
ああいう歩き方(身分、男女、年齢などによって歩き方は違う)をしていたのでした。(べつに見てきたわけじゃないのですがね)
体をねじる歩き方は、明治時代にヨーロッパから軍隊の行進を取り入れて始まったものです。
最近はザックの横幅が狭くなり、ストック(杖)も使うようになって、ナンバ歩きでもない軍隊歩きでもない、またまたおかしな歩き方になっています。
ねえちゃん、お茶しません?
【写真】大座礼山
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ある寒い冬のこと、私はシュラフ(寝袋)に半身を入れて本を読んでいました。あとからやってきた登山者数人がストーブを焚いて賑やかに談笑を始めました。
その1人が「こっちに来ませんか」と誘ってくれました。でも私はその団らんに加わりませんでした。
「使ったらいかんストーブなら置くな」と独りでぶつぶつ言っていました。
いやそうじゃない。ストーブを使いたければ、自ら薪を背負って登ってくればよいのです。その労を惜しんで恩恵だけに浴してはならないのです。
『高き頂を目指すものは、志を高く持たねばならぬ』
志の卑しいものが登山家を名乗ってはならないのです。私はシュラフの中でガタガタ震えながらやせ我慢をしていました。登山家はつらいなぁ。
【写真】記事とは別の山小屋で愉快な仲間と忘年会。にぎり寿司も出た!
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